13話 正体不明の誰か
「貴方は誰だ」
ワカヅ先生の姿をした誰かは、相変わらずにこやかに笑みを浮かべながら、私の言葉を聞いていた。
「誰って、もちろんワカヅだよ。キミの担任を務めているね」
「だったら今何でそんなことを言ったんですか」
「そんなこと?」
「大歓迎。私が古代魔法に興味があるって、言って、先生は大歓迎って言ったじゃないですか」
「そりゃもちろん。当たり前だよ。なにせこの研究をやる新しい人が全然増えないんだから。例え留年したことがあるレインちゃんでも、新しく参戦してくれるなら大歓迎だよ」
「……それがおかしいんですよ。うん、おかしい。すごくおかしいんですよ」
「?」
何ひとつわからないという風な態度で、誰かは首を傾げた。この反応をしている時点で、もう彼女はワカヅ先生ではない。だってワカヅ先生であれば――
「私の趣味を十分知っているワカヅ先生なら、”揶揄うんじゃないよ”だったり、”途中で傘を振り回し始めるんだから諦めな”と言うはずだから」
だって私は傘を振り回しまくって、そうするのが楽しすぎて勉強を疎かにして、授業をサボったりして、色々暴れすぎて、その果てに留年したほどのお間抜けである。
そんな私を一年間しっかりと見てきてくれたワカヅ先生が、私が古代魔法に興味があると言ったって、信じるはずがない。ただの冗談、もしくは一瞬の気の迷いと切り捨てる。そうに決まっているのだから。
「……」
「それに貴方。私がこうして傘をいつでも振り抜ける体勢になっているのに、なんとも思ってないじゃん」
「振り抜ける……? ただ日傘を持っているだけじゃないの?」
「そういう質問は思っていてもするもんじゃないでしょ」
去年の私の戦いっぷりを知っているのなら、少し警戒をしてもおかしくはない。現に、イチヅの方は、私が傘を振り抜ける体勢になった時点で、何してるのってなってた。
「去年一年のことを全然理解できていない。そんなのはワカヅ先生じゃない。彼女は、私のことを見捨てずにいてくれた先生なんだから」
「……」
「だからもう一回聞きますね? 貴方は誰ですか。ワカヅ先生の姿をした、誰かさん」
「……」
正体不明の誰かは、相変わらずワカヅ先生の姿をして、にこやかに笑顔を浮かべていた。まるで人形のように、べったりと張り付いたその笑顔。もはやここまでくるとどこか作り物染みていて、不気味さがある。
「ワカヅ先生は、一体どこに」
「……」
「黙っていたって、埒が明かないよ」
そしてさっきまでの笑みとは一転、何も感情を感じない、そんな能面のような顔になった。
「なんでぇ~かな。完璧に変装できてぇ~いたと思うんだけどぉ~、どうして分かったぁ~?」
男のような、女のような、ノイズが混じりあった不気味な声が薄暗い研究室に響いた。不自然なほど言葉が伸び伸びとしていて、不気味さに拍車をかけていた。
それと、いつものワカヅ先生の姿でそんな聞きなれない声で話しているせいか、脳がバグるかと思った。
「別に見た目とかは変わらないよ。ただ一つ、些細なことだけどおかしいことを言ってたから」
「ふぅ~む。それはぁ~?」
「”あとの残りは全部私がやるから”」
「それのどこがおかしいんだぁ~? 生徒思いの教師ならぁ~当然のことだろぉ~」
「はっ。分かってないな。……だってワカヅ先生が頼んだのは一〇〇冊近くの本なんだから」
ワカヅ先生が図書館に避難させていた本は一〇〇冊近くあるんだ。今私とイチヅが持ってきたのはそれのほんの一部。一〇冊と少し程度。残り約九〇冊もあるんだ。そんな数があるのに、あとは全部自分でやる。
おかしいにもほどがある。
そもそもイチヅに持ってくるように頼んだのは、自分がやるには大変だったから。
その前提をひっくり返す。そんな発言をコイツは言ったのだ。
「まさかその本を、一〇〇冊近くを、一度に全部持ってこれる、なんて考えるわけがないじゃん」
「なぁ~るほどぉ~。すこぉ~し、流れに任せ過ぎたかなぁ~」
「それで、貴方は? 貴方はいったい何者で、何が目的なんです?」
「う~ん? そんなことを~知ったとぉ~ころで、どうにもならないよぉ~」
「それはどうして?」
「なぜならぁ~君達はこぉ~れから――」
そう言いながら偽ワカヅは手をゆっくりと上げていく。しかし私は傘を構えたまま動かず。なにせ背後から魔力を練る感覚がしていたから。
「《往く手を遮れ、縛れ、光の縄よ――マジック・ワイヤー》」
イチヅが詠唱を終えると共に、偽ワカヅの周りを魔力でできた線が囲んだ。
マジック・ワイヤー。
魔力でつくった糸であり、ワイヤーとは言っているが、簡単に言えばレーザーみたいなもの。特に何も備えなく触れてしまえば、それだけで切断しようとしてくる。そのぐらいの切れ味を持った魔法だ。
「貴方が何をしようとしていたのか分かりませんが、生徒会長として貴方の身柄は拘束させてもらいますわ」
「そういう訳だから動かない方が良いよ」
「舐められたものだなぁ~。学生風情の魔法でぇ~俺が止められるとでもぉ~?」
「そんな風に思うなら試してみたら?」
「そぉ~れじゃあ~遠慮なく。水は集い、固まり、貫いてゆく。阻めるものは何もなし、万物、一切合切を貫かん――ウォーター・カッター」
偽ワカヅの手の中に生み出された水は一瞬で圧縮され、そして真っすぐに光の檻を生みだしているイチヅを狙った。しかしイチヅに当たる前には私がいる。
ガキンっと音が鳴り響く。
傘と水の刃が衝突し、水が弾け飛んだ音だ。
「まさか私がいるのに、イチヅをやれるとでも」
「思ったよりもやるなぁ~」
弾けとんだ水の残滓が傘を伝って地面にピトピトと落ちていく。
このままここにワカヅ先生に化けたコイツを留めるというのは簡単だ。
しかしそれをずっとと言うわけにもいかない。魔法を使うのにはもちろん魔力を使うし、魔法を維持するのにだって魔力を使う。
イチヅの魔力量は詳しくは分からないが、確か一般的な魔力量であったはずだ。だから無駄に長くこうしていても、いつかは魔力が切れて、魔法が解けてしまう。
かと言って、私がこの場を離れて誰か人を呼びに行くというのも、良くない。さっきみたいに魔法で攻撃されたときに彼女を守る人がいなくなってしまう。
そんなことを理解しているのか、偽ワカヅは余裕ありげな態度で光の檻の中にいた。
であるのならば。
「ふぅー……よーいしょっ!!」
そんな掛け声とともに、私は傘を回転させて助走をつけ、思いっきり天井に向けて放り投げた。天井目がけて真っすぐに飛んだ傘は修理したばかりであろう研究室の天井を音を立てて壊し、空高く舞い上がった。
過剰に魔力を込めて投げたため、その破壊規模は結構なもの。
着弾点を中心にして、大きな穴を開けていた。
そして空高く舞い上がっていた傘が真っすぐに落ちてきて、ハンドルの部分が私の腕にピッタリと乗っかる。
こんなことを考えて良い状況ではないと思うが、それでも上手く出来たことについ口角が上がってしまう。
「今の騒音で遅かれ早かれ、誰かしらが来るはずだよ。なにせここはワカヅ先生の研究室。少しでも異常があれば、それは何かしらの暴発事故ってことで、耳や目を光らせてるからね」
「そういうわけなので、観念して抵抗は止めください」
イチヅがそう告げた。しかし偽ワカヅの態度は変わらず。余裕に満ちており、なんだかこっちを舐めているような感覚すらある。
「それでワカヅ先生はどこにやった?」
「どぉ~こに? どぉ~こでしょ~う。むしろぉ~こっちからぁ聞くけど、どこだぁ~と思う?」
「……まさか殺してはいないよな」
「殺しはしてないさぁ~。忌々しいけどぉ~、こっちぃ~としても生きていた方が都合が良いからねぇ~」
生きていた方が都合が良い。となるとコイツの目的はワカヅ先生が生きてないとできないこと……古代魔法の知識とかか、そこら辺のことだろう。
ワカヅ先生が無事であったのはイチヅと会うまで。その後は分からない。しかしその後の行動は、最終的にはこの研究室で終わるはず。そしてその研究室にワカヅ先生に化けた誰かがいる。
……恐らくワカヅ先生を襲うか何かをして、そうしているときに私とイチヅが来た。やましいことをしていたから、外からバレないように明かりも付けず真っ暗に。そのやましいことがまだ途中だったから、ひとまずワカヅ先生に化けて、やり過ごそうとした。そういう感じだろう。
そうなるとワカヅ先生はこの教室の中にいる。
私は偽ワカヅへの警戒を解かないまま、素早く部屋中を見回した。さっき天井をぶち抜いたおかげで研究室には光が入り込んでいて、少し薄暗さがある程度。
「!」
そしてすぐにワカヅ先生の姿を見つけた。
「ワカヅ先生!」
「……」
彼女は偽ワカヅの後ろで横になって倒れていた。その顔にはうっすらと脂汗が浮かんでおり、意識を失っていた。
すぐにイチヅも本物のワカヅ先生に気が付いた。
「ワカヅ先生に何をしたんですか!」
「そこまで教えるつもりもぉ~、義理もぉ~、ないなぁ~」
偽ワカヅはそう言いながら一歩前に出た。
「!?」
「それ以上前に出たら斬れるけど」
「あはははぁ~。斬れるもんならぁ~、ね」
そしてまた一歩、前に踏み出した。すると当然のごとく偽ワカヅの身体に光の糸が食い込んでいく。しかしそこから血が滲むことはなく、いつの間にか檻の中から出てきていた。
「は?」
「ゆぅ~だんたいてきぃ~」
次の瞬間、私の目の前に水の刃が飛んできていた。
詠唱を唱えているような素振りも、タイミングもなかったはずなのに。
私はその攻撃に傘を合わせる。
「《雷よ、敵を貫き、穿ち、閃光を示せ――ライトニング・ボルト》!!」
イチヅは生半可なものでは偽ワカヅを止められないと判断。雷を足元を狙って放った。
「はは」
それを避ける様子もなく、雷光を発しながら右足を貫いた。そして偽ワカヅの右足には綺麗な穴が生まれていた。
常識的に考えると、あんな風になれば血が流れないのは可笑しい、だが血は一滴も流れていなかった。そして一瞬偽ワカヅの足がぐにゃりと変形したかと思うと、何事も無かったかのように元に戻っていた。
「はぁ!?」
「どういうことッ!?」
その光景に私とイチヅは思わず声を上げた。
さっきからコイツ、攻撃がダメージになっていない。というか魔法の詠唱をしていない。
「なんだぁ~い。俺を足止めするだけぇ~? 人間を~ころぉ~す気はないのかなぁ~。人間はぁ~馬鹿だなぁ~甘いなぁ~楽しいなぁ~」
「?」
「やっぱりぃ~、人間はいたぶるにぃ~かぎるぅ~!!」
「ぐうッ!」
「きゃあ!」
突然現れた無数の水の弾丸が私たちを襲う。私は傘を回して応対するが、研究室にある机が邪魔で思うように動かせない。
弾丸を受けながら、私は頭を回す。
ひとまず無傷で拘束なんてのは言ってられない。
「あまり舐めんなッ!!」
机をぶち壊しながら傘を大振り。その勢いによって、迫ってきていた弾丸を打ち消した。
そして一気に偽ワカヅへと接近。
勢いのまま偽ワカヅの身体を石突きが貫いた。……しかし貫いたそばから塞がり始め、傘を押し出そうとしている。
「へぇ~? こんな武器ですらなぁ~いモノでよくやなぁ~」
「どういう仕組み? 詠唱もしていないで、こんな芸当」
「教えるつもりぃ~はないなぁ~」
「だったら無理やりにでも……」
そう言ったとき、偽ワカヅの表情が醜悪な笑みを浮かべて歪んだ。
「そうかぁ~。だけどぉ~おまぁ~えの、連れは大丈夫なぁ~のかなぁ~?」
「え?」
そのとき背後からドサリと音がした。
私は目の前の偽ワカヅのことを忘れ、振り返った。そこには身体のあちこちから血を流して倒れているイチヅがいた。
恐らくさっきの攻撃を防ぎきれていなかったのだ。
「イチヅっ!?」
「お前は~何とかできたようだぁ~けど、アレェ~にはできなかったみたいだねぇ~」
そして私が振り返ったことで隙が生まれてしまった。
「やっぱぁ~り、人間は滑稽だなぁ~」
そんな言葉と共に、私の身体を無数の弾丸が襲った。
魔力強化によって、私の身体を貫くには至らないが、衝撃を受け流す暇はなかった。
「ぐっ……」
私はイチヅの方へと吹っ飛ばされてしまった。
「さぁ~てと、こんなもんかなぁ~。そぉ~れにしても、さっさと終わらせたかったんだけぇ~どなぁ~。……仕方なぁ~い、場所を変えるかぁ~」
そう言って偽ワカヅはイチヅ先生の方へと歩いていく。
私は急いで立ち上がり、駆けた。
そして傘に魔力を思いっきり込めて振るった。
「あがっ?」
そのときはじめて偽ワカヅの口から苦悶の声が漏れた。しかしそんなことを気にする暇もなく、私は連続で偽ワカヅの身体を貫いていく。
「はあ!!」
「ぐっ……なぁがっ、こぉのッ! クソっ!」
相変わらず血は出ていないが、さっきまでとは違い手ごたえがあった。
「こぉ~の、人間ふぜぇ――ぐゅッ!?」
全部の攻撃ではない。だがなぜか効いている攻撃があった。
水の弾丸が飛んでくるが、無視。一心不乱に傘を振るっていく。
段々と偽ワカヅの身体が壁の方まで追いつめられていく。
「こぉのゴミがぁッ」
「うるさい」
そう零して、偽ワカヅの腹を傘の腹を思いっきり叩きこんだ。
すると音を立てて研究室の壁が崩れ、偽ワカヅの身体が外へ飛ばされる。
「はぁ、はぁ……」
まだ倒せていない。
今のではまだ足りていない。
すぐに動き出す様子はないが、偽ワカヅはまだ動ける。
「はぁはぁはぁはぁ……」
追撃したかったが、それ以上に傷を負ったイチヅや倒れているワカヅ先生が心配だった。敵を倒すよりも、人命が大優先。思わず歯ぎしりをしながら、私は二人の元へ急いで戻った。
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