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これが伝説の木です

 

「ありがとうございます、領主様、皆様」


 クラウディオとセシルたちは二人に頭を下げられた。


「伝説の木の下で出会った私たちですが。

 好きだという勇気が出ないまま、この歳まで来てしまいました」


「でも、これからは幸せに暮らします」


「よかったですね」


「ほんとうによかった……。

 オッジ、キャスリン、幸せに――」


 本来の目的を忘れたように、純粋に二人の幸せを喜んでいる……


 いや、表情はそんなに変わってはいないのだが、喜んでいるらしいクラウディオの姿を見て。


 セシルは、ちょっとときめいた。


 伝説の木の言い伝えは、ほんとうかもしれないっ、と王子といるときには感じたことのない感情に、セシルが照れて俯いたとき、オッジたちが言った。


「今度のおやすみに、ここでささやかな結婚式をしようと思います。

 皆様もぜひ、いらしてください。

 この伝説の木の下に――」


 オッジとキャスリンはふたたび、手を取り合った。


 伝説の木の下で。


 赤い花も咲いていない。


 なんの変哲もない木の下で。


 セシルが捨てられていた木のとなりの木の下で――。


 セシルとクラウディオは見ないフリをしようとした。


 だが、衝撃を受けていたのは、セシルたちだけではなかった。


 誰もが木が違っていたことには触れまいとしている中、ファーディが叫ぶ。


「こっちが伝説の木なのですかっ。


 私はユリアとここで出会ったんですっ。

 彼女は私の運命の相手だったのですねっ。


 ダンと別れるように言ってきますっ」

と走り出そうとする。


「落ち着け」

とクラウディオはファーディの首根っこをつかまえた。


「伝説に頼るな」


 いや、お前が言うな、という顔をバレルがしていた。


 クラウディオはちょっと困った顔をしたあとで、セシルの手をとり、あの赤い花の木の下に連れていく。


「わ、私はこの木の下にいたお前を見て、一目で恋に落ちた。


 それで、ここが伝説の木だと言い張ろうとした。


 ……まあ、違ったようだが」

ととなりのなんの変哲もない木を見る。


「だが――


 ここが伝説の木であろうとなかろうと、私がここでお前に恋した事実に変わりない。


 もしも、お前が私のもとに嫁いでくれるなら。


 私はお前が誰よりも幸せになるよう、頑張るよ。


 私がこの約束を(たが)えることは決してない。


 もし、そのようなことがあれば、私を殺してよい。


 この伝説の剣で」

とクラウディオは腰の長剣をセシルに渡した。


 ほんとうに伝説の剣だったのか……。


 っていうか、そんなもので、縄とか切っていいのか、と思いながらも、セシルも素直な気持ちをクラウディオに向けて語った。


「……クラウディオ様。

 私は、恋とか愛とかよくわかりません。


 生まれたときから、王子の妃となると定められ、私の未来は決まっていたので。


 でも私、これからは自分で未来を選び取っても良いのですよね」


 クラウディオは微妙な顔をしていた。


 自分以外の誰かを選び取るのではっ?

と思っていたからだったが、セシルはよくわかっていなかった。


「私――


 今、生まれて初めて、恋に近い感情を覚えている気がします」


 そう言い、赤くなるセシルの手をクラウディオがそっと壊れものを包むように両手で握る。


「伝説の木だとか嘘をついてすまなかった。


 だが、我々が末長く幸せに暮らせば。

 いずれ、ほんとうにこの木は伝説の愛の木と呼ばれるようになるだろう」


「クラウディオ様……」


 そこで、バレルがため息をついて言った。


「王子には私から上手く伝えておきますよ。

 お幸せに」


 バレルはセシルの前に(ひざまず)く。


「気高く美しきセシル様。

 恋なんて、一瞬のまぼろしですよ」


 いや、お前、今、お幸せにとか言わなかったか? という顔でクラウディオがバレルを見たが。


 バレルは気にせずに言う。


「でも、私のは恋ではなく、愛です。


 あなたは王子の妃候補。


 遠慮して誰も近寄らず、男性と親しくしたこともありません。


 初めて近づいてきたクラウディオ様にときめいているのでしょうが。


 それもまぼろしかもしれませんよ。


 ……気が変わりましたら、ぜひ、ご連絡を」


 では、と言いたいだけ言って、バレルは去っていったが。


 ちゃんと王子には伝えてくれ。


 未練がましい王子は王様たちが止めてくれたので。


 セシルとクラウディオは無事に婚儀を終えられた。


 なんの伝説もない木の下で――。




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