5話 vsゴブリン 後編
「──はっ、はっ、はっ」
レイン達は木々を掻き分け元来た道を駆ける。
平原とは違い、木々に進路を妨害されながらだと、なかなか思い通りに走ることが出来ない。
しかし、ゴブリン達は小柄な体格もあって身軽で、スイスイとまるで障害物が無いかのように走ってくる。
歩幅はレイン達よりも小さいが、進むスピードはゴブリン達の方が速い。まだまだ距離はあるが、このままでは追いつかれてしまうだろう。
「──《ウィンドカッター》!!」
苦し紛れに魔法で木を切り倒し、進路を阻もうと試みるが、対して影響を与えていない様子で、ひょいと軽く飛び越え進んでくる。
「どこに逃げる!?」
「どこって、村しか無いだろ!」
「でもこのままじゃ追いつかれるぞ!」
レントの言うことも尤もだ。このままでは間違いなく追いつかれる。なら、逃げ回って体力を使い切る前に、戦いを挑んだ方がまだ勝算はあるのではないだろうか?
しかも、たとえ村まで逃げ切れたとしても、村には防衛設備など殆ど無い。村に逃げ帰ると勝てるなら兎も角、勝算が確定していない状態で無闇に行動するのは愚策ではないのか?
といった考えが頭をよぎるが、レインは戦うという考えに踏み切ることが出来なかった。
それもそのはず。レインが戦うと言ったら、他の3人もそれに従うだろう。
それでもしも誰かが死んでしまったら?
守ると決めた幼なじみを殺すかもしれない判断をするには、14歳の少年には酷な話だった。
「──レイン!!」
レントが息を切らしながら声を上げる。
「お前も分かってるんだろ!戦うしかないって!俺でもわかってることを、お前がわかってないはずがねえ!!」
確かにレントの言う通りだ。戦うしかないと、頭では分かっている。
けど──
「お前が言えないなら俺が言ってやる!トーマス、アルマ!準備はできてるな!!」
2人が「うん」と頷く。
もうすでに手に得物を構えており、準備万端だ。
「俺たちは4人で1組だ。4人で補い合うって決めただろ?──だから作戦は任せるぜ、相棒!」
そして3人は、「近接戦は俺に任せとけ!」「ぼくは守りを任せて…」「私は皆の回復をするからね!」と、三者三様に声を上げる。
なんだ、覚悟が出来ていなかったのは僕だけだったのかと、レインは現実逃避していた自分に辟易する。
「──皆、ゴブリンを迎撃しよう!」
レインは立ち止まり、杖を抜く。
レインの声を合図に、3人も走るのをやめてゴブリンに向き直る。
「ごめん、前線は任せた、リーダー」
「おう!」
「トーマスも頑張って前線を維持してくれたら助かる」
「うん。レインくんとアルマちゃんの所には、1匹も向かわせないようにするから」
レントとレインは拳でタッチを交わす。
そしてレントは武器を構え、向かってくるゴブリンを見やる。
強い意志で語るトーマス。その表情からは、いつもの自信なさげな佇まいを感じさせない。
「……私にはないの?」
ちょんちょんと、レインの肩をつつくアルマ。自分に声がかからないことに不貞腐れた様子に、レインの緊張が解れた。
「もちろんあるよ。アルマはこのパーティの生命線だからね。回復は任せた」
「言って欲しい言葉は他にあるけど……まあいいわ。任されました。あんまり無茶しないでね?私の魔法じゃ、直せない傷もあるんだから」
レインはアルマに返事をし、向かってくるゴブリンを見やる。いつの間にか距離はどんどん迫っており興奮したゴブリンの表情が、ありありと見える。
同胞を殺した者への怨みが込められた目は、禍々しく光を放っていた。
そんなゴブリンの迫力に、臆しそうな心をグッと堪え、魔力を練る。
「疾き風よ!無数の刃となり、彼の者を切り刻め!!《エアスラッシュ》!!」
発動する魔法は風属性の中級魔法である、《エアスラッシュ》。無数に分裂した小さな刃が、ゴブリンへ飛来する。
「ギギャ!?」
風の刃がゴブリン達の肌、耳、目など全身に裂傷を残す。仲間の仇討ちをと無我夢中に攻めてきたゴブリンだったが、全身に傷を負ったことで、その勢いを削がれる。
「いくぞトーマス!!」
「うん!!」
レントの小盾、トーマスの大盾が正面のゴブリンを勢いよく弾き飛ばす。
喉仏の辺りを切り裂き、尻もちをつくゴブリンの息の根を確実に止めた2人は、次なるゴブリンへと襲いかかる。
しかし、仲間が殺されたことで怪我による混乱状態から回復したゴブリンは、ひょいと身軽に2人の攻撃を躱す。
「グギャッ!!」
「──ッ!《ウォーターボール》!!」
緑の顔を真っ赤にして怒ったゴブリン達は、レントとトーマスに躍りかかる。
迫り来るゴブリンの攻撃を囲まれないよう、上手く立ち回る2人だったが、多勢に無勢ということもあり、背後に回られてしまう。
トーマスに飛びかかるゴブリンを、レインは魔法で撃ち落とす。
「ごめん、ありがとう!」
「後ろは守るから、正面の攻撃に集中して!」
「わかった!」
「レントはそのまま深追いしないように!」
「おう!!」
トーマスが守り、レントが軽快な動作で立ち回る。レインが魔法で足りないところを補い、アルマが傷を癒す。
パーティの動きが戦闘中に洗練され、最適化されていく。その姿はさながら冒険者パーティと言えるものだった。
──もしかして勝てる。
絶望の中から希望を見出し始めたその時、それは現れた。
「──グギャアアアアアッ!!!」
耳をつんざく咆哮に、空気がビリビリと振動する。
「あれは、ゴブリンなの?」
突然の乱入者にアルマが首を傾げる。
それもそのはず。その姿は、今戦っているゴブリンのものというには、あまりにもかけ離れていたからだ。
緑の肌やギョロついた黄色の目玉は通常のものと変わらない。だが、大きさがあまりにも違う。
ゴブリンの大きさが7、8歳の子供程なのに対し、それの大きさは4人の中で1番大きいトーマスよりも少し大きいほどだ。
更に体格もガッシリとしていて、鎧の隙間からは、隆起した筋肉が垣間見える。
身の丈程もある、まるで鉄塊のような無骨な大剣を担いだそれは、群れの最後尾から悠然と歩いてくる。
「レント、トーマス!後退!!」
異変に対し、一度離れようと声をかける。
幸い、距離はまだある。一旦引きながら様子を見て、勝てそうなら戦おう。
レインの指示に従い、大剣持ちから距離を取る2人。幸いなことに、大剣持ちの登場で何故か他のゴブリンの動きが鈍くなり、簡単に抜け出すことが出来た。
もしかして、今なら逃げれるんじゃないか?
迂回して、どうにか巻いてから村に帰ったら──
そんなことを考えた瞬間、大剣持ちは動いた。
「ギ?」
近くにいたゴブリンの頭を掴み、距離をとるトーマスに向けて、勢いよく放り投げた。
きりもみしながら飛んでくるゴブリンに、意表を突かれたトーマスの足が止まる。着弾に合わせ、なんとか盾を構えることは出来たが、その衝撃にバランスを崩す。
その隙は逃さないと大剣持ちが駆ける。
一瞬で距離を詰めた大剣持ちは、全身をバネのように使い、大剣を振り下ろした。
大剣と自身の間に、ギリギリ大盾を滑り込ませたトーマスだったが、崩したバランスでは衝撃を殺しきることが出来ず、背中から地面に叩きつけられる。
倒れたトーマスに向け、致命の一撃を与えんと大剣を振り下ろすその刹那。
「何やってんだ!てめぇ!!」
「《エアバースト》!!」
横腹にレントが思い切り体当たりする。
大剣持ちの体が一瞬揺らいだその隙に、レインが魔法を合わせる。膨張する空気に押され、大きく仰け反った大剣持ちは、フラフラと後退する。
「立てるか!?」
「……ゴホッ、ありがとう」
レントがトーマスの手を取り、起き上がらせる。
大盾で攻撃を防いでいたが、ダメージを殺しきることは出来なかったようで、トーマスは全身の痛みに顔をしかめる。
大盾は攻撃された中央部分が大きくひしゃげており、その跡が攻撃の苛烈さを物語っていた。
アルマがトーマスに向け、《ヒール》を行う。
全身が緑色の光に包まれ、トーマスの体を治癒する。
「あいつの攻撃、かなり強烈だよ」
「クソ!なんなんだよ、あれ」
レインの魔法で巻き上がった砂煙が晴れる。
「……無傷」
レインは、自身の魔法で傷一つ与えていないことに驚愕する。
《エアバースト》の殺傷能力は低いが、魔法の発動の速さと相手に衝撃を与えることに優れている。大剣持ちをトーマスから引き離す為に、この魔法を選択した。
しかし、いくら殺傷能力が低いとはいえ、ダメージが全く入っていないのは想定外だった。
大剣持ちがニタニタと底意地の悪い笑みを浮かべる。
相手の攻撃が自身の脅威足りえないことに、愉悦を感じているのであろう。
「……これ、逃げれるか?」
レントがポツリと呟く。
しかし、返答は帰ってこない。
沈黙が、レントの問いを否定していた。
相手はゴブリン15匹と大剣持ちが1匹。
対してこちらは戦闘初心者の子供が4人。
「……どうすりゃいいんだよ」
──絶望の色が辺りを埋め尽くす。
次話は明日の19:00頃投稿予定です
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(たまに更新!)登場人物図鑑
No.3
名前:アルマ
性別:女
職業:神官
魔法素質:光
趣味:幼なじみと遊ぶこと。読書。
概要:幼なじみ4人組の1人。柔和な性格で、村の大人たちからのウケがいい。レントとレインがよくふざけるため、自分がしっかりしないといけないと考えている。
職業の発覚と同時に勉強漬けの生活へと変わってしまい、遊ぶ時間が無くなったのが不満。