伝説の木 その後――
かつての婚約者、セシルを想い、王子はひとり馬を飛ばして辺境の地まで来ていた。
王子たるもの、あまり未練がましくするのも、部下の手前、良くない、と普段は気丈にふるまっていたが。
セシルと歩いた庭などをひとり歩いていると、寂しくなってしまう。
踏ん切りをつけよう。
なにもかも、セシルに頼りきりで。
彼女に手のかかる弟としか思ってもらえなかった自分のせいなのだから――。
赤い花の横にある伝説の木とやらを眺めていると、その後ろから現れた者がいた。
「ここに来られると思ってましたよ」
とその人物はため息をつく。
「セシル様たちにはお話し通しておきましたから、みんなでお茶でも……」
そう言いかけたのは、幼なじみの麗しき騎士、バレルだった。
「……まさかっ。
この木の下から現れたお前こそが、私の運命の相手であったのかっ?」
「いやいやいやっ。
待ってくださいっ。
王子と私はもともと知り合いですからっ。
この木の下で出会ったわけではないのでっ」
王子に手を握られ、バレルは悲鳴を上げる。
「セシル様っ、助けてください~っ!」
十数年後も相変わらず、人気のない森。
領主の息子、デービットは幼なじみのメラニスと森を散策していた。
デービットは一本の木の前で、足を止め、振り向く。
「ここだ。
この木の下だ。
私の父と母が出会ったこの場所で、私たちも出会った。
結婚してくれ、メラニス。
ここでお前に愛を誓うよ。
我が両親のように。
私たちもいつまでも、おしどり夫婦でいられるように――」
「あ、あの~、デービット様。
……おとなりだそうですよ」
ちょっと言いにくそうに苦笑いして、メラニスは言う。
「ん?」
「以前、セシル様に聞いたのです。
領主様とセシル様が出逢われたのは、こちらの赤い花の木の下です。
私たちが出会ったのは、その左どなりの木。
ちなみに、本物の伝説の愛の木は、あちらの右どなりの木だそうですよ」
とメラニスは赤い花の咲く木の向こうを指差す。
だが、デイビットはそちらを見ようともせずに、メラニスの手をとり言った。
「いいや。
お前と私が出会ったこの木こそが、本物の伝説の愛の木だ」
伝説の木になってもらうっ、と親子そろって無茶を言う。
「永遠に幸せになろう、メラニス。
きっと、恋人同士が出会う木は、どれもこれも幸せになる伝説の木なのだ」
オッジとキャスリンも。
父と母も。
そして、お前と私も幸せになるのだ――。
そう言うデイビットの言葉に、メラニスが笑う。
「私とユリアは幸せになってないですけどねっ」
後ろから従者、ファーディが叫び。
王子のもとから逃げて来ている、バレルも、
「どれもこれも伝説の木なんかじゃないですよっ」
と叫んでいたが。
恋人たちの気持ちひとつで、どれもこれもが伝説の木となる。
メラニスがちょっと微笑み、デイビットはそっとその頬に口づけた――。
完




