57 教団と騙しの結末
「本当に大丈夫なんだろうな……」
白天使を追ってきた星辰教団が求めるのは、白天使の身柄とダンジョンコアらしい。
ダンジョンコアは俺と一体化しているので、実際は白天使と俺の両方が指名手配状態だ。
星辰教団に対応するのは、白天使のみということになった。
俺は話し合いの役に立たないので、迷い家で引っ込んでいろと言われてしまった。話がこじれるから、なにがあっても出てくるな、としつこく念を押されている。
冬眠に失敗したクマのようにいらいらと落ち着かず、部屋をぐるぐると歩き回り、着席したらしたで指で机をトントンと叩く。
「あれでバレずにすむのか……?」
俺は穏便にやつらを追い払うための道具作りを手伝った。
作ったものは、ダンジョンコアのダミーだ。
白天使が俺に埋め込んだ本物を見たことがないので、苦労したがどうにか再現した。俺はダンジョンコアを失うと死ぬので、本物の返却は自殺と変わらない。
そもそも、俺はこの体と能力を気に入っているので、返せたとしても返す気もない。賠償金くらいは払ってもいいが、その取引をするには、身元を明かさないといけないのが困りものだ。
「あいつ、まともな交渉できるのか……?」
白天使は人の気持ちを見通すが、人の心がどう動くか理解していない。なので、ゆるやかなキャッチボールの最中に、剛速球を投げるようなことを言ったりする。知らない相手を挑発して、面倒事になる可能性は十分あり得る。
特に相手は宗教関係者で、教義に関わることを否定すれば、どんな反応が返ってくるかわからない。俺はだんだんと大きくなる不安を抱えながら、監視モニターをじっとながめていた。
◆◆◆
夜空にたなびくオーロラの下にて、黒ローブの星辰教団が集合していた。
星辰教団からは、枢機卿を名乗るものが交渉役として出張ってきた。
白天使は傲慢な神を演じることにしたらしく、というかほぼ素のままだが、星辰教団が勢いに押され気味だった。
話し合いは長く続いたが、いよいよ佳境にさしかかっていた。
「これは本来、私の氏族が大切に守ってきたものです。しかし、ここまでやってきたあなた方の苦労と熱意を思い、管理を任せます。それで手打ちといたしましょう」
白天使は終始つれない態度で強気に出ていたが、交渉をねばる星辰教団に、ここにきて最大の譲歩を見せた。そうして俺が創り出した偽物のダンジョンコアを、名残惜しげに枢機卿に手渡す。
散々引き渡しを渋った末に、神が渡してきたものが、まさか偽物だとは思いづらいだろう。白天使は悪女の才があるものだと感心する。俺なら相手の心が読めていようが、あれほど強気に出られない。
「ふむ……、どうしても、我らの下にお戻りいただけないのですか? この遺物は我々にはあつかえぬもの。神の導きが必要なのです」
「ええ、私にはやることがありますので」
「我らの信仰、必ずやご理解くださると信じております。その時が来るまで、どのような手を使ったとしても、我々とともに日々を過ごしていただきます」
「おや、こうなりましたか。それならそれで、かまいません」
枢機卿の発言に、白天使のまとう空気が切り替わる。まるで能面のような表情で、星辰教団を見やる。星辰教団は白天使を拘束すべく魔術を用意し、それぞれが非殺傷の道具を手に持ち間合いをつめている。
どうやら彼らは、ダンジョンコアだけでは満足できなかったようだ。
白天使は十中八九成功するから問題ないと言っていたが、まさかの交渉失敗である。失敗した場合も考慮していたはずなので、その後の出方を見るべきだと自分の心を落ち着かせる。
そんな中で、教団の一員が剣を抜いて、白天使の胸に突き刺した。
「な、なにをしているのです! 血迷いましたか!?」
「猊下、まどわされてはいけませぬ! このようなものは神ではない! 神が我々を拒絶するなどありえない!」
白天使を刺して興奮している教団の男は、そのまま半狂乱でわめき続ける。
体を貫通した剣が引き抜かれると、白天使は地面に倒れ込んだ。
オーロラの下で、倒れ伏した白天使の衣装が赤黒く染まっていく。
その鮮血は影のように、積雪にまで広がった。
「なんということを……」
「見よ、この女は起き上がりもせずに、くたばったではないか! 我らが神は不滅! これは偽者だ!」
凶行に及んだ男が高笑いする横で、枢機卿はひざから崩れ落ちた。地面を這うように白天使に近づくと、その状態を確認する。思考が追いつかない教団員たちはその様子をただただながめ、監視モニターごしに俺も呆然と見ていた。
白天使は胸を刺されていた。俺の能力でも、どう干渉すればいいのかわからない。治癒のスクロールは人間用の調整で、能力の通じない白天使の身体構造など、俺にはわからない。
「この、気狂いめ! 神殺しをするなどと! このことが教団に知られれば、私は破滅だ! お前が悪いのだ!」
枢機卿は白天使の様子を確認し終えると、いたく錯乱した声で叫んだ。
そして連れ立った星辰教団の仲間を、風刃の魔術で皆殺しにした。
それは上級探索者にも並ぶものがいないほどの、あざやかな口封じだった。
「あぁ、全員殺してしまった。しかし、最善の対処をしたはずだ。神は私に遺物を引き渡し、どこぞに逃亡した。魔物の奇襲で、私だけが生き残った。そういうことにしなければならない。問題はここからどうするかだ。落ち着け、落ち着け、私はどうすればいい」
枢機卿は頭を抱えたまま、ぶつぶつと独り言をまくしたてる。神の死を隠ぺいするために、自分だけが生存した合理的な理由を作るために、脳を働かせている。
枢機卿はよたよたと、ふところから帰還のスクロールを取り出す。仲間殺しをした以上、ダンジョンから犯罪者として扱われるために、この地に長居することはできない。そうして偽物のダンジョンコアを握りしめ、一人で地上へ戻っていった。
誰もいなくなり、オーロラの下には大量の死体と血の匂いだけが取り残された。
枢機卿は不思議なことに、白天使の体には手をつけようとしなかった。
しかし、白天使はぴくりとも動かない。
「おい、おい! これ本当に大丈夫なんだよな、生きているよな!」
いてもたってもいられず、俺は転移すると、白天使を抱え起こす。
血が流れて、俺の手を赤く染めた。
「うるさいですね……、出てくるなと言ったでしょう」
たしかに心音は停止し、死んでいたと思ったが、白天使は息を吹き返した。
しかし、その柳眉は苦しそうに歪み、息はぜいぜいと荒かった。
「ああ、なんだか眠くなってきました……。マスター、そばにいますか? 目がかすんできました」
「おい、こんなところで寝たら死ぬだろ!」
「ちょ、へぶっ、頬をはたくのはやめてください」
「そ、そうか、でも俺はどうすればいいんだ。今すぐに迷い家に転移して、ああいや、胸の傷を押さえないと!」
「もうダメかもしれません、お墓にはキャンディーを供えてください」
「なんだよ、そのまぬけな遺言は、…………そうか、お前、俺をからかって遊んでいるだろう」
出血とともに倒れた白天使に、思わず血の気が引くほど動揺していたが、さすがに気づいた。その証拠に、白天使の口からくふふと声が漏れて、やがて大きな笑い声が上がった。
「はい、うそでーす!」
白天使は起き上がって、くるくると回る。
いかにも弱弱しく儚い様子だった白天使は、元気いっぱいだった。
つまり幻覚だったらしい。傷などどこにもなく、血だらけだったはずの服や髪すら元通りだ。騙されたのは監視モニターごしだったからで、焦りから肉眼でも見抜けなかったようだ。
「マスター、きょろきょろしているさまが面白かったんですけど、もう一度やってみてくださいよ、ねぇねぇ」
「うるさい」
「痛い、痛いです! 優しくしてください!」
調子に乗った白天使の頭を、強引にがしがしといじり、髪を乱してやる。
白天使はぶつぶつと文句を言いながらも、なぜかまんざらでもなさそうだった。
転がっている教団員の死体を処理して、無に帰す。気の毒なことだが、まともに埋葬してやるわけにはいかない。しかし、結局一人を除いて死んでしまったなと考え込む。彼らには彼らの物語があったが、それが続くことはない。それはとても悲しいことだと思う。
「ところであれ、どこまで思考をいじったんだ?」
「私に敵意があった人間の感情を増幅して、暴走させました。そこで生じた混乱につけこんで、死を偽装する催眠をかけたわけですが、失敗しちゃいましたね」
死を幻視すること、死を疑わないこと、死体処理を気にしないこと。この三点をいじっただけなのに、まさか身内で殺し合うとは思いもしませんでしたと語る。
それが本当のことなのか、俺には判断できない。白天使には世間知らずなところがあり、人の心がどのように動くのかわかっていないところもある。だから、俺は白天使の自己申告を信じたいと思う。
「これで星辰教団はどうなるんだろうな」
「枢機卿もそのうち、私に化かされたと気づくでしょう。でも、勘違いの保身で仲間を殺しましたから、真相は誰にも打ち明けられません。私に仲間殺しを暴露されると困りますから、教団が私にたどり着かないように、全力で足を引っ張ってくれるはずです」
「こわ……」
「こんなにもかわいい女の子に、なにを言うんですか!」
可愛らしく頬をふくらませても、言っていることは悪魔も顔負けである。思わず引いてしまったが、俺のわがままで慣れないことに挑戦してくれたわけで、そこは感謝しないといけないだろう。
人が死んでよかったと思いたくはないが、結果的には俺たちに都合がいい展開だ。死者を出さずに追い返せなかったのは残念だが、今後について考える方が重要だ。
「ダンジョンコアの偽物もバレないでしょうし、これで心配ないですよ!」
「そうだといいな」
どこまで時間が稼げるかはわからないが、とりあえずはひと安心だ。似たような侵入者が来た時の対応も、しっかりと考えておきたい。変身用の異界品の調整はできているが、それだけに頼るわけにもいかない。
上空には変わらずのオーロラがあり、魔性の美しさに見惚れるような感覚があった。それは届かないからこそ、求めたくなるのかもしれないと、感傷的に思った。




