2話 事前準備
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アルマの職業は、ダール村唯一の神官だ。
神官は光属性の派生属性である聖属性魔法を使うことで傷を癒したり、アンデッドや悪魔に対して有効な攻撃を与えることが出来る職業で、聖属性魔法の行使には神への信仰心が必要となる。
しかし、この村には教会が無いため、村の中心に祠を建て、そこで神に祈りを捧げているらしい。
「そういやアイツって、いっつも何してんだ?」
アルマは幼なじみ4人の中で一番接点が少ない。
といっても仲が悪いという訳ではなく、昔は良く4人で遊んでいた。しかし、神の啓示で神官と定められてから、遊ぶ機会がめっきり減ってしまった。
辺境にある村では、ちょっとの怪我の治療もままならず、治癒魔法を使うことが出来る神官は、かなり貴重な存在だ。ということもあり、村の大人たちの命令で、勉強ばかりさせられている。以前会った時には、たまには息抜きをしたいと嘆いていた。
「神様に祈ったり、大ばば様に魔法を教えて貰ったりしてる、らしいよ。レインくんも、大ばば様に魔法を教えて貰ってるんでしょ?」
「今はもう教えてもらってないけどね」
「それって、免許皆伝的な!?」
「いや、そういう訳じゃなくて。僕に素質がある属性と、大ばば様の素質がある属性が見事に被ってなくて、もう教えることがないみたい。だから今は、大ばば様に借りた魔術書で勉強してるとこ」
魔法の属性は主に6つで、火、水、風、土、光、闇となる。
村の長老であり、レインと同じく魔術士でもある大ばば様の素質のある属性は、火と土だ。
しかし、大ばば様は素質が無いにも関わらず、水と風属性の初級魔法を使うことが可能で、これはかなり凄いことだ。
実は、素質が無い属性は全く使えない訳では無く、素質はあくまでも素質だ。そのため、頑張れば使えるようになるらしいが、覚えるには素質があるものと比べて、かなりの時間を要するという。
初級以上の魔法も習得しようと何度も試みたらしいが、ついぞ覚えることが出来なかった。
そのため、レインは大ばば様には、魔力の扱い方と、水と風属性の初級魔法を教えて貰った。しかし、それ以上の魔法は大ばば様では扱えないため、魔法の使い方が書かれた魔術書で、勉強しているところだ。
「いいなあー、魔法。俺も使えればいいのに」
「素質が無くても頑張ったら簡単なものぐらいは使えるようになるらしいよ」
「レントくんじゃ、何年かかるか、分からないけどね」
「言えてる」
「てめっ、言ったな!」
そんな軽口を叩きながら村を歩く3人。しばらくすると大ばば様の家が見えてくる。
大ばば様の家は村の中心付近にある、1番大きな家だ。
レインは扉の前に立ち、トントンと軽くノックする。
すると中から「はーい」という少女の反応が返ってくる。
ガチャりと扉を開けるのは、薄桃色の髪を肩口で切りそろえた少女。少女は訪問者の顔ぶれに、髪色と同じ色をした瞳を丸くする。
「あれ、レインにトーマス。どうしたの?こんな時間に来るなんて珍しい」
「俺もいるぜ!」
驚いた様子のアルマに、トーマスの後ろに隠れていたレントがひょっこりと顔を出し、自分の存在をアピールする。
「ああレントも。それで、なんの用?」
「ちょっと相談があって。今、時間大丈夫?」
「なに?まさか、まーたイタズラでもしたの?」
「ちげーよ。俺とレインだけならまだしも、今日はトーマスがいるんだから。」
それもそうね、とアルマはレントの発言に納得する。
レントとレインは昔からイタズラをしては、大人からよく叱られていた。しかし、トーマスはあまりイタズラに積極的ではなく、怒られている2人をなんとか庇おうとしていた。
だが、トーマスがイタズラをするような性格でない、というのは大人も分かっていたので、実はあまり意味を為していなかった。
ちなみにアルマはというと、大人ぶってはレントとレインを咎めていた。
「じゃあ、なんの相談?」
「親父たちを説得する、画期的な作戦を思いついたんだ!!」
レントが鼻高々に話す。説得のキーワードだけで何のことか理解したアルマは、家の中へ入るように促す。
「なるほど、その話ね。ちょうど大ばば様も居ないし、中で話しましょ」
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「なるほど…」
「それで、俺たちは村の英雄として後世に語り継がれるわけよ!」
「目的変わっちゃってるし…」
レインのツッコミにあ、と間の抜けた顔をするレント。
そして説明を受けたアルマは、「うーん」と考え込んだ。
「それで、3人はどう思ってるの?」
「俺ァもっちろん賛成だぜ!いつまたくるか分からないチャンスを待ち続けるより、手っ取り早くていい!」
「僕も賛成かな。何もせず今までのままで過ごすよりも、行動するべきだと思う。」
「……ぼくは反対だよ。2人の言い分もわかるけど、やっぱり危険だし。それに、仮に無事に倒せたとしても、それで親の許しを得られるとは限らないんじゃないかな?」
「冒険者になるんだから、危険は承知の上だろ!」
「いや、でも……」
言い合うレントとトーマスを他所に、アルマは再び考え込む。
アルマの回答次第では結果が決まってしまうため、かなり慎重な様子だ。
「……私も、いいと思う」
アルマの回答に、「おお!」とレントが色めき立つ。
これで結果は3対1。賛成派に意見は傾いた。
「確かに、これで村の大人たちが許してくれるとは限らないけど、何もしないままよりは可能性があると思う」
「じゃあ!」
「でも、私たち4人で勝てるって確証はあるの?」
アルマの疑問も尤もだ。
説得材料を作ると言っても、そもそも全員が無事で勝利するということが条件だ。
しかし、トーマスの父親が今朝方に冒険者ギルドに依頼しに行っていることから、時間的な猶予も少ない。
ゴブリンがこの世界で最弱のモンスターであるとはいえ、迅速にかつ無事に討伐するというのは、実戦経験も乏しい4人に可能なのだろうか。
「……ゴブリンは非戦闘職の子供でも倒せる程に貧弱なモンスターらしいから、戦闘職の僕たちなら倒せると思う。」
ゴブリンはこの世界で、最弱のモンスターだ。背丈も7、8才の子供程しかなく、非力で知能も低い。しかし性格は獰猛で、ゴブリンの生息地周辺の村では、家畜や子供が襲われる事件が発生しているらしい。
「け、けど、準備は必要だよね、装備とか。ぼくは、お父さんから貰ったものがあるけど、みんなはすぐに準備できるの?」
「俺ァ、普段から親父の剣をこっそり持ち出してるし、すぐに準備できるぜ。鎧とかは流石にねーけど」
レントの親父は農夫だが、村は常に人手が不足しているため、害獣退治などの際には村の男衆は駆り出されることがある。そのため、剣や鉈など、武器が置いてある家は多い。
「私も、大ばば様に貰ったタリスマンがあるからそれで大丈夫」
「僕も自分の杖があるから、準備はすぐに出来るよ」
レインはショートワンドをポケットから取り出して3人に見せる。手のひらより少し長い棒の先端に、緑色の小さな石が付いているだけの簡素なものだ。
「レインん家にも剣あるだろ?持ってかねーの?」
「うーん、一応持って行ってもいいけど、あんまり上手に振れないからさ」
職業も魔術士だしね、とレインは補足する。
魔術士は剣士より上手く剣を扱うことが出来ない。というのも、職業により恩恵というものが得られるからだ。
仮に、性別、年齢、体格が同一の剣士と魔術士が、毎日同じ時間素振りをしたとしよう。その2人が剣だけの試合をした場合、勝つのは剣士だ。
それは、剣士は上手く剣を扱うことが出来る、という恩恵を得ているからだ。
レインはあまり熱心に剣の練習をしていないことに加え、剣に対する職業の恩恵も得ていない。
そのため、剣の技術はレントやトーマスより数段劣っている。
「一応持っていった方がいいんじゃねえか?ほら、魔術士は近付かれたら危ないんだろ?」
「んー、まあそうだね。僕も持っていくよ。アルマは?」
「私はやめとく。そもそも重くて持ち上げるので精一杯だし」
持ち物の話し合いが済んだところで、4人は日程の確認にシフトする。
「じゃあ、いつ行く?トーマスの父さんがもう冒険者ギルドに依頼しに行ったらしいし、できるだけ早い方がいいよね」
「明後日なら、親父がレインの親父と昼から飲みに行くって言ってたから、それまで寝てんだろ。たぶん、バレずに持ち出せると思うぜ」
「じゃあ明後日にする?僕は大丈夫だけど、2人は?」
レインの問いかけに、あとの2人は問題ないと首肯する。
「じゃあ、明後日が決行日だ。早朝にいつもの空き地で集合しよう。」
「「「おー!」」」