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58 英雄譚の裏側で

「マスター、この汚い皿って捨てていいんですか?」


「いや、それはNPCが探索者から巻き上げたものだから、捨てるのはしのびない。名のある陶工(とうこう)の晩年の作で、数が少なくて貴重らしい」


「ゴミにしか見えませんけど、だまされてないです? じゃあそっちで処理してくださいね」


「うーん……、じゃあ、これは迷い家に置いていくか」


 現在、第七階層に引っ越しするための荷物整理をしている。


 もう少し早めに引っ越しする予定だったが、なにせ白天使が消えたり、追手が来たりで後回しになっていた。第六階層の迷い家もそのうち発見されるだろうから、ずっとここに潜伏(せんぷく)するわけにもいかない。


 消耗品はそのつど創り出せばよく、日用品はアイテムボックスに仕舞う。そして使わないものは、予備のアイテムボックスに分類していく。


 しかし、倉庫スペースに困らないからと何でも仕舞いこめば、ごちゃごちゃしてしまう。ある程度は処分しなければならないが、調査目的で探索者から収集した品は、どうにも扱いに困ってしまった。


「マスターって、なかなか物を捨てられない人ですよね。もしかしたら使うかも、は絶対に今後も使わないパターンです」


「ああ、たしかに。自分でもよくないとは思ってるよ」


 元々が調査目的とはいえ、物を粗末(そまつ)にするのは少し気分が悪かった。もっとも、俺は魔石を無尽蔵な物資に変えられるので、問題があるわけではない。


 消費を促進(そくしん)しないと景気が悪くなるし、雑に捨てるのが時代にも(そく)しているのだろう。そうは思っても、思考に染み付いているのだから始末が悪い。



「この探索者の秘蔵の漬物どうします?」


「俺はいらない。漬物なんて、新鮮な野菜が食べられないから、嫌々作られただけのものだろ」


「ぷぷっ、マスターって味覚がお子様ですね」


「はいはい、白天使が食べる分だけ持っていってくれ」


 白天使だって辛いものは苦手なくせに、自分が優勢な時は実に生き生きとしている。自分の好きなものを(すす)めたい気持ちは分かるし、反抗するだけ時間の面倒なので受け流す。


 探索者からNPCに食品の提供を受けることはあるが、古くなって痛んだものをゴミ箱感覚で押し付けてくるので、うんざりすることも多い。


 漬物は当たりの部類なのだが、食べなれないものを消費するのはつらい。そもそも、俺と白天使が万を超える探索者から食べ物をもらえば、どうしても捨てるしかない。歯が立たないくらいのビスケットや、臭みのある干し肉を大量に食べるのは無理だ。



「スライムに食わせるのはもったいないし、第七階層クリア報酬でフードバンクコーナーでも作って、新米探索者の支援にしてもいいかなぁ」


「報酬にするには地味すぎません? 品質の管理が難しいですし、利用者の倫理観も追いついていないと思います」


「んー、まぁ実装するなら、何かと複合させてになるか」


「考える時間もありますし、じっくりと案を考えましょう」


 第七階層の攻略はどうせ遅れに遅れるので、焦ることはない。

 これまでの追加要素も含めて、いったん状況が落ち着くのを待って、バランスを見直すつもりだ。今後の階層構想もある程度は決めているので、優雅な生活を送れそうだ。


「やっぱり、情報の収集が一番大事かな」


「どうせ動きはしばらくありませんし、第七階層で遊びません? ウィンタースポーツもやり放題ですし」


「というか、白天使はどこまで俺についてくるつもりなんだ?」


「えぇー、ひどい! 用が済んだら私を捨てる気ですか!?」


 白天使は当たり前のように、ついてくる気でいたようだ。しかし、こいつの正体と目的を考えれば、ここに(とど)まる必要はない。俺を利用するわけでもないなら、自由にどこまでも旅立てばいい。


「お前には使命があったんだろ? 古代人を復活させるとか、世界の修正をするとか、言ってたじゃないか」


「それはそうですけど、百年や二百年は遊んだって怒られませんよ。情報もなく行動するわけにはいきませんし、これもお仕事です!」


 言い訳くさいが、たしかに考えもなしに古代人を復活させたら大混乱だ。白天使にも思うことがあるのだろう。


 上位存在にとっての百年や二百年は、人間の一日のような時間感覚なのかもしれない。白天使は想定よりもダンジョンに長居しそうだ。



「わかったよ、それじゃあ次の隠れ家に移動するか」


「まったく、そのくらい言われなくても理解してください」


 元々汚れてはいなかったが、部屋を丁寧に片づける。

 庭で見納めの紅葉をひとしきり見て、迷い家の門の外に出る。


「ここには長くいたから、名残惜しいな」


「そうですか? 別になんとも思わないですけど、居心地は迷い家の方がいいかもしれませんね。第七階層は雪が降りますし、暖房はちゃんと整備しましょう」


「別に氷点下でも活動に支障はないけど、そのくらいの無駄づかいならいいか」


「第八階層はもっと過ごしやすい環境で作成してくださいね!」


 荷物整理も終わったし、両腕を空に伸ばし、脱力とともに息をつく。

 あとはこの場所を発見した探索者のために、NPC座敷わらしを設置して完成だ。


 迷い家は最寄りのNPC町から、森や山岳(さんがく)を越えた先にある。鉄道の走る第六階層といえども、秘境は交通の便が悪く、発見は一年は先だろう。


 迷い家の門前に、第七階層への簡易ポータルを繋ぐ。

 このゲートをくぐれば、引っ越しは完了だ。



「迷い家が発見されたときの反応が楽しみだな」


「いきなり家財を全部持っていかれたら、どうします?」


「強欲なやつがきたら、シルキーが追い出してくれるさ」


 妖精には個体差もあるらしいが、祭りや音楽が好きな一方で、静けさも愛している。そして綺麗好きで、自分を探られることを嫌い、ある種の残酷さを持つ。シルキーは温厚な方だと思うので、住処(すみか)を荒らされた場合も、優しく対処してくれるだろう。


「その家事妖精なら、マスターの背後にべったりくっついてますよ。私たちについてくる気みたいです」


「えっ?」


「マスター、女の子の姿だからって、まさかこんな小さな妖精に……?」


「おい、不名誉な誤解をするな。だいたい姿も見たことないぞ」


 なんだか背中が引きずられているように重いなぁと思っていたが、()りつかれているらしい。白天使は冷たいまなざしを向けてくるが、俺には心当たりがない。マスターは趣味が悪いと、妖精嫌いの白天使は不満そうにつぶやいている。


 てっきりシルキーは迷い家を気に入っているのだと思っていたが、お供え物の味を占めたのだろうか。俺を気に入ったわけじゃあるまいし、何か理由があるとは思うが、俺にはわからない。



「もしかしてマスターといたら、私も危険なのでは……?」


「あー、その、なぁ、ちょっといいか?」


 これから引っ越すというのに、門構えの内側に隠れてしまった白天使を呼びつける。

 白天使は門の柱から顔だけを見せて、こちらを警戒している。こいつなら俺を返り討ちにするくらい朝飯前だろうに、何をしているのだろうか。


「なんですか、歯切れの悪い。言い訳でも思いつきました?」


「いや、そうじゃなくて、真面目な話だ」


 白天使がおふざけをやめて、とことこと歩いて出てくる。

 その半貴石のアメジストのような目をじっと見ていると、欠けた何かが満たされるような気がした。

 

「俺たち、これまで色々とあったよな。……わかった、要点だけ言うから、話は長くならないから、その表情はやめてくれ」


「別にちゃんと聞きますよ、ほら、話してください」


「まず、贈り物がある」


「わ、バラの花束ですか!? こういうの本で見ました!」


 八本の紫のバラを用意して、白天使に渡す。

 つい話が長引きそうになったが、伝えたいことは単純なことだ。


「あっ、これ、匂いがありますよ!」


「せっかくだから、生のバラを用意した」


「へー、けちなマスターがめずらしいですね!」


「おい、花びらをちぎって食べるのはやめろ」


 やっぱりこいつに花束は早かったらしい。バラを()した菓子か、ローズティーにすればよかったかもしれない。それでも、当人はうれしそうなので、これでもいいかと思う。



「それで、贈り物までして、なにを伝えたいんですか?」

 

「ああ、君という存在に感謝している。もしよかったら、これからも俺のダンジョン作成に付き合ってくれないか」


「ふふん、まぁ、私は慈悲深いですからね。ふふ、そこまで懇願(こんがん)されるなら、しばらくはマスターを見守ってあげますよ!」


「恩着せがましいやつだなぁ」


 笑顔の白天使が、なれなれしく肩をたたく。

 少々鼻につくが、つられて俺も少し笑った。


 ダンジョンマスターになって、騒がしい友人ができた。

 いつまでもこうだとは思っていない。それでも、この交流が続けばいいと思う。




 人々は希望を求めて、今日も今日とて迷宮に(もぐ)る。

 多くの悲劇をいしずえに、渦巻く欲望は巨大都市となり、人の世は(めぐ)っていく。


 英雄譚のその裏側で、俺たちは今日も活動している。

完結しました。

次の投稿は名称未登場含む異界品と異能の設定資料になります。


活動報告にキャラメイクなどを含むあとがきを追加しました。

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