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17話 傘は魔法よりも強し

「潰れて、ぐちゃぐちゃになれぇ~ッッッッ!!」


 男のような、女のような、ノイズが混じりあった不気味な声が響くを通り越して、屋上に轟いた。空気が震え。肌をひりつかせる。だけどそれは轟く声だけが原因ではない。


 私を覆い隠すように、迫ってくる巨体。


 まるで津波かのよに、私を押しつぶそうとしてくるライムの身体。


 こんなものに押しつぶされれば、いくら魔力強化をしているとはいえ、圧死してしまうのは確実。どうあがいてもまともに食らってはいけない。喰らえば死ぬ。そんな死の予感が、私のことをひりつかせていた。


「……」


 この感覚になったのはあの時(トロール)以来。


 あのときは初めての命がけの戦いということで、死の予感を感じた。


 そして今回は、明確な殺すための攻撃を目の前にして、それを感じた。


 だけどあのときとは違い、私の頭の中は何もかもがはっきりとしていた。無駄に焦ることはない。行け異なことを考えることもない。頭の中にははっきりと、この状況を打開するための方法が浮かんでいた。


 だからあとはそれをその通りに実行するだけ。


「ま。秘策の方はあともう少し時間がかかるんだけど、ね」


「なぁ~にをごぉちゃごちゃとぉ~!!」


「こんなもんでは、私を殺せないってこと」


 私は傘を床に突き立てた。


 そしてそのまま力と魔力を込める。魔力は節約のため、十分な量だけ込めるように心がけながら。


「はぁ!!」


 すると屋上の床に亀裂が入り、それは音を立てながら広がっていく。そのまま屋上の床は崩れていくが、その順番は私のいるところではなく、ライムのいるところが先。


 普通のスライムだったら形を変えたところで、質量は変わらない。


 だけどさっきのライムの発言からして、あの身体は、あの大きさ通りに――いや、あの大きさ以上の質量を持っているのだろう。だからこそ床に亀裂を入れ、壊れやすくすれば。先に壊れる床は、私以上の質量を持つライムのいる床の方が先となる。


「なぁぁ~!?」


「そんなに大きくなるからですよ」


 ライムは突然崩れていく床にバランスを崩し、私に迫っていた巨体に隙間ができる。私は崩れていく床に気をつけながら、駆けていってその隙間を抜けた。


 ドゴンッ!!


 そんな騒音を響き渡らせながらライムの姿は床に出来た穴の中へと消えていった。あれだけの巨体なんだし、勝手に下の階の床も壊していくだろう。校舎を壊していくことになるが、そこはご愛敬。魔物を倒すということで、先生たちには許してもらいたいなぁ。


「まあ、雑念はこれぐらいにして……」


 私は何とか壊れずに残った、屋上に設置された柵の上に立ちながらそう言った。


 今のでライムを倒せるなんては到底思っていない。これはただの時間稼ぎ。私の秘策を使うため。そのための時間稼ぎだ。


「久しぶりだから、失敗するとかはやめてくれよなぁ」


 若干の不安もあったが、それは頭の奥の奥の方へと押しやり、身体中の魔力に意識を向ける。


 私はただでさえ魔法を使うのが苦手だ。だから普通に魔法を使おうとしても、時間がかかるし、集中する必要がある。普通戦っている最中に、そんな隙を晒せば、致命的過ぎる。だから私はそれを何とか出来るような魔法をつくろうとした。


 結果として、その魔法を使うのには長い詠唱をする必要が生まれはしたが、普通に魔法を使うよりははるかに楽。そこまでの集中を必要としなくなった。


「《ここに世界の真実を定義する》」


「《世界を統べるは秩序に在らず。世界を統べるは人の意志》」


「《あらゆる秩序を振り払い、薙ぎ払い、淘汰して、あるべき姿を今示せ》」


「《其は災禍から人を守るモノ》」


「《安寧の場を設けるモノ》」


 そこまで詠唱をしたところで空いた穴から緑色の物体が飛び出してくる。その姿は先ほどまでの巨大さとは打って変わって、人間サイズに戻ってた。


「クソォがぁ~~~~!! 身体で押しつぶすのがぁ~ダメならぁ~魔法でつぶれろぉ~!!」


 ライムの身体の周りに無数の、小さな粒が生まれた。ほとんど魔力が込められていないただの水。しかし、そこにライムの特性が合わさるとどうなるか。


 答えはすぐに表れた。


 小さかったはずの水は、一気に膨らみ、軽く私を覆い隠せるぐらいの球体へと変化した。


「今度こそ潰れろぉ!! 潰れろ潰れろぉぉぉぉ~~~~!!」


 多分あの水の球体はさっきまで放っていた魔法なんかとはケタ違いの重さなんだろう。


 当たればひとたまりもない質量兵器。


 だけど遅かった。


 一歩、ライムは遅かった。


 既に私の魔法は発動している。


 私を不安定な柵の上から一歩も動かず、傘を広げて佇むだけ。そんな無防備な私目がけて、水の球体はいくつも着弾。水しぶきが上がり、衝撃音が鳴り響く。怒涛の攻撃に私の姿はあっという間に隠れてしまった。


「あはははぁ~、避けることもできなかったかぁ~。それもそうだよなぁ~。だってぇ~、自分で足場を壊したんだからなぁ~。自業自得ってヤツだぁ~」


「そうでもないよ」


「はぁ~~~~!?」


 攻撃が止み、勝利を勝手に確信していたライムに私はそう声をかけた。


「なんでぇ~、なんでぇ~無事なんだよぉ~!?!?」


 ライムは身体中に目をつくり、それらを見開かせながらそう叫んだ。


「ライムは魔物だけどさ、『傘』が何のための道具か知っている?」


「急になんだぁ~? そんなの今はかんけぇないだろぉ~!? そんなことよりもなんで、お前が生き残ってるかぁお~!?」


「せっかく教えるって言うのに、そんなんじゃ私みたいに落第するぞ」


 そんな軽口を零しながら、私は柵の上をスキップするかのように歩き始めた。


「まぁ勝手に語らせてもらいましょうか」


 私は余裕満々、ライムは怒り心頭。


 無我夢中でさっきと同じようにとんでもない質量を持ったであろう水の球体が放たれてくるが、私は広げた傘をそれに合わせる。それだけで私へのダメージは何もない。


 水しぶきが上がるだけ。


「傘って言うのは、雨や雪で身体を濡らしたり、降り注ぐ日光から身体を守るために使う。ある意味で、降り注いでくるものから身体を守るための道具って言えるよね」


 焦る様に身体を波打たせながら今度はライム自身が飛び込んできた。


 そして貫くという感じの攻撃ではなく、打撃的な攻撃を放とうとしてくる。己の質量、それと技によって私の身体の内部にダメージを与えたいって魂胆だろう。


 それにも広げた傘で防御するだけ。広げいるせいで、風の抵抗を受けて、少々振り回しずらいが、問題はない。一発も逃さず、防御しきる。無論、攻撃の衝撃は私へは届いていない。


「私はその点に着眼したんだ。なにせ私は魔法が苦手、下手っぴ。身体一個、傘一本で魔法をいくつも飛ばしてくるような相手と戦うのなんて無謀が過ぎる。しかし、そんな攻撃を傘で防げないかと、ね」


 魔法と打撃。


 その二つを織り交ぜながら、私へ放たれる。


 しかし無駄。


「なにせ飛んでくる魔法も、拡大解釈すれば、降り注いでくるものだしね」


 何一つ、私に効くことはない。


「そうしてつくったのが概念魔法。効果はいたって単純。『傘』という概念を強化する、それだけ。たったそれだけのこと」


 モノとしてではなく、概念として強化された傘がそのすべてを防ぎきる。


「だけどそれだけで、私が持つ傘は、どんな降り注ぐものであろうと、受けきり、守り切れる。そんな傘へと変貌するのさ」


 まぁ欠点として、私の膨大な魔力を総動員することで運用しているんで、あっという間に魔力を枯らしてしまうなんていうのもあるが。流石にそこまでライムに語るつもりはない。


 さて、魔力がなくなる前に、ライムを倒すか。


「そろそろ良いかな」


「意味が分からん。訳が分からん。何なんだ、お前は!! 例え人間であっても、そんな意味不明な魔法をつくるなんて、理解できない!!」


「ふ。口調が崩れているよ」


「知るか!! そんなことよりも、答えろ!! なんなんだお前は!!」


 心底理解できないかという風にライムは大声で尋ねてくる。もはや顔なんてものは存在していなかったが、もし人間の姿をしていたら、もの凄く驚愕してい顔が見られただろう。


 それにしてもなんなんだ、か。


 私はなんなのか。


 前世の記憶がある元男。


 傘を振り回して死んだ間抜けな人間。


 『傘を振り回したい』欲求を刷り込まれて転生した人間。


 魔力がたくさんある人間。


 傘を振り回すのに夢中で留年した人間。


 色々と言い表す言葉はある。だけど今の私は、やはりこう言いたい。


 ワカヅ先生やイチヅ、それに不安でいっぱいなクラスメイト達のために戦う――


「ただの人間だよ」


 すると途端にライムは黙り込んだ。


 あんなにも音が鳴り響いていた屋上にひと時の静寂が生まれる。


 そしてライムはその緑色の身体を波打たせ、震わせながら叫んだ。


「お前みたいな、頭のおかしい人間がいてたまるかぁぁぁぁぁ!!!!」


「心外だなぁ。傘を振り回したい以外は、普通だよ」


 私はそう答えて、柵から飛び出した。


 広げた傘のハンドルを手で回転。あまりの速度に、露先がノコギリの刃のようになったそれをライムの身体目がけて横振り。しかし手に伝わる感覚は、スライムの身体を切り裂く感覚ではなく、ビチャビチャとした水を裂く感覚。


 ライムは傘が当たるその間際に、水の壁を割り込ませていた。


「その傘が、お前への攻撃をすべて防ぐんなら、防ぎきれないように攻撃すればいいだけの話だろぉーが!!」


 叫びと共に、ライムは身体中から無数の手を生やしてくる。それら一本一本が私を四方八方から狙って、襲ってくる。


「それができれば、苦労はしないね」


 私は水の壁を切り裂いて、そのまま引き抜き、振り回した。


 切り裂き、弾き飛ばし、受け流し。そうして全ての手を潰していく。水の球体も飛んでくるが、跳んで跳ねて、下の階に行ったりしながらそれらにも対処をしていく。


 何一つ。


 どのような攻撃も強化した傘の前には雨粒と同じ。


 弾かれて、地面に落ちていくだけだった。


 やがて焦ってきたのか、ライムの攻撃がだんだんと雑になってきた。ただただ私を囲おうとするだけの手。私に放たれるだけの球体。


 もはやそこには策も糞もない。我武者羅に、無我夢中に、まるで赤子の駄々のように。ただ目の前の敵を倒したいという思いだけが感じられた。


 進化した魔物って言うのは、狡猾とイチヅは教えてくれたけど……。今のライムからはそんなもの微塵も感じなかった。


「そろそろ終わりにしようか」


 そろそろ先生たちも駆けつけてきそうだし。


「く、来るな。こっちに来るんじゃない!!」


「知るかよ。そもそもここ(学校)に来たのはお前だろ」


「クソが。だから嫌だったんだ。人間なんかの場所に、入り込むのなんてぇぇぇぇッ!!」


 ライムの最後の抵抗。


 怒涛の攻撃が降り注いでくる。


 しかし降ってくる。


 その時点で無意味となる。


「……」


 傘を差し、少しでも当たれば私の命に届き得る、そんな暴雨の中、涼やかな顔をしてただ歩んでいく。一歩。一歩。また一歩と、残された魔力を慎重にかき集めながら魔力強化していく。


 実際のところ私に余裕はそこまでない。


 初めの傘ノコギリが防がれた時点で、結構ピンチでもあった。だって、この魔法は維持するだけでも私の膨大な魔力を食い潰していく。なくなることはない、そんな風に思えていた私の魔力をすっからかんにさせるほどの大喰らい。


 そのため、あの攻撃が一番余裕を持って魔力を込められる攻撃であった。


 それが失敗した時点で、あとは耐久戦。


 私の魔力が尽きるのが先か、ライムの心が折れるのが先きか。そういう戦いになっていた。


 そして勝ったのは私。


 ライムの方が先に折れ、雑な攻撃をするようになり、こうして悠々と歩ける隙ができた。


「あ、ぁあ……」


「これで終わり」


 ライムの目の前にたどり着いた私はそう宣告した。


「ワカヅ先生とイチヅを傷つけた報いだ」


「ああああああああああ!!!!」


 ライムの中心から鋭い刃が隙間を縫うようにして放たれた。


 私はそれを躱し、同時に概念魔法を解除。続けて残った魔力を全部使って魔力強化。


 傘を抜刀するかのように構え、身体を低くする。


 足に力を込め、ハンドルを力強く握る。


 全身の力を、その一手に込める。


「はぁ!!」


 全身全霊の力と魔力を込めた抜刀ならぬ、抜傘は文字通りライムの身体を両断。二つに切り分けた。ライムの身体から苦悶の声が鳴る。


 しかしここで止まらない。


 わずかでも生き残る可能性を潰す。


 振り抜いた傘を持ち換え、突きの構えに。


 そして放つ。


 その両断した身体にくまなく。


 穴が開いていない場所などない。もはや穴だけで身体がさらに分割されていく、そのレベルまで。


「ッッッッッッ!?!?!?!?」


 そうして残っていた息の根を完全に貫いた。


 残った身体はぼとぼとと地面に落ちていき、動くことはなかった。


「ふうぅー」


 それを見届けた私は全身の力が抜けて腰を下ろした。


 辺りを見渡すとかなりの惨状。戦っているときは気が付かなかったが、今いる場所は屋上でも、その下の階ですらもなかった。ライムの巨体がどんだけ床をぶち抜いたんだと、思わずにはいられない。


「はぁ……」


 怒られたりしないよな。


 そんな風に、既に確定しているであろう未来を想像しながら、私はため息を漏らした。

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