うっかりぬいぐるみになりました。
ねぇ、きみは、だれを探しているの?
ねぇ、きみに、期待していいのかな?
ねぇ、きみが、みつけてくれるかな?
ぼくはここにいる
ぼくはここにいる
ぼくは、ここに、いたかった
のぞみは、ただ、それだけだったんだ
ほんのつい数分前。空を切り裂くような雷鳴が如く、地鳴りを伴う爆音が何十発とこの屋敷全体に鳴り響いた。もちろんそれは、自然現象である天候が故の雷などではない。魔術による実験結果という暴発だった。
そう、うっかり暴発させているが、ちゃんとした魔術だ。
なんでちゃんとした魔術が何十発も爆音をさせてるかって?
ぼくはどうやらちまちました細かい制御がどうにも苦手らしいみたいでね。どかっと有り余ってる大量の魔力を有効利用して力技で魔術能力の実験してるわけ。結果、爆音が出るって仕組みらしいよ。
本当はちまちました細かい制御でちまちま魔術実験したほうが効率改善にはなるらしい。ぼくはせっかく餞別という贈り物で使えるようにしてもらった魔術がどんな形であれ使えるなら別にそれで満足してるし、そもそも効率改善とかに興味が無いんだよね。
それでね、ぼくは、この世界でなんかすごい魔術師ってやつらしいよ! お師匠いわく、最年少記録だそうです。
地位とか名誉とか? 偉いお貴族様との真っ黒な腹の探り合いとかいう白々しいお付き合いとか? そんなの物理的にお腹もふくれないし、魔術研究より面白そうとかも思えなかったし、煩わしさは感じてもどうにも魅力がなかったんだよね、ぼくには。なのでお師匠にはそっち方面を押し付け……違います。押し付けてはいないです。
えーと、あれですよ。適材適所ってやつです。
そっち方面は、お師匠に全面協力してもらっているだけです。
全面協力とか適材適所って本当に便利な言葉だよね!
ぼく、こっちの創造神ズからお願いされただけで何のチートもなく転生した一般人とか普通の魔術師として可能な限り引きこもりながらのんびりだらりと生きていくつもりだったんだけど、嬉々として魔術実験の基礎を学んでたときにお師匠の派閥争いにうっかり巻き込まれたんですよ。はた迷惑なことに。
その時にお貴族とかに目をつけられて地位とか名誉とか貰ったっぽい?
まあ、お師匠はぼくが転生してるとかは知らないので、膨大な魔力を持ってて魔術がちょっと出来るだけの弟子のひとりくらいにしか思ってないだろとか軽く考えてたぼくも悪いんだけど。
そんなわけなので、ぼくは引きこもりのんびりだらり生活を……すんなり諦める理由にはならなかったよね!
そこは足掻くに決まってるじゃないか。面倒な外因要素のせいで諦めるなんて絶対に嫌だったんだよ。ぼくにとって国の命運とかこれからなんてものは、魔術研究と比べたら優先順位がないも同然だし。戦争するから協力しろとかご命令とかされたら、適当に被害が少なそうなあたりに広範囲攻撃魔法をぶちかませば黙るだろとか思ってないよ。
創造神ズにおねだりして全属性の魔術使えるようにしてもらったんだから、いつでも研究したり使える環境くらいは欲しいでしょ。
そんなわけで、ぼくは安全に考慮して引きこもりつつ、嬉々として魔術能力開発してました。
いまですか?
現在進行系で、娘にキレられながら泣かれています。
「きみがそうして泣く必要なんてないんだよ」
「……そんなこと! 言わないでっ!」
ものすごく困ってる、このぼくが。
自分で言うのもなんだけど、ぎりぎりアウトの魔術能力開発で迷走してぶっ放してたら、育てている幼い娘にキレられながら泣かれました。大事なことなので繰り返しました。
さっきの実験結果の爆音のもとである爆心地がぼくなので。
でもさ、この程度、ぼくならすぐ元に戻せるの。だというのになんで毎回いちいちこの娘はキレながら泣くのか。
まったくもう、わけがわからないよ!
娘と言っても血のつながりは一滴もない。
ふらっと素材集めに立ち寄っただけの、まどわしの森の奥深くに生け贄として近くの集落からさくっとぽいってされたらしいから拾ってみただけなんだけど。
拾ってしまったので、仕方なく育ててる。
だってさ、うっかりちょっと好奇心に負けて軽く鑑定したら聖女の適正っぽいの持ってたし。つい思っちゃったんだよね。
お師匠からの面倒くさいお呼び出しが分散するかなって。
お師匠にも拾ったって報告したし、ちゃんと相談したし、娘にする許可も貰ってあるよ。お世話するのは拾ったぼくだと思うんだけど、お師匠的にはぼくの暴走をとめる存在になれって無謀なお願いを幼い娘にしてたのをぼくは知ってる。ひどいと思わない?
だって、ぼくはぼくに必要だから結果的に暴走してるだけ。つまり、ぼくの暴走をとめろって、それってぼくに息をするなってくらいにひどい話だと思うんだよ!
「なんで! そう! パパは! いつも! そうなの!」
「えー。そうなのと、言われても。それにしても、泣きながら叫びまくってて疲れない?」
「……………………すっっ………………っごい、疲れる!」
「だよねぇ」
爆音をともなう魔術実験だとしても、思いついたらすぐに試したくなるのがぼくという魔術師だ。朝でも夜でも気にしない。かなりの頻度でやってるので、いまさらそんなことでは怒られない。
この屋敷もお師匠からまわりの住民や動物たちの平穏の為に使えって防音遮音その他諸々重ねがかけしてあるところに、ぼくの結界も三つくらい同時並行で重ねてあるので対策はばっちりなんです。
まあ、屋敷の中に居たら平穏無事じゃないけど、やめる選択肢がぼくに装備されていない。それにしても、ぼくの安否を確認したあとの娘は元気だな。お師匠なんて安否確認すらしないのに。
「だれの! せいだと! 思ってるの!」
「ん〜。ぼくかな〜」
「語尾を! のばさない!」
「そのくらいいいじゃないか、シュリヒ。魔術には言葉を操る技術も必須項目なんだよ?」
「だからって! うっかり実験に失敗して! ぬいぐるみになったパパを! うけいれる余裕が! いまのシュリヒには! ない!」
「可愛いだろ? 今のぼく」
「………………………………………パパ?」
あ、やりすぎたかも。さっきまで泣いてキレてた娘がめっちゃいい笑顔してるよ。声も低くなってた。
この姿になったからこそ、もしかしたら効くかもしれないと渾身のきゃるるんな可愛いポーズでドヤってみたけど誤魔化されてくれなかったか。ちょっと自信あったんだけどな。やっぱりキャイーンのポーズはひとりよりふたりでやらないと見てくれの面白さや可愛いの威力が半減するのかもしれない。今後、要検討だなと頭の片隅にメモしておく。
うーん。正直、すたこらさっさと工房の完全密室である地下室あたりに転位して避難しておきたい。丁度、この真下にあるんだけど。
本音を言えば今すぐ娘から逃げ出すように転位したい気持ちしかないんだけど、それが出来ない理由が娘のキレてる理由だったりする。
今のぼくはひとの姿をしていない仮初めの動物を模した人形なので、たれる汁なんか一滴もないはずなのに、冷や汗みたいなものがいまなら出せる気がする。根性で。
うっかり頭の隅でその仕組みを調べたいなって思ってしまったけど、流石にいまやったら駄目だというのくらいは察している。確実に娘からのお説教というお仕置き時間がのびるもん。その間は魔術実験が出来ないんだよね。怒られたりするのとかはどうでもいいけど、魔術研究の時間が減るのは嫌なんだよ。
ぼくの価値基準は魔術研究に専念できるかどうかくらいしか大事なものはない。ズレてるのはさ、しょうがないと思うんだよ。だって、創造神ズからこの転生のお願いされたとき、転生先の剣と魔法のあるらしい世界では適当にのんびりだらりな引きこもり生活を満喫したいんですってお願いしたの。転生前から根本的に引きこもり体質であるぼくには、どうにもならない部分だよ。
ぼくの理想的な快適空間を作るのに、ほんの少し意図的にやらかしはしたけど、それだけだよ? 前の価値基準をわざわざ苦労してこの世界に広めるのって忙しくなるだろうし面倒くさいし。何より魔術研究時間が減る。だから努力もしたくない。結果的に放置一択だよね。
魔術研究の結果さえしっかり出している状態なら、お師匠がぼくを全面協力してくれるからぼくは好きなだけ引きこもりが出来てるし。便利に使えるものはお師匠でも使えってやつ。
剣の才能については創造神ズに適当にいい感じでって非常に雑なお願いをした覚えがある。転生したあと何も試してないから、そっちのぼくの能力値とかはまだよくわからない。わざわざ武器を買ったり調べたり探したりするより、豊富な魔力を使った力技でまず攻撃系魔術を組み合せるでしょ? それを更に多重で起動させたら面白そうだからつい試すでしょ? ついでにそれぞれの威力も適当に底上げして多方面にぶっ放すほうがぼくは楽だし一面の駆逐率が高いんだよね。あ、護るところはちゃんと護ってるから安全だよ! ぼくと敵対さえしなければね!
魔法の才能は適当にしなかったのでお師匠の派閥争いに巻き込まれたけど、その代わりにお師匠を隠れ蓑という生贄に出来たから引きこもり生活を満喫出来ている。
まあ、たまに面倒くさいお呼び出しされるけど。
「……ねぇ、パパ。……シュリヒの話、聞いてた?」
「き、聞いてた!(たぶん、きっと)」
「パパがすぐに直せるのは、シュリヒもちゃんと知ってるけど」
「ハイ(じゃあ怒らなくてもいいじゃないか?)」
「限度を知って欲しいなって、シュリヒは前にも言った」
「…………そ、そうだったかな~(いつの話だ?)」
「パパ?」
「ハイっ!!!」
「シュリヒのお話聞いていなかったね?」
ギクッとした動きをとっさに隠しきれなかった。元のひとの姿だったらたぶん上手く誤魔化せたと思う。
でも、今は魔術実験に失敗した偽りの姿なんだよね。姿が違うだけでぼくの意識もしっかりしてるし、仮初めの動物を模した人形だけど言葉も話せているっぽいし、汗をかくことは実際には無理っぽいけれどポーズを取ったり動くことも出来ていた。
だからこそ、動きすぎる弊害があってもおかしくない。
ぼくは完全に油断してた。
「グエッ」
「パパ、いい? シュリヒが寝るまでそのままね」
「え!」
そんな! 娘が寝るまでなんて、あんまりだ!
たぶん続きます。