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6 裏事情と全ての始まり

「侵入してきた小隊、大混乱でしたよ」


「ダンジョンがアナウンスを流すということ自体、前例がなかったみたいだな」


「彼らが引き返すかどうかは()けでしたけど、上手くいったと思ってよさそうです」


「見つかったら言い訳できなかったから、ひと安心だ」


 危ない橋を渡ることになったが、いちかばちかの賭けに勝った。

 彼らはボス部屋に身を(ひそ)めていた俺たちを、見つけることができなかった。


 俺たちはボス部屋の縦穴の一つに、さらに横穴を()って隠れていた。

 つまり、多数の縦穴は、落とし穴ギミックに見せかけた俺たちの隠れ家だった。


 上で発生した戦闘音も、下まで聞こえていたくらいだ。いくら縦穴の底が薄暗いとはいえ、ロープをたらされて執拗(しつよう)に調べられたら見つかってしまう。最悪のケースとして死も覚悟していたが、アナウンスの衝撃でごまかしきれた。想定外の多さに判断しきれなくなった彼らは、ダンジョン入口へと報告に戻ったのだ。



「こんな面倒な隠れ方をしなくても、私なら侵入者の記憶を操作できましたけどね」


「能力を過信すると、立ちまわりが雑になるからよくないぞ」


「マスターって、()れてて口うるさいところがおじいちゃんみたいです。もう大きな声でしゃべってもいいですよね?」


「おじ……ああ、好きに話していい。息をひそめるのって結構ストレスだったしな」


 白天使は嬉しそうに大声で騒ぎだした。気持ちは分かるが、隣にいる俺の鼓膜(こまく)をいたわってほしい。


「まさか穴の中に住むことになるなんて、思いもしませんでした」


「しばらくはここがマイホームだ。俺たちの体がやわじゃなくてよかったよ」


 縦穴の中に作った横穴の隠れ家だが、広さはさほどでもない。

 ソファーベッドを設置してギリギリ座れるくらいはスペースを取ったが、立ち上がろうとすれば頭をぶつける。生理現象もない俺たちだからこそ耐えられるが、閉所恐怖症にはたまらないだろう。俺の能力にダンジョン内の自由転移が含まれていなければ、この隠れ家の作成はできなかった。


「でも複数階層の構造にするなんて、大胆(だいたん)なことをしますね」


「洞窟のままだと色々限界があるからな。リセットするためにはそれしかなかった」


 俺は洞窟型ダンジョンをこのまま拡大したくなかった。

 なぜなら、洞窟型ダンジョンは魔石を稼ぐのが難しそうだったからだ。


 空間が小さいために、大型の魔物を出現させて魔石を回収するには、拡張工事をしなければならない。さらに攻略する側からしても、洞窟は通路で魔物とバッタリ遭遇しやすく、獲物をえり好みすることが難しい。

 

 ならば、別のダンジョンを用意すればいいという(こころ)みだ。

 自分の望む異界を創造し、そこにポータルを設置することで、ダンジョンコアの支配下とする。俺のダンジョンコアが、飛び地のダンジョンを所有しているような状態だ。これで俺は、ポータルで複数ダンジョンを管理するダンジョンマスターになれる。



「私、今回の件で空間のありがたさに気づきました。第二階層には広々としたお部屋を作りましょう!」


「水を()すようで悪いが、それはこれからの状況次第だ」


 実際のところ、アナウンスした第二階層なんてものは、まだ存在しない。

 第二階層の構想はあるが、空間を創造するための魔石が足りなかった。


 第二階層の開放権限を自販機に追加したのは、第二階層を作成する魔石を集めるための方便(ほうべん)だ。スライムの魔石や、食費を(けず)った程度ではコストの捻出(ねんしゅつ)は難しかった。第一階層のボス部屋を作り上げて、はったりを()かせるので手一杯だったのだ。


「魔術スクロールは需要あると思いますし、絶対に(もう)かりますって」


「需要があればこその問題も発生するし、長期的に考えるとどう転ぶかな」


「今を切り抜けるのが一番大切ですし、後のことはその時に考えましょうよ」


「うーん、まぁ一理あるのか……?」


 人間に魔石を提供してもらうためには、それにふさわしい(えさ)を用意する必要があった。そして白天使との話し合いから、最終的に選んだのは魔術スクロールだった。


 魔術スクロールは、人類に再現不能な奇跡を起こす異界品(いかいひん)の一種だ。使い捨ての品で、スクロールを開封(かいふう)することで秘められた効果が発動する。人間には魔術スクロールを高精度で作り上げる手段がなく、安定した供給がなかった。


「しかし手元に商品もないのに、マスターは意外と度胸ありますね」


先払(さきばら)いを相手に強制させる自販機が強いだけだ」


「自販機に使っていい言葉じゃないですよ、それ」


 魔術スクロールも第二階層と同じく、今はまだ存在しない。

 高コストな魔術スクロールを作るための魔石が俺の手元にはない。


 しかし、コストの魔石さえ用意できれば、作成自体は可能だ。つまり先払いの受注生産ということなら、いくらでも用意できる。初回ラインナップに選んだのは『治癒』と『帰還』の魔術スクロールだ。


治癒(ちゆ)のスクロール

 事前に登録した肉体状態を参照(さんしょう)することで、使用者の欠損(けっそん)、負傷、毒、病を癒す。重篤(じゅうとく)な脳組織の負傷や変質には適応されない。


帰還(きかん)のスクロール

 ダンジョン内外のマナ濃度差を感知することで、入口座標を自動でマークする。

 事前登録した最大十名までを、ダンジョン内部から入口座標まで帰還させる。



 帰還のスクロールはコストの十倍、治癒のスクロールはコストの三十倍の魔石を要求することした。白天使の情報からの値付(ねつ)けなのであっているかは不明だが、バランス調整は慎重(しんちょう)にしたい。



「魔術スクロールはコストに対して値段設定を高くしすぎたかな、いやでもやはりこのくらいか……、白天使はどう思う?」


暴利(ぼうり)をむさぼるだなんて、マスターは人が悪いですねぇ」


「なんだよ、どうせ安く売っても、別の場所で搾取(さくしゅ)が起きるだけだぞ」


 からかうように笑っているので、白天使も本気で言っているわけではなさそうだ。俺だって何も考えずに、交換レートを決めたわけではない。ぼったくれば得をするというのもあるが、安価は必ずしも良いこととは限らないのだ。


「それにしても、魔術スクロールは軍が来る前から考えていたのに、どうして今まで自動販売機の品揃えに追加してなかったんですか?」


「ああ、公開するタイミングを(はか)っていただけだ」


 いきなり自販機で魔術スクロールを売り出したとしても、相手にされない可能性があった。攻略のために派遣されてきた軍が、真偽不明(しんぎふめい)の商品のために攻略を中止するかはわからない。それに、購入予算がおりるかどうかも別の話だ。


 つまり、さっさとダンジョンを攻略させることは、俺の中では確定していた。

 攻略が早すぎて焦りはしたが、結果は問題ない。攻略した上で、なおダンジョンが消滅せずに想定外のことがあれば、彼らは検証に魔石を使うだろうと予想した。


「もう後に引けないし、どうにかやっていくしかないな」


「どういう反応が返ってくるか、楽しみですね!」


 魔術スクロールのまとめ買いか、あるいは第二階層の開放権限を買ってくれたら、第二階層を作って避難できる。それまでは穴倉(あなぐら)生活なので、時間との勝負だ。ボス部屋の再調査を念入りにされたら、俺たちは見つかってしまう。


「俺が想定している利用者は軍人だが、さすがに治癒スクロールには横やりが入るよな」


「危険なダンジョン攻略は軍の役割ですし、貴き方々も無下(むげ)にはできないと思います。軍事クーデターにならない程度なら、争わせておけばいいじゃないですか」


「犬や猫の喧嘩(けんか)じゃないんだが……」


 魔術スクロールはダンジョン対策で消耗(しょうもう)する軍を援助して、生還(せいかん)率を上げるためのものだ。その命の値段までなら、国も魔石の流出を認めるだろう。


 うらみを買いやすい王侯貴族だって、命のストックである治癒スクロールは欲しいはずだ。この恩恵にあずかるものならば、それを産出するダンジョンを壊すことなどできない。


 このダンジョンを所有するのが弱小国であれば、トップが変わるかもしれない。

 共同管理、共同攻略などで大国に譲歩(じょうほ)すれば乗り切れるかもしれないが、最悪の場合だと戦争の引き金になると思うと胃が痛い。



「俺たちの危機は()っていないが、ほっと一息ということで何か食べるか」


 思えばここで目覚めてというもの、俺は固形物を口にしていない。お腹はすいていないが、さすがに絶食が長すぎると不安になってくるし、実験にもなるので食品を作る。


 小麦粉、卵、砂糖、クラッシュナッツ、オリーブオイルを使ったシリアルバーを用意した。たぶんあんまりおいしくはないだろう。俺の能力で生み出したものにも栄養はあるようだが、自分の体質の検証は進んでいない。素材自体は他人に食わせて実験したし、毒ではないんじゃないかなと楽観視している。


「あっ、今何を出したんです?」


(せま)いんだから暴れるな、わかった、お前にやるから」


 薄闇(うすやみ)の中で紫の目をきらりと光らせて、めざとい少女がトンビのようにシリアルバーをかっさらっていった。


「これ意外とおいしいですよ!」


「そうか、よかったな」


 よほど()えていたのか、笑顔で食べ進めている。こいつには監視に協力してもらった。一週間の労働が似非(えせ)シリアルバーの一本で帳消(ちょうけ)しなら、安いものである。


 自分用にもう一本作成して、のんびりかじる。これで物質創造に使用可能な力を使い切ったので、俺はしばらく役立たずだ。


「さて、第二階層の作成に本腰入れるか」


「マスターは本当にワーカホリックですね」


 未知のダンジョンで発見された、量産可能な魔術スクロール。

 それをめぐって、喧々囂々(けんけんごうごう)の議論があった。


 第二階層の開放と、独立大隊の派遣が認められるまで、たった一週間だった。

 ダンジョンを有する土地が王家直轄領(ちょっかつりょう)となるまで、時間はそうかからなかった。そしてダンジョン近辺の領主たちは次々と失脚(しっきゃく)して、顔ぶれが変わっていくこととなる。

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― 新着の感想 ―
[一言] >> ダンジョン近辺の領主たちは次々と失脚 王家による陰謀ですね。こわいこわい。
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