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7話 二度目の一年生

「初めまして。私がキミたちの担任を務めるワカヅだよ」


 私の二度目の一年生はワカヅ先生の挨拶から始まった。


 大学とかでよく見るであろう、階段教室の中で新入生の人たちがまばらに座っている。


 真ん中のほうには比較的固まっているが、そういう人たちはみんな貴族だろう。いわゆる家同士の付き合いがある人たち。


 教室の隅のほうに座っている人たちは平民出身の人たち。一応この魔法学校の中では平民も貴族も関係ない、ということになっている。ただしだからと言って全くのその通りになっているというわけではない。


 魔法学校に入っていきなり身分なんて関係ない、皆平等なんて言われても、それを実行できる人なんてほぼいないだろう。大抵はいつも通り、身分通りの行動をし、平民出身の人たちは貴族に目を付けられないようにする。


 ちなみに私が座っているのは窓際の席。なにせこのクラスにいる人たちより一歳上の留年生。なんだか肩身を狭く感じてしまい、自然とこの席に座っていた。


 それに魔法学園の制服は、各学年の見分けがつくようにそれぞれ違う色の校章が付いている。


 この三色をローテーションで使いまわしており、今の一年生は赤、二年生は青、三年生は緑。


 私の着る制服の校章は青色。一目で上の学年であるはず、という事実がわかる。このことに気が付いた数人がさっきからチラチラとこちらを見てくる。


 もしこれが前のほうの席に、もしくは真ん中のほうにでも座っていれば、四方八方からこの視線を感じたのだろうと考えると、この席選びは正解だった。


「私は一応、古代魔法についての研究を行っているよ。もし興味がある者がいたら、是非とも私に声をかけてね。たっぷり、こっちの道へ引きずり込んであげるからねー」


 手をウニウニといやらしく動かしながらワカヅ先生はそう言った。それに対して新入生たちの反応といえば微妙なものだった。


「あれが噂の……」


「マジで子供じゃん」


「古代魔法の誤発動事故って、怖すぎるよな」


「だけど夢はあるよなぁ」


「じゃあ、お前やるか?」


「いや、やらんよ」


「何が起こるかもわからないものを触り続けて、果てにはああなる」


「いやいや、あれもマシな部類らしいぞ。中には人ですらなくなったりした奴もいたって」


「何言ってんだよ。それは噂話だろ。実際はただ死んじまっただけってオチだろ」


「……あれ見たら、本当な気がしてきた」


「確かに……」


 新入生たちの芳しくない態度にワカヅ先生は思わず舌打ちをしそうになって、途中で止めて代わりにため息を漏らした。


 ワカヅ先生の研究している古代魔法とは、この世界に遥か昔に存在していた魔法であり、世界各地で石碑や古文書などの形で発見される。


 さらに分かりやすく簡単に言うなら、今使われている魔法とは違う魔法だ。


 こういった古代魔法はみな強大な力を持つが、その代わりにどれもこれも今の人たちではその効果が分からない。中には使っただけで使用者が死んでいまうというトラップみたいなものも存在したりもする。


 しかし古代魔法は現代使われている魔法に比べて、どれも強力な力を有している。


 そのことは、事故ではあるが若返ってしまったワカヅ先生という実例からもわかる。


 そんな古代魔法を解明、そして自由に使えるようにできれば。そんなことができれば多くの富や名声を得ることができる。


 そのため非常に夢のある研究であり、だがしかし危険が高い。なので新入生たちの反応はある意味当然のことであった。ちなみに同じ光景を私は去年の今見た。あのときもワカヅ先生は自己紹介として、自分の研究内容を説明したりして、同じ道へ引き込もうと画策していた。


 本人曰く、古代魔法の研究者が少なすぎて研究が全く進まないから、若い人を吸収していきたいとか。


 ただし古代魔法の研究へと勧誘する際のワカヅ先生の表情、あれは完全に誰かを道連れにしたいという感じだ。明らかにこちらを嵌めようとしている、そんな考えを感じずにはいられない。


 というか古代魔法を研究している人が増えないのは古代魔法の危険性のせいだろう。せっかく参戦したところで、暴発事故を起こして、即リタイヤ。


 確かこの間もワカヅ先生が暴発事故を引き起こし、学校の敷地内で爆発騒ぎを起こした。使っていた研究室が軽く半壊したらしい。


 ワカヅ先生は特に怪我をした様子はなかったが、そんなことになるのは彼女ぐらい。普通の人、特に古代魔法研究に参戦したばかりの人が同じ状況になったら即お陀仏ルートだ。


「はぁ……みんな夢がなさすぎだよ……私と一緒に底なし沼に溺れようよ。一緒に溺れれば、怖くないからさ。あ、そこの少年とかどう? 一攫千金。挑んでみない?」


「え、僕は、ちょっと……」


「えーケチ―」


 不貞腐れた様子で口を尖らせる。ワカヅ先生は見た目だけなら可愛いし、先生としては良い人であるのだが、古代魔法が絡みだすとこんな風にめんどくさい。


「…………さてと、私の話はこのくらいにして、みんなの自己紹介をしていくかな。まずは一番前の席のキミ!」


 ただすぐに表情をコロリと替え、さっきまでの様子とは打って変わり、できる幼女といった様子になった。そして入口のほうに一番近い席に座っていた男子生徒を指さした。


 指さされた男子生徒は肩をビクリとさせながら立ち上がり、自己紹介を始めた。そしてそれに続いて、隣の席、隣の席と自己紹介が進んでいく。


 私はそれを聞きながらぼーっと窓の外を見た。


 それにしてもまさか私が留年することになるとか……。前世では留年の「りゅ」の字に触れることなく、ストレートで大学卒業までいったからか、その可能性を全く考えていなかった。


 最近のラノベ風に言うなら、今の私は劣等生というやつだな。ラノベ的に考えると、ここから成績を上げていくサクセスストーリーの開幕である。まぁ私の場合はそんなことはない、普通の落伍者。学業を疎かにし過ぎた、それだけの人間だしな。


 流石に勉強に行き詰まる度に、晩から朝まで傘を振り回したりするのはやりすぎだっただろうか。


 それとも先輩との戦いに夢中になって、戦う場所を広げすぎて、結果的に先輩の破壊範囲を広げ過ぎたのが悪かったか。


 はたまたテストの日を忘れて、少し旅に出てしまったのがいけなかったか。


 どれもそこまで致命的ではないと思うのだが……やはり積み過ぎたか。こういう小さなやらかしを積み上げすぎて、山になったか。山になってしまったのか……。


 一応留年してしまった原因ということで、数日前――留年が確定したあの日から、私は傘を振り回すのを控えていた。非常に不本意だ。本当に不本意であるが。


 ただしやっぱり傘を振りたい。振り回したい。あれで魔物を殴り飛ばしたり、貫いたり。思う存分振り回したい。そんな欲求が湧いてくる。あまりにも湧き上がりすぎて、手が少し震えている。これが俗に言う禁断症状というものだろう。


 私は欲求を沈めようと、持ってきた日傘に手を伸ばす。そして持ち手部分をじっくりと触る。


 ああ、満たされる。ほんの僅かだが、心が満たされる。


 日傘を手元に置いていなければこの震えで机がガタガタと音を鳴らしてしまうところだった。


 ただここで我慢できなければ、また去年の繰り返し。少しぐらいは欲求に突き進まず、立ち止まったほうがいい。


 ……それはそれとして、やっぱり振り回したい。すこーし、ほんの少しだけなら良いかな? 別にこれは誰かに言われてやっているわけじゃないし。


 ダイエットで食事を減らすときだって、チートデイなんていうものがあるし。今日ぐらいは、良いかな。別に誰かに控えるように言われているわけでもないし。少しくらい、ほんのちょっとだけ発散しても――


「おーい、レインちゃん」


「うん?」


 そんな風に考えていたら不意に私の名前を呼ぶワカヅ先生の声が飛んできた。


 私は視線を外から中へと戻した。


「レインちゃんで自己紹介、最後だよ」


 なんと。少しだけ外を見ているつもりだったが、いつの間にか自己紹介をみんな終わらせてしまっていた。それで残すのは私だけとなってしまったみたいだ。うん……聞いていなかった分のクラスメイトの名前は後で確認しておこう。


 それにしても、最後の一人ということで、みんなの視線が一身、私に注がれている。そして当然その視線は私の青色の校章にも集まる。


 なぜかいる一年上のはずの生徒。


 そんな事実がより一層私への集中を大きくさせる。


「えーと、レイン・ブレラといいます。得意なことは剣術系の実戦授業。苦手なことは筆記系のもの全般で、特に歴史や魔物生態が苦手です。ひとまず戦ったりするのが好きなので、模擬戦とかがしたい人は是非とも一声かけてください」


 私はありふれた自己紹介を行い、最後に模擬戦をしてくれる人がいないか少しだけアピールしておいた。


 今回の新入生が先輩みたいに馬鹿強いというわけではないと思うけど、それはそれとして才能のある子がいれば、その子に目を付け、唾をつけておきたい。もしその子が強くなれば、より一層傘を振り回して、楽しむことができるからだ。


 今のところぱっと見、良い感じの子はそこまでいないが、まだわからない。


 私は別に人の姿を見て、その立ち振る舞いから、その人の実力が分かるなんていうスゴ技を保有していないからな。そこまでの技量を持っていればよかったが、そうだったら先輩に前線全敗なんてことにはなっていない。私はまだまだ発展途上。成長途中の若葉なのである。


「ひとまずこれからよろしくお願いします」


「……あれ? それで終わり? 校章のこと、説明しとかないの?」


 留年したことを説明せず、そのまま流しきろうと思ったが、そうは問屋が卸さないらしい。ワカヅ先生がニヤニヤとしながら言ってきた。


「……一応校章を見ればわかる通り、本来であれば二年生だったはずの人間です。ただ去年は少し、()()()()()()()()()()()なりすぎて、留年してしまいました」


「「「どゆこと?」」」


「言った通りだよ?」


「「「????」」」


 クラスメイト達の頭に浮かぶ疑問符を断ち切るようにワカヅ先生が話を始めた。


「はーい、ありがとうね。聞いての通りレインちゃんは勉学を怠けたせいで……実際はそれプラス問題行動の数々のせいなんだけど、それは置いておいて……とにかくレインちゃんみたいに勉学を怠けちゃうと留年しちゃうからね。テストに関しては追試や再追試等の救済処置はあるけれど、だからといってそれに頼りすぎないように。それから――」


 そうやって自己紹介を締めくくり、そこから成績関連の話へと繋げていった。


 なるほど。私という生きる実例を先に出しておくことで、新入生たちみんなを自分の説明に対してしっかりと聞くように促したのか。


 その思惑がしっかりと成功したのか、みんな真剣にワカヅ先生の話を聞いている。ついさっきまで浮かべていた疑問符はどこへやらという感じである。


 特に平民出身の人たちは顕著だ。絶対に留年してたまるかという、執念を感じる。


 この魔法学校の学費は平民でも通えたりする程度には安いが、それでも留年してしまえば、それだけ払う学費も高くなってしまう。できるだけそういう無駄金は減らしたいというのは、平民出からすると当然の考えなのだろう。


 ちなみに私の両親的には留年して、さらにもう一年分学費を払うことに関しては特に気にしなくていいとのこと。


 ただし、二年目の留年をやらかしてしまったときは監視用のメイドを送ってきて、私生活の管理をすることを考えなくては、と注意された。


 優しい両親ではあるし、私の好きなことを肯定してくれる人たちではあるが、それにも限界はある。当然の話だ。甘やかしすぎるのは優しさではなく、ただの養育放棄みたいなもんだからな。


 まぁ私としても二年目の留年をやらかすつもりはないからな。


「――そういうわけで、話はこんなところかな。明日からさっそく授業が始まるから、しっかりと受けるように」


 ワカヅ先生がそう言い終えるとちょうどタイミングよく鐘が鳴った。ゴーンゴーンと重厚感のある鐘の音が響いてくる。その音の振動が僅かに肌をブルブルと震わしてきて、少しだけクセになる。


「うん、良いタイミング。それじゃあひとまずここまでにしておこかな。今までの話で何か疑問に思ったことがあった子は後で私に質問しに来てね」


 そうして二回目の一年生、その最初の日は終了。ワカヅ先生は質問のある人がいなそうなのを確認すると足早に教室から出て行った。


 あれは多分研究室への直行コースだな。……だけどこの前の爆発で、ワカヅ先生の研究室は吹っ飛んでしまったと聞いたが……今の彼女はいったいどこで研究を行っているのだろうか。


 とりあえず今日はこれで終わり、特に用事もないし寮へと戻ろうと教室を出た。


「少し良いか?」


 その途中後ろから声をかけられた。振り返ってみると、いかにも好青年という雰囲気の男子生徒がいた。確か、教室の真ん中の方に一人で堂々と座っていた生徒だったと思う。


「何かな?」


「さっき自己紹介のときに聞き逃した部分があってな」


 そこまで長い自己紹介ではなかったはずだが、聞き逃してしまうとは。うっかり者なのだろうか。


 だけどそのことをわざわざ聞きにくるとは、律義な人である。


「えーと、どこの部分かな」


「留年した理由の部分だ。そこの夢中になっていたモノ、そこの部分を聞き逃してしまってな」


「ああ、そこ。私が留年したのは傘を振り回すのに夢中になったからだよ」


「………………もう一回言って貰ってもいいか?」


「傘を振り回すのに夢中になったからだよ。流石に四度目はないよ」


「どうやら俺の常識のほうがズレていたらしい…………人間社会とは不思議なものだ」


 彼は未知の生命体と初めて出会ったかのような、そんな顔をして言葉を漏らした。


 ……確かに改めて考えてみればそうか。傘を振り回すというのは前世においても子供だけのやる遊び。成長するほどにそれは禁止行為へと変わっていく。そうして大多数の者たちはやらなくなる。


 それはこの世界においても同じ……いや、この世界の場合幼少期の登下校という時間がないから、そもそも傘で遊ぶという一自体がほとんどいないかもしれない。


 だから私のハマっている『傘を振り回す』というのは明らかな奇行でしかない。


「さっきも言ったが俺の名前はライムと言う。ひとまず、これからよろしく頼む」


「よろしく」


 見た目通りの好青年だな。私の奇行に驚きつつも、そこからあからさまに距離を取ろうとするのではなく、逆に近寄るとは。これがイケメンというやつか。


 ライム。ライム、か。


 うん、名前は覚えた。


「……それで実は古代魔法に興味があるんだが」


「それならワカヅ先生会いに行ったら? 大喜びで色々教えてくれるよ」


「それは大変うれしいな。ただ、彼女の研究室を俺は知らないのでな、この学校に慣れているであろう貴方に、場所を知っていれば案内してもらいたいのだ」


「なるほど、そういうこと」


 ワカヅ先生にはさんざん世話になったことでワカヅ先生の研究室の場所ももちろん知っている。しかし、ワカヅ先生の研究室はつい最近暴発事故で吹っ飛んだため、今は空き教室を使っているはずだ。


 私はそこへライムを案内して、その日は寮に帰った。

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