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56 全ての種明かし

「それで、そろそろ説明してくれてもいいんじゃないか?」


 場所は変わって、迷い家。

 こたつでぬくぬくと温まりながら、顔がへにゃりと溶けている白天使に催促(さいそく)する。


 こいつのふるまいはあけっぴろげなようで、実際は秘密主義だ。素直なのは見せかけだけで、その中身はわかったものではない。隠し事はここで全て聞き出さないと、一生黙っているだろう。


「うーん、話が長くなるので、口を動かすのが面倒くさいですね。頭の中を直接のぞいてくれませんか?」


「お前じゃあるまいし、そんなことできないよ。というかあんな寒いところに薄着でいたから、口が動かないんだろ」


 お茶を渡すと、下等種族は口うるさいですねぇと、こちらを馬鹿にしながら受け取る。

 熱々のそれを猫のようにちびちびと飲むと、ぽつりぽつりとしゃべり始めた。



「この世界には、今では天人、あるいは神と言われる種族が繁栄していました」


「ああ、白天使のお仲間だろ」


 不老不死であり、言葉を介さずに意思疎通ができて、森羅万象(しんらばんしょう)の管理操作を行う。まさしく人類の夢のような種族だ。


「天人はいわば、群体のような生命体でした。ある種の退行的進化があったのですね。競争も優劣もなく、思考は溶けあい、感情は色あせ、個性も欲望も消えて、かろうじて氏族や先祖という枠組みがありました」


「それは俺の夢見る、満たされた日々かもしれないな」


「おいしいものも食べられないなんて、不幸ですって」


「マイナスがない生活は幸福なんだぞ」


 新たな仲間は誕生せず、しかし死者もいない、変化のない楽園。


 追放されしエデンの(その)常若(とこわか)の国ティルナローグ、英雄眠るエリュシオン、数々の神話で語られる人類の理想。そこでは飽きがくるという感情もなく、永遠のまどろみのようなものだったのだろう。



「それで平和を謳歌(おうか)していた我々ですけど、とある天人が、世界に不可逆の呪いをかけちゃったんです。みんなが力を持つと、危険思想の持ち主が一人誕生しただけで散々ですね」


「世界を巻き込んだ心中か、おそろしいな」


「呪いと無尽蔵の魔物が世界を襲い、我々は生存の道を探りました。自分の存在をダウングレードして呪いを避けたり、異界に逃げたり、解呪しようとしたり、色々です」


「どれもあまり上手くいかなかったと」


 白天使の同類は、俺の集めた情報では影も形もない。

 すべては過去に終わったことなのだろう。


「私の氏族は、解呪と封印の研究をしていました。そうして私という個体を、生存可能な未来に送り届けたわけです」


「子孫も作れないし、一人だけ生き残ってどうするんだよ」


「有性生殖なんて時代遅れですよ。過去の個体を再現するなり、自分のコピーを作るなり、ゼロから完全なるデザインベビーを作り出せばいいだけですから」


「ああ、そこまでできるのか」


「なんなら記憶と知識もインプットできますよ」


 これは、白天使を野放しにしたら種族間戦争が激化しそうだ。

 なんなら本人にその気があれば、世界征服もできそうな気がする。



「で、マナが薄まり呪いが弱まって、生存可能な現代で私は解凍されました。ところが施設は風化した上に荒らされてて、私を神とあがめる星辰教団なる集団がいたわけです。誰だって逃げますよね?」


辛辣(しんらつ)だな……」


 今の人類は、劣化した天人の末裔(まつえい)というわけだ。

 だから彼らにとって、白天使を神として(あが)めるのは自然なのだろう。


 元人間の俺からしたら、圧倒的な超存在に頼りたい気持ちもわかる。何かを信じられるなら、それだけで精神が安定する。都合のいい神がこの世にはいるのだと、(だま)されていた方が生きやすいのだ。冷淡な真実が、常に人間を幸福にするわけではない。


「それで教団から逃亡してたら、死にかけのマスターを見つけたので、ダンジョンコアをねじ込んで助けました。あなたを異なる世界に定着させるには、それしか手段がなかったですから」


「なんで俺を助けたんだ?」


「気まぐれで助けたというだけで、特別な理由があるわけではないです」


「そりゃそうか。俺は悟りを開いた聖人でも、神に選ばれた英雄でもないからな」


 俺は結局のところ小市民で、偉業を成し()げる才があるわけでもない。白天使が一目ぼれして俺を助けるなんてこともありえない。


「貴重なダンジョンコアを使ってあげたんですから、感謝してくださいよ。マスターの能力も私の調整のおかげです!」


「ああ、ありがとう」


 白天使は俺の返答に、少しきょとんとしている。最初のころなら、そのまま消えるまで放っておいてくれてよかったのに、とでも憎まれ口を叩いていたかもしれない。しかし、今では素直にお礼も言えることが不思議だ。



「しかし助けた俺がお眼鏡にかなわなかったら、どうしてたんだ」


「そこまで考えてませんでしたけど、殺処分して使命を優先していたと思いますよ。ふふ、もしかしたら今だって、私の機嫌をそこねると──」


 意地悪い顔をしていたので、おやつ代わりにひよこ豆の一口コロッケであるファラフェルを作り出し、菜箸(さいばし)で口に放り込む。


「あ、これけっこうおいしいですね。それで、集団ストーカーの話なんですけど」


「せめて正式名称で呼んでやれ」


 白天使は皿ごとファラフェルを強奪して、素手で食べながら話を続ける。注意するだけ無駄なので、一つだけかすめ取って、シルキーにもおすそ分けしておく。


「このダンジョンが異質すぎたから、かぎつけられたみたいです。自動販売機の商品は、この世界では異物でしたから」


「ああ、あれこれ実装しすぎたか」


 妖精が作り上げたという建前も通用しないくらいに、浮いていたようだ。知らなかったとはいえ、こうして厄介ごとを引き寄せてしまった。アナウンスの声だって、白天使に担当してもらったが、軽率だった。


「どうせバレるのは時間の問題でしたよ。だから危険地帯まで追ってくるか確認して、注意してもあきらめないなら、殺そうかなと思っていたんです」


「こわ……、というか対応が野蛮すぎないか?」


穏便(おんびん)に対応しても、なめられて終わりですよ。相手は組織ですから、暗示でなんとかなる規模でもないです。いざというときの覚悟があるから、交渉は成立するんです」


「うーん、まぁ白天使がそう判断したなら、俺が口出しできることでもないか。俺たちは国家の保護も受けられないしな」


 相手にだって事情や家庭はあるはずだが、白天使はそのあたりの機微(きび)は考慮しないらしい。現代倫理からすれば異常者だが、俺の世界の常識を当てはめるのも野暮だろう。


 白天使だって、快楽殺人鬼ではない。初期にダンジョンに迷い込んだ少年を、殺さずに追い返そうとしたくらいには優しさがある。



「マスターは殺しはない方がいいみたいですし、作戦を思いついたんですけど、せっかくなら付き合ってくれます?」


「まぁ聞いてから判断するよ」


 どのみち一蓮托生(いちれんたくしょう)になっているので、なかば強制参加だ。


 タイムリミットは、星辰教団がオーロラにたどりつくまでとなる。

 猶予(ゆうよ)はあまりないだろう。

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