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50 第六階層攻略と失踪

「三度目のボス挑戦が始まりますね!」


「ここで成功しないと泥沼(どろぬま)にはまりそうだし、成功を祈ろうか」


 第六階層、眠るいばらのハロウィン。

 その眠りの都市に住まう階層主は、アイレン・マックミーナ。

 古代ケルトの祭礼サウィンに現れて、聖なる王都タラを何度も襲撃した妖精だ。


 アイレン・マックミーナは魔法の竪琴(たてごと)で人々に眠りをもたらし、炎の息で宮殿を焼いた。暴虐(ぼうぎゃく)は二十年も続いたが、その果てにケルトの戦士フィン・マックールに退治されたという。


 マックは子孫を意味する言葉なので、ミーナの子アイレンという意味合いだ。彼は支配者の地位を人間に奪われ、やがて妖精に零落(れいらく)したダーナ神族の一員だったとされる。



「実装には苦心してましたけど、こんなものをよく魔物として出力できましたね」


「獣から怪物に転じたものは作成も楽だけど、神から落ちぶれたものは調整に困ったよ」


 アイレン・マックミーナは、吟遊(ぎんゆう)詩人のような細身で優美な格好で、小型の竪琴をたずさえていた。かつての神の過去を切り取った亡霊(ぼうれい)。これまでの魔物の中でも、人型に近い分類の魔物にはなるだろう。


 しかしその体は、影が実体化したかのように真っ黒だ。

 顔立ちも表情もわからない、ただ光を吸収する漆黒(しっこく)の中で、その両目だけが赤くかがやいている。魔石の色がにじみ出たように、その目は血のように真っ赤だった。


 アイレン・マックミーナの挙動は、ボスとしては初めての遊撃型だ。ひとところにはとどまらず、眠りの王都全域を隠れながら移動し、気まぐれに探索者を襲う。



「本物の当人がこれを見たら、どんな反応をすると思います?」


「とりあえず許しを()うて、大人しく成仏していてくれないかと言うしかないな」


「もし怒られたら、おいしいものを食べさせましょうね!」


「本当にそれでなんとかなるのかなぁ」


 異教徒を(おとし)めるために、異形化される神なんてありふれたものだ。


 歴史書でさえ書き換えられるのだから、口伝(くでん)で継がれてきた神話の、ありのままの姿は謎のままだ。もしかしたら、食いしん坊な神様ということもあるのかもしれない。


「しかしこれ、私の影を魔物にしたりできるんじゃないですか?」


「うーん、うまく言えないけど、存在の深みと加害性がないから無理だな。無理やり作ったら、菓子をねだる悪霊になるんじゃないか?」


「本体の私に戦利品を献上(けんじょう)してくれるなら、便利ですね……。いえ、そこまで食欲に支配されてないですよ!」


「なんでちょっとゆらいでるんだよ」


 魔物は憎悪が行動原理となるので、白天使には似合っていない。白天使はこんな風に感情を素直に表現しているようで、心の(しん)はしっかりしていて、激情を抱いている姿は想像できなかった。


「というか俺たちを参考に魔物を作れるとしても、気分的に嫌だろ。性能もいまいちな気がするし」


「マスターの影を魔物にしても、あんな立派な暗殺者にはならないでしょうね」


「たしかに俺を真似た魔物がいたとしたら、どこぞに隠れたまま出てこないだろうな。しかし、立派な暗殺者って存在が矛盾(むじゅん)してないか?」


「王族の成り立ちなんて、みんなそんなものです」


「それはいいすぎ」


 アイレン・マックミーナの探知範囲は優れており、不利になれば引き、有利になれば押してくるので、仕留め切るのは難しい。魔物の残虐(ざんぎゃく)さが、より狡猾(こうかつ)に発揮されていた。


 探索者たちがボスを発見して数か月ほど経つが、それでも討伐できないのは、まともに戦闘できないからだ。王子の護衛イベントなら、いばらの宮殿前でのエンカウントが保障されているので、そこで参加人数を増やしてクリアするのが一番楽な正攻法だ。



「話がそれたから、探索者たちに話を戻そうか」


「はいはい、よろしくてよ」


「NPCについていく本隊を中心として、その周辺に精鋭を伏せているみたいだ。役割分担の調整がもっと早ければ、前回でクリアできたかな」


「人間は追いこまれないと最適化もできない生き物ですから、はたから見るとじれったいのはしかたないです」


 本隊の戦力だけが厚くても、ボスの退路を潰せずに逃げられてしまう。かといって薄く布陣しすぎると、通常の魔物に対処しきれず、各個撃破されかねない。


 第二階層でもボスと大量の取り巻きの両サイドの対処が求められたが、それをブラッシュアップしたかたちだ。


「物資も人材も惜しみなくついやしているし、失敗したら抜本的な見直しが必要だな」


「うーん、作戦としては上々じゃないですか? これでも失敗するようなら、探索者の地力が足りない感じです」


 たしかに市街地の戦闘は流動的で、作戦というよりは、現場のポテンシャルにかかっている感じがある。通信装置もないのに上からあれこれ押し付けられても、動きが悪くなったりしそうだ。しかし、そうはいっても全体指揮を取り、責任を負う人間は必要だ。



「あ、ボスが探索者たちを捕捉(ほそく)しましたね」


「ボスの素の索敵能力が高すぎてこわいな」


 妖精型の魔物を処理している本隊は、近づくアイレン・マックミーナに気づいていない。周辺に伏せている精鋭にすら知られずに、音もなく影のようにそばに寄っていた。


「眠りの演奏が始まったか」


「わざわざ位置バレするような音を出させずに、アサシンスタイルで奇襲させた方が強そうじゃないです?」


「潜伏してキルできるのは集団の数人だろうし、カウンターも食らいやすいし、どうだかな。そもそも、できるだけ殺さずに探索者に圧をかけるという役目を期待したい」


「むー、アサシンスタイルがカッコいいのに」


 アイレン・マックミーナは、眠りをもたらす魔法の音を鳴らす。


 彼の流麗(りゅうれい)な演奏音を聞き続ければ、探索者は意識を奪われて、そのまま帰らぬものになる。単純な対抗策は耳を塞げばいいだけだが、そうすると周囲の魔物への対処が遅れて、面倒なことになる。


 音が聞こえてきたら周辺の魔物を素早く処理して、逃げなければ命が危ない。事実、単独チームでのボス攻略を目論(もくろ)んだパーティーはもれなく失敗しており、帰還スクロールが間に合わず、全滅したパーティーさえある。


 ヒントはNPCからもらえるようになっていたが、彼らは攻略速度と安全を天秤(てんびん)にかけて、失敗してしまったのだ。



「眠らせるだけでもやっかいなのに、火まで吹くのってえげつないコンボだよな」


「眠ったまま苦痛なく逝けるだけ幸せですよ、マスターが嫌いな虫型の魔物には──」


「考えたくないからやめろ、一日デザート抜きにするぞ」


「はい」


 魔法の言葉を使うことで、白天使の言葉の先を封じる。やりすぎれば()ねるので、タイミングを選ぶのがコツだ。


 獲物をいたぶるような性質の魔物は、実装したくない。もっとも、魔物の憎悪は操作できないくらい強いので、生き地獄を味わわせる迂遠(うえん)な魔物は少ない。


「耐火の異界品は持ち出してきているみたいだな。たしか第三階層の五十階中ボスでも、使われていたと思うけど」


「火は文字とも並ぶ文明の叡智(えいち)ですから、対抗策は重宝されてますね」


 アイレン・マックミーナを討伐したフィン・マックールは、眠気を払う魔槍と、耐火のマントを持っていた。当然、そんな都合のいい装備を探索者が用意できるとは思っていない。耐火の異界品や魔術はあるとしても、音を(かい)した眠りへの抵抗は難しい。


 なので、そのギミックをNPCに対処させることにした。今のところNPCに魔物への攻撃を設定することはできない。しかし、防御行動なら抜け穴的に、設定可能なケースもあった。


「NPCも戦闘に参加できればいいのに」


「魔物を討伐できるなら探索者もいらないですし、そっちで考えてみますか?」


「いや、完全にNPC任せはよくない。戦闘支援に特化させたNPCの需要はありそうだし、あるいは別の切り口を検討していきたい」


「まわりくどいところが、マスターって感じです」


 王子が号令をかけると、護衛NPCがどこからともなく、使い捨ての魔術スクロールを取り出して発動した。消音の魔術が作動し、周囲一帯からアイレン・マックミーナの音だけがかき消える。


 眠りの演奏を気にせずともよくなった探索者たちは、ひるむことなく攻勢に出る。

 彼ら本隊の役目は、囲んでいる妖精型の魔物の駆除だった。堅実に立ち回り、続々と集まってくる魔物を一掃(いっそう)する。


 アイレン・マックミーナは、建物の壁をつたって屋上まで逃げる。そのまま屋根から屋根へと飛び回り、仕切り直しをはかるつもりだが、探索者もこれまでの失敗続きでお見通しだった。周囲で息を殺していた精鋭が、追手として移動を開始した。



「まるでアクション映画を見ているみたいだな」


「やっと面白くなってきましたね!」


「見ている側としては爽快感があってすごいけど、足踏み外して大怪我がこわい」


「マスターじゃないんですから、大丈夫ですよ」


 屋根を利用してのチェイスと戦闘が開始された。


 人間の限界をたやすく超える探索者たちは、誰一人落下することなく、追い込み漁のように連携して位置取りを整えていく。疾走(しっそう)跳躍(ちょうやく)が速すぎてこちらのカメラワークが追いつかないほどだ。


 そうこうするうちに、アイレンの体には穴が空き、切り傷を負い、魔術による弱体化が入った。ここにきて逃走重視だったスイッチが切り替わり、背水の陣を敷く。起死回生を狙うべく空へと浮かぶと、屋根へと火を吹いた。


「うわっ、シミュレーション以上の威力が出てるな」


「このくらいはないと迫力ないですよ」


 もはやそれは光線のようだった。熱と衝撃で立ち並ぶ建物は崩壊して、壊れたオブジェクトが土埃(つちぼこり)のように光の粒となって天に昇った。近代兵器の打ち合いで崩壊した戦場のように、整った町並みが荒れ果てていく。なんなら魔物も巻き添えで、魔石ごと灰になった。


 通常、魔物を同士討ちさせることはできない。しかし、探索者を間にはさんだ場合、優先行動順位の関係で、魔物の同士討ちが発生する。ボスほどのスペックの魔物が暴れまわれば、余波(よは)もすさまじいものとなる。


「死んでないよな?」


「まだ元気に火を吹きまくってるじゃないですか」


「いやそっちじゃないよ」


「ああ、探索者なら、耐火の異界品があれば無傷でしょう」


「あれってそんな高性能なのか? 本当に死んでないよな?」


「だから大丈夫ですって」


 金属が飴細工のように曲がるほどの高熱だったが、探索者たちに問題はない。衝撃波も、一息吸っただけで焼けつくような空気さえも、彼らを害することはない。マナを用いた奇跡は、絵画に上塗(うわぬ)りして新たな絵を描くように、現実を上書きする。


 放たれた矢がきらめくと、怒り狂うアイレン・マックミーナを撃ち落とした。

 ただの矢じりではなく、強化の魔法が付与されたそれは、勢いのままに心臓をつらぬいた。どさりと地面に叩きつけられると、体はそのまま溶けて魔石に転じた。


 アイレン・マックミーナは死亡し、探索者たちの勝利が確定した。



「ナイススナイプ! これで第六階層もクリアだ」


「めでたいですね!」


「あとはイベント終了時に攻略完了のアナウンスを流して、一区切りだな」


「それでは、後はよろしくお願いします」


 疲労困憊(こんぱい)の探索者たちだったが、残った魔物を処理し、王子とともに終着点へと移動する。


 宮殿の門は目の前だったが、幾重(いくえ)ものいばらで閉ざされていた。

 どれだけ傷つけて焼き払おうとしても、ミントのごとく再生するいばら。


 しかし、王子がたどり着くと、いばらは(ちり)(かえ)った。アイレン・マックミーナの死とともに、いばらは消え失せ、時間停止効果もなくなった。この異常を維持するものは、いなくなったのだ。


 王子は城の内部を探索し、私室にて眠っていた王と対話する。

 起こされた王は事態の把握よりも、まず姿の見当たらない娘を探し求めた。


 一部の探索者は、NPCのイベントを無視して、城内で宝探ししようと離脱していった。残念ながら宝箱のたぐいもなく、ぬけがけをする意味はないのだが、がやがやと楽し気だ。残った探索者たちは王子のお姫様探しに付きそい、古塔へとおもむく。


 古い塔の最上階、そまつなベッドで仰向けになって眠るお姫様の姿があった。窓辺から光が差し込んで、片頬を照らしている。広がった金色の髪が、きらきらとかがやいていた。


 王子は眠り姫の元へと歩みよって、いとおしさのあまりそっと口づけた。

 目を覚ましたお姫様は、大勢の見知らぬ集団に大変取り乱していたが、王子様と幸せになることだろう。お上品な探索者たちが指笛を吹いて、王子の護衛NPCにしかられていた。


「こんな時まで、本当にひょうきんなやつらだよな」


 なんだか楽しくなって、隣の白天使に笑顔を向ける。



「白天使?」



 振り向いた先には、誰もいなかった。

 何かのいたずらかと思い、部屋の外も探したが、見つかることはなかった。


 白天使は夢幻のごとく、俺の知覚範囲から忽然(こつぜん)と姿を消した。



『第六階層《眠るいばらのハロウィン》の攻略を確認しました』


『クリア報酬として、探索者カードにパーティー編成機能を追加します』


『第七階層《鏡の国のスノーフィールド》が開放されました』

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