表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/12

7話 次元魔法

次回は明日の18:00頃更新予定です。


現れたのは、楕円形の黒い『穴』だった。

レインが思い切り両手を広げて、ギリギリ端と端に触れる程の大きさの穴。

光を全く通さない漆黒。月が無い夜よりも暗く、まるでその空間だけが、ぽっかりと世界から切り取られたかのような違和感がある。

空気が、音もなく静かに穴へと吸い込まれている。


──何処へ繋がっているのだろうか?


無意識に、レインは穴の方へと手を伸ばす。

一見不気味に感じられるものだが、実は全くといって恐怖は無い。

本能が、その穴の中へと誘っていた。


「ギギャアアアアッ!!!」


黒い穴へと触れんとするその瞬間、大剣持ちが叫ぶ。

未知の存在に恐怖を覚えたのか、はたまた本能でこれから何が起こると察したのかは分からない。

怒髪天を衝くほどに、怒りで顔を歪めた大剣持ち。目にも見えないような速度で、伸ばした手を掴もうとするが、もう遅い。

レインの指先がそれに触れた瞬間、レインとアルマは溶け込むように黒穴に吸い込まれていく。


ここではない世界へと繋がっていく。



────────────────────────



全身を引っ張られる様な感覚が終わり、レインはゆっくりと目を開ける。


「白い……」


光を塗りつぶしたかのように黒い穴とは対照的に、そこは一面真っ白な世界だった。

とはいえ雪におおわれている訳では無い。

その場所は、白い石材のようなもので作られていた。

何も無い、虚無の世界。

キョロキョロと当たりを見渡すが、この世界の入口なのであろう黒い穴以外は、何も存在しなかった。


「そうだ、アルマは!」


腕の中の少女を見る。

穴に入る直前は気絶していたが、若干意識が戻ったのか、「……うぅ」と小さく唸る。


良かった、アルマは無事だった。

これで、レントとの最期の約束を果たすことができる。


そう安堵し、アルマを抱え直そうとしたその時──



──『ニュルリ』と、手が滑った。



「あ、れ……?」


レインは己の手を眺める。

その手は赤い血で濡れていた。

己の血では無い。傷はアルマが回復魔法で塞いでくれた。

なら──


レインはアルマの背中を見る。

そこには、ゴブリンの矢が深々と刺さっていた。


「ああ、あああ……」


いつ?何故?どこで?

思考が纏まらず、グルグルと何度も巡る。


「……ゴブリンから逃げる時」


矢がレインのふくらはぎを貫いた時、同じくアルマも背中に矢を受けていたのだ。


「じゃあ、なんで、自分に回復魔法をかけなかったんだよ……僕の傷なんかよりよっぽど、酷い怪我をしているのに」


ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちる。

涙がアルマの頬に落ち、さらに下へと伝う。

白い床に、黒いシミが浮かぶ。


「止まれ!止まれ!止まれよ!」


ローブを破り、傷口を押さえて止血を試みる。しかし、流れ出る血は一向に止まる気配は無い。


「……お願いだから、止まってくれよぉ」


レインは、回復魔法を使うことが出来ない。

少年にできることは、徐々に生命を失っていく少女を、ただただ抱き留めることだけだった。

傍観するしか出来ない己に腹が立つ。


「──ッ!?」


急にドキリと胸騒ぎがし、黒い穴を睨む。

ヤツの気配を感じ、ドクドクと心臓が早鐘を打つ。


「来るなっ、来るなっ……!」


と、何度も念じるが叶わず、それはゆっくりと穴から生えてくる。

筋肉が隆起した緑色の右腕。赤い飛沫で斑に汚れている。

黒穴に入る直前、レインの腕を掴もうとしたそれが、ズズズズッと、この世界に侵入してくる。


ギュッと、無意識のうちに腕の中の少女を、強く抱きしめる。

折角逃げ切れたと思ったのに。

ここまで、やって来るのか。


「閉じろおおぉ!!」


穴に向かって、全力で吠える。

魔力はもう残っていない。そのため、文字通り命を削り、魔力を生み出す。

限界まで酷使し、何とか生み出した魔力で魔法を操る。

その甲斐あって、黒い穴が急速に閉まり始める。

穴の向こうに居るであろう大剣持ちが、慌てた様子で手を引き抜こうとするが、それよりも先に穴が完全に閉じ切った。

ぼとっ、と穴のあった場所に、緑色の腕が落ちる。


「……ゴホッ!」


ぴしゃりと、咳と共に吐き出た血が地面を濡らす。

ぐらぐらと視界が揺れる。限界を超えて魔力を使用した影響だ。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ」


浅い呼吸を繰り返す。

もしかしたらここで自分も死ぬのかもしれない。


……それも、いいかもしれないな。


自分一人生き残って何になる。

守ると誓ったのに、誰一人守れず。更には親友との最期の約束も違えてしまった。

こんな木偶、生きている価値など無い。

生き恥を晒すくらいならこのままいっそ──


「……あ」


腰の剣を抜こうとしたレインを止めるように、手が添えられる。


「……は、早まったら、だめ」


「アルマ……」


震える手で、レインはアルマの手を握る。


「……ごめん、ごめんよ。守るって誓ったのに。誰一人として守れなかった」


再び涙が溢れ出す。

ぐしゃぐしゃに泣きじゃくりながら、懺悔する。

もしも、あのとき──と、後悔が尽きることは無い。


「1人で、抱え込まない、で……」


「でも……」


アルマが優しく微笑む。

そのまま眠りにつきそうなほど、穏やかで儚げな笑み。

いままでこんな風に笑った所など、レインは見たことがなかった。


「……もし、レインが、自分を許せないなら──」


アルマが力無くレインの手を握り返す。

そしてそのまま言葉を紡いだ。


「──私が、赦します」


「……っ!」


「街の、神官さんって、懺悔を聞いたりするらしい、よ。やり方が合ってるかは、分からないけど」とアルマが笑う。

そんなアルマの様子に、「なんだよそれ」と、レインも破顔する。


「……アルマ」


「……な、に?」


「──ありがとう」


心からの感謝を、アルマに伝える。

アルマは、レインの言葉に大輪の笑顔を咲かせ──


「うん、どういたしまして」


──と返事をした。


レインはアルマの唇にそっと口付けをする。


「アルマ、好きだよ」


その言葉にアルマはどんぐりのように目を丸め、頬を桃色に染める。

そして、「私も」と照れを誤魔化す様に笑った。


「……あぁ、幸せ、だな。こんな時間が、もっと、続けば、良いのに」


アルマの目尻に涙が浮かぶ。

そしてゆっくりと手が、やさしくレインの頬に添えられる。

その手はすっかり冷たくなっており、否応にも時間が無いことを教えられる。


「……トーマスとレント、そしてレイン。この、皆で、また、いつか───」


「……うん」


その続きを言い切る前に、アルマはこと切れた。

頬に添えられていた手のひらが、力無く、だらんと垂れる。


「──うっ、うっ!うあああぁぁ!!」


嗚咽を漏らし、少女の死を嘆く。

しかし、今度は自罰的な後悔はない。

少女の赦しが、少年の心の負担を少しばかり取り除いたのだった。

作法があっているかなど関係ない。少女が少年を一心に想う気持ちがあってこその事だった。


「──っ、あ」


魔力不足の影響が限界に達し、レインは力無く倒れ込む。

己が回転しているのではないかと錯覚するほど、平衡感覚が無い。

手足に力を入れることさえ難しく、ただ無機質に、地面に体を投げ出すことしか出来ない。


「ぁる、ま」


最後の力をふりしぼり、隣で永遠の眠りについた少女を抱きしめる。

これまで倒れるほど魔力を使い切ったことは無く、この後どうなるかは、自分自身でも分からない。

けれど、どうなるとしても、一緒に居たい。

そう想っての行動だった。


目が霞み、瞼がゆっくりと閉じる。

ただ目を開けることさえ難しくなっていた。

気絶しまいと意識を強く保っていたが、それも限界に達し──


そして、レインの意識が途絶えた。

感想、評価、コメント、ブクマ、レビューなど、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ