20 舞踏会
夜には私的な舞踏会が催された。
レイモンドとリチャードの友人である男性たちが招待されており、延泊する女性たちと一緒にダンスや会話を楽しむことになった。
ミリアムもダンスに誘われたが、平民であることや足が痛いことを理由に断った。
「ミリアム」
レイモンドがミリアムの側に来た。
「足が痛いと聞いた。庭園を歩いたせいか?」
途中でレイモンドが来て馬に乗せてくれたが、それまでミリアムは徒歩だった。
「足が疲れてしまいました」
ミリアムの足が相当疲れているのは事実。
舞踏会で立ちっぱなしなのがつらいのもまた事実だった。
「椅子に座ればいい」
「私は平民です。椅子は貴族のものです」
椅子に座っているのは貴族の招待客のみ。
平民の同行者は全員が立っている状態で、空いている椅子があっても座らない。
そのような状況を見ると、平民の自分が座るわけにはいかないとミリアムは思った。
「私的な催しだ。気にするな。医者を呼んだ方がいいか? 遠慮は無用だ」
「ただの疲労です。でも、ダンスはつらいので遠慮させていただきます」
「わかった」
レイモンドは頷いた。
「一緒に来い」
レイモンドはミリアムを椅子の方に連れて行った。
「この椅子に座れ」
「でも」
「主催者の言葉は重視すべきだ」
「ありがとうございます」
ミリアムは一礼すると、椅子に座った。
「生き返りました」
レイモンドは眉を上げた。
「それほどつらかったのか。飲み物はどうだ?」
「大丈夫です。お気遣いいただきありがとうございます」
レイモンドが手を挙げた。
すぐに侍従がやって来る。
「飲み物を。アルコールはダメだ」
「かしこまりました」
侍従がすぐにジュースや水などを盆に載せて持って来た。
「好きなものを取れ」
「ありがとうございます」
ミリアムはジュースを取った。
「他にほしいものはあるか?」
「本当にお気遣いなく」
主催者であるレイモンドが側であれこれ配慮してくれるのは最高に名誉なことであり、感激すべきことだった。
しかし、最後の謎解きで一番先に答えを出したわけではない。
親交があるわけでもない。身分差もある。
丁寧な対応をしてもらう理由がないとミリアムは思った。
「私は平民です。どうぞ他の方と楽しまれてください」
「ここにいるのは理由がある」
「そうでしたか」
「わかるか?」
突然の謎解き。
「他の女性が寄って来ないようにというのもあるとは思いますが、何かお話するようなことがあるのでしょうか?」
「そうだ」
「最後の謎解きについてでしょうか?」
「モードは延泊を喜んでいるのか?」
ミリアムはレイモンドをじろりと見つめた。
「お答えできません」
「そうか」
ミリアムはジュースを飲んだ。
「最後の夜だ。楽しんでほしい。悪い印象を与えたくない」
ミリアムはレイモンドをじっと見つめた。
「レイモンド様にお会いするのは今回が最初で最後だと思います。ですので、謎について聞いてもいいでしょうか?」
「何だ?」
「悪い印象を与えたくないと言いました。でも、最初から悪い印象ですよね? 謎が解けなければ帰れという招待でした。普通はそのような招待をしません」
ミリアムの心の中には謎が残っていた。
なぜ、レイモンドが若い女性たちを招待したのか、という謎が。
「同行者を平民の役に立ちそうな友人にしたのも気になりました。この謎は土産として持ち帰ることになるのでしょうか?」
レイモンドはミリアムを見つめた。
「わからないのか?」
「そうでなければ聞きません」
「貴族であればなんとなくわかるはずだが、平民では難しいか」
「レイモンド様がそう言うのであればそうなのだと思います」
「縁談のせいだ」
レイモンドは顔を招待客の方へ向けた。
「本人の意思を無視して両親や祖父母が勝手に話をする。顔合わせで屋敷に招待することになった。普通に招待されると女性たちは婚約者候補だと勘違いする。そこで私の名前で郊外の別邸の方に招待することにした。女性たちの勘違いを防ぐため、滞在するための条件をつけた。謎解きだ。実力試しに応じない者や不足な者は帰ることになる」
「なるほど」
ミリアムは理解した。
「同行者については、一人で宿泊の招待に応じることができない者がいるからだ」
貴族で裕福な令嬢は侍女や召使いがいる生活に慣れている。
そのせいで何をするにも侍女や召使いがいないと困る。
ダートランダー公爵家の侍女や召使いに命令するようなことは許したくない。
かといって、侍女や召使いの同行者を許すと、来訪者の数が倍以上に増える。
そこで、あえて平民の同行者を一名に限定して許したことが説明された。
「招待客が条件に合うと思う者を連れてくればいい。深くは聞かない。抜け道だ」
レイモンドはミリアムに視線を向けた。
「本当に平民の友人を連れて来たのはモードだけだ」
ミリアムもそんな気がしていた。
顔合わせの時、招待客は同行者の名前しか言わなかった。
同行者も名乗って挨拶をしただけ。
友人であることを証明するような紹介や説明が一切ない。
モードだけがミリアムのことを学校の同級生などと紹介し、友人だとアピールしていた。
「私がミリアムに話しかけるのもそのせいだ。モードの友人だからこそ、身分に関係なく配慮する」
「ありがとうございます。謎が解けてスッキリしました」
「貴族にはありがちな話だ」
「勉強になりました」
ミリアムは視線をモードへ向けた。
「ところで、モードはかなりのモテようです。平民である私から見ると、男性に言い寄られているようにしか見えません。ですが、貴族から見ると社交をしているだけなのでしょうか?」
「混ざっている。区別するのは難しい」
「レイモンド様はモードをダンスに誘わないのでしょうか? まだ踊っていない気がします」
「私は主催者だ。ダンスは招待客に任せる」
レイモンドはミリアムを見つめた。
「ミリアムも楽しんでいい。足が回復してきたのであれば、ダンスをしに行けばいい。私との会話も終わらせることができる」
「足が疲れているのは本当なのです。すでにこの椅子に根が張っています」
「そうか」
「レイモンド様こそ、ダンスを楽しまれては? お酒でもいいと思います。主催者が楽しんではいけない舞踏会なんて、おかしいですよね?」
「踊りたくない。だが、踊りたい者もいるだろうと思って舞踏会にしただけだ」
そのまま、互いに無言の状態が続いた。
二人の視線は楽しそうに踊ったり会話をしたりする男女に向けられていた。
「……私の負けです」
ミリアムがそう呟くと、レイモンドの視線がミリアムに向けられた。
「私は平民です。身分差があり過ぎるので、生きた心地がしません。平常心を唱えても、過分な配慮に恐縮ばかりです」
「そうか」
「無礼になるのが怖くて動けません。ですので、特別なお話をしてもいいでしょうか?」
「どんな話だ?」
「モードにとって重要なのは、連休にダートランダー公爵家の招待を受けて宿泊して謎解きに参加することです。自分で謎を解いたかどうかは関係ありません」
「そうだろう。ミリアムに任せている」
「一泊か二泊かも関係ありません。招待を受けたのは父親への義理のようです」
目で見ることはできなくても、流れる空気が変わったのをミリアムは感じた。
「私が通う学校には貴族や金持ちがそれなりにいます。そのせいか、両親の許可がない相手との交際は無理だという話をよく聞く気がします。ですので、モードと交際したい者は先にモードの父親を攻略するのが有効だと私は思います。何も考えずに告白して玉砕した場合、心が深く傷ついてしまいそうです」
ミリアムは隣に立つレイモンドを見上げた。
「そのことを教えておいた方がいい人物をレイモンド様であればご存知だと思います。モードが男性に人気なのを見て、焦ってしまうかもしれません。早めに手を打つのが肝要では?」
「座っていろ。用事があれば、手を挙げて侍従か侍女を呼べばいい。舞踏会に参加している者の特権だ」
レイモンドはミリアムの側を離れた。
どこに行くのはミリアムの予想通り。
レイモンドが向かったのは、弟であるリチャードのところだった。




