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4話 待機、そして――

 ひとまずこの場に残るように言われ――かといって特に何かをするように指示を受けたわけでもない私は、手持無沙汰になりその場に立ち尽くした。


 確かこの森にある湖はここから二〇分くらい歩いていけば到着する距離のところにあったはずだ。


 あそこの湖はかなりきれいで、私も両親と一緒にピクニックで行ったことがある。


 そのときは騎士を何人か護衛に連れて行ったが、この男、もとい執事と赤髪の少女も私と同じく護衛を連れていたはずだ。それにもかかわらず、こうして命からがら逃げなくてはいけないような状態になってしまった。


 一体どんな魔物と遭遇したのだろうか。


 少しその正体が気になる。直接この目で見に行きたい、あわよくば戦ってみたいという願望がある。


 だが、ここは我慢である。私は魔力がいっぱいあるが、だからといってそれで何でもかんでも解決できるというわけでもないのだ。


 私に使えるのは魔力強化のみ。


 それ以外の魔法はほぼ使えないといったほうが良い。


 魔導書を見ながら、それもゆっくりと時間をかけながら詠唱とかをしていけば、使えないことはないが、はっきり言ってそんなもん使い物にはならない。というか今手元に魔導書がないから見ることもできないし。


 そんな魔法の恩恵を半分も受けていない。燃料だけは一杯ある。そんなあり様ではどうするって言うんだ。


 結局のところ、魔力強化なんてただ身体や()を頑丈にしたり、通常以上の怪力を引き出したり、そういうことができるだけ。


 不意打ちとかなら問答無用に怪力で殴り飛ばせるが、所詮は子供に出せる程度の怪力。それだけで解決できるほど、執事らを襲った魔物も弱くはないだろう。


 もしかしたら相手をしたら、普通に私は死にかけたりするかもしれない。


 そんな私がさっき湖のほうへ向かった騎士たちについて行く。


 普段であれば何か危険があれば助けることも容易であるが、今回は要救助者もいる上、相手にする魔物の力も未知数。そんな状況でその普段ができる補償と言うものはない。


 騎士の人たちが私にここに残っているように言ったのにはそういう訳があると思う。


 まぁそれはそれとして暇である。


 ここに残った騎士たちは二人であるが、どちらも執事の治療をしている。私がそこに入ったところで何かできるというわけでもない。むしろ邪魔になるかもしれない。


 私は何となく執事の背負っていた少女のほうへ向かった。


「……」


「うーむ……」


 桃色髪の少女の着ている服は土や砂が付き、血の跡が染みついてしまっていた。しかし、そこに少女が流したと思われる血はなく、少女は傷一つ付いていなかった。


 あの執事の人が命からがら逃げてきた、その甲斐もあったというものだろう。


 ……それにしても可愛いな。この世界に転生してから私は父が領主として治めている小さな街、ここから飛び出し、交流するということはしてこなかった。そのため同年代の人との交流もない。


 ここ数年はずっと傘を振り回して遊んで過ごしていたし。


 なので私はこう……自分以外の少女という年代の子と会ったことというのはほぼない。


 だからなのかちょっとだけドキドキしてしまう。


 桃色髪の少女は寝息を零しながら、静かに目を瞑っている。しかしその顔の眉間にはシワが寄っており、汗もにじんでいる。魔物に襲われた瞬間のことを思い出しているのだろうか。


 そんな風に思って少女のことを眺めていたら、突然遠くのほうから何やら大きな音が響いた。


「魔物との戦いが始まったのかな?」


 今の音は多分何か魔法を使ったことで発生した音だと思う。


 それにしてもあんなにも音を響かせるほどの魔法を放つとは、襲っていた魔物は私が思っていたよりも強いのかもしれない。……うん、これは私がここに残されて正解だったな。


 仮に魔法に巻き込まれても、私の魔力量ならば何発かは耐えられるかもしれないが、いるだけで騎士たちの気を逸らして邪魔になって、倒せるもんも倒せなくなるな。


 そんなことを頭で考えていると、桃色髪の少女の瞳が開いた。琥珀色の瞳に私が写り込んだ。それから周りを見回し、不安そうな顔をしながら口を開いた。


「ここは、セバス……セバスは? それにお父様は……お母様は?」


「セバスっていうのは……君の執事?」


「は、はい。そうです」


 執事で、セバス。うん、非常に分かりやすく、覚えやすい名前だ。


「彼ならそこで倒れてしまって、今治療を受けているよ。命に別状もないらしい。それとお父さんとお母さんのほうは……多分今騎士が助けているよ」


「本当ですか! あぁ……良かったです……ほんとうに……」


 桃色髪の少女は安心したように肩を下ろした。


 私は騎士たちのほうへ行き、桃色髪の少女が目を覚ましたことを伝え、水を受け取った。そしてそれを持って、再び少女の元に戻った。


 湖のほうから聞こえる音はますます激しくなり、大きく響いてきている。


「起きたばかりで悪いんだけど、何があったの?」


 つい疑問に思ってしまい、そう尋ねた。すると桃色髪の少女は顔を青ざめながら喋り出した。


「えっと……今日は、ピクニックに……来ていて。それで、お昼を食べていたんです……」


「うん、それで」


「……たくさん、緑色の魔物がいて。……それから、その魔物たちを率いている? 大きな魔物がいて……それで、一斉に来たせいで、みんな対処できなくて、私も……見ているだけで……」


「うん」


「……なにか、なにか手伝えたらって、思って……この前教わった魔法を使ったんだけど、全然……効いてなくて、そしてらお父様が、大きな声で逃げろって……それでセバスに抱えられて……」


「……」


「それで私、わたし………………」


 いつの間にか桃色髪の少女は涙を流していた。いや、むしろ今までよく涙を堪えていたというべきか。最初に目覚めたときに、取り乱さなかったことを褒めるべきだろう。


 ……それにしても緑色の魔物がたくさんと、それを率いる魔物か。


 彼女たちのことを襲ったのは十中八九、トロールの群れだな。


 トロールは基本的に小さいが、その群れを率いる長だけは巨大な体躯をしている。そしてこいつらは群れで行動し、人を襲い喰らう魔物であるため騎士たちによってよく討伐される目標にされている。


 しかしその繁殖能力と、行動範囲の広さから、今回のように騎士の手を逃れたトロールによって襲われてしまう人が出てしまう。


 トロールはゴブリンに比べ、力も魔力もあるため、簡単には倒せない。その上数も多く、基本的に集団で行動する。そのため最低でも三匹単位で獲物に襲いかかってくる。


 力と集団、その二つの暴力で襲いかかってくるのだ。備えなく襲われてしまえば、簡単に命を落としてしまう。


 さっきから響いている魔法の音。あれは多分、集団で襲いかかってくるトロールたちを、魔法によって分断したりして倒しやすい状況をつくっているのだろう。


「きっと大丈夫だよ。騎士の人たちが、君のお父さんやお母さんたちを必ず助けてくれるよ」


 そう彼女を励ましつつ、私は水の入った水筒とハンカチを手渡した。


「ぅう……ありがとうございます……」


 なんだか少しだけ庇護欲みたいなものが湧いてきて、照れてしまった。少し赤く染まった頬を隠すようにして傘をぐるりと一回転させた。


「それにしても……すごい音だね……」


「はい、そうですね。……お父様とお母様、本当に大丈夫かな……」


 遠くからは爆発音に加え、何かが燃えたりするような匂いが漂ってくる。


 相当トロールの数がいるのか、それとも予想外に強いのか、いずれかは分からないが未だ戦闘が終わりそうな様子はない。


 ――そのとき、近くの草むらから何かが動く音がした。


「?」


「どうしたのですか?」


 私は反射的にその方向を見る。そこには人影もなく、ただ爆風に揺らされる植物が生えているだけ。そこには誰もいなかった。


 しかし、その方向から何か私たちのことを見ているような視線を感じた。


 思わず傘を握る手に力がこもる。


 そして傘の先を地面に突き刺し、少し土を掘り返し、それを視線を感じる場所へ放り投げた。


 風に飛ばされたりしたせいで、全部が全部目標地点に落ちたわけではなかった。だがその大半の土がそこへ飛び散りながら落ちていく。草にバサバサとぶつかりながら散らばる。


「ギャッ!?」


「えっ?」


「……マジ」


 落ちてきた土が目に入ったのか、そこから小さな――子供くらいの大きさで全身が緑色、手には雑なつくりの斧を携えた生き物が目を押さえながら出てきた。


 それを見るや否や私は治療を続けている騎士たちに向かって叫んだ。


「騎士さん!! トロールです!!」


「なんだとッ!?」


 トロール一匹程度ならば問題はない。しかし、トロールとは集団で行動する魔物。一匹だけがここにいるなんてことはない。


 その予感は見事に的中した。


「ギャギャ」


「ギャッギャ―ギャ」


「ギャ―ギャッ!」


 トロールたちが次々に草むらから出てきた。その数は八匹。一方ここにいるのは五人だけ。しかもその中には動けない者もいる。


 私はすぐさま桃色髪の少女を守るような形で前に出た。


「あ、あの……」


「大丈夫。大丈夫」


 トロールたちの持つ斧からは血の匂いがし、そして古いもの新しいものが入り混じった血がベッタリと付いていた。否が応でも、私に死を意識させてくる。


 少ないが今までも魔物を倒したことはあった。


 しかしそれらはある程度の安全が保障された中で。今のように、死ぬかもしれないという状況ではなかった。


 そんな事実が私の血の流れを早くさせた。


 思わず冷や汗が出てくる。


 騎士たちは剣を握り、こちらへ駆けてこようとしているが、負傷者を守りながら襲いかってくるトロールに対処している為、それよりも早くトロールが私たちへ襲いかかる。


 だからここは自分の手で何とかしないといけない。一手でも誤れば死ぬかもしれない。


 死ぬのなんて本当に簡単なことだ。


 そのことは()()()()が、はっきりと理解させている。


「ギァギャ」


「いつもと変わらない。いつも傘を振り回してきたときと、なんら変わらない。だから大丈夫」


 そう呟き、私はしっかりとトロールたちを見据えた。


 私たちを狙うのは四匹。


 トロールたちは息を荒くして、得物を構え、にじり寄ってくる。その表情には私たちに対する嘲笑いが含まれていた。子供だから、その上女だからと舐めている。勝機はそこからつくっていく。


 冷静に。確実に対処していけば、問題ない。


「ギァギャ!!」


 一匹が先行して飛びかかってきた。


 他の三匹は左右、そして後ろへ回り込むような形で駆けだしてくる。


 足止めをして、その内に逃げられないようにして、囲んで殺すという魂胆だろう。


「君、立てる?」


「すみません……少し、腰が抜けてしまって……」


「よし、じゃあ――」


 私は桃色髪の少女の返答を聞き、彼女を引き上げて立ち上がらせた。その勢いのまま、飛びかかってきたトロールの腹目がけて傘を振り上げた。トロールは苦悶の表情を浮かべながら宙へ舞う。


 他のトロールたちの足が一瞬止まった。


 その隙に私はトロールたちに囲まれないように、その間駆け抜けた。一番近くにいたトロールを蹴り飛ばし、もう一匹にぶつけるのも忘れなかった。


「ウギャァ!?」


「ギャ!!?」


 そして距離を少しとり、一息を吐く。


 チラリと騎士たちの方を見たが、状況としては問題なさそうだが、やはり倒すのに時間がかかっている。こちらへの助けは期待できそうにない。


「………………」


 心臓の鼓動が凄い。


 滲み出てくる汗で傘を滑り落してしまわないか心配だ。


 魔力の操作をミスって、魔力強化が脆くならないか不安だ。


 しかしそんな感覚も、後ろにいる少女の存在が和らげてくれる。もし私がへまをこけば、この子も道連れとなってしまう。そんな終わりかた(死にかた)は嫌だ。神様に云々ではなく、人としての話だ。


「私の側から離れないでね。絶対に大丈夫、大丈夫だから」


「は、はい」


 宙を舞ったトロールが地面に落ち、それと同時に三匹の足が抜けた私たちへ向いた。


「ギャギャギャ!!」


「ギャッギャ!!」


「ギャァー!」


 トロールたちの流れは崩した。


 さっきみたいに秩序だった、策を絡めた動きではない。舐めてかかった獲物に予想外の攻撃をされたせいで、宙を舞ったトロールを筆頭に、我先にという感じで走ってくる。


 一匹残らず、同じように顔を赤く染め、怒りを含んだ叫び声を上げている。


 そこには連携するという気概は感じられない。


 これでトロールたちの長所を潰せた。


「ハハ……」


「?」


 トロールたちが冷静になる前に倒さないと。


 それも一撃も喰らわずにやらないといけない。


 少しでも調子づかせるようなことはしてはいけない。隙を晒してはいけない。もしそうなれば冷静さを取り戻してしまうかもしれない。


 張り詰める緊張によって魔力強化を崩してしまわないように、焼け石に水な行為であったとしても、少しでも落ち着かせようとする。


 そうしていると何だかやけに周囲のものがはっきりと認識できた。いわゆる、極限状態で世界がスローモーションで見えるというやつなのかもしれない。


 熱くなる身体。


 早くなる呼吸。


 死の気配。


 認識に抜け落ちがないかと、生存本能を総動員して思考している。


 何もかもが初めての体験だった。


 私の中で何かがハマっていく――そんな感覚を抱きながら、トロールに向かって傘を突き出した。

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