2話 欲求がウォーミングアップを始めました
「レインお嬢様、そろそろ到着いたしますそうですよ」
「はい、分かりました」
私がこの世界にTS転生して八年ほど経った。
私が生まれた家はやはり貴族の家で、ブレラ家という。……名前に何だか傘感を感じてしまうのはきっと勘違いではないのだろう。
恐らくというか、ほぼ確実にあの神様が意図したことなのだろう。中途半端に干渉していて、何だか絶妙に不安になってくる。
まぁ何はともあれ、すっかりこの世界に順応……もちろん性別的な意味でも順応してすくすくと育った。
両親に愛され、大切に育てられたおかげでここまでの人生は何不自由なし。
それに今のところ神様の刷り込んだ『傘を振り回したい』欲求のせいで何かやらかすなんてことはない。
たまに雨ののときに外へ出歩いたりする際、傘を取り出すと、若干それを振り回したいなぁという願望みたいなものは湧いては来るが、我慢できる程度だ。この程度の欲求であれば特段なにか間抜けなことをやらかすなんてない。
いやー神様はなんか言っていたが、案外大したことがない。
現代日本でろくに信仰されていない神様なんてその程度ということだろう。……あ、そう言えば私のことを転生させたあの神様の名前ってなんだ?
聞くこと忘れて、何の神かなのかも知らないな。ここまでの効力の低さを考えると、そこまで力を持つ神ではなかったんだろう。
間抜けな死にかたを神様たちの話のタネにされてしまっているというのはかなり恥ずかしい目には合ったし、何か変な欲求を刷り込まれたり、転生したら女になってしまったりしたが、何はともあれ順風満帆。結果的に良い感じになった。
それに話のタネにされていることに関しては、もう八年も経ったのだからすっかり気になんなくなった。
一応これから先も間抜けをやらかさないように気をつけていけば、何も問題なしの人生。
そして今日はそんな人生を楽しめる要素がまた一つ追加される。
「こんにちはレイン様。私、本日より家庭教師を務めさせていただきます、ティークと申します」
「始めまして、ティークさん」
私はメイドと共に玄関まで行き、屋敷に訪れたごっつい筋肉を携えた男を出迎えていた。
着ている服が筋肉によってパツンパツンに張っていて、失礼ながら脳筋のような印象を抱かされる。
見た目からこんな印象を抱かされるが、この人は私の生まれた国でもかなりの魔法の使い手という、物理と魔法を兼ね備えた人なのである。
なぜそんな人が屋敷に来たのかというと、私の家庭教師としてしばらくの間魔法や剣について教えるためだ。
この世界には魔法がある。そして魔物がいる。
魔物で身体の大半が構成されている生き物のこと。種類としてはファンタジーでよくいるスライムやゴブリン、吸血鬼とかそういうのが色々いる。
そしてこの魔物という生命体は、人間に対して敵対的である。人間が生きていくのにはそういう魔物に対して自衛の手段が必須となってくる。
これは例え貴族であっても同じだ。むしろ貴族という地位にいるからこそ、もしものときに備えて、しっかりと自分の身を守れる必要がある。
そこで大抵の貴族の子供はある程度の歳になると、家庭教師を雇って、自衛手段を学ばせるのだ。
貴族にはお金も時間も余裕があるのだから、早い段階で自分の子供に自衛手段を学ばせておきたいということなのだろう。かくいう私の両親もそのタイプで、他のところがやっているからやっているというよりは、可愛い愛娘を守るためという面が強い。
一応、一八歳になれば魔法学校という、私の住むコール王国の中心にある学校に通うことになるのだが、貴族は家庭教師で学ぶべきことの大半を学びきれるため、学校では専門的な部分やさらに進んだことを教えたりするらしい。
ただし父曰く、学業に専念するという貴族はごく一部で、大抵は留年しない程度に学業をして、貴族通しの繋がりをつくり、あとは最後の自由時間を楽しむという感じ。まともに学業に専念するのは平民出身で学校に入学した人ぐらいらしい。
まあ必要最低限のことは家庭教師から学びきっているのだから仕方ないと言えば仕方ないと思う。
ちなみに今のところ私の将来設計みたいなものは未確定。ブレラ家の子供は私一人であるため、自動的に私が次期当主ということになるのだが、我が両親は私を溺愛していて、将来に関しては自由にしていいと言ってくれている。
そのため政略結婚みたいなことも今のところなく、結婚したいなら良い相手を見つけてこようかと言ったりしていた。
はっきり言って貴族がそんなんで良いのかと思うが、良いらしい。本当に良いのだろうか?
「ではさっそく魔法の授業をしていきましょう」
そんなこんなと考えていたら屋敷の中庭のほうへ到着。ティークは自分の荷物からいくつか本や道具を取り出した。そして透明な水晶を持って私の前に立った。水晶の大きさとしては、バスケットボールよりもひと回り小さいくらいだ。
「まずはレイン様の魔力量の把握からです。自分の魔力の量を理解しないまま魔法を使っていけば、魔力切れになって危険な目に遭ってしまうことも多々あります。魔力量を過信して命を落としてきた者を私は何人も知っております」
「なるほど」
神様がちゃんと転生特典をつけてくれていれば、私のも魔力量はかなりあるはずだ。だけど実際にそれを確認したことはないから、どんなもんなのかはかなり気になる。
「この水晶に手を当ててください」
「こうですか?」
「はい。そうしたら手に力を込めてみてください。段々と手の中心辺りが温かくなってくるのを感じるはずです」
ぎゅっと手に力を入れる。
最初の内は何も感じなかったが、しばらくすると家ティークが言っていた通り、手の中心が温かくなってきた。いや、温かいというよりも少し熱い感じがする。
「うむ、良い感じです。その調子で続けてみてください。しばらくしたら水晶に色が付いてきます。その色によって魔力量がわかります」
「へぇー。どういう原理なんですか?」
「そこら辺のことがあまり詳しくはないので、しっかりとは言えませんが、魔物を素材にしてつくっているらしいですな。魔物というのは皆、生物の持っている魔力というのを何となく把握することができ、それで襲う獲物を決めるそうです。この水晶はその力を利用しているらしいですぞ。……まあ魔力を把握するといっても細かく分かるというわけではなく、大雑把に多い、少ないというのが分かるだけらしいですが」
「なるほど」
ひとまず魔物の持っている力を利用しているということはわかった。それをどうやって利用なんていうことを知ろうとすると、専門的になってくるからだろう、ティークはそれ以上話を続けなかった。
そうこうしているうちに、水晶に紫色が薄く浮き出てきた。
そして紫色から少しずつ、ゆっくりと変化していく。
「あ、色が付いてきましたよ」
「紫が少なめ、青が一般的な魔力量で大抵の人はこの色になります。そして黄色が一般的な人よりも多く魔力を持っているってことになりますぞ」
そうなると私の水晶の色は黄色になるのかな――
「ありゃ?」
「うむ?」
そう考えていると水晶の色の変わる速度が加速していき、黄色を超えて、赤色になった。
そしてそのまま水晶の色は濃い赤になっていき、とうとう眩い光になった。
その様子に私とティークはおもわず目を見開いた。
「こ、これは……」
「えっと、ティークさん、これって大丈夫ですか? なんだか水晶がどこはかとなく温かくなってきたような……」
「ま、まずいですね!? 早く水晶から手を放してください!!」
「え、あ、はい!」
私は言われるがままに水晶から手を放した。
するとすぐにティークは水晶を空高くに投げ上げた。
そして次の瞬間、空高く上がった水晶は一際強い赤い光を発して――
ドカンッ!!
大きな轟音を響かせて爆発した。
爆風が私の肌を震わせ、土煙が舞う。
思わず尻餅をついてしまいそうになったが、ティークがすぐに支えてくれたことで無事であった。
「今のは……」
「レイン様の魔力量が水晶の許容量を超えてしまったようですな。どうやらレイン様の魔力量は一般的なものを遥かに超えた量を持っているみたいですな」
う、うん。神様に魔力量を膨大にしてとは頼んだが、ここまでのものとは。普通に予想外。結構嬉しい誤算である。
「これだとどのくらい魔法が使えるんですか?」
「私もここまでのものは初めて見たので正確には言えませんが、恐らく身体強化を一日中ながら魔法を複数使って、一日中戦いをし続けてもまだ魔力が残る程度には」
はぁー。全然良く分からないが、とにかくめちゃくちゃ魔力があるということだけは分かった。そんだけあればもはや魔力という点で私が困るということはないな。
「私としてはレイン様のことを騎士団へと今のうちに勧誘しておきたいくらいですぞ」
「あはは……」
戦いに明け暮れる日々というのは少しワクワクするが、それでもやはり平穏が一番。
間抜けはやらかさないよう、スローライフを送りたい私としてはここで変にワクワク感に身を任せてしまえば、神様の見たい光景を晒してしまうこと間違いなしだ。
「……それよりも授業のほうを」
「お、そうでしたな。まずは基礎的な魔法である魔力強化からやってみましょう。感覚としては先ほど水晶に手を当てていたときと同じように、それを身体全体にやってみてください」
言われた通りに自分の身体に力を入れていく。するとさっきと同じように少し熱いような感覚が身体を覆ってきた。
多分この温かな感覚が魔力というのだろう。私の魔力量が多いから、温かいではなく熱いという感覚を感じるのだと思う。
「できたと感じたら私の手を殴ってみてください」
「え? 良いんですか?」
「どうぞ。流石に子供に怪我されるほど私の身体は柔ではないですぞ。遠慮なくどうぞ」
「じゃあ、遠慮なく」
握りこぶしをつくり、そのままティークの手に向けて放った。
「あれ?」
気が付いたらティークの姿が目の前から消えていた。私は思わず口から声を漏らしてしまった。あたふたと周りを見回してみると、正面の少し離れた先に尻餅をつくティークがいた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「いやー油断しましたな。初めての魔力強化だから、そこまでではないと思っていましたが、流石あれだけの魔力をお持ちで」
ティークはワザとらしく砂を落としながらそう言った。
それから少し離れた場所にいたメイドに耳打ちをした。メイドは駆け足で屋敷の中に戻っていき、ティークは再び私のほうを向いた。
「身体の強化は問題なく出来るようですので、次はモノに対して魔力強化を行ってみましょう」
「モノに?」
「ええ。モノを魔力で強化して、強化したモノをさらに自分の魔力で強化した別のモノにぶつけてみる。そういうので魔力を使うという感覚をより掴んでいきましょう」
少しするとメイドが戻ってきた。
「あ……」
その手には二本の日傘が携えてあった。
「すいません。何か使えそうなものを探したんですが、これしか見つからなくて」
「うん、いやそれで良いですぞ。ではレイン様、早速その日傘を魔力で強化してぶつけてみましょう」
「え、あ……いやぁ……」
マジか。ここで。このタイミングでか。
まさかまさか、傘を振るなんていう状況が発生するとか予想外にも程がある。……いや、今までだって問題なかったし、『傘を振りたい』欲求はそこまでのものではなかったし。大丈夫か……。
私はメイドから日傘を恐る恐る受け取る。
特に変な感覚みたいなのはない。日傘を振り回したいという感覚が全くないというわけではないが、それでも今までと変わらずという感じだ。
うん。これぐらいなら問題ない。
「今度は魔力をそれに流し込んでいくような感覚で力を入れてみてください。できたら一本を私に貸して、それ目がけて思いっきりぶつけてみてください」
「……ふぅー、よし」
感覚としてはさっきよりも難しかったが、すぐにできた。私が傘同士を軽くぶつけてみると想像以上にしっかりとした頑丈さを感じた。
一本をティークに渡す。
そしてもう一本の日傘を片手で持つ。なんだか手の中でしっくりくるような感覚がする。……しかし、そんな感覚を気にする間もなく、私は日傘を下のほうから振り上げた。
傘同士がぶつかり、ティークが持っていた日傘が音を立てて飛んでいく。それを見送りながら私は自分の口角が上がってしまったのを感じた。
何か自分の中のネジみたいなものが外れたような感覚がした。
あ、これ、ダメな奴だ。
これ以上はダメだ。
ダメなはずだ。
ダメだと分かっている。
理性がそう警鐘している。
これ以上踏み込んでしまえば神様の思惑通りになってしまう、そんな確信めいたものがある。
だが、
しかし、
だとしても、
「………………」
「どうしましたレイン様?」
これはもう、
「ふぅ………………」
我慢とか、
「アハハ!!」
できるわけがなかった。
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