19 三つ目の謎
レイモンドの馬に乗せてもらったおかげで、ミリアムは十カ所を無事回ることができた。
庭園を散策しながらの謎解きは、最後の謎解きのための手がかりを集めるようなものだった。
そのため、本当に十カ所を全部回る必要があるかと言えば、そうではない。
数カ所だけ見に行く、全く回らないということでもいい。
しかし、手がかりが多いほど有利。
最後の謎解きに正解できる確率が高くなるということを、ミリアムはレイモンドから教えられた。
「ミリアム!」
ミリアムが屋敷に戻ると、初日にお茶会が開かれた部屋でモードが一人待っていた。
「遅かったわね。私たちが最後よ!」
「そうだと思いました」
「地図と問題用紙を見せて。午前中に散歩したから、私にも答えられるかもしれないわ。間違っているかどうかも確認できるでしょう?」
「そうですね」
できれば庭園を巡る前にほしい一言だったが、やる気がなかったモードが協力してくれる気になっただけでもありがたいとミリアムは思った。
「こことここはあっているわ。二つは大丈夫よ!」
噴水で女性が持っているのは『水瓶』
池があるのに、姿がない生き物は『魚』
モードはミリアムの答えを確認した。
「他についてはあっているかわからないわ」
「二つの小庭園に行ったのでしょうか?」
「そうよ。一つでいいのに。リチャード様はもっと案内したかったようだけど断わったの。女性と男性では歩く速さも体力も違うわ。休憩する場所があるだけましだったけれど、靴がね。ずっとお屋敷で過ごすと思っていたから、ヒールがそれなりにあるのよ。外を歩き回るのはつらいわ」
モードが散歩に行きたくないのは、靴のせいだった。
「わかります。ヒールが高い靴は非常につらいです。私は履きません」
「疲れているだろうけれど、私も待つのに疲れたわ。だけど、謎解きはこれからが本番よ」
「わかっています」
「行きましょう」
ミリアムが席を立った。
「招待客と同行者が揃ったら、一組ずつ移動して最後の謎解きに行くの。ここは屋敷でくつろぐ招待客と庭園の謎解きで答えを集めた同行者が合流する部屋だったのよ」
「そうでしたか」
「最後の謎が解けなくても大丈夫よ。荷造りだけど、自分の分は自分でね。私の方が早く終わったら手伝うわ」
「モードは貴族としてではなく、人として偉いです。私を侍女扱いしません」
「当たり前よ。友人と侍女では全然違うわ!」
だが、そう思わない貴族が普通にいる。身分で判断する。
モードは相手のことを身分だけでは考えない。人として尊重する。
モードのような貴族であれば、身分が違っても友人になれるとミリアムは思った。
「大体ミリアムが私の侍女になれるわけがないでしょう? お化粧も髪型を整えるのもできないし、お洒落なセンスが全然ないわ!」
「そうですね」
「ミリアムは本を読むのが好きでしょう? 実家が本屋だし、本を読みながら客を待つ本屋兼相談所をしたら?」
「その方が合っていそうです」
「お金持ちの客にはふっかければいいわ。相談の相場なんてあってないようなものでしょう? でも、私に対してはダメよ。お小遣いが全然足りなくて困っているの。友人なら無償で助けてくれないと!」
本当にしっかりしているとミリアムは思った。
モードが屋敷の中を歩いていく。
そのあとにミリアムが続いた。
「どの部屋に行くのか教えられているのですか?」
「星座の間よ」
ミリアムは転びそうになったが、なんとか堪えた。
「私とミリアムが最後の謎を解きに行かないから、心配してリチャード様が来たのよ。ミリアムが戻って来たら、星座の間に来てほしいって言われたわ。ドアの前に侍従が立っているところだと言っていたわ。大体の位置を聞いたから、侍女に案内させなくていいと言ったの。だって、ずっと部屋の中で控えているのよ? 監視されているみたいでくつろげないわ」
「なるほど」
「あそこだわ」
ドアの前に侍従が立っているのが見えた。
「最後の謎はここでいいの?」
「はい」
「中に入っていいのかしら?」
「どうぞ」
星座の間にはリチャードがいた。
「待たせてしまったわね」
「大丈夫だよ」
リチャードはにっこりと微笑んだ。
「こっちの方こそ想定不足だった。ミリアムは兄上に会った?」
「会いました」
「十カ所回れたかな?」
「おかげさまで回れました」
「それなら良かった。じゃあ、椅子に座ってほしい」
ミリアムとモードが椅子に座ると、テーブルの上に紙と鉛筆が用意された。
「これが最後の謎だよ」
美しい『 』がいた。
『 』の兄弟が美しい乙女を見て恋に落ち、結婚したいと思った。
兄は牧畜をしており、飼っている『 』、『 』、『 』を美しい乙女に贈った。
弟は『 』の中に生きた『 』や『 』を入れ、美しい乙女に贈った。
だが、美しい乙女は喜ばなかった。
それを知った『 』は自慢の弓で『 』を倒し、その毛皮を美しい乙女に贈った。
やはり美しい乙女は贈り物を喜ばなかった。
だが、『 』に襲われたところを助けてもらったため、結婚することにした。
美しい乙女は結婚の祝いとして『 』を欲しがった。
「空欄があるわ。これを全部埋めるの?」
「全部を埋めるかどうかは任意だ。最後の謎は、美しい乙女が結婚の祝いとして欲しがったものを当てることだよ」
「なんですって!」
モードは驚いた。
「こんな話、聞いたことがないわ! 初めて読んだお話なのに、わかるわけがないでしょう?」
「いきなりこれを見せられても困ると思う。だから、小庭園を巡ってもらった」
「十カ所の小庭園で一問一答。それが手がかりになるということだったけれど、空欄は十二個よ? 二つ多いわ!」
「簡単過ぎるのも困るからね。最後の謎を解くために頭を使ってほしい」
「リチャード様に確認します。全ての空欄を埋める必要はない。最後の空欄だけを埋め、その部分だけが正解していればいい。そうですね?」
ミリアムが質問した。
「そうだよ。全員が十カ所全ての小庭園を巡るかどうか、それぞれの問題に答えられるかどうかわからないからね」
「途中の空欄に何か言葉を入れたとして、それが間違っていてもいいわけですね?」
「構わない。あくまでも最後の謎である空欄の部分を埋めているかどうか、その答えが正解かどうかで判断する」
「とにかく、乙女が欲しいものを当てるってことね」
モードはミリアムを見つめた。
「どう? わかりそう?」
「今度はモードに確認です。謎を解いてしまってもいいのですか?」
ミリアムはモードを見つめ返した。
「解いてしまうと、もう一泊です。私のせいで気苦労が増えてしまうのでは?」
モードは微笑んだ。
「私たちは友人よ。遠慮しないで。最後の謎を解けるなら解いて。これは実力試しよ。偽らずに答えてほしいの」
「わかりました」
ミリアムは鉛筆を持つと、全ての空欄に言葉を書き入れた。
「どうでしょうか?」
「全て正解だ。完璧だよ。延泊できる。おめでとうと言うべきかな?」
「正解したのよ? おめでとうに決まっているわ。夕食のデザートが楽しみね!」
「最後の謎ということでした。謎解きをしなくてもデザートが食べられそうです」
「きっとそうね!」
モードが満面の笑みを浮かべ、それをリチャードが眩しそうな表情で見つめた。
ミリアムはその様子をすました顔で観察した。




