不思議なお兄ちゃん
お父さんと山へ散歩に来た颯介くん。
今日、ぼくは大好きなお父さんと一緒にお山へ遊びに来たんだ。
お山の中に来たのが楽しくて楽しくて、ぼくは思いっきり走り回ったんだよ。
「おいおい、颯介、あんまり走り回ると迷子になるぞ」
お父さんは口ではそう言いながら、ぼくのこと見てニコニコしている。
ガサッと音したので見てみると、そこには小さな狐がいたんだ。小さな狐はぼくに気が付くと、慌てて逃げだした。
ぼくは野生を刺激され、小さな狐を追いかけたの。
「颯介、行っちゃだめだ、早く戻ってこい」
お父さんが叫んだけど、ぼくは夢中になって小さな狐を追いかけた。
気が付くとぼくは辺りが木に覆われた場所にいた。前を見ても後ろを見ても横を見てもお父さんの姿が見えない。
ぼくの良く知っている山の雰囲気じゃなくなっている、どうして?
匂いを嗅いでもお父さんの匂いがしない。
すると、周りからクスクスと笑い声が聞こえてきたの。
やがて笑い声は不気味で大きなものになって響き渡り、ぼくは怖くなって泣きながら逃げ出した。
早くお家へ帰りたい。
どんなに頑張って帰り道を探しても同じ場所に戻ってきてしまう。
もう何日も歩き回った。お腹がすいたら、木の実や果物を食べた。
歩いて歩いても、気が付けば見覚えのある場所にいる。
もうお家に帰れないの、お父さんにもお母さんにも会えないの。
ぼくが泣きだすと、また周りから笑い声が響き渡った、何か楽しそう。
「君、どうしたの」
声をかけられた、とっても優しそうな声。
顔を上げると、そこには着物を着たお兄ちゃんが立っていた。何か不思議なお兄ちゃん。
「ぼく、お家へ帰れないの、帰り道が解らないんだ」
泣きながらこれまでのことを話すと、不思議なお兄ちゃんは、
「そう」
とぼくの頭を撫ぜてくれた、とても暖かい手。
辺りを見回した不思議なお兄ちゃんは、
「オイ、雨狐、悪戯よせ!」
凛とした声で叱りつけると、物陰から親狐と子狐が一声鳴いて逃げて行った。子狐はぼくが追いかけていたあの子。
たちまち、辺りの雰囲気が元に戻った、いつもの山の雰囲気に。
「僕が麓まで連れて行ってあげるよ」
ぼくを抱き上げ、不思議なお兄ちゃんは跳んだ。
思わず閉じた目を開くと、もう山の麓にいた。
「ここなら、帰り道解るだろう」
「うん、解るよ。ありがとう、お兄ちゃん」
お家へ向かって走ろうとした時、ふと気が付いた。どうして不思議なお兄ちゃんはぼくの言ったことが解ったのだろう? お父さんもお母さんもぼくの喋ったことが解らないのに……。
聞こうと思って振り返っても、そこには不思議なお兄ちゃんの姿は見えなくなっていた。
走ってお家に帰ると、
「無事だったのね」
「颯介、帰ってきたのか!」
お母さんは大喜び、お父さんも大喜びでぼくのことを抱き上げてくれた。
ぼくも嬉しくて思いっきり尻尾を振ったの。
ぼくは柴犬だけど、お父さんもお母さんも大好き。ぼくの大好きに不思議なお兄ちゃんも加わったんだ。
お父さんとお母さんにとって、颯介くんは大切な家族。