14話 小休止
時刻は夜。陽はすっかり沈んでしまい、星が点々と輝きだす時間。学校は僅かな灯りを残して、他はみな消えてしまい、真っ暗闇。人の気配はほとんどなく、生徒たちはとっくに寮へと帰されている。
昼間の賑やかさは一切なく、なんとも言えない不気味さに満ち、そして重い空気が漂っていた。
こんな時間にであるのだから、人の気配がほとんどないのは当然ではあるが、いつもであれば寮を抜けだした生徒が少々いたりもする。しかし今日はそんな数少ない生徒の存在さえもいなかった。
人の気配はない。
校舎内に忍びこんで肝試しをするような生徒も、夜遅くまで駄弁っているような生徒も、誰一人いない。
こんなにも人の気配がない理由は当然夕方に起きた事件が原因だ。。
偽ワカヅによる襲撃。それによる意識不明のワカヅ先生と大怪我を負ったイチヅ。それにより全生徒速やかに寮へと帰され、教師たちによる厳戒態勢が取られていた。
そしてだからこその静けさだった。
学校は静まりえり、あまりにも静かすぎて、風で揺れる枝の音がはっきりと聞こえてしまう。そんな静まりかえった学校を横に、私はポツポツと歩いていた。
こんな時間に出歩いているのは、少し前まで私はあのときのことの聞き取りを行っており、それが長引いてしまったからだ。一応一人で寮に帰らさせるのは危険ということで、メイドルード先生が付き添ってくれていた。
「……」
「……」
ただ、お互いに抱いている気まずさのせいで、特に会話もない。メイドルード先生の持つ灯りで道を照らしながら、黙々と歩いていた。
「ふぁ……」
私は欠伸を漏らしながら、あの後のことを思い出していた。
偽ワカヅを吹っ飛ばした後、ほどなくして他の先生や野次馬の生徒が到着した。そしてワカヅ先生とイチヅの二人は急いで保健室へと運ばれた。
ワカヅ先生は目立った傷はないものの、なぜか目を覚まさないという状態。
この学校には治療魔法を使える保健室の先生はいるものの、そこまで高度と言うわけではない。そのためイチヅの怪我は、全て治しきることはできず、まだ治療が行われている最中。
二人の容態はそんな感じであった。
それと偽ワカヅの方だが、流石に人が多くなったためか、偽ワカヅは追撃等をしてくることなく、そのまま姿を消した。
先生たちが急いで捜索を行ったが、痕跡はまるでなく、敷地外に逃げたのか、まだ敷地内にいるのかもわからない状態だ。
「あー、そのーだな」
沈黙の居心地が悪かったのか、とうとう耐え切れなくなり、メイドルード先生が顔をこちらに向けた。
「レイン、怪我とかは……大丈夫か?」
「特には。まぁ、魔力だけはたくさんあるんで」
私の身体にはほぼ傷はなかった。あったとしてもかすり傷程度。
だから痛むところなんてないし、動かしにくいところなんてもない。なのに身体がやけに重く感じ、足取りがゆったりとなっていた。
「ひとまずお前が気に病むことはないぞ。そもそもお前は学生なんだから、まずは自分の無事を考えるべきだからな」
「だけど、私ならイチヅのことを怪我させないこともできたはずでしょ」
「そりゃお前は強さはあるから、できないかできるかで言えば、できるだろうな」
「だったら、こんな結果になったのは私のせいじゃん」
私は思わずそんな言葉を漏らしてしまっていた。
そのとき脳裏に浮かんでいたのは昔の記憶。トロールから桃色髪の少女――イチヅを傷を負いつつも、守れたときのこと。
あれから時間が経ち、そして留年してしまうほどに傘を振り回して、私は強くなった。強くなったはずなのに、似たような状況で、正反対の結果となってしまった。これが私のせいでないなら、なんのせいだというのだろうか。
昔できた。だったらそれよりも成長している今もできるはずなのに。
「それは違うな」
しかし、そんな私の内心を知ってか知らずか、メイドルード先生は強く否定した。
「……その心は?」
「あのときお前たちは不審者の拘束、そして助けを呼ぶための合図等、最善の手を取った。あれがあの瞬間に出来る手だろう」
「……」
「そして最善の手を取ったとしても、それが必ずしも最善の未来となる訳ではない。未来と言うのは無限ではなく、有限の選択肢だ。はじめから完全無欠と言う未来がある方が少ない」
明かりを持ち、暗くなってしまった道を先導しながら、メイドルード先生は語った。
その言葉の裏には、メイドルード先生がこれまで不可能のぶつかりながら行ってきた魔法発明での経験が感じられた。
「だから気に病むな。お前の責任ではない」
「……はい」
私は静かにそう答えた。
ただそれでも偽ワカヅのことや二人の容態等が頭に溢れて、気を紛らわそうと、ついつい手に持つ傘がグルグルと回転してしまう。
「二人はひとまずは大丈夫なんですよね」
「ああ、イチヅの方は命に別状はない。ただ治しきるのに、時間がかかる程度だ」
「それは良かった……と安心するべきですかね」
「安心しておけ。生きていれば、どうとでもなるんだからな」
元気づけようとしているのか、メイドルード先生は似合わない笑顔を浮かべながらそう言った。
その似合わない笑顔に、私は思わずふっと笑ってしまった。
「それとワカヅ先生の方はだが……」
「もしかして、あまり良くなかったりするんですか?」
「いや、こっちも命に別状はない。それに怪我も全くと言っていいほどないんだが……あれは恐らく頭ん中を覗きこまれたな」
「覗き込まれた?」
聞きなれない言葉に、私は聞き返した。
「精神魔法とか、その類だろう。痕跡のみであるし、実際に使われた奴を見たのは初めてだから、断定はできないが」
魔法をつくることを目的に研究しているメイドルード先生でさえもあまり見ない魔法ということか。
ワカヅ先生の頭の中を覗き込んだということは、彼女の知識――やはり古代魔法の知識が目的だったのだろう。古代魔法の価値はとてつもないからな。むしろこうやって知識を奪ったほうが、安全に研究できるのかもしれない。
「ただ妙に雑だったんだよなぁ」
「雑、というと……魔法が下手だったということ?」
「いや、そうじゃない。雑な下手というのは、お前のように魔力が多すぎてコントロールできないものだ。簡単に言えば、種が同じだから全人類同一人物というくらいの暴論だ」
「さすがにそれは言い過ぎだと、異議を申し立てまーす」
「その異議は却下させてもらおう。まぁ、兎も角、これが雑な下手さだ」
「だがあのワカヅ先生に残っていた魔法の痕跡は、どちらかと言うとわざと雑に魔法を使っているという感じだ。故意に愚者を演じるように。……だが、あんなに風にやれば、苦痛ばかり与えて、頭ん中を覗き込むのが大変になって、本末転倒だとだと思うんだが」
知識を求めて頭の中を覗き込もうとしているのに、それが雑。ワカヅ先生に苦痛を与えることを優先している……。不自然だ。目的が微妙にズレている。いや、もしかしたら目的は二つあったとか……? もしくは目的と、偽ワカヅ自身の考えは一致していないとか……?
「うーん……」
「まあこの話はこのくらいにしておこう」
「……」
「安全のため、少しの間休校になるからな。大人しく寮の中にいろよ」
「……」
「聞いてるのか?」
「……ふぇ? あ、着いてる」
考え込んでいたらいつの間にか寮に到着してしまった。寮と学校の距離は、そこまで離れていないため、よく考えればすぐ着くのは当然ではある。ただ真っ暗になってるせいか、少し距離感みたいなものが鈍っていた。
「……聞いてたか?」
「聞いてません」
「はぁー、全く……。ひとまず部屋で大人しくしてろ。あれこれ悩むのは、大人の仕事だ」
呆れたように話すメイドルード先生の言葉を聞きながら私は寮を見上げた。窓からはいくつも明かりが漏れており、だれもまだ眠っていないことが分かる。
いつもであれば、今ぐらいの時間にはもう寝ている人も少なからずいる。皆、不安のせいで眠ることができないのだろう。
私と同じく寮を見たメイドルード先生は同じようなことを思ったのか、私に頼みごとをした。
「念のため、寮の奴等に教師たちで見回りは行っているから安心して寝ろって伝えておいてくれ。あんまり夜更かしされても、それはそれで良くないからな」
「分かりました」
私はそう返事を返し、寮の扉に手を置いた。
寮の人みんなとなると、意外と時間がかかりそうだな。たしかこの寮はひとり一部屋で、八〇人くらいはいたはずだし。
するとそのときメイドルード先生が、「ああそれと」と言葉が付け加えて言った。
「休校になるからって、勉強するのを忘れんなよ。一度怠け始めると、習慣になるからな」
「ははは。解ってますよ」
それから私は寮の各部屋を巡ってメイドルード先生の言伝を伝え回った。途中クラスメイトや元クラスメイトである顔見知りの人の部屋に行くと、心配され、色々と聞かれたりしたせいで若干長引きつつも、一時間はかからない内に終わった。
そして様々な疲れをしょい込んで私は自分の部屋へと戻っていた。
「よっこいせー」
色々と疲れていた私は制服のままベッドに寝転んだ。
既に自責の念みたいなものは薄れ始めており、さっきよりは気が楽になっている。
おかげで少し頭の回転が速くなった気がした。
「ふぅー……」
私は息を吐きながら目を瞑った。
ガサゴソと色んな物音が耳に入ってくる。
みんなまだ眠れていないみたいだ。
ひとまずみんなに言伝は伝えたが、だからと言って簡単に不安が晴れるわけもない。一応は分かったと言ったりしていたが、不安が消えないのだろう。勉強をしたり、部屋を歩き回ったり、お菓子を食べたりして、気を紛らわしているのだと思う。
まぁ仕方ないと言えば仕方ない。
魔法と言う、戦える術を持っているとしても、誰もが私のように戦ったりできるわけではない。私が道場破りに挑んだりした部活とかでも、剣を極める、魔法を極める云々なところはあったが、だからといって、命を賭けられるなんてことはないのだ。
私だって、トロールと戦ったあのとき、死の感覚に怯えた。
そして私には一度、呆気なく死んだ記憶がある。
だからこそみんなの不安は嫌と言うほどわかる。
もしかしたら眠っているうちに、学校に侵入した不審者の手によって死んでしまうかもしれない。起きないかもしれなくても、発生する可能性が少しでも過ってしまうから。だから眠れない。怖くて、不安で、恐ろしいから。
……あのときと少し違うけど似ているな。
そんなことを考えながら私は、回るようになってきた頭を動かしながらゴロリと体勢を変えた。そしてベッドの上に転がっていた、寝るとき用の巨大傘を自分の方へ抱き寄せた。
柔らかく、防水性なんて微塵もない、フワフワとした生地の感触を味わいながら天井を見上げた。
今の私の頭の中には珍しく、常に脳内に存在している『傘を振り回したい』欲求が消えていおり、明瞭な思考だった。
「偽ワカヅの目的は古代魔法の知識(仮)。だけどそれを行なう方法は雑で、ワカヅ先生を痛めつける目的も混ざっていた……」
加虐趣味だった……?
ただそれならワカヅ先生の身体に怪我がないっていうのが変だ。
そういう趣味の人間なら、まずは身体の方から痛めつけようとするものだと思うし。肉体的な傷ではなく、精神的な傷を与えるという趣味なのかもしれないが、それはそれとして、やはり違和感が拭いきれない。
情報を整理しながら考えをまとめていく。……余計な欲求が消えているせいか、いつも以上に頭が冴えている気がする。
「てか詠唱をしていないのに魔法を使っていたのとか、どうやってたんだ?」
始めは詠唱は行った。
これは間違いないはずだ。
しかしそれ以降は詠唱もなく、魔法を使っていた。傷だって、詠唱もなく治っていた。
あんな芸当は魔法以外では再現することはできないはずだ。
なのにあの偽ワカヅはそれを成していた。しかもあれほどの威力の魔法を。あんな人と戦ったことは今までで一度だってない。私が勝つことのできなかった、先輩でさえも、詠唱はしっかり行っていたんだ。
この世界の魔法に無詠唱と言う概念は存在しない。
そんなことができるのはそれこそ魔物ぐらい。
「……いや。それこそ、本当に魔物だったのか。だったら全部説明がつく……」
詠唱もなく魔法を使える。
これに何か小難しいトリックなんてものはない。そもそも始めから詠唱なんて必要としない、魔物だった。だとしたら詠唱もなく、水の弾丸を飛ばしていたのにも説明がつく。むしろそれ以外の回答は今のところ私の中にない。
「そういう前提で考えると、最初に詠唱を行っていたのはブラフということになるのか」
ああすることで、自分が人間であるという大前提をしっかりと意識させ、そのあとの無詠唱で不意を突く。そしてそのまま闘いの流れを自分の好きなように持っていく。
それに偽ワカヅの正体が魔物だとしたら、目的と方法にズレがあるのも納得だ。
魔物とは人間に敵対する生き物。だから人間を痛めつける、苦しめるということを本能として行ってしまったのだろう。
それにしてもあそこまで人間のような思考をする魔物とは。今まで出会ったことがないから、あのときは思いつくことができなかった。もしも思いつき、気が付くことができたら、何か変わっていたのだろうか……。
「あれ?」
思考をしているうちに不意に変なことを思い出した。
推定魔物の偽ワカヅ。あれが最初に行っていた詠唱。あのときは緊急事態というのも相まって、あまり意識していなかったし、気にもしていなかったが、よくよく思い出してみると、なんだか変な感覚があった。
なにか違う。
詠唱ではない、ただ唱えているだけのような感覚。
……人間は言葉に魔力を込め、詠唱によって魔力を変化させる。だから言葉に魔力が込められていなければ、詠唱は成立せず、魔法とならない。
だが私はそんな成立しないはずの詠唱を聞いたことがあった。
今日よりも前に、それを聞いたことがあった。
「あのとき、ライムのしてた詠唱……もしかして……いや、まさか?」
違和感は気づきに。
そして気づきはどんどん広がっていき、たくさんの違和感を抱かせる。
発言の節々にあった変な部分。
出来すぎな部分。
ただそれでも核心には至れない。ただ怪しいというだけ。むしろそうではないという方が可能性としては高いだろう。
しかしそれでも一度抱いてしまった考えはそう簡単に消えることはない。
「真か、偽か。あり得るけど、それを証明する術もない」
今からでも先生の誰かに伝えてみるか。
それとも不確かだから何も言わないでいるか。
もしも言わなかったとしても、私が気付いたのだから、先生たちも遅かれ早かれ気づくだろう。そうであるのならば、別にいう必要もない。
しかしもし伝えて、それが正しければ、事態解決が早くなる。
どうするべきか……。
「うーん……」
延々と同じ問答を繰り返し、答えを出せないまま私は瞼を擦った。体力の限界なのだろう。眠気がドッと押し寄せてきた。
そしてそのまま私は傘を抱いて眠りについた。
――答えは出せなかった。だけど本当は最初から答えは決まっていたことを自覚しながら。
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