10 応接室
応接室は食堂のすぐ近くにあった。
中にはお茶を用意するためのコーナーがあり、給仕をする侍女たちが控えていた。
数人の女性がソファに座り、カップに入ったお茶を飲んでいた。
「女性用の部屋にはお茶が用意されているということだったし、応接室が女性用の部屋ということで確定よね?」
「そう思います」
ミリアムとモードもお茶をもらい、空いているソファに座って飲むことにした。
「美味しいわ!」
モードは笑みを浮かべた。
「お茶会で出たものとは違うお茶ね。香りも味も違うわ」
「そのようです」
「お茶を飲んだから少しは頭を休めることができたわよね? 何か思いついた?」
「友人として質問があります。私は平民なので、貴族の屋敷や部屋に詳しくありません。この部屋はダートランダー公爵家の応接室としてどうなのでしょうか?」
「どうって……普通かしら?」
モードは部屋を見回した。
「普通の応接室ということでしょうか?」
「貴族の感覚も上の方から下の方まであるのよ。難しいけれど、私から見るとダートランダー公爵家の応接室としては普通だと思うわ。特別な応接室というわけではないけれど、格下というほど悪くもない感じ?」
「ビリヤード室についてはかなりの意見を言っていました。ここはまあまあというか、このままでいいと思うのでしょうか?」
「そうね。このお屋敷はとても広いでしょうし、全ての部屋を豪華絢爛にするのは大変だと思うの。だから、こういう部屋があってもいいというか、普通だと思うわ」
「おかしくないということですね?」
「そうよ。あのビリヤード室がおかしいのよ!」
モードはどうしてもビリヤード室に納得がいかないようだった。
「では、晩餐会のあとに女性たちがこの部屋に集まり、お茶を飲みながら過ごすのはおかしくないわけですね?」
「女性用の部屋として使うということであれば、おかしくないわ。普通よ」
「平民の私から見るとどこも豪華に見えるのでわかりにくいのですが、この部屋は貴族が普通に使う部屋のようです。ソファがあります。お茶も飲めます。ですが、音楽室の方が人気です」
「音楽室にはたくさんの椅子があるからよ。ここのソファは数が少ないから、全員が座れないわ」
「そうですね」
「お茶を飲めるのはいいけれど、ソファが空いていなければ立って飲まないといけないのよ? 給仕の侍女がいて気になるのもあるわ。謎を解くために情報交換をするなら断然音楽室よ! 必ず座れるし、気を使わずに話せるわ!」
女性用の部屋である応接室は貴族らしい部屋で、お茶が飲めて、ゆったり座れるソファもある。
しかし、女性たちは男性用の部屋に行きたい。
謎を解く必要があるため、情報交換するにも座って話すにも向いている音楽室が人気。
ミリアムは頭の中で情報を整理した。
「時間が気になるわ。二時間程度であって、二時間ではないのよ? 誰も謎を解けなさそうだと思われて、特別なスイーツが片付けられてしまったら嫌だわ!」
「そんなに食べたいのですか?」
「食べたいわ!」
モードが叫んだ。
「レーゼルテイン公爵令嬢もそう思っているはずよ。彼女の怒りを買うと怖いわよ?」
「そんな気がします」
「ベルンハイド侯爵令嬢もね。あの二人はレイモンド様と同じ大学に通っているの。頭も良いし、社交界でも力があるわ。特別なスイーツやお酒を味わえるように手がかりを教えれば、私たちのことを悪く思わない気がするわ」
「では、ベルンハイド侯爵令嬢と交渉します」
「お願いね」
ミリアムとモードはお茶のカップを侍女に渡すと、応接室を出た。
「どう? 何かわかった?」
「謎は解けたの?」
マリアンヌ、シェリー、音楽室から一緒に移動した全員が詰め寄った。
「ベルンハイド侯爵令嬢と交渉したいです。一時的に図書室のカードを貸していただけませんか? あと少しのような気がするのです」
「もちろんよ! 頑張って! 期待しているわ!」
「それから、ここにいる全員にお願いがあるのです」
ミリアムは廊下にいる全員に呼びかけた。
「謎解きは全員が解いた場合も想定しているはずです。つまり、全員が特別なスイーツやお酒やレイモンド様たちとのひと時を楽しんでもいいということです。晩餐会で私は平民なのにレイモンド様の隣に座ってしまい、生きた心地がしませんでした。ですが、ここにいる方々はレイモンド様やリチャード様がいる男性用の部屋に行きたいようです。嫉妬をされないためにも、全員に情報提供をしようと思います。そのためには、全員に集まってもらう必要があります」
ミリアムはマリアンヌを見た。
「レーゼルテイン公爵令嬢は力がある方だと聞きました。私が呼びかけても全員は集まりません。ですが、レーゼルテイン公爵令嬢が呼びかければ全員が集まります。食堂でもレーゼルテイン公爵令嬢が呼びかけ、全員でカードを見せ合いました。音楽室に全員を集めるのに協力していただけないでしょうか?」
「特別なスイーツを食べられる確率はどのぐらいなの?」
マリアンヌが尋ねた。
「現時点で言うと、九十パーセントです」
「結構高いわね!」
マリアンヌの表情が明るくなった。
「わかったわ! 音楽室に全員を集めればいいのね?」
「音楽室のカードは多くあります。一枚で二人入れます。なので」
「わかっているわ。まずは二人で入ったあと、一人だけ音楽室のカードを持って部屋から出て、別のまた一人と入ればいいのね?」
「さすがです」
ミリアムは頷いた。
「カードが必要なのは入る時だけです。うまく利用すれば、全員が集まれるはずです」
「そうね。時間が経っているし、すぐに集めるわ。ここにいる者は協力しなさい!」
マリアンヌが力強く叫ぶと、了承する声が次々と上がった。
「ベルンハイド侯爵令嬢にはカードの貸し出しだけでなく、図書室の場所も教えてほしいのです。案内していただけないでしょうか?」
「わかったわ」
「待って」
モードが言った。
「さっき図書室に行ったでしょう? 大体の場所ならわかるわよ?」
「ベルンハイド侯爵令嬢に教えていただきたいのです」
ミリアムはシェリーを見た。
「ベルンハイド侯爵令嬢はまず応接室、それから図書室、それから音楽室に行ったのでは?」
「そうよ」
シェリーが頷いた。
「どうしてわかったの?」
「招待客と同行者はペアですが、基本的に招待客が上です。最初は招待客が持つカードの部屋に行く者が多いでしょう。その次に同行者の持つカードの部屋に行くというのが自然です」
招待客と同行者には上下の差がある。
その差が自然と行動に結びつき、優先順位を決める。
「部屋の位置も関係します。近い場所から行くでしょう」
食堂をスタート地点にすると、最も近いのは応接室。次にビリヤード室。その次が音楽室。最も遠いのが図書室になる。
「ベルンハイド侯爵令嬢は図書室から戻るようにして音楽室に向かいました。近いのもありますが、情報を得るには多くの人が集まる場所がいいからです。まだ行っていない音楽室とビリヤード室のどちらに行くかと言えば、カードを持つ者が多い音楽室です」
「頭がいいわね。その通りよ」
シェリーは音楽室に向かった。
だが、カードがないと入れない。
そこで音楽室に来た者に声をかけ、音楽室を見た後で応接室のカードと交換することを提案した。
ビリヤード室と音楽室のカードを持つペアは応接室を見ていない。交換に応じた。
その結果、シェリーは音楽室のカードを手に入れ、中に入ることができた。
「部屋から部屋へ移動するルートを知りたいようね?」
「音楽室だけは二階です。どこかで階段を昇らないといけません。使った階段の場所を知りたいのです」
「わかったわ」
「ルートや階段が重要なの?」
モードが尋ねた。
「時間を節約するためにも説明はあとで。まずは図書室に行きます。全ての部屋を見ることができれば、最も謎を解きやすくなるはずです」
「そうね。ミリアムに任せるわ!」
シェリーの同行者が先導する形で、ミリアム、モード、シェリーは図書室に向かった。




