5話 傘を振り回して華麗に勝利(理想)
私の強みは有り余るほどの魔力。だがこの強みを十全に生かせるほどの技量は今の私にはない。できることは無駄に頑丈に硬くすることと、腕力を底上げするくらい。
しかしそんな風に魔力強化を行ったとしても、その強化は青天井ではなく、限界がある。
過剰に魔力を流し、強化し過ぎてしまえばそれ以降の魔力はただ垂れ流され、外へ霧散していくだけ。
魔力強化した私の腕力であれば、大人の一人ぐらいは簡単に殴り飛ばせる。
しかし、それは相手が特になにもしていなければという話。
相手も同様に魔力強化して、さらに私の攻撃に備えてしまえば、そんな見事に殴り飛ばすなんてことはできない。
何を言いたいのかというと、私自身の強み、これだけでゴリ押すなんてことは、残念ながらできないという話だ。
ただし私に他の強みがあるとすれば、それは時間だ。時間が経てば騎士の二人がこっちへ助けに来られるようになる。そうなれば一安心。もう何も問題はない。
つまりは私は、なにもこのトロールたちを倒す必要はないのだ。
ひたすらに時間を稼いで、そうして待つ。
それだけである程度の安全は保障される。
死んでしまうという致命的結末を避けることができるのだ。
……。
しかし。だがしかし。本当にそれでいいのだろうか。
そんな安全策を選択してしまって、本当に良いのだろうか。確かに守っているだけで私や後ろにいる桃色髪の少女は助かる。無事にこの場を切り抜けられるだろう。
だけどそんな選択肢をとって本当に良いのか。
自分でこのトロールたちを倒しても良いはずだ。
私にはその力があると思うし、多分できる。というかそっちのほうが早くこの場を超えられ、後ろの少女への負担も軽くなる。
両親が無事かどうか、それすらも知らないまま、トロールたちに怯えて震える。そんな負担をなくすことができる。
そう考えたときにはもう私の思考はかっちりとハマって、明確に完全に決まっていた。
「ギャギャ!!」
「ちゃっちゃと片付けよう。……刀の錆ならぬ、傘の雫にでもしてやるよ」
トロールたちに向けていた傘を、そのまま突き出していく。
普通、傘を突き出したところで肉体を貫くなんてことはそうそうできない。それには相当の速さと力がいる。
しかしそれは普通の話だ。
この世界には魔力があり、そんな普通の話を歪めるなんてことはお茶の子さいさい。誰にでも挑戦できる簡単なことだ。
「ギャッアアッ!?」
傘の先端がトロールの手首を捉え、そして浅くではあるがその肉を刺した。その拍子に手から獲物である、雑なつくりの斧が地面に音を立てて落ちていく。
そのまま止まることなく、私は刺したトロールに接近する。
「ギァガァッ!!」
「まずは一匹目!!」
トロールの手を引っ張り、バランスを崩させて地面に叩きつける。そしてそいつの股間目がけて足を踏み下ろす。
「ギャガァァァァ……!?」
柔らかいものを踏みつぶした感触がするが、それを味わう趣味も時間もない。
残り三匹のトロールはもう目と鼻の先。
今みたいに一匹ずつ対処する余裕なんてない。
だがどのトロールも、連携して私を殺そうとする意志はなく、ひたすらに私を殺したい、自分が殺したい、という感じである。そのため一斉に襲いかかられているにもかかわらず、隙があった。
激痛に悶絶し、意識を失っているトロールの目玉に向けて傘を突き刺し、そこから脳みそをかき混ぜ殺す。
そんな私に二匹目のトロールが迫る。二匹目は飛び上がって斧を横薙ぎしてくるが、私は腰を下げることで避ける。
「ふぅーう……」
そのまま前へ踏みだした。
抜刀するかのように傘を構え、二匹目の身体を突き飛ばしながら思いっきり踏みこんでいく。
二匹目の背後には両手に持った斧を振り回す三匹目と、その奥から斧を投げ飛ばした四匹目がいた。
「ウギュ!?」
投げられた斧は二匹目の背中に命中。深々と突き刺さり、青い血が地面に飛び散っていく。私は斧がぶつかった衝撃を間接的に受けながら、一切ひるむことなく前へ進んだ。
そして二匹目を横に投げ飛ばし、三匹目に向かって傘を引き抜いた。
ガキンっと音が鳴り、二本の斧の動きを止める。
「ウギャ、ギャギャァ!!」
「重いけど、まだまだ甘い。この程度、屁でもないッ!」
私は力を抜いた。
すると両手で力をかけていたトロールは前のめりになって倒れ込んでくる。
そして武器はというと、てこの原理に従って、倒れ込むトロールと共に先端が地面に向かって落ちていく。しかし、そのまま地面に落っこちるなんてことはない。
傘は便利だ。
その持ち手が曲線を描くようにして曲がっているため、そこを軸としていろいろな方向に動かしやすい。例え力を受けて、その力のままに動かしたとしても、今みたいに手の中からすっぽ抜けずにってこともできる。
「ギャガァッ」
「忘れてないよ」
得物を投げた四匹目が爪を突き立てながら私の背中へ飛びかかる。
私はそれに視線をやることなかった。ただ傘を後ろへ向けて振るだけで良い。たったそれだけで、傘はトロールの腹に石突きが突き刺さる。
「アギャッ!?」
そして勢いよく傘を引き抜こうとした。
だがトロールが両手で傘を掴んでいたため、それは叶わなかった。
意識が一瞬真っ白になる。
攻撃の手が止まってしまう。
――一手、遅れてしまう。
「ギャギャッ!!」
「危なッ!?」
倒れ込んだ三匹目が立ち上がり、私に掴みかかる。後ろへ重心が傾いている中で、急に横から衝撃がきたため、そのままよろけてしまう。
何とか倒れないように踏み止まるが、傘に捕まる四匹目のせいで、上手く動くことができない。
私は一瞬、武器を手放すか、否かと迷ってしまう。しかしそんな思考をしている暇もなく、三匹目による攻撃が連続していく。
トロールは私が逃げられないように強引に服を掴み、そして拳を腹に叩き込んでくる。
「うぐっ」
「ギァギャギャ!!」
耳障りの悪い笑い声が耳元に響き渡る。
ドサッと、傘に刺されていた四匹目が地面に落ちる音がする。
すぐに動く感じはしないが、それでもまだ動ける。
背中に斧が刺さった二匹目が地面を這いつくばりながら動いてるのが見えた。
完全に死んだと思っていたが、まだ動けたのか……。
不味い。
せっかく流れを崩したのに、それが戻ってしまう。
勢いに任せてやって、上手くいってしまったために、少し調子に乗ってしまった。
今はまだ何ともないが、このままでは他の三匹もこちらに合流してしまう。そうなれば袋叩き。そうなれば、流石に怪我を負っていく。
それに今は注意が私に向いているため、何もされていないが、このままでは桃色髪の少女のほうにも襲いかかられてしまう。
彼女への負担を軽減するためにトロールたちを倒そうとしたのに、逆に危険な目にあわせてしまう。
それはダメだ。
何としても避けないといけない。
「いい加減……か弱い乙女を殴るのは止めろよ、この野郎!!」
軽くなった傘を両手に持ち換え、それを全力で掴みかかる三匹目に叩き込んだ。
三匹目は後ずさりをしていく。
そこへ追撃をしようとして、衝撃を感じた。
「ギャハ!」
四匹目か。一瞬焦りで気が緩んだせいで、魔力強化が甘かったのか、少し熱いモノを感じた。
しかし。
「この程度、どうでも良い、んだよ!!」
「ギャガッ!?」
私は振り返りながら四匹目を傘の柄で捕まえ、そのまま三匹目に投げつける。
三匹目は受け止めることができず、四匹目の下敷きになって倒れ込む。私は二匹に近寄り、二匹合わせて傘を突き刺した。最初は浅かったが、何度も石突きを刺していく内に、深々と刺さるようになっていった。
そうしてすぐに二匹は痙攣するのを止め、動かなくなった。
「……これであとは一匹」
私は視界の隅で、森の中へ逃げようとしていた二匹目に視線を向けた。
今の間に桃色髪の少女に襲いかかろうとせず、逃げることを選択してくれて、本当に良かった。危うく、彼女を危険な目に晒すところだった。
「ギァ……ギャァ……」
だからと言って逃がす気もないが。
「……これで、最後」
私はトロールの頭目がけて傘を投げた。限界まで魔力強化されたせいで、青いオーラのようなものをまき散らしながら、傘は真っ直ぐに飛んでいった。
そして狙いは寸分違わずトロールの頭を貫いた。
「ふぅ……」
肩で息をしながら少女、そして騎士たちのほうへ目を向けた。
ちょうど騎士たちはトロールを倒しきり、私のほうへ駆け寄ってきていた。
その顔にはかなりの焦りが見られる。まぁ、貴族の娘を怪我させてしまったなんて、普通に考えれば焦らないほうがおかしい事案である。
「お、おっとっと……」
気の抜けてしまった私はよろめいた。しかし、何とか倒れないようにその場で踏ん張った。背中に手をやってみると、ベタリと血が付いていた。そこまで深くはないが、それでも結構な傷である。
私はアホなことをしたなぁと思いながら地面に尻餅をついた。
まあ、このアホは調子に乗ったせいだし。それに桃色髪の少女には傷一つなく、トロールたちを倒せたのだから良しとするか。
そんなことを考えていると正面から軽い衝撃を受けて後ろに倒れてしまった。桃色髪の少女が心配そうな顔をして、駆け寄ってきていた。
「大丈夫……大丈夫ですか? 血、血出ていますよ!」
「ああ、うーん、まあこのぐらいなら大丈夫。私、魔力なら有り余っているから」
「ほ、本当に? 本当に大丈夫なんですか」
「大丈夫、大丈夫。ちょっと調子に乗ったツケだから」
笑いながらそう答えた。
回復魔法とか使えないけど、魔力強化をして、傷口をむりやり塞いでおくくらいはできる。なので実際問題として、見た目的には大怪我であるが、命の危険とかは特にない。
……そういえばいつの間にか湖のほうから聞こえていた音が止んでいる。あっちのほうも無事に終わったということだろうか。彼女の両親が無事であると良いのだが。
それにしても疲れた。
思ったよりも上手くいかず、怪我するというヘマまでやらかしてしまった。きっとこの姿を見ているであろう神様は、こんな私の姿を見て話しのタネにし、笑っているのかもしれない。
だけどそんなことはどうでも良い。自分の知らないところで神様に笑われたりしているなんて、どうでも良い。だってこんなにも気分が良いのだから。
* * *
そんなこんなで魔物討伐は終わった。
あの後助けに行っていた騎士たちが戻ってきて、こっちにもトロールが来ていたことに驚き、慌てていた。そして念のためと、周囲一帯を見回っていた。
桃色髪の少女の両親は、いくつか傷はあったものの、命に別状はなく無事であった。
彼女は両親が肩を預けながら騎士と共に現れると、涙を零しながら走りかけていた。ただしその勢いのまま抱き着いてしまえば、怪我人へのダメージがということで、お父さんに止められていた。
私のほうはというと、騎士の人に怪我をさせてしまってと謝られたりして、少々大変だった。ただこれは多分屋敷に帰ってからのほうが大変になるだろうなと空を見上げた。
今回のことで魔物討伐――いや、それどころか傘を振ったりすること自体を禁止させられないといいのだが。この点に関して、少しだけ不安がある。
だけどまあ、大丈夫だろう。しばらくは心配性になるかもしれないが、私が甘えたりすれば、コロリと続けても良いよと言ってくれるはずだ。
それによりも、頭の中に残っているのは今回の戦いのこと。
今までやってきたみたいな弱い魔物を蹂躙するかのような行為ではなく、正しく命の取り合い、生きるか死ぬかの戦い。こんな体験は前世でだってやったことがなかった。本当に初めての体験であった。
そして前世での呆気ない死を覚えているからこそ、あの戦いはとても怖かった。
別にあそこまでやろうとしなくてもよかったのではと後悔がなかったかと言われれば、嘘になる。大人しく、守りに徹していればこんな傷を負わずに済んだ。
しかし、だからこそ結果として桃色髪の少女に傷を負わせることなく守り切れたと言える。怪我無く、両親と再開させることができた。……安心させられたかどうかに関しては、少々審議が必要ではあるが。
だけどそもそもの話、あれはもっとうまく戦えたはずだ。調子に乗って、傷を負い、最悪の可能性が頭を過る、そんなことはなかったはずだ。そうだったらこんな審議は必要なかった。
これは私の慢心の結果。
魔力が多いからと、調子に乗って油断してしまった故の過ちだ。
こんなことは二度と繰り返したくない。
もしもう一度があれば、次はこんな油断による傷なんて負わない。
そのためにはもっと強くならないと。そんなことを考え、闘志を抱きながら、私は帰路の道を揺られて行った。
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