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15話 戦う理由

 結局のところ、始めからどうするかなんてことは決まっていた。


 あれこれと悩んだり、迷ったりするみたいなことなんてない。


 朝目を覚ました私はすぐさま行動した。こういうのは早ければ早いほど良いからな。




 昨日起きた事件なんて、天気にとってはどうでも良い。天気は気まぐれ、空気を読むなんてことはしてくれない。


 学校に流れている、重い空気を無視して、晴れに晴れていた。


 本当に見事な快晴ぶりである。


 私は屋上でそんな空模様を眺めていた。陽は雲がないことで、何にも邪魔されることなく大地へ降り注ぐ。直射日光が私の肌をヒリヒリと焦がし、薄っすらと汗を滲ませてくる。


 ここまで陽が強いのなら、日傘を持ってくるべきだったか……。日傘よりも頑丈だからということで雨傘を持ってきたことを、少し後悔していた。ただ、このあとのことを考えると、雨傘の方が都合が良い。


 この日差しは甘んじて受け入れよう。


 それにしても、今学校中で教師たちが見回りをしているが、ここに上ってくるまで、意外と楽だった。何か先生と鉢合わせることもなく、到着できてしまった。人手が無限にあるわけではないからしょうがないのだろうけど、それでも警備系のことが若干不安になってしまう。


 まぁその代わり見回りは、隠れられそうな場所だったり、学校の敷地の出入りできるところを重点的に行っているのだろう。


「今日も良い天気。こういう日は日傘が日和。そう思わない?」


 私は陽ざしの下でそんな風に呟いた。


 むろん独り言なんかではない。


 屋上にいるのは私一人ではないからな。


「日傘日和言われても……今貴方が持っているのは、雨傘じゃないか」


「あはは。そうだねー。ただ傘には変わりないから、同じ同じ」


 相変わらずの好青年という雰囲気の男子生徒――ライムもいた。


 ライムは陽ざしを手で遮りながら、不思議そうにする。


「変な考えだな」


「そうでもないと思うんだけどなぁー」


 私はハンドルを上手く扱って、曲芸のように振り回しながらそう答えた。


 こんなところに、ライムを呼び出し、連れてきたのは当然昨晩思いついたことを聞くためだ。


 ……私は誰かに伝えるでも、胸の内に秘めておくでもなく、直接問いただすことに決めた。もし間違っていても、それの影響を受けるのは私ひとり。そんな風に理由付けをして、私はライムのことを呼び出した。


「ライムって、古代魔法に興味があるんだよね」


「ああ、そうだな」


「その理由を聞いても良いかな?」


「別に良いが……。古代魔法に興味があるのは、金を稼ぎたいからだ。俺は平民出身でな、家がかなり貧しい方なんだ」


「そうなんだ。姉弟とかはいるの?」


「いないが。……昨日事件があったというのに、呼び出して聞きたいことと言うのはそんなことか?」


「いいや、違うよ。今のはただの興味本位」


 私は振り回していた傘を腕にかけ、ライムの方へ振り返った。


「さて、本題に行こう。昨日ワカヅ先生が襲われた。そしてその襲った人物によって、イチヅ生徒会長も大怪我を負った」


「そんなことは皆知っているさ。だから部屋に待機で、休校になっている」


「私はその襲った人物の正体は魔物だと考えている」


「……魔物? 魔物がわざわざ学校に忍び込んで、襲う。流石にそんな戯言、いつまでも聞くつもりはないぞ」


 ライムはそう言って踵を返そうとする。


 その顔には汗の一つも流れていない。


 こんなにも陽が照りに照って、暑いというのに。


「……じゃあ、前置きは全部すっ飛ばそうか。単刀直入に聞こう」


「昨日、ワカヅ先生を襲ったのは君かな?」


「何を馬鹿なことを……」


 ライムは呆れたように呟くが、私はそれを無視して推論を話し続ける。


「目的はワカヅ先生の持つ古代魔法の知識を得るため。そのために精神魔法の類を使って、先生の頭を覗き込んだ。それを今やった理由は、多分生徒として近づいても、余り有意義な情報を得られなかったから。私はそう考えている。だけどこれを証明する方法を私は知らない。だから今君に尋ねている」


 そこまで言って私は一度言葉を区切り、そして魔力強化を行い、傘を滑り落して、手に持った。


 一歩。一歩と、ゆっくりライムの方へと進んでいく。


 目の前に立つライムの表情は変わらない。あまりにも変わらなかった。相も変わらずの好青年、イケメンという雰囲気だった。ここまでくると、その雰囲気は余りにも非人間的に感じる。


「君はワカヅ先生を襲った、魔物か?」


「……」


 一歩踏み込めばすぐに傘を振るえる。傘の間合いまで近寄ってそう尋ねた。


 ライムはなにも答えない。


 不思議そうな表情を浮かべて、黙っているだけ。口を開かない。


 しかし私は瞳を一瞬も逸らさず、ライムのことを見据え続ける。


 やがて観念したかのように、ライムはゆっくりと口を開き――


「なぁ~んで、バレてぇんだぁ~?」


「やっぱりかッ!」


 これまでの口調とは全く違うその喋り。それはつい昨日聞いたばかりの、男のような、女のような、ノイズが混じりあった不気味な声だった。


 瞬間、私は反射的に傘を突き出した。


「あはぁ~効かないよぉ~」


 石突きがライムの身体を貫いたが、まるでダメージがないかのような反応し、笑いながら後ろへ跳んだ。


 昨日と同じだ。ダメージとなっているはずなのに、まるで効いている様子がない。


 強がりとかではなく、事実として効いていない。


 まだ数秒しか経っていないのに、空いた小さくない穴が塞がっている。


「……」


 しかし流石に二回目ともなれば、そのカラクリも分かってくる。


 別に魔法で傷を癒したりしているわけではない。


「スライムだな」


「おぉ~またまた、だぁ~いせいかぁ~い」


 ライムの正体はスライムの魔物。


 その変幻自在の身体を使って、人間に化け、ワカヅ先生に化けている。そして攻撃をされても、その攻撃に合わせて身体の形を変えることで、攻撃を受け流している。つまり攻撃が効いていなかったのではなく、そもそも攻撃があったっていなかったのが正しい。


 ただ普通スライムと言うのは大きくても小動物程度の大きさまでしか成長しない。


 それにこんなペラペラと喋れるほどの知能もないし、ここまで自分の身体の構造を有効活用したりしない。


 恐らくライムは進化した魔物というやつなのだろう。


「まさかぁ~人間ごときにぃ~全部バレるなんてねぇ~。すこぉ~し、甘く見てた~よ」


 ふざけたような口調からは、人間を馬鹿にしているような感情を感じさせた。


「私の方こそ驚きだよ。まさかあんな好青年が、こんなふざけた喋り方をする魔物だったなんてね。そっちが素なの?」


「そぉ~だよぉ~。これが俺さぁ~」


 ライムは、もはや隠す必要はないという感じに、身体全体をぐにゃぐにゃとさせながら、そう答えた。もしこれが人間だったら、確実に全身の骨が砕け散っているというレベルでぐにゃらせている。


 しかしその身体はまだ人間の形をしているため、妙なグロテスクさがあった。


「それにしてもぉ~一人で呼び出してよかったのかなぁ~。俺のことを知ってるのぉ~お前だけだよねぇ~」


「そうだけど」


「じゃ~あ、お前をここで殺せぇば、万事解決~。むしろぉ~、俺の使える姿が増えてぇ~一石二鳥だぁ~」


「まさか勝てるとでも?」


「昨日、俺を倒せなかったぁ~奴がぁ~吼えるんじゃないよ~。醜いにもぉ~ほどがあるぅ~」


 にやけ面を浮かべるライムに、私は笑い返した。


「はっ。昨日魔法を使ってるのに。ほとんど私を傷つけられなかった奴が、良く言うな」


「人間の癖にぃ~生意気」


 魔力強化をしっかりと、途中で崩れることががないように強固にしていく。傘のハンドルを持つ手に力がこもっていく。だけど力を込め過ぎて、振り回しにくくならないように、適度に力を抜いておく。


 そうして戦う準備を始めていると、ライムは急に両手を挙げた。


「まぁ、だぁ~けぇ~ど」


「?」


「今ならまだぁ~見逃してあげるよぉ~。お前は、俺の正体に気づいていない、そういうことにしておいてあげるぅよぉ~」


「何言ってんの」


「だぁ~かぁ~らぁ~。お前を殺さないでおいてやるぅ~って言ってんだよ。はぁ、人間は馬鹿で困るなぁ~」


 開いた口が塞がらないというのはこういうときのことを言うのだろう。


「俺としてもぉ〜無駄に戦うっていうのはさぁ〜面倒なんだよぉ〜。じゃなきゃ、わざわざ人間に化てここに入りこんだらしないさぁ〜」


「はぁ……」


 ライムの突然の言葉に、私は思わずため息を漏らした。


「ここで引くわけがないだろが。ワカヅ先生やイチヅを傷つけておいて、そんな通りが通るとでも」


 魔力強化は万全。……秘策の準備も始めつつ、私は傘を構えた。秘策を使う使わないにしても、あらかじめ準備をしておかないと、そもそも使うことができないからな。


 そんな風に戦う準備をする私の姿を見て、ライムは心底理解できないという風な態度で言った。


「なんで見逃すって言ってんのにぃ~わざわざ引かないのかなぁ~。なんでわざわざ戦おうとするのぉ~」


「なんで戦おうとするのか?」


「そうそぉ~う。人間ってぇ~、自分の命を大事にするもんじゃないのぁ~」


「まあ、その通りだね」


 誰だって死ぬのは嫌だ。生きていたい。危険な目にはなるべく逢いたくない。そんな風に考えるのは当然のこと。


 むしろ私みたいに戦おうとするという人間は少ないだろう。


 ましては、わざわざ自分一人で生死がかかるような戦いに行くなことはなおさら。


「だったらさぁ~なんでぇ~?」


 腕を縮め、首を長く伸ばし、歪な姿となりながらライムは尋ねてくる。人間のパーツが残っているため、かろうじて人間の姿とは思えるが、どう考えてもまともな人間の姿ではない。


 慣れないものが見たらトラウマものかもしれないな。


「なんでぇ~わざわざ戦うのぉ~? なんでぇ~なんでぇ~?」


「……なんで戦おうとするのか……か」


 昨日のリベンジがしたかったから?


 青臭い正義感から?


 今も不安を抱いているクラスメイトや元クラスメイトのそれを自分でなくしてやりたいから?


 親しい人たちを傷つけられた怒りから?


 傘を振り回したいという欲求を満たしたいから?


 どれが正解かは分からない。普通に、傘を振り回したいからという、この世界に転生し時に刷り込まれた、しょうもない理由からなのかもしれない。


 むしろこれが一番の理由だと思う。なにせ今私は傘を思う存分振り回せるということに期待を抱いている。二度目の一年生が始まってから、傘を振り回すのを我慢していたから、なおさら。


 だけどそんなことはどうでも良い。


 今大事なのは、こいつはワカヅ先生やイチヅを傷つけた。倒すべき魔物であること。


 そんな相手を私は自分の手で倒したいと思った。


 だから誰かにこのことを告げることなく、胸の内に秘めることもなく、こうして相対することにした。


 例え本心が、刷り込まれた欲求からの行動だとしても、それを選択したのは私自身。そうしようと思ったのは、私自身だ。だったら建前は私が決められる。


 本音じゃなくても、建前だとしても。


 それ(建前)を一番と思っていれば、それこそが本音となる。


 欲求なんか知るか、だ。


 だから。


「そんなのは決まっている。ワカヅ先生やイチヅ、それに不安でいっぱいなクラスメイト達のためだよ」


 そんな建前(本音)を思いっきり、叫んでいた。


 私の宣言が屋上に響き渡り、雲一つない快晴の空に広がっていく。これから殺し合いが始まるというのには似合わない爽やかな風と共に、声は流れていった。


 そしてそれを聞いたライムは一瞬呆気に取られたかと思うと、思わず噴き出した。滑稽なものを見せられているみたいに。私のことをあざ笑うみたいに笑い出した。


「あははぁ~、傘を振り回して留年したアホぉ~が。本心でもないことぉ~!」


「君にとやかく言われる筋合いはないね」


「……せぇ~っかく、親切心で言ってやったのにぃ~。じゃあ仕方ない。魔物らしく、人間(お前)を殺そうかぁ~」


「私がしっかり殺してやるよ、魔物」


 戦いの幕が上がった。

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