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9話 放課後は生徒会長とワンツーマン

 制服水浸し以降は、特に何か起きることなく、平和に他の授業も進んでいき、あっという間に一日が終わってしまった。


 物事に対して熱心に向き合っているほど体感時間というものは早いものである。


 前世のときも学生時代と社会人時代とを比べてみると、圧倒的に学生時代のほうが早かった。物理的時間が同じはずなのに、学生時代のほうが、はるかに過ぎ去っていくのがあっという間であった。


 そして異世界においてもそれは変わらない。結局のところ、異世界だろうが、元の世界だろうが、物事に向き合う意識そのものは同じということなのだろう。


 その時間に向き合い、しっかりとやり切ろうとする、だから時間が足りなくなって、それによって早く感じる。それがこの体感時間マジックのメカニズムだと思う。


 そんな時間を私は傘を振り回すことに全力を注いでいた。全く勉強をしていなかったわけではないが、ほぼ傘に注いでいた。そんな私留年してしまったというのは、よくよく考えてみると当然以外のなにものでもないな。


 まぁ今回は傘を振り回すことを我慢しているし。


 去年とは違って、勉強に力を注いでいるし。


 二度目の留年なんてことをやらかすことはないだろう。


 そんなこんなと考えている私が今いるのは学校の廊下。


 寮へと帰っていく生徒たちや部活をしに行く生徒、彼らを尻目に私は廊下を歩いていた。彼らと同じように、授業を終えて、寮に帰宅しようとしているというわけではない。むしろ私の授業はまだ終わっていない。もう一コマ、特別に用意されている。


 傘を振り回すのに夢中になり、留年してしまった私が、再び留年していしまわないように、私の元クラスメイトで且つ現生徒会長、イチヅ・ヘンボールの用意してくれた勉強会。補修授業といっても過言ではない。


 その勉強会を行う場所へ、私は移動していた。。


 場所は生徒会長がいる場所と言えば当たり前のところ。そう生徒会室だ。


「レイン・ブレラです。失礼します――」


 生徒会室の前に到着した私は、扉をノックし、中に入ろうとした。すると中から何かぶつかり合って、崩れるような、騒がしい音が聞こえてきた。そしてそれに遅れるようにして、中から凛々しい声が返ってきた。


「え、ちょ、待って待って!! 少しだけ待って!!」


 前言撤回。凛々しくはなかった。凛々しさの欠片なんて存在せず、なんだかふにゃふにゃした声だった。


 凛々しい声であれば、イチヅ生徒会長であるが、こんなふにゃふにゃした感じの声は知らない声だな。


「ーーあっ。ふにゃッ!?」


 すると中から誰か人が倒れるような音が聞こえ、すぐにさっきのふにゃふにゃした悲鳴が聞こえてきた。


 私は思わず扉を開けて中に入ろうと、扉に手をかけた。


「あの、大丈夫ですか?」


「大丈夫! 大丈夫だから! 少し待ってて!! 本当に大丈夫だから待ってて!!!!」


「はぁ……?」


 生徒会室の中からドタバタと音が鳴り響く。騒音とまではいかないが、なかなかに騒々しい音だった。中で誰かが慌てて何かしているということは想像できるが、一体なにをしているのだろうか。


 もし掃除とかだとしても、生徒会室がそこまで汚いなんてことはないだろうし。


 と、なると何だろうか。何か生徒会の人以外に見せてはいけない書類とかでも出していたのだろうか。そうだとしたら納得である。手伝おうなんて考えて、中に入らなくて正解だ。



 ――それから数分後。部屋の中から聞こえていた騒音が途端に止んだ。


 そして扉が静かに開いて、中から赤い髪の生徒が出てきた。相変わらず赤々とした髪色で、本物の炎を見ているかのような印象を抱かされる。


 額には汗が滲んでおり、それを手で拭いながら出てきた。それをしている仕草が、彼女のできる生徒という雰囲気と相まって、少しカッコよさがあった。


「ふぅー。お待たせいしました、レイン」


「全然。何か見せちゃダメな書類を片付けてたんでしょ」


「え、あ、はい」


「あれ? 違った?」


「イエ……ダイタイ、ソンナカンジデスネ。ウン、ハイ」


 なんだかいつもと違って片言な返答であった。


「ひ、ひとまず中に入って」


 何だか様子が少しおかしいが……まあ良いか。


 私は特に気にせず、イチヅに連れられ、生徒会室の中に入った。


「どうぞ。そこに座ってください」


 中に入るとすぐに目に入ったのは、部屋の奥に鎮座した大きな机。そこには左右に書類の山が積み上げられており、先ほどまで何か作業をしていたのだと分かる。


 そしてその机の前にハの字をつくるようにしていくつかの机。入ってすぐのところに座り心地の良さそうなソファーが小さな机を挟んで置いてあった。


 生徒会室の中は、ついさっき急いで片づけを行っていたためか、かなりきれいであった。それとも普段からこんな風にきれいな状態なのだろうか。恐らく後者の方だと思う。


 なにせ学校の自治や運営、その一部分とはいえ携わっているのだ。であれば、汚いない部屋であれば、そういう仕事がやりにくくなってしまう。


 やはりさっきの時間は、私には見せてはいけない書類の類を片付けていたんだなと納得した。


 そう言えば。


「あれ、生徒会室にはイチヅだけ?」


「はい、そうですけれど……?」


「だけどさっきイチヅとは違う雰囲気の声がした気が」


 もしかしてさっきの声はイチヅの声か。


 普段は凛々しく、なんだかできる感じの子であるんだが、焦ったりするとあんな感じになるのか。少しギャップがあって可愛いな。


「そ、それは気にしないでください!! 忘れて、忘れておいてください!!」


 顔を赤く染めたイチヅはそう言って部屋の隅の方に駆けていった。


 その様子を見て軽く笑いながら、私はイチヅに言われた通りソファーに座った。見た目通りの座り心地の良さで、ここで横になったらいい感じに眠れそうだ。


「今日は私のために勉強を教えてくれるって、ありがとうね。生徒会長になって忙しいはずなのに」


「いえ、お気遣いなく。クラスメイトだったのですから、このぐらい力になるのは当然ですよ」


「そうなの? まぁ、本当にありがとう」


「――それにあのときの恩を考えれば、こんなもんじゃ……」


「うん? 何か言った?」


「い、いえ。何も言っていません」


 イチヅはそう言って紅茶入れたてのティーカップを二つ持って戻ってきた。そのときには既に、いつも通りの雰囲気に戻っていた。


「では早速、勉強会を始めましょうか」


 そう言ってイチヅはいくつかの教科書とプリントを正面の机に広げた。


 顔は若干赤く染まっていた。


「レイン一番苦手な部分はやはり座学系ですよね」


「うん、そうだね」


 一応実技系だと魔法を使うのも苦手ではあるが、こちらのほうは最低限、それこそ実戦とかでは使えないレベルではあるが、それでも使うことができるので何とかはなる。


 しかし座学に関しては本当に致命的だ。


 何せ分かっていない、理解していない。それなのに授業に出席していなかったり、テストで何回も再試験を繰り返してしまった。


「レインの場合は勉強よりも興味のあることに夢中になったせいって感じだから、まずは興味を持ちやすいところからやって、自力を上げていきましょう」


「そうなると何からやるの?」


「魔法系のことに関しては、担任のワカヅ先生がいらっしゃいますから、後回しで良さそうですので……」


 そう言って教科書を見比べ、ひとつを差し出した。


「まずは、魔物の生態からやっていきましょう。魔物のことを知ることで、戦うときより一層戦いやすくなりますし」


「うん、わかった。それが良いね」


 私は教科書を受け取り、そう答えた。


 イチヅはもう一冊、同じ教科書を取り出し、それをペラペラとめくっていく。そしてそれに釣られて私もページをめくっていく。


「では、レインが面白いと思いそうな、魔物の進化をやりましょう」


 魔物の進化。


 これは始めのところだけは何となく覚えている。


 魔物とはそもそも、前も言った通り、魔力で身体のほとんどを構成した生き物だ。そのどれもが、理由はよく分からないが、人間に対して敵対的である。


 だがこれだけであれば、極論言ってしまえば魔力でできているだけの猛獣とほぼ変わりない。


 猛獣と違う点、それは魔物は進化するということ。


 生命が何世代も重ねていくことで行うそれを、たった一世代で起こしてしまう。


 そうして進化した魔物というのは同じ魔物とは違って、明確な思考と人間に対する殺意を有する。


 そのため騎士たちは魔物を討伐しつつ、そういった進化をした魔物が現れないようにしている。


 私の覚えている知識だとこんな感じである。教科書と知識を見比べてみると、ニュアンスは若干違うが、おおよそ同じ内容が書いてあった。


「なんとなくは覚えているよ。……だけど、細かい部分に関してはとか、踏み込んだ部分はあんまかな」


「じゃあ最初の部分は飛ばして、詳しくやっていきましょうか」


「よろしくお願いします」


「ええ。任せなさい!」


 イチヅは力強く答えた。


 いつもと変わりない感じであったが、なんだかムフーと自信満々に胸を叩く幻覚が見えた。


「魔物が進化を起こすのは一定以上の魔力を保有したときよ。この魔力を保有する方法っていうのは、二つあって、ひとつは単純に長い年月を生きて自身の魔力量を増やす。もうひとつは人間とかを襲って、その人の持つ魔力を奪って魔力量を増やすっていう方法よ」


「じゃあ、一般的に多いのは後者の人間を襲うっていうほうかな?」


「ええ、そうね。古代魔法が魔法だった時代は、魔物に対する対処手段が少なくて、この方法による魔物の進化が多かったらしいわ」


「あー、平民には魔法は使えなかったからか」


「そう。だから今は誰もが魔法を使える時代となったおかげで、この方法による進化は少なくなっているの。だから今現れる進化した魔物というのは長い年月を生きた魔物が多いの」


 人間を襲おうとも、返り討ちに出来る手段が今はあるからな。そういう方法で進化しようとするのは難しくなった、ある意味良い時代になったと言える。


「長い年月を生き、進化した魔物。こういう魔物は少し特徴があるの。何か分かる?」


「うーん……」


 なんだろう。長い年月を生きたんだから、知識が豊富とかかな。


「知識が豊富……?」


「当たらずも遠からずね。答えは狡猾さよ」


「狡猾さ?」


「長い年月を生きたということは、それだけの時間を倒されずに生きたということ。つまりはそれだけの歴戦を超えたか、隠れ潜んだかということ」


 なるほど。


 戦い生き残ってきたという面で考えれば、それだけの戦闘経験、知恵を蓄えているということ。


 隠れ潜んだという面で考えれば、それだけ他から見つからないための方法を熟知しているということ。


 このどちらもが狡猾な思考へと繋がる。


「今の時代は進化した魔物の数は少ないけど、その代わりにどいつもこいつも狡猾に人間を殺そうとしてくるわ。だからそんな魔物が襲ってきたとき、大規模な被害が出ることが多いの」


「ふーん。……そういえば、なんで魔物って人間に敵対的なの?」


 一応魔物は人間以外の生き物にも襲いかかったりする。だが、積極的に人間を襲う。例え進化するために魔力が欲しいと考えても、明らかに不自然な部分がある。


「その理由は今のところ、分かっていないわ。ただ、魔物の王――魔王なんかがいて、それが人間を滅ぼそうと魔物たちを操っているなんて噂もあるわ」


 魔王か。


 ファンタジーだと定番中の定番な存在である。しかし、この世界には今のところそういう類の存在は確認されていない。だけど噂として、そんな存在がいるのではと囁かれている。


「いたらいたらで、その魔王が何で人間を滅ぼうとしているんだろう。世界征服とかでも企んでいるとか、かな」


「あはは。もしそうだとしたら、これだけ長い年月をかけても果たすことの出来ていない魔王っていうのは、大したことがないのかしらね」


「もしくは人間を滅ぼせと命令しかできないから、統率もなにもないのかも」


「そうだったとしたら、魔物の王なのに人望がないのが少しかわいそうね」


「魔物で言うなら、人望じゃなくて魔望かな」


「確かに、その通りね」


 生徒会室に私たちの笑い声が響く。


「じゃあ勉強に話を戻しましょうか」


「あ、そうだね。このままじゃ目的が変わっちゃいそうだし」



 そんな風に少し話が脱線したりしつつ、勉強会は進んでいき、日が沈んで空が暗くなるまで続いた。


 非常に楽しく、面白かった。こういう形であれば、私も勉強を頑張っていけるかもしれない。


 ただそれはそれとして傘を振り回したい。手が勝手に傘に伸びて、駆け出しそうなる。絶対これ、抑えきれなくなったら、終わりだ。留年コースまっしぐら。


「鎮まれ……鎮まれ、私の右手……」


 そんなことを考えながら、私は傘を掴んで震える手を抑えながら、ベッドに入った。

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