悪魔の木の下に捨てられたはずなんですが……
王子様に婚約破棄されて捨てられました。
というか、ほんとうに、ポイ、と捨てられました。
よくわからない罪を着せられ、悪魔の木の下に――。
婚約破棄されたあと、馬車に乗せられたセシルは山を越え、辺境の地へと連れていかれた。
森の中の少し開けた場所で馬車はとまる。
真っ赤な花が咲いている木の下に、セシルは手首を縛られたまま、ポイ、と捨てられた。
去り行く馬車を見送りながらセシルは思う。
さて。
これからどうしたものか。
「お前なぞ、悪魔の木に呪われてしまえっ」
とパーティ会場に響き渡る声で言った王子のセリフをセシルは思い出していた。
……呪われる。
いや、どうやって?
セシルは木を見上げてみた。
確かに毒々しいような赤い花が咲いてはいるが、それだけだ。
なにかが起こるような様子もない。
することもないので、その花を観察していると、背後からいきなり、
「我が妻よ」
と低くていい声が聞こえてきた。
振り返ると、身なりのいい長身の男が立っている。
銀髪をひとつにまとめたその男は、美貌で名を馳せた王子より、さらに美しい顔をしていた。
「お前が我が妻となる女か」
いや、何故ですか。
「ここは滅多に人の立ち入らぬ森。
お前が立っているその木の下で男女が出会うと、必ず結婚するという伝説があるのだ」
お前こそが私の運命の女――
と男が言ったとき、
「ふー」
と太い幹の向こうから、大きく息を吐くのが聞こえてきた。
そちらに回って見ると、おばあさんが木の根元にしゃがみ、豆をむいていた。
先程から、ここにいたようだ。
「……あの、この方があなたの運命の女性では?」
男は沈黙した。
腰にさしていた、なにやら立派そうな剣を抜く。
ひっ、とセシルは身構えた。
やっぱり、呪われて殺されるっ!?
この呪いの木の下にいると、そのなんかすごそうな伝説の剣で殺されるとかっ?
いや、私、伝説の剣じゃないと始末できないような、立派なものではないんですけどっ、
と思ったときにはもう、男はその剣で手首を縛っている縄を切ってくれていた。
「あ、ありがとうございます……」
「我が妻よ」
だから、それは後ろのおばあさんでは?
と思ったが、耳が遠いらしいおばあさんは、こちらの騒ぎになど気づかぬまま、よっこいしょと豆の入ったカゴを抱えて、去っていった。
「私は領主のクラウディオ・バンデラ。
これは、この地に伝わる伝説の運命の木だ。
残念だが、私はお前と結婚せねばならぬ」
もしや、この人と結婚させられるのが、この木の呪いなのだろうかな……と思いながらも、セシルは訊いてみた。
「あの~、今まで、その伝説により、一緒になった方って、どのくらいいらっしゃるのですか?
その方々は、今もあなたの領地にいらっしゃいますか?
滅多に人の立ち入らぬ森と聞きましたが。
だいたい、何年にいっぺんくらい、その伝説により、結婚されているのですか?」
可愛らしい顔をして、なんという追求の厳しい娘だ……。
辺境の地の領主、クラウディオ・バンデラは焦っていた。
まさか、そんな深く追求してこられるとは思っていなかったからだ。