8話 魔法とは云々かんぬん
二度目の一年生2日目。
今日から早速授業が始まるが、最初だからと言って油断してはいけない。そういう油断によって、今私は二度目の一年生を送ることになってしまっているのだ。
しっかりと授業を聞いて、成績を悪くしないようにしていかないといけない。
そんな気持ちで挑んだ最初の授業は、ワカヅ先生による魔法の授業だ。
「おーいキミたち、そろそろ始めるよー。席について、静かにしてね」
魔法学園に入学した初日の緊張がほぐれたのか、少しばかり教室は騒がしかった。そのため教室に入ってきたワカヅ先生が、そんな風に声をかけながら教壇のほうへと歩いていく。
知っての通り、ワカヅ先生に身体は子供である。そのため普通に教壇に立ってしまえば、身体が隠れてしまう。そのため教室に持ち込んでいる、踏み台を動かすのを忘れていない。
「静かになるのが早くて大変よろしい。さてと、じゃあ早速授業を始めるよ」
そう言ってワカヅ先生は教科書を開いた。
それに続くようにして私や他の生徒たちも教科書を開いていく。パラり、パラりとページをめくる音が教室中に響き渡る。
「最初の授業のなので、まずは基礎中の基礎である、『魔法』について講義していくよ」
幼い子供に教えられるという大変奇妙な光景を流しつつ、私にとっては慣れた授業が始まった。
「魔法とは、生命の宿す『魔力』を用いて引き起こす現象のことを指す。基本的に魔法を使うのには詠唱を行う必要があるけど、例外がある。この例外を……うーんと、じゃあそこのキミ」
「はい。詠唱を必要としない魔法は、”魔力強化”ですわ」
「うん、その通り。だけど例外はそれだけじゃないんだよね」
「え、そうなのですか?」
「流石にそこまでは知らないか。知っている子はいるかな」
と尋ねられるが、皆各々首を傾げたり、隣にいる人とコソコソと話すだけで、挙手する人はいなかった。
「じゃあレインちゃん」
「え? 私、手を挙げてないですよ」
「去年も同じ話をしたし、分かる分かる」
ワカヅ先生は朗らかに笑いながら言った。
まぁ別に分かりはする。分かりはするので、答えられはするが、急に指名されるとビックリする。
「例外は魔物が魔法を使う場合、ですよね。魔物は詠唱を必要とせず、魔力を……えーと、なんかいい感じに動かすと、人間みたいに魔法を使える」
「その通り! まぁ、そのなんかいい感じって部分も覚えてくれていたら、百点満点だったんだけどね」
「無茶言わないでくださいよ。一年も前のことなんて、はっきり覚えているわけがないじゃないですか」
「私は覚えてほしかったんだけどなー」
ため息を漏らしながらワカヅ先生はそう言った。
私はそんな見ながら、教科書に目を落とした。
スライムの生体図やその解説、生態等が詳しく書いてある。そしてそんなページの最初のほうには、さっき私が語った内容と全く同じことが書いてあった。
昨日の夜のうちに、簡単に教科書見て、予習をしておいて正解だった。危うく答えられない、なんていうことがあったかもしれない。
「話が脱線しちゃったね。というわけでレインちゃんの言うとおり、詠唱を必要としない例外は、魔物が魔法を使うとき。これは魔物の身体の大部分が魔力によってつくられているからと言われているよ。さっきレインちゃんが説明できなかった部分に関して説明すると――」
ワカヅ先生は黒板のほうへと振り返り、イラストを描きながら説明をしていく。その光景は見覚えのある光景であり、去年もやったんだろうなぁと感慨深りながら、こんなこともしっかり覚えていなかった自分自身のアレ具合に、勝手にダメージを受けた。
……。
……それはそれとして、今は授業に集中だ。
魔物が魔法を使うときは、魔力を身体中に巡らせる。さながら人間が魔力強化を行うみたいに。そうして魔力を適切に調整し、変化させる。これが魔法を放つための火種みたいなものとなり、そこに何も調整を行っていない、魔物自身の魔力を流すことで魔法となる。
この魔力を変化させるというプロセスは、人間においては言葉に魔力を込め詠唱を行い、魔力を変化させるという感じになる。
なので厳密に言えば、詠唱を必要としていないのではなく、詠唱の代替え作業を行っているから必要がないのだ。
なんとも不思議なものである。
身体のほとんどが魔力でできているから。だから魔力を変化させるのも、自分の身体を動かすのと同じようなもので、簡単だとされているが、私としては凄いなとしか言いようがない。
だって人間だって、身体を動かすのは簡単だが、だからといって肉体の中、つまり臓器までもを自由に動かせるというわけでもないし、血管の流れを自在に動かせるわけでもない。
そんなことは個人の意思ではどうにもできず、やるには外部の力だったりが必要になってくるだろう。
魔物が行っているのはそれと同じだ。
まさに自分の身体を文字通りに自在に操れる。そう言っているにも等しい。人間業ではない、まさに人外の技である。
もし私にもそんなことができたとしたら、魔法が自在に使えたりするのだろうか。……少しだけ気になる。まぁ、そんなことできるわけもないので、ただの戯言なんだけどね。
「詠唱についてはこのぐらいにして、次は本題である魔法についてだよ」
教室にはワカヅ先生の声とペンを走らせる音が木霊していく。
自分の世界に入っていた私は、そんな音で現実に引き戻された。
黒板を見てみると、既に結構な量の文字が書かれており、赤や青色で強調したりして、ノートとかをつくりやすいようにしている。私はそれを見て、遅れながらもノートに内容を書き写し始めた。
「現代に使われている魔法の数々は、誰でも扱いやすいようにと研究し、開発されたもの。そのため、詠唱さえできれば誰にでも簡単に魔法を扱うことができるよ」
昔の魔法は、それこそ古代魔法とかが一般的な魔法として使われていたときは、魔法は貴族とかみたいな特権階級のみが使えるもの。
民草には扱うことなんてできない雲の上の技術だった。
「――そういう背景があって、私の研究している古代魔法は、どれもこれも強力なものばかり。中には道楽によって生み出された、しょうも無いような魔法も存在するけど、そのしょうもなさに反して効果自体は凄まじいのだったりするんだよ」
「あの、ワカヅ先生。そんなに凄かったのに、なんで古代魔法は今みたいになってしまったんですか?」
「良い質問だね。その答えはシンプルに、だからこそだよ」
「?」
「昔の特権階級の者たちは、魔法を自分たちだけのもの占有、独占した。表には出さず、その利益を自分たちだけで啜っていた。しかし、そんな状態で発展なんてできると思うか? いや、できない。できないに決まっている。なにせ貴族たちにはそれを生み出そうとする気概はなく、ただその利益を得ようという思いしかなかったからだ」
ワカヅ先生は少し口調を荒くしながら語りだした。
「先人から何も学ばず、進歩もなく。礼儀なんてある訳もなく。ただ思考停止して、ひたすらに絞るだけ絞った。そうしていく内にだんだんとその魔法を行う方法も適当になり、勝手に簡略化し、劣化させていく。それが古代魔法の衰退の始まりさ」
簡単に恩恵を得られる。得られてしまうからこそ、昔の特権階級たちはその手段に対しての礼儀も簡単に失い、自分勝手に行っていく。
ショートカットを行い過ぎて、原型から離れ、使えなくなり、壊れてしまう。
そうなって初めてどうやればこの魔法を扱えるのかを考えるようになった。
しかし今更になってそんなことを考えても、時すでに遅し。それらの魔法を生み出した天才は、既にこの世にはいない、過去の人。特権階級たちは失われた恩恵に嘆いた。
そんな状況で、民草の中で特権階級の者たちが使ったモノを、自分たちも使えないかと試行錯誤していった果てに、魔法――現代使われている、詠唱により誰でも使える形となった魔法が生み出された。そしてそれは瞬く間に広がり、古代魔法をあっという間に忘れさせた。
ひとまずそんな背景があって今の魔法は生み出され、普及した。
「魔法というのは技術の結晶。そこに至るまでの積み重ねは尊ぶべきものなんだ。だからこそ私たちはただ魔法を使うのではなく、先人の努力を理解した上で使わないといけないんだよ」
熱弁していたワカヅ先生は喋りすぎたせいで呼吸を荒くしながらも、そう言った。それに対して聞くのに夢中になり、ペンを止めてしまっていた教室中の生徒たちは静かに頷いた。
ワカヅ先生は相当疲れたのか額にはうっすらと汗が見えた。
普段は大人しく、気の良い感じの先生であるが、古代魔法の歴史みたいなものが少しでも関わるとこうなる。
ワカヅ先生は、魔法が大好きだ。だからこそ昔の人が生み出した古代魔法という存在が、ただ歴史の中に埋もれてしまうのを許せないし、そんな風にした過去の人たちを許せない。
だから彼らのことを語ろうとすると、こんな風に普段は見られないような姿を見せる。
そんな姿からはワカヅ先生の確固たる信念のようなものが感じられ、カッコよかった。……これで古代魔法研究へと誘うときに、道連れ根性を抱いていなければ尊敬できるのだが。本当に、ここだけが残念である。
まぁ、人間誰しも完璧ではないからな。仕方ないことか。
「……さてと。魔法の一例と私の喉を癒すために、誰かに水を生み出す魔法をやってもらおう。それじゃあ、そこの……ライムくん」
声をガラガラとさせながらワカヅ先生は目に留まった好青年、ライムを指名した。彼を指名した一番の理由は、目に留まったというよりも、既に名前を憶えていたからだと思うけど。なにせ昨日古代魔法に興味があると訪ねてきたんだから。
「えっ? あ、はい」
ライムは少しびっくりした様子で返事をし、緊張したような足取りで教壇の方へ下りて行った。
「世界の基本たる一構成はここにあり。満ちて、充ちて、溢れてけ――クリエイト・ウォーター」
「おっとっとっと。危ない危ない。――ぷふぁー、生き返る。ありがとうね」
見事な魔法であった。
ワカヅ先生の差し出したコップから一滴も零さないように、しっかりとコントロールして、生み出した水を注ぎ切ることに成功した。
その見事なコントロールに、クラス中で小さく拍手が起こった。
「?」
そんな中私はひとり首を傾げていた。
ライムの今の魔法……少しだけ違和感というか、変な感じがしたのだ。何か引っかかりを覚える。いつも通りの風景なのに、何かが違う、何か異常がある、そんな風な、小さな違和感。
……。
……。
……まぁ気のせいだろう。
少し考えたが、結局その正体は分からなかったのでそう結論付けた。
大方、魔法が苦手過ぎて、あまり使い慣れていないせいで、勝手に違和感を抱いてしまっただけだろう。
それにしても本当に良いコントロールだった。ああいう上手く魔法を目標に当てるっていうのは、魔法の規模に関わらず、共通している技術だ。小さい魔法でできるならば、大きな魔法でも同じことが大抵はできる。
つまりライムは魔法のコントロール技術が良いということ。
たしか彼は古代魔法に興味があるんだよな。もし他の人たちみたいに折れることなく、古代魔法の道に進んだとしたら、上手く古代魔法を解読する人材になるかもしれない。
「うーむ。私もできたりするかな」
私は魔法は苦手だし、当然コントロールも悪い。だが流石に使えるようになったばかりのときや、入学したばかりの頃とは違う。あの頃より、少しは成長しているはずだ。
最近は魔力強化だけで、魔法をろくに使っていなかったからどんなもんだか、少し気になる。
「よいしょっ、と」
私は机にかけておいた傘を、ワカヅ先生に見つからない角度で小さく開いた。そして傘の内側の中心目がけて的当て感覚で水を放ってみることにした。
もし上手く当たらなくても傘の内側に水がたまるだけ。
何も問題ない。
やっぱり傘は便利だ。そんな風に考えながら、私はゆっくりと魔力を左手に溜める。そして慎重にそこへ集まってきた魔力を扱いながら詠唱を、小さな声で始めた。
「《世界の基本たる一構成はここにあり。満ちて、充ちて、溢れてけ――クリエイト・ウォーター》」
手の中に産み出された拳サイズの水の玉。それは暴れるようにして手の中でグニャグニャと変形する。それをなんとか留めようと、四苦八苦。
そんなこんなと格闘をしていたら、喉をうるわせて、すっかり元の調子に戻ったワカヅ先生の視線が私へと向いた。
「うん? レインちゃん、下を向いてどうしたの」
「あ」
急に話しかけられたことで水の球は破裂。私の制服の上に零れ、水浸しとなってしまった。
「ありゃりゃ。魔法に熱心なのは良いけど、今は座学だからね」
「はーい……」
やっぱり魔法は苦手だ。
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