第107話:セイなる夜、本番
アカネがゆっくりと時間をかけて入浴している間。
雪人は、正座。
母たちが夕食の支度。
やがて、その仕度も終わり、テーブルに並ぶご馳走。
昨日のパーティよりは質、量も落ちるが。
普段よりは、少し豪勢な。
そして、アカネも湯からあがり。
「ほらぁ、雪人、もぅ、いいからぁ、こっち、いらっしゃい」
落ち込む雪人が立ち上がらないため。
「ほらほら、さぁさぁ」
美里が、雪人の手を取り、立ち上がらせ、テーブルに着かせる。
「はぃはぃ、いただきましょう、いただきまぁす」
雪枝の音頭で、会食。
だが、しかし。
食べ始める女性陣に対し、俯いて、項垂れたままの、雪人。
本当なら、明るいクリスマスの筈が。
しーん、と、静まりかえる深夜のごとく。
がたんっ
大きな音を立てて、アカネが椅子から立ち上がる。
その音に、ビクっ、と反応するのは雪人だけでなく、雪枝も、美里も。
何事か、と。
思う間もなく、アカネが。
「雪人くんっ! いえっ、あなたっ!」
いや、妻が、夫に。
「急だったから、びっくりしたから、心の準備が出来てなかっただけだから、無理矢理じゃなければ、イヤじゃないから、むしろ、ばっちこいだからっ!」
勢い。
湯舟の中でまとめた言葉を。
投げてみる。
投げられた側の雪人も。
驚いて、その、妻の顔を見上げて、見つめて、妻の言葉を、受け止めて。
「だから……だからね、あなた、今夜、ね……どぅ……かな?」
最後は、少し、トーンダウンするも。
懇願するように、上目遣いで。
「どぅ? これ、使うし……」
と、母から預けられた箱と紙も提示。
提示された箱を、流れでそのまま受け取って、紙の内容をちらっと見て。
「これって……」
「本当は、ちゃんとした方がいいんだけど、せっかくの、初めてなんだから、ね?」
美里が、少し手助けの解説を入れるが、しかし。
「さぁさぁ、話は、あとでゆっくりぃ……先にご飯、いただきましょぉ」
パンパン、と、雪枝が手打ちして。
冷めないうちに、と。
「ほら、あなたも、ちゃんと食べて、元気出してっ」
溜めた言葉を発散して、少しいつものペースに戻ったアカネ。
雪人の背をばしばし、と、叩いて。
「う、うん……いただき、ます……」
雪人の方も、その勢いに巻かれる形で、食を進め。
「ごちそうさまでした」
食事を終え。
雪人も含め、全員で、お片付けも済ませて。
お茶の時間。
リビングのテーブルを囲んでの、緊急家族会議。
今日が終わるまでの時間も、少しづつ、削られてゆくが。
「本当は両方使う方がいいんだけど、せっかくの初めてなんだから、そっちは無しで、こっちで」
美里が改めて、二つの小さな箱をテーブルに並べて、そっちとこっちの箱を指さして。
そっちの箱は、雪人も以前にコンビニで買って用意してあったものと同じもの。
雪枝が改めて用意した、こっちの薬の箱を手に、アカネに問う。
「と言う事でぇ、いいかしらぁ、アカネちゃん?」
「わ、わたしは、それでいい……よ」
アカネは少し恥ずかしそうに、だけど、と、雪人をちらりと横目で見ると。
雪人はじっと箱に付属している説明書を眺めつつ。
「これも、百パーセントじゃないんだよね……」
「そうね、どっちも完全、ではないわね。だから本当は両方使うのがいいんだけど……」
雪人の疑問に美里が答える中。
「あなた!」
アカネが横に座っている雪人の方へ向き直り、雪人の手を握って。
「わたしはどっちもナシでもいいよっ!」
「いやいや、いやいや……いや……?」
「どうせ『神のみぞ知る』『天からの授かりもの』なんだし、ヤってみなくちゃわからないんだしっ」
アカネ的な諸般の事情で見送っていたが、もともと存在した、案。
アカネ自身がその諸般の事情を反故にすれば。
ここへきて、それがさらに前倒しされる可能性。
もちろん、最初の一度の結果次第で、その後の計画も再構築は、可能。
で、あるならば。
本来は聡明な雪人も、考える。考えた、結果。
「えっと……今夜、うん、それは、うん」
歯切れは悪いが、ぼつ、ぼつ、と。
願いを、伝える。
「えぇっと……まとめると、ユキちゃんの状態で、アカネから、って事で、お母さんたちが一緒に指導すればいいのね」
美里が雪人の願い出を簡潔にまとめる。
「うん……その方がボクが暴走しにくいだろうし、暴走しても止めてもらえるでしょ?」
「アカネもそれでいい?」
「ちょぉっと微妙だけど、まぁ、いっか、な?」
議論の結果の、議決。
「ね? 美里ぉ、明日、会社お休みにして、正解だった、でしょぉ?」
「さすが雪枝さん……」
「んふふぅ……雪人、アカネちゃん……今夜はぁ、寝かせない、わよぉ?」
ドヤ顔の雪枝。
「お、お手柔らかに……」
「…………かに……」
当の主役たちの方が、萎縮しそうな気配もありなん。
「さぁ、じゃあ、今日は、雪人ちゃんとアカネ、一緒にお風呂、はいってらっしゃい。私は雪枝さんと入るから」
『セイなる夜』。
本番、はじまる。




