領主 クラウディオ・バンデラの誤算
辺境の地の領主 クラウディオ・バンデラは困っていた――。
森の散策中、木の下に立っていた可愛らしい娘に一目惚れしたクラウディオは、恋という初めての感情に完全に動転していた。
彼女を離したくないという思いから、これは伝説の木だとか、適当なことを言ってみたのだが。
……この娘、見た目に反して、追求が厳しいな。
ぼんやりして見えても未来の王妃として育てられたセシルは、意外にしっかりしていた。
そして、夢見がちでもない。
森で出会った若きイケメンに、突然、私はあなたと結婚する運命なのだとか言われて。
まあ、そうなんですかっ、と素直に喜ぶようなタイプでもなかった。
「さ、最近では、大きな小麦畑の側に住む男が、ここで出会った娘と結婚していたな」
「では、その方に会わせてください」
セシルは、おのれの目で見ていないものは信じない女だった。
王宮では、火のないところに煙が立つ。
噂を鵜呑みにして、人を傷つけてはいけないので。
自分の目で見て、耳で聞いたことしか信じないようにしていた。
「そ、その者は……
今は、牢獄に入れられていて会えぬ」
大きな小麦畑の側に住む男、ダニエルは、ほんとうは、いつも一緒にいた幼なじみのマリーサと結婚していた。
ダニエルと会って話をさせるわけにはいかない。
――すまぬ、ダニエル。
汚名を着せてっ。
いいんですよ~、領主様~というダニエルの声が聞こえてくる気がした。
ダニエルは気のいい青年だからだ。
「では、他には?」
愛らしい瞳をしているのに、鋭い目つきでこちらを見るセシルは、さらに突っ込んで訊いてくる。
「す、水車小屋のオッジじいさんがここで出会った娘と結婚したと言っていたな」
セシルの迫力に急かされ。
つい、さっき会ったじいさんの名前を出してしまった。
「では、そのオッジさんに会わせてください」
そう来ると思った~っ、とクラウディオは頭を抱える。
オッジじいさんは、今も独り身なのだ。
「そ、その者は死罪となって、
もう……、いない」
すまぬ、オッジ。
「いいんですよ~、領主様~。
そんなことより、早く嫁をもらってください~」
という幻聴……
いや、これはいつもみんなに言われていることだったか―― が聞こえてくる。
もうこれ以上、妄想の中でも、領民を投獄したり、殺したりしたくないっ、と思ったクラウディオは急いで言った。
「そ、そういえば、街道沿いの長屋の男たちも、そう言っていたな」
街道沿いに長屋などない。
今度の男たちは、実際にはいない人物だ。
「では、その者たちに会わせてください」
「その者たちは流刑にした!」
架空の人物だから、胸は痛まないぞ、と思い、クラウディオは喜び勇んで言ったが。
セシルは、
この人、領民を流刑にしたとか、なに嬉しそうに言ってるんだろう? という顔をする。
しまった~っ。
極悪非道な領主だと思われたかっ、とクラウディオが思ったとき、セシルが木を見上げて言った。
「やはり、これ、恋に落ちる伝説の木じゃなくて、呪われた悪魔の木なんじゃないですか?」
この木の下にいた人たち、全員、殺されたり、投獄されたりしてるじゃないですか、と眉をひそめる。