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11話 ある日の図書館にて

 そうして二度目の一年生生活が始まって一ヶ月ほど経った。


 今のところ勉強の方は順調も順調。去年とは比にならないレベルで、やっている内容が分かるし、頭に入ってくる。おかげでこの調子であれば、問題なく成績を取れそうだ。


 ……一ヶ月傘を振り回すのは我慢したし、ご褒美にちょっとだけ発散してみるのもアリかなぁー。なんて油断しそうになるが、我慢だ。ここまで我慢できたんだから、もう少し我慢した方が良いだろう。ただそれはそれとして――


「傘振り回したい……」


 そんなことを呟きながら私は分厚い本をめくった。


 今私がいるのは魔法学園の図書館。コール王国の中心、多くの人が集まる学校ということもあり、図書館の規模もなかなかのもの。


 三階建てのこの図書館には多くの本が納めてあり、ここにある本を全部読もうとすれば、三年程度では足りないと感じさせるレベルの蔵書量らしい。


 ただしそんな大規模な図書館ではあるが、以外にも利用者の数は少ない。なにせこの学校に通う大多数である、貴族は学ぶことを目的にしていない人が多い。そのためわざわざ図書館を訪れる貴族も少ない。


 結果、ここを使うのは主に平民出身の人たちが多く、貴族たちはあまり利用しない。


 利用するとしてもテスト期間のときぐらい。


 私の場合も去年は一切使っていなかった。図書館に行くよりも、道場破り紛いの部活動襲撃をやったりしていた。


 まあ、そんな過去のことは置いておいて。


 去年は一度も訪れたことがなかったから外からしか見たことがなかったが、こうして中に入ってみると壮観な光景である。あっちもこっちも、どこを見ても本だらけ。学びたい人間にとっては天国のような場所だろう。


 二度目の留年をやらかさないように、今年は勉強に力を入れている私。本日はイチヅとの勉強会をいつもと場所を変え、ここでやるために訪れていた。


 だけどイチヅの方は、生徒会の仕事があるらしく、少し遅れてくるとのこと。一人図書館を訪れた私は、ひとまず適当な本を持って、時間を潰していた。


「わーからん」


 ただ適当に本棚から引き抜いた本であったため、その内容はよく分からない。


 初めは内容は分からなくても、時間潰しにはなるかなと適当に読んでいたが、それは始めの話。


 ページ一杯に書かれた文章。ずらずらと書き連ねられた文字たちに、読んでいるはずなのに内容が頭から抜けていく。なんだか字を読んでいる作業という感じであり、そんな状態で集中できるはずもない。


 というかそもそも興味を持っている本でもないのに、こんなに分厚い本を取ったところから間違いだった。


 せめて少しは読む本の吟味ぐらいはしておくべきだった。


 三〇分ほど意味不明な本と格闘した私は、静かにそれを閉じた。


 うん。ここしばらくは勉強を頑張ったからって、急にこんな本を読めるわけがない。私にはまだ早い世界だった。


 そんなことを考えながら私は分厚い本を、音をなるべく立てないように席を立ち、その本をもとの場所へと戻しに行く。


 周りには人は全然いないが、離れた方にぽつらぽつらといる。私と同じように本と格闘している人は見当たらなかった。皆勉強をしたり、よっくりとページをめくったり、そんな様子だった。


 その光景を見ながら私は本棚の所へ歩いていく。


 すると本があった棚のところに一人の見慣れた男子生徒がいた。


「――人の知識はこのぐらいで十分か。あとは……」


「お、ライムだ」


「!? な、なんだ。貴方か」


 ライムはびくりとした反応をしながら私の方へ振り向いた。その瞳には若干の警戒心が感じられた。何だかやましいことがあるという反応だった。


「奇遇だね。ライムも勉強? それとも調べ事?」


「……調べ事だな。少々、古代魔法について」


「あー、そう言えば興味あるって言ってたからね。あれからどんな感じ? ワカヅ先生のところに通ったりしてるの?」


「ああ、一応そうだな」


 そう言いながらライムは持っていた本を素早く自分の背中に隠した。


 その様子を見て私はライムが読んでいた本がどういったものか、察した。


 つまり彼が読んでたのはエロ本、官能小説の類だ。


 だから話しかけられてびくりとしたし、私に警戒心を抱いていたのだろう。


 うんうん。分かる分かる。他の人にそういう本を読んでいるのを見られるのってなんだか恥ずかしよな。それが異性だとしたなおさらだ。


「なるほどなるほど」


「急にどうした?」


「いや、何でもないよ。君もちゃんと普通に男子なんだなって思っただけだよ」


「?」


 なにせ彼はあまりにも好青年過ぎる。


 何も見た目だけの話ではない。行動もそうだ。何もかもが好青年、イケメン、とかそういう類の塊であり、欠点とかみたいなものが何一つ見当たらない。


 そんな絵に描いたような好青年ぶりをここ一ヶ月見てきた。


 それを見ていたら何だか出来すぎなよな気がしてきて、本当に人間か? と思わずにはいられなかったほどだ。実は人間じゃなくて、人間のまねをしているナニカとかだったり、そんな妄想をしたこともあった。


 しかしこんな姿を見たら、ちゃんと男なんだなと実感できた。


「……よく分からんな」


「? 何が分からない?」


「いや、何でもない。ただの独り言だ」


 相変わらず変なことを時たまに言うよなぁ。


 そんなことを思いながも、その言葉は胸の内に留めておいた。


「古代魔法のほうはどんな感じ? 実際に研究してみたいと思ったりした?」


「まあまあ、だな。()()()()()()()()はまだ知れていないが、知識という面では予想よりも有意義だった」


「知りたいことって? なにかやってみたいこととかあったりする感じかな」


「それは流石に言ないな。プライベート、というやつだ」


「それなら仕方ないか」


 なんだろう。こんな風にエロ本を読んでいたのだから、意外とムッツリなことを考えていたりするのかもしれないな。


「まあ頑張って。私が言うのもなんだけど、夢中になりすぎて留年しにようにね」


「ふっ。はははは」


「本当に笑うことはないと思うなー」


 思わず、本当に思わず、不意を突かれたように笑い出したライムを見て、私は口を尖らせながらそう言った。


「失礼。人間にそう言われるとは、余りにもこっけ……いや……面白いジョークだな、と思ってな」


「別に良いよ。全然気にしないから」


「ふっ。そのことではないのだがな。まぁ、別に良い。……ではそろそろ失礼させてもらう」


 そう言ってライムは足早にその場を離れていく。その途中、私の隣を通り過ぎたときにライムの持っている本の表紙がチラリと見えた。


 タイトルは一瞬だったからよく見えなかったが、だいぶ年季が入った分厚い本だった。その厚さと言ったら、ちょっとした国語辞典に匹敵すると思う。


 それを見て思わず私は呟いた。


「何年物のエロ本だよ」


 あと少しで噴き出すところだった。


 何はともあれ、ひとまずこの本を戻しておくか。


「よいしょっ、と」


 私は重い本を持ち上げ、バランスを崩さないようにしながら元あった場所に戻した。そしてすぐに席には戻らず、あたりにある本を眺めてみた。どれもこれも知らない単語の羅列。堅っ苦しさを感じるタイトルの本しかない。


 そして見ただけでも読む気力を失ってしまいそうになるぶ厚さの数々。うげぇーと声を出してしまいそうになる。


 こんなところにエロ本が置いてあるのものかと思ったが、別にここにあったものではなく、他の場所にあったのを持ってきて、人気の無さそうなここで隠れて読んでいただけかもしれないな。


 私は踵を返し、ついさっきまで文字を読んでいた席に戻った。


「まだ、来ていないかー。うーむ、暇だ」


 イチヅはまだ来てはいないようで、彼女の姿は見当たらなかった。それとライムの姿もなかったので、彼はあのまま図書館を後にしてしまったのかもしれない。エロ本を読む邪魔をしてしまったのは少し申し訳なかったなぁ。


「図書館で傘を振り回すってのは、流石にどうかと思うしな。てか今は傘振り回しは我慢しているんだしなぁ」


 机の上で腕を伸ばしながらそう呟いた。気が緩み、ついいつも通りの声で呟いてしまった。誰も喋っていない図書館で、その声は響いているように感じた。実際そうだったのだろう、私を見るような視線を複数感じた。


 皆さま、大変失礼しました。


 心の中で謝辞をした。


「……」


 それにしてもイチヅ遅いな。生徒会の仕事と言っていたけど、何の仕事だろうか。そこら辺は詳しく聞いていなかったので、そもそもどれくらいかかるようなものかも知らない。一応イチヅはすぐ終わると言っていたが、実際は遅くなってることを見るに、意外と大変な仕事だったりしたのだろうか。


 もしそうだとしたら少し申し訳ないな。


 そもそも彼女が私の勉強を手伝うこと自体に特にメリットはない。むしろ生徒会長という大変な仕事をやりながら、その片手間で落第生な私の手伝いをする。はっきり言ってイチヅがやる必要は一切ないことだ。


 なのにイチヅは時間をつくって私に勉強を教えてくれている。


 なんでだろうか?


 何にだって理由はある。


 私が死んだのは傘を振り回していたせいだし。


 転生したのはそれを見た神様が面白がったからだし。


 ワカヅ先生が古代魔法研究に生徒を誘うのは道連れ欲しさからだし。


 ライムがエロ本を読んでいたのは性欲からだろうし。


 そんな風にどんなことにだって、それ相応の理由があって、その結果が導かれる。


 理由がないというのはあり得ない。


 だからこそ、ただのクラスメイトでしかなかった私に、忙しい生徒会長という役職に就くイチヅが、勉強を教えているという状況は道理に合わない。


 時たまに、そんな理由を吹っ飛ばす例外もあるが、それでも相応でないだけ。


 例えば私の『傘を振り回したい』欲求のように、神様の祝福(呪い)でどうしてもどうしても振り回したくなっているという感じに、理由自体があるのには変わりない。


 ワカヅ先生からは理由を”活躍だとか、恩だとか”と言ってたと聞いたが、それだけじゃあ詳しくはわからない。


 しかし、クラスメイトだったからというのは理由の全てではないということだけは分かる。つまり相応でない場合に当てはめて考えても、理由が不確か。


 むしろ私やイチヅ先生に伝わっていることは嘘でしかなく、他に何か隠した理由があるのかもしれない。


 まぁ嘘だからと言って、なにかやましいことがあるとは思わない。そんなことを考えてしまうのは、一ヶ月の彼女の献身に泥を塗るような行為だしな。というかそんなことを考えているとか考えたこともないし。


 だけどなぜ彼女が私に勉強を教えてくれているのか、それは分からないのには変わりない。


 ……。


 …………。


 ………………。


「あとでさり気なく聞いてみるか」


 ずっと分からないままにしておくのも、何だかモヤモヤするしな。それに何も知らないまま、享受し続けるというのは何だか嫌だし。


 そう考えながら私は机にかけた傘のハンドルを指で弄りながら、イチヅが来るのを待っていた。

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