9話 再戦
迷宮が発生してからの月日を、500年から300年に変更しました、
逃げ惑う足音、女子供の悲鳴、男共の怒鳴り声。
様々な音が混ざり合い、混沌とした様子だった。
その様子に理解が追いつかず、惚けた声が漏れる。
何故?という言葉が思考を埋め尽くす。
あまりにもの急展開に、棒立ちのまま動けない。
「……行かなきゃっ!」
ブンブンと頭を振り、正気に帰ったレインは、村の方へと駆け出した。
柵を飛び越え、村の中へ入り込む。
「母さん!父さん!」
自宅の方へと全力で走る。
ここを真っ直ぐ進んで、その先の角を曲がったら──
──自宅があるはずの場所は、燃え盛る火炎に包まれていた。
「母さんッ!!父さんッ!!」
家の外から呼びかけるが、返事は無い。
水属性魔法で体に水を纏い、家の中に突入する。
「ゲホッ、ゲホッ!」
魔法の甲斐あって熱はあまり感じないが、煙を思い切り吸い込んでしまい、噎せる。
煙を吸わないよう、できるだけ姿勢を低くして、這うように家の中を進む。
「……痛っ!」
視界が悪く、何かに躓き転んでしまう。
足元に気をつけなければ。幸い、転んだ場所が燃えていない床でよかったが、火の中に転んだら目も当てられない。
転んだ原因を探るべく、視線をやる。
「……え」
視線の先にあるそれを見て、間の抜けた声をあげる。
黒い煤に塗れた人型のモノ。頭髪は消滅しており、さらには顔面も黒くひび割れた肌に変化していて、判別できない。
その隣には1つめのそれよりも、小柄なものがあった。
どちらも黒く、焼け焦げている。
「……かあ、さん?と、おさん?」
家には、等身大の人形など無い。
直感が、その人型のモノが何かと告げていた。
「ああああああぁぁぁ!!」
空気を揺らすほどの慟哭。
しかし、涙は出ない。
周囲の熱が、瞳を強制的に乾かしているからだ。
「クソ!クソ!!クソ!!!」
拳を床に何度も叩きつける。
アルマの最期の赦しが、レインの心をギリギリの所で保っていたのだが、それも両親の死をキッカケに決壊する。
レインの心はついに壊れてしまった。
何度も、何度も自分を責める。
そして、積み重なって生まれた怒りは、この事態を引き起こした原因へと向かう。
何故こうなった?これを引き起こしたのは誰だ!
幽鬼のような動きで、家から出る。
キョロキョロと辺りを見渡すと、すぐに原因が分かった。
村に火をつけ、村人を襲い、略奪の限りを尽くしていたのはゴブリンの群れだった。
小さな子供を庇った母親の背中を、ゴブリンが斬り付ける。子供に被さるようにして倒れ込む母親に、子供が泣き叫ぶ。
村の男は、農具で果敢に立ち向かうが、その攻撃も決定打になり得ない。次第にだんだん囲まれていき、全身を斬り付けられ息絶える。
その中で最も暴れていたのは、大剣持ちだった。
一度剣を振るうと、村の男が羽のように吹き飛ばされ、糸が切れたようにピクリとも動かなくなる。
大剣持ちの周辺には死体の山が築かれていた。
その光景にふつふつと怒りが湧き上がる。
親友を奪われ、最愛の人を奪われ、両親を奪われ、更には故郷さえも奪われた。
「お前だけは……」
腰から剣を抜き、幽鬼のようにフラフラと大剣持ちの元へ近付く。
お前さえ居なければ、ゴブリン共を一掃出来ていたかもしれない。
お前さえ居なければ、変わらぬ日常をこれからも過ごすことが出来ていたかもしれない。
それを奪った。
夢を、希望を、未来を、奪われた。
「……お前だけは、殺すッ!!」
足の裏に極限まで威力を落とした《エアバースト》を炸裂させ、一瞬で、彼我の距離を詰める。
昔、レントと考えた技だ。これまでは吹き飛んだ先でバランスを取れず、そのまま激突してばかりの安定しない技だったが、今回は成功した。
勢いを殺さないまま、背中側から剣を大剣持ちの左肩へ突き刺した。しかし、それだけやったにもかかわらず、切っ先が浅く突き刺さっただけだった。
「──ギャッ!グギャアッ!!!」
視界外からの予期せぬ攻撃に、大剣持ちが激怒する。
しかし、攻撃したきた相手の顔を見た途端、ニヤリと顔を邪悪に歪めた。
「《エアバースト》!」
自身の腹の辺りで再度魔法を炸裂させ、吹き飛ぶように距離をとる。
「……その顔、逃げた獲物を探してきたってことか」
捜し物を発見し、嬉々とした表情をうかべる大剣持ちを見て、レインは大剣持ちの目的を推測する。
じゃあ、全部自業自得だったってことか。
皆が死んだことも、村が襲われたことも全部。
「……なら、落とし前は自分で付けないとなぁ!」
《エアバースト》で急加速し、突進する。
しかし今度は大剣持ちも待ち構えていたため、左手だけで軽々と持ち上げた大剣を振り下ろす。
「《エアバースト》!!」
大剣が接触する直前に、自身の右横腹に魔法を当て、変則的に軌道を変える。
衝撃にあばらが軋み、ズキズキと痛む。
大剣持ちの体を過ぎた辺りで、今度は体の左側方に魔法を放ち、さらに方向転換する。
──ここっ!
「《ウィンドブレード》!!」
狙うは初撃で与えた左肩の傷。
浅く刺さった刺突の跡に、風属性中級魔法を放つ。レインが使える魔法で最も威力が高い魔法だ。
剥き出しの肉に向けて放たれた魔法は、傷口をさらに深く切り裂き、鮮血を撒き散らした。
「ウ、ガァッ!」
背後に回り込んだレインに対して、横なぎに剣を振り切る。
しかし、反応するよりも前に《エアバースト》で距離を取っていた為に、その攻撃はレインに当たることは無かった。
「前に戦った時よりも弱くなってないか!?」
と、大剣持ちを煽る。
一見レインの方が優位に立っているが、本当ならここで、左腕を切り飛ばしておきたかった。
大剣持ちの耐久力が想像以上に高かったのだ。
一度気絶して回復したとはいえ、魔力も残り少ない。
短期決戦で倒しきるしかない。
言葉を理解しているかは分からないが、レインの言葉に激怒した大剣持ちが、物凄いスピードで突進してくる。
単調になったとはいえ、当たれば一撃で命を奪う攻撃だ。
命からがらその攻撃を避けつつ、背後に回ろうと試みるが、流石に大剣持ちもその意識はしているようで、攻撃を与えることが出来ない。
仕切り直しにと、自身の体を吹き飛ばし距離をとる。
しかし──
「なっ!?」
その行動を予測してたかのように、大剣持ちがピタリと付いてくる。
怒りで理性を失ったかのように見せかけて、誘導されていたのだ。
「──ッ!《エアバースト》!!」
慌てて魔法を放ち、再加速する。
咄嗟の出来事に、威力の調整をしくじり、元の威力のままの魔法を繰り出してしまう。
呼吸が止まるほどの痛みに、バランスをとることを忘れ、地面を跳ねるように転がる。
その隙を大剣持ちが逃すはずもなく、走る勢いのまま蹴り飛ばされる。
再び地面をゴロゴロと転がる。
「ゲホッゲホッ!……オェッ」
腹を蹴られた影響で、痛みにえずく。
全身がプルプルと小刻みに震え、立ち上がることさえ出来ない。
弱りきったレインの様子に、大剣持ちは勝利を確信した笑みを浮かべた。
血が流れる腕で大剣を振るうのに疲れたのか、大剣を地面に突き刺し、無手で近付く。
そして左手でレインの華奢な首を絞め、持ち上げる。
「──が、ぁっ」
息が出来ない。
大剣持ちの手を引き離そうと力を入れてもピクリとも動かず、体を何度蹴りあげても、何も反応が無い。
レインの反応を愉しむように、ゆっくりと徐々に徐々に首を絞める手に力を入れていく。
手に力が入ってくるごとに、呼吸が難しくなる。
──しかしこの時こそ、レインが求めていたものだった。
レインは不自然でないよう、腕を引き離す振りをして、大剣持ちの左腕を掴む。
そして掴んだ手から、黒穴を出す魔法を発動した。
「キギャアッ!!」
スパッと、何の抵抗もないかのように大剣持ちの左腕が落ちる。
白い世界に逃げ込んだ時に思いついた、一か八かの行動だったが、うまく思い通りに成功してくれた。
それと同時に、解放されたレインは地面に尻もちを着く。
悶える大剣持ちから、そそくさと距離をとり、拳を構える。
片手剣は吹き飛んだ際にどこかに落とした。
魔力もあと1回、魔法が使える程度しか残っていない。
対して相手は両腕を失い、激痛に悶えている。
「ぅ、ぉおおおお!」
暴れ回る大剣持ちに組み付き、まるでおぶられるかのような形になる。
そして、左肩の傷口に右手を突き刺す。
「《ウィンドブレード》!!」
「グギャッ!」
吹き出る鮮血が全身を汚す。
ゼロ距離で放たれた魔法はレインの右腕と共に、大剣持ちの体内をズタズタに切り裂く。
「──ッ!《ウィンドブレード》!!」
痛みを堪え、再度魔法を唱える。
発現した魔法はさらに深く、大剣持ちの体を切り裂いた。
「──ガ、ァ」
風の刃に体内を蹂躙された大剣持ちは、ぐったりとうつ伏せに倒れ込む。
被さるように、大剣持ちと一緒に倒れ込んだレインは、右手を大剣持ちから引き抜く。
真っ赤に染まったそれには、夥しいほどの裂傷が刻み込まれ、細切れになった肉がこびりついていた。
レインは辺りを見回す。
失くした片手剣は、思っていたよりも近くに転がっていた。
「痛ッ!」
いつものように右手で剣を拾おうとしたところ、指先をぴくりと動かすだけで痛みが走る。
痛みがあるということは多分大丈夫だろう、と適当に納得したレインは、左手で剣を拾い、大剣持ちの元へ戻る。
「……ギャァァ」
大剣持ちが力無く吠える。
両腕を失い、ダラダラと肩から血を流している様子は、明らかに瀕死の状態だ。
「……お前が、奪ったんだ。トーマスを、レントを、アルマを……更には村の皆まで」
体を踏みつけ、動かない様固定する。
大剣持ちはせめてもの抵抗をと、呪い殺すほどの怨みが込められた目で睨む。
「……だから、僕もお前の未来を奪う」
──と、不敵に笑い、大剣持ちの首に向け剣を振り下ろした。
次回は明日の18:00頃予定です。
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