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16話 タネが分かれば簡単なこと

「あはははぁ~!!」


 ライムが駆けだしてくる。その周りには水の弾丸が生みだされており、ライムと共に迫ってくる。


 魔物だから詠唱をする必要もなく、こんな風にポンと魔法を使えてしまう。……ただでさえ魔法を使うのが苦手な私にとっては、非常に羨ましい限りである。


 だけど詠唱なしで魔法が使えるとか、使えないとかは、戦う上ではそこまで大きな差は生みださない。そもそも魔法を使うのには魔力がいる。そしてそれには限りがあり、無限に魔法を使えるというわけではない。これは魔物だって同じ。


 だから魔法が無限に飛んでくるというわけはない。


 それに昨日の魔法で、ライムの魔法が私にはそこまでのダメージにならないことは既に分かっている。


「ふんッ!」


「あはぁ~ッ!」


 傘と拳がぶつかる。


 遅れて水の弾丸が私の身体に着弾していく。


 しかし、それらは私の予想通り、身体を貫くこともできず、制服を濡らすだけ。びしゃびしゃに濡れた制服が身体にビタリとくっ付いて、僅かばかりの不快感を抱かせる。


「やぁ~ぱっりぃ~、魔法は全然効かなねぇ~」


「魔力は大量にあるんでね。魔力強化は過剰にやっても、問題ないんだよ」


「メンドクサイねぇ~。大人しく魔力切れになれぇよなぁ~」


「そんなことを頼まず、むしろ私を魔力切れにしてみろよ」


 ギチギチと拳と傘が鍔ぜり合う。


 傘が受け止めているライムの拳は肥大化しており、到底人間のサイズではない。そしてそんな大きさに反するように、ライムの胴体や足は細くなっていた。


 スライムは変幻自在に身体を変化させられる。


 しかし変化させられると言っても、もとの体積を変化させることはできない。形を変えられるだけ。だからライムの胴体や足は、拳を肥大化させた分、細くなっていた。


「この程度だったら、さっさと終わらさせてもらうよ」


「ははぁ~? 昨日、まともにダメージを与えられなかった癖にぃ~、どうやってぇ~?」


 ニヤニヤとしながらライムはそう言った。そして肥大化させていた拳を収縮。今度は右足を肥大化させ、刃のように鋭くさせ、私の顔目がけて伸ばしてきた。


 空気を裂く音を響かせながら一瞬で伸びる。


 私はそれに傘を添えて、軽く力を込めて横へ軌道を逸らした。それによりバランスを崩したライムは後ろへ倒れかかる。


 そんな隙をつくった私はしゃがみ込みながらライム懐の中へと入り込んだ。


 肥大化させた右足のせいで重心が崩れて、バランスを取り戻せないライムは急いで身体を変形させているが、遅い。数秒程度の隙だったとしても、十分過ぎる。


「どうやってって」


 急いで身体を変形させているライム、しかしその表情には余裕がある。どうせ昨日はほとんどの攻撃を受け流せた、だったら今回も全部受け流せる、とでも高を括っているのだろう。


 確かに、昨日はまともにダメージを与えることができなかった。だが、それでもいくつかは攻撃が効いていた。


 なぜか?


 それは当然、ライムが形を変え、攻撃を受け流すよりも早く、攻撃が入っていたから。


 結局のところ、ダメージを与えられなかったのは、そもそも攻撃が当たっていなかったから。だったらば、今度は回避できないほどの攻撃を叩きこんでいけば良い。そうすればいくつかは受け流せても、それ以外はダメージとなる。


 タネが分かれば簡単なことだ。


「こうやってだよッ!!」


 懐に入った私は、胸の辺りを狙うようにして傘を突き上げる。


 するとライムの変形が遅くなり、胸の辺りがぐにゃりと波打った。


 そして石突きが当たる――そのコンマ秒前、それよりも早く胸に小さな穴が生まれ、その中を傘が素通りしていく。


「無駄無駄ぁ~。こんな予想通りの攻撃ぃ~訳ないよぉ~」


 私は素早く攻撃を引き戻す。そしてそれを再び、今度は狙いをズラして突き上げる。


 またしても穴が開いて、素通りしていく。


 攻撃が当たっていない。


 だけど私に焦りはない。


「こんなの予定調和だよ」


「はぁ~?」


 ここまでの流れは私の想定通り。むしろ私が思い描いた流れ通りだ。


 わざと狙いを分かりやすくして、ただひたすらに突き上げる攻撃をする。そうすることで胸への攻撃を意識させる。


 受け流すよりも早く攻撃を入れるというのは言うのは簡単だが、実際やろうとすると難しい。なにせ不意打ちでもなく、我武者羅に振るったところで、攻撃を想定している相手に効くわけがない。だからこれはブラフ。


 昨日の成功体験をもう一度、と考えているように思わせる。


 私の思惑は見事に嵌っていた。


「なぁ~に、余裕ぶってんだよぉ~! あぁ~ん?」


 攻撃が当たっていないのに余裕な表情の、私の態度が気に食わなかったライムは、そんな言葉を吐きながら首を長く伸ばし、そのまま私の首に噛みついてくる。


 防御は変形だけで十分。


 そう考えたことによる攻勢。


 私の攻撃はもはや意識していない。


 つまりはここだ。


「ここからが攻撃ってこと」


「はがぁ~ッ!?」


 私は傘を突き上げず、手早く左手に持ち替え、そのまま膝を狙って、一閃。


 急な攻撃の変化にライムは対応できず、回避も受け流しもできず、まともにそれを喰らう。


 ぐにゃりと足を捻じ曲げながら、薙ぎ払っていく。


「も―一声ッ!!」


「あがぁぁああッッッッ!?」


 傘を振るう腕に、さらに魔力を込める。過剰となった魔力が漏れて、青い粒子を漂わせながら私は傘を振り抜いた。


 バチンッと、ゴムが千切れたような音が屋上に木霊した。


 ライムの両足は、膝の部分で強引に千切れた。


「ッッッッ!?!?」


 スライムの身体は変幻自在。しかし、その身体は他の生き物と同じく、ひとつの塊。パーツと言う概念がないだけで、千切れたりしてしまえばくっつくなんてことはない。人間の腕が取れても、勝手にくっつかないのと同じように、スライムだって一度千切れた身体は自然に繋がらない。


「どうした? 変な喋り方が崩れているよ」


「クソったれぇ~がぁッ!!」


 地面に身体を落としながら、ライムは吼える。


 歯を鋭く、刃のように鋭利にさせながら噛みついてくる。


 しかし自由落下しながら、そんなバランスの悪いことをしても狙い通りに当てられるわけがない。それに地面に足を着けていないのに、満足に力を込められるわけもない。


「ひょい、と」


 私は首を少し傾けるだけでそれを避けた。


 そしてそのまま、空いている右手でライムの顔をキャッチ。


「さぁ、耐えてみろよ」


「ッ!!」


 長く伸ばした首の中心を狙って草を突き上げる。


 焦るライムは、首を細く、細く分割し、それをいなそうとする。


 それを見て私は思わず笑った。


 単純単純。


 傘を完全に振り上げる直前に、ハンドルに込める力を変え、九〇度倒す。


 するとその先にあるのはもはや人間の身体の原型をなくしながら落ちていくライムの胴体。


「ハズレだよ」


 思わずそう言葉を漏らしながら連続の突きを放った。


「がぁッ!? あがぁッ!? おごぉぉぉッッッッ!?」


 ライムの叫び声が、顔面をキャッチしている右手を震わせる。


 手の中に何か鋭いものがぶつかった感覚がしたが、問題ない。ライムの抵抗は、私の肌を貫くことは叶わず、ただ表面をぶつだけに留まる。


 その間も、私は突きを放ち続ける。


 ほんの少しだけスカしたような感覚はあったが、それ以上に、粘度のある肉体を傘が通過していく、ムニュムニュとした感触が手に伝わってきた。


「あがぁ~ッ!?」


 ライムは苦悶の声を漏らす。


「人間がぁ~調子に乗るなぁ~!」


 ライムがそう叫んだ瞬間、私とライムの間に突然巨大な水の塊が現れた。


 水の塊はまるで風船が破裂するかのように、パンと割れ、私を吹っ飛ばした。


 勢いよく飛ばされた私は、屋上の柵の手前まで下げられる。地面には制服に付いた水が地面に軌跡を残し、不格好な直線を描いていた。


「……まぁ、あのまま終われるわけがないか」


 衝撃で痺れた手を、グーパーグーパ―と慣らしながらそう呟いた。


 それにしても前言撤回だ。


 ついさっき、詠唱なしの魔法は差を生まないとか言ったが、そんなことない。詠唱がなしでこんなことをされたら、防御反応が遅れてしまうのは確実。奇襲性能がピカイチ過ぎる。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


「大丈夫? スライムさん」


「……俺にダメージを与えられたからって、あんまりぃ~調子に乗るなぁ~」


 ライムは伸ばしていた首を元に戻しながらそう言った。


 まさかあんなにも攻撃を喰らわされるなんて思ってもいなかったのだろう。その言葉には苛立ちが含まれていた。


「それにぃ~余裕ぶっていられるのもぉ~今の内だよぉ~」


「へぇ。それはどうして?」


「俺の攻撃(魔法)がお前を貫けなくても、だからと言って完全にノーダメージってわけじゃ~ない」


「……」


「お前の身体は硬くてもぉ~、お前を襲う衝撃は、確実にお前のぉ内部にダメージを与えるぅ~」


「まあそうだね」


 それはそう。


 私の身体は魔力強化によって硬くなっているが、その内側。具体的に言うと、内臓とかは別に硬くなっていない。そのため、身体の表面から内側へ伝わる衝撃は有効打となり得る。


 しかしここまでの攻撃、その腕力を考えるに、ライムの力はそこまで強くない。ライムの力で、身体の内側にダメージを与えるなんてことは到底できない。そうなると、それが実現できそうなのはさっきみたいな魔法による攻撃。


 あれを撃ち続ければ私にダメージは蓄積されることだろう。


 だがしかし。


 そんなことをすれば魔力切れとなるのは必至。


 私の身体が持つか、それともライムの魔力が持つかの耐久レース。なんともしょうもなさを感じてしまうバトル内容である。


「ははぁ~、こいつらは避けられないだろぉ~」


 そんな思いとは裏腹に、ライムは巨大な水の塊をいくつも生みだし、それを私に飛ばしてくる。水の塊は今にも破裂しそうという具合。私が傘で弾いたり、もしくは避けようとしても、その前に炸裂させて破裂の衝撃を食らわそうという魂胆だろう。


「はぁ……」


 だけどこういう系の戦いって言うのは経験済み。


 私が去年戦いまくっていた先輩の魔法の破壊規模がデカすぎたんだから、当然の話だ。


 迫る水の塊に対して、私は避けることもなく、傘をグルグルと回す。傍から見れば攻撃を前にして自棄にでもなったのかと、言われるかもしれない。


 だけどこれは私にとって、いや傘にとっては良い攻撃への加速方法なのだ。


「死ねぇ~!!」


 その叫びと同時に水の塊が次々に破裂していく。中に込められていた水が衝撃と共に私へと襲いかかる。四方八方からの濁流。そして衝撃波の連続攻撃。


 ……先輩の爆撃に比べれば、甘すぎるそれらを前にして、私がしたことは単純。


 ただ傘を振り回した。


 回して、加速させた傘を、その勢いのままに振り回した。


 空を斬り。


 水を斬り。


 衝撃を斬り裂くように。


 そんな風に、私を中心に球体をつくる様に振り回した。


「は?」


「この程度で私をやれると思うなら、ちょっと情報収集を怠けすぎなんじゃないの? 古代魔法にどんだけ夢中だったんだか」


「なんだ、それぇ~? なんで魔力強化だけでそんな芸当ができんだよぉ?」


「なんでって、そりゃさっきも言ったけど、私の魔力は無尽蔵だし。限界一杯の魔力強化を維持し続けられるからだね」


「バケモンがぁ~……」


「魔物に言われたくはないね」


 軽口を吐きながら、私は濁流と衝撃波をしのぎ切った。


 久しぶりにやったから、上手くやり切れるか若干不安だったが、何はともあれ良かった。


 魔力強化のおかげで体力はほとんど消費していない。


 一方のライムはと言えば。


 ライムは肩で息をしながら、その形を崩していった。やがて人間の形はなくなり、それは緑色をした不定形の塊となった。あれがライム本来の姿と言うわけだろう。


「だけどぉ~調子に乗るのも、ここまでぇ~」


「それ、さっきも聞いたけど」


「うるさぁ~い! 口を挟むなぁ~!」


 どこから言葉を発しているのか良く分からない緑色の塊は、その表面を波打たせた。


「俺は進化したぁ~魔物。……この意味が分かるかぁ~人間?」


「特性を持っているってことでしょ」


 知ってる知ってる。それ勉強会で教わったから。


 確か魔法に何かプラスされたりするんだっけ。……そういえば、ここまで使っていた魔法にそういうのはあまり感じなかったな。


 今までは進化による特性を使わずに戦っていたということか。


「俺の特性はぁ~『拡大』。どんなに小さな魔法でも、その質量や体積を自在に増やせるぅ~」


「それが?」


「はははぁ~。こぉ~れは、何も魔法だけじゃなぁ~い。俺の身体もそぉ~だ。ここからは、俺の攻撃すべてが『拡大』するぅ~!!」


 そう言ったかと思うと、次の瞬間ライムの身体はまるで津波にでもなったかのように巨大になった。あまりの巨体により、屋上に降り注いでいた陽ざしをすべて覆い隠してしまった。


「そんな大きくなったら、先生たちにバレちゃうと思うけど」


「そんなのどうでも良いぃ~! お前だけは、ここで殺すぅ~! 俺をここまでコケにしたんだ、その報いを受けろぉ~!!」


 空気が震え、それがピリピリと肌を震わせる。


 ……流石にこの巨体で押しつぶされたらひとたまりもない。質量兵器って言うのは、いつの世も大抵のものはぶっ潰してしまうものだ。


 本当、秘策の準備をしておいて良かった。


 私は笑みを漏らしながら傘を構えた。


「潰れて、ぐちゃぐちゃになれぇ~ッッッッ!!」

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