10話 スコーンと紅茶は美味しい
二度目の一年生3日目。
今日は魔法発明学という授業がある。この名前は前世では聞かないと思う。
名前の通り、魔法を発明するための授業だ。
なぜ魔法を発明する必要があるのか。
そのことについては少し考えれば分かることだが、どんな技術体系においても発展せず、変わらないことは悪だ。停滞の先に未来はない。それはこの世界においても古代魔法という存在が立証している。
そのため現代を生きる人々は、今ある魔法を改良し、より良いモノにしたり、新たな魔法をつくりだしたりと、魔法の技術発展を行っているのだ。
新たに生み出された魔法として有名なのは、やはり治療魔法の類だろう。使うのにはそれなりの経験や技術が必要だと言え、それさえあれば使うことができる。
この治療魔法を筆頭に、転移魔法や大規模攻撃魔法など、誰でも使える今の魔法が生み出された当時は存在していなかった魔法が、多々生み出されてきた。
そしてこれを行うために必要な知識等を学ぶための授業、それが魔法発明学である。具体的な授業の内容としては、魔法の繊細なコントロールの仕方や詠唱のメカニズム的なモノを学んでいくという感じだ。
「では魔法発明学を始める」
その担当教師である、厳つい顔に、シワをいくつもつくった、いかにも気難しそうな男が教壇に立った。彼の名前はメイドルード・ハンド。担当科目からも分かる通り、主に新魔法の構築を研究していてる先生だ。
その見た目の気難しさに反して、かなり面倒見のいい先生であり、去年は、魔法が下手過ぎて実技が危なかった私に呆れながらも面倒を見てくれた先生でもある。ワカヅ先生と同様、足を向けて眠れない人だ。……まぁそんな良くしてくれたのに、最終的に留年してしまったのだが。
ちなみに、新たな魔法を生みだすのに古代魔法の技術がとても参考になるらしく、ワカヅ先生とはかなり仲のいい。
「最初に一つ聞こう。魔法開発を行う上で一番大事なことは何か分かるか?」
メイドルード先生は教科書を教壇に置くと、そう尋ねて教室中を見回した。
生徒たちは少し首を捻り、ぽつりぽつりと手を挙げていく。
「ヒラメキ、とか」
「確かにヒラメキがあるに越したことはないが、違うな」
「根性です!」
「うん。魔法発明は一日で終わらないからな。長い時間を耐えていくためには確かにいるかもしれないが、そうじゃない。……というか、お前少し元気すぎ」
「あり余る資金。つまりパトロンですわ」
「お金がないと発明できないもんな。だが今聞いているのはそんな現実問題じゃない」
皆思いついたものを次々に発言していくが、どれも正解とはならなかった。
私はそれを眺めながら去年末のことを思い出していた。
――去年末。先輩に勝てなくて勝てなくて、どうにかして勝てないかと考えていた私はある秘策を思いついた。
それというのが、先輩に勝つために新たな魔法をつくればいいじゃんというものだ。
つくる前にまともに魔法を使えるようになれとかいう野次は知らない。というか当時の私は先輩に勝てなさすぎて、迷走しだしていたんだ。おかげで授業をサボって抜け出す頻度も上がっていたような気もする。
あまりにも間抜けである。
ただ勉強がさっぱり分かっていない私が、独学で魔法をつくりだすなんてできるわけがない。なので早々に独学は諦め、私はメイドルード先生の元を訪ねた。
最初訪ねたときは怒鳴られ、呆れられ、唖然とされたが、なんやかんや魔法づくりを手伝ってもらえることになった。そしてなんやかんやあって、最終的に魔法は完成したものの、先輩の卒業には間に合わなかったので、結局お披露目することはなかった。……まぁこれは今は関係ない話だ。
とにかく去年末に私はメイドルード先生を訪ねた。
そしてそのときも今と同じ質問をしてきた。
私は良く分からなかったので、適当に「センス」と答えた。
やっぱり魔法をつくるんだから、細かい魔力操作を行うためのセンスは必須だろうし。自分の思い描く魔法を実現するための、発想という点におけるセンスも大事だと考えたからだ。
残念ながら、しっかりと間違いであった。
だけどそのあと正解を教えられた。確か必要なことは――
「答えは魔力量だ。魔法をつくりだすのには、極論魔力があればいい。どれだけ魔力の扱いが下手くそだとしても、どれだけ困難のモノでも、魔力を使いまくって、強引にやれば魔法は使うことができる。だから魔力量が一番大事なのだ」
メイドルード先生はどこか遠い目をしながらそう語った。その目はなんだか私のことを見ているような気がして、すこし申し訳なさが湧いてきた。
「だが現実問題として、そんな無理を押し通せるほどの魔力はない。だから魔法開発において一番大事なモノは考えない。魔力量など考慮せずに考えていけ理想に魔力量などという極論を無視できるように知識を得ろ。それがこの授業だ」
そう言い終わると、少しため息を漏らした。そして教壇に置いていた教科書を持ち直し、授業を始めた。
メイドルード先生の言いたいことは要約すると、『魔法をつくるのには魔力ごり押しで何とかなる。だけどそれが誰でもできるわけじゃないから、俺の授業では誰でもできるようにするためのことを教えるよ』ということだ。
才能なんてなくても頑張れば成し遂げられる、そんな激励の言葉でもあるのだろう。
この言葉を聞いた他の人たちは、少しだけ身を引き締め、ペンを持ち、手を動かし始めた。特に将来魔法を生みだしたいと考えている人なんかは、熱心にノートに書き記している。
「スゥ………………」
そんな中、私は気まずそうにしてメイドルード先生から目を逸らしていた。
メイドルード先生も、気まずさがあるのか、あまり私の方を見てこようとしない。
まぁそりゃそうだろう。
だって私はメイドルード先生の言う、魔力ごり押し。それを実践したのが去年末の私なんだから。
残念なことに私の魔法のセンスは、メイドルード先生に「こりゃダメだ。壊滅的だ」とお墨付きを言われるほど。メイドルード先生は知識を蓄えれば時間はかかるが、魔法をつくれると、己の理念通りの指導を行った。
だが一刻も早く魔法をつくりたかった当時の私は、そういう先生の思いに反して、駆け足で行動した。その結果、私は転生特典である、大量の魔力を総動員して使うことができる非効率的な魔法を生みだした。生みだしちゃった……。
完成したときのメイドルード先生の反応と言ったらもう……。しばらく何も言わず、ため息を漏らすだけで、何だか居た堪れない気持ちになった。
なのですごく気まずい。申し訳なさが尽きないのだ。
* * *
気まずい魔法発明学の時間を終え、他の授業も終えた私は、昨日と同じく生徒会室にいた。
今日も今日とて、イチヅとの勉強会である。
私とイチヅはソファーに隣り合って座っている。正面の机には教科書とノート、それからイチヅの入れてくれた紅茶が置いてあった。淹れたての紅茶がさっきまでやっていた授業の疲れを吹き飛ばし、ビシッと勉強に集中させてくれる。
「――進化した魔物っていうのは、大抵元の魔物にはない特殊な特性を持っていたりするの」
「特殊な特性? 魔法とかじゃないの」
こういうのはなんか特別な魔法とかが生えてきたりするもんだと思っていたが、違ったのか。……去年も同じようなことを思った気がする。
「まあ、魔法と言っても良いかもしれないけど、テスト的には特性と言ったほうが正しいわ」
「と、言うと?」
結局魔法と何が違うんだ。
「まず、魔物は魔法を使うのもいるっていう大前提は覚えてる?」
「うん、そりゃもちろん」
昨日やったばかりだし、そもそもこのぐらいならしっかりと覚えている。
流石にこれを覚えていない程、舐めて貰っちゃ困る。
「魔物は身体の大半が魔力、それで詠唱なしで魔法が使えるんだよね」
「そう。そして魔物は進化する際、肉体が変化すると共に自分の魔力を恒久的に変化させるの。それによりその魔物が今まで使っていた魔法に効果が増えたり、もしくは短所とかの消失が起きるの。ここで大事なのは変化するだけで、全く新しいものを使うようにはならないということ」
「魔法にプラスか、マイナスか。……つまり特性って言うのは、魔法そのものが変わったわけじゃなくて、肉体が変わって、それが付与されたりしたからってこと?」
「その通りよ。だからまぁ、魔法と言っても別に問題自体はないんだけど、テストとかで出てくるなら、特性と答えた方が確実なのよ」
なるほど、だから特性ということか。
吸血鬼とかは確か血を操る魔法を使うとか言うが、吸血鬼が進化したらその血を操る魔法に毒が勝手に付いたり、みたいな感じになるのだろう。
進化するんだから強くなるということは簡単に分かるが、それがこう具体的なイメージを抱くことができると、想像に過ぎないが実感みたいなものが抱けてくる。
今のところ、私は進化した魔物というのにはであったことがないが、やっぱり戦ったとしたら厄介なんだろうな。ただそういう相手との戦いっていうのはなんだかんだ楽しそうである。
まぁ、命の取り合いだから、負けたら死んでしまうので、楽しみながら戦うなんてことは実際できないんだけど。終わった後に楽しかったと思う、それが私なんだけど。
神様のせいとはいえ、傘を振り回して戦うのにハマっている――よくよく考えてみるとズレたことをしている私ではあるが、だからと言って漫画とかに出てくるバトルジャンキーみたいな精神で戦うほどに精神がぶっ飛んではいない。
「……」
「魔物の進化関連だとあと補足することは……進化すると思考がより人間的になることかしら。元から複雑な思考ができる魔物はいるけど、進化するとさらに複雑なことを考えられるようになるの。そこに狡猾さが合わさって――」
なんだか想像していたら無性に傘を振り回したくなってきた。
イチヅが話を続けているが、全然頭に入ってこない。まだなんとか禁断症状は抑えているが、傘に触ることができない今の状況……少々落ち着かない。
気を紛らわすために、私は紅茶をグビッと一気に口へ流し込んだ。
冷めてきたとはいえ、まだ熱さの残る紅茶が口の中へ広がり、喉を通って、腹へと流れていく。その感覚が紅茶の温度によって意識させられる。その感覚を感じながら口の中に広がる紅茶の風味に意識した。
「……ふぅー」
急いで飲んだせいで、軽く火傷しちゃったみたいに口の中がヒリヒリするが仕方ない。おかげでさっきよりは、傘を振り回したい欲求が小さくなった気がする。
そんな私を見て、イチヅは話を止めて慌てながら言った。
「急にそんな飲んでどうしたの。そんな風に飲んだら火傷しちゃうわよ!」
「大丈夫大丈夫。ちょっと雑念を飛ばしていただけだから。それよりも話の続きをよろしく」
口に付いた紅茶を拭きながら、私はそう答えた。
イチヅは不思議そうにしながらも、「そうね」と話を再開した。
私はイチヅに話を聞きながら、時折疑問を投げたり、逆に質問をされたり。そんな風に言葉のラリーをしながら勉強会を進めていった。そうして一時間と少しくらいの時間が経った。
ずっと話し続けるというのはかなり疲れるものだ。それに人間の集中というのはどれだけ頑張ったり、紅茶とかで補助したりしても、切れるときは切れてしまうもの。
丁度区切りの良い部分でもあったため、そこで一時休憩にすることとなった。
イチヅは私が飲み干したティーカップに新たな紅茶を注ぎに行き、私は立ち上がって腕を伸ばしたりしていた。
「……あ、あの……そういえばレインは、自分が初めて魔物と戦ったときのことって覚えている?」
そしたら紅茶を入れていたイチヅが藪から棒に尋ねてきた。
「ん、初めて戦ったとき?」
初めて戦ったときか。
魔物を倒したときと言えば、騎士に安全を保障されながらもスライムを殴り倒したりしたときかな。あのスライムをフルスイングした感覚というのは、今でも傘で殴ったとき気持ちよかったランキングの堂々の一位だ。
だけどそれは結局安全な中でのもの。戦いとは到底言えない。
私が初めて戦ったとき、そうなるとそれはやはりあのときだろう。
「覚えているよ。私が初めて戦った魔物はトロールだね」
「!! そ、それで、そのときってどんな状況だった?」
「あのときは騎士について行って森にいたんだけど、そのときトロールに襲われて逃げてきた執事とその人に背負われた女の子に出会ったんだよね。それで私はそこに残り、騎士の人のほとんどはその救助に行った。そうしていたら急にトロールがこっちに現れてホント、危なかった」
「レインは……どうして戦ったのですか? 怖くはなかったのですか?」
「まぁ怖くないと言えば嘘だけど、本音として戦ってみたかったというのはあるけど――」
あのときの光景が脳裏に浮かぶ。八年も前のことであるため、きっちりと輪郭のある光景ではない。しかしそれでもあのときの気持ちは思い出せる。
「――あの女の子を安心させたかったからだね」
「――」
そういえばあの女の子今でも元気にしているだろうか。
桃色髪が印象的ではあったが、似たような色の女の子なんていっぱいいるし。流石異世界、私の蒼い髪もそうだが、この世界の人たちの髪の色はかなりカラフルだ。なので桃色だろうが蒼色だろうが、この世界ではありふれた色の一つ。それだけで人い探しなんてできない。
それによくよく思い出してみると、名前を聞くのも忘れていた。これじゃあ探そうにも無理がある。
この学校にいて、あの子のような雰囲気に女の子に出会ったこと自体がないから、もしかしたら年齢が違っていたり、国外の学校に留学してたりするのかもしれない。
一応父の方で名前を聞いているはずだから、今度屋敷に帰ったら聞いてみることにするか。
「あれ、立ち止まってどうしたの?」
「あ、いえ。何でもありません」
イチヅは紅茶を入れたティーカップ持って立ち尽くしていた。私が声をかけると、すぐにそう返して歩き出した。
「やっぱり貴方は……私の恩人だなと思っただけですよ」
「どゆこと?」
「いえ。何でもないです」
小さな声で何かを言ったような気がしたが、よく聞き取れなかった。そしてイチヅはすぐになんでもなかった風になり、思い出した――話を無理やり変える――ように言った。
「あ、これスコーンがあるんですが、紅茶と一緒にどうですか」
「食べる食べるー」
頭を使ったりして、丁度小腹が空いていたのだ。ナイスタイミングである。
私は飛びつくようにしてスコーンを頂きながら、紅茶を飲み、小休憩。
そしてこの日も外が暗くなってしまうまで、イチヅとの勉強会をした。
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