5 第一階層攻略と賭け
「ダンジョンの誕生から、一週間後に攻略をしかけてくるとは早かったな」
「私たちの準備もギリギリでしたし、絶食した甲斐がありましたね」
「もうちょっとの辛抱だから怒るなよ」
「私じゃなければ死んでますよ、食事なしで給料未払いはあんまりです」
倹約を心掛けた結果、まともに食事も取れなかったので、白天使は不機嫌だ。もう少しスライムの魔石が集まると思っていたのだが、事態の進展はあっという間だった。
動きがあったのは、ダンジョン成立から三日目のことだった。道路警備隊がダンジョン内の少年を保護した。彼らは四日目には簡易調査報告を終えて、現場の維持につとめる。
なんと六日目の朝には、報告を受けた国家から四十四名の小隊が到着した。彼らは熱心に動いており、外は夜になっているがまだ休む様子はない。
いきなり国家の部隊が派遣されてきて、道路警備隊がバックアップを担当している。きっと領主は、地主もしくは官僚化していると見ていいだろう。しかしそれは、貨幣経済の浸透による封建制の崩壊ではなさそうだ。
ダンジョンに対抗するために戦力が国家に集中し、通信手段や街道の整備が優先された結果という感じだろうか。白天使から引き出した情報からすると、市民革命が起きるまでは進んでいないはずだ。
「ここ、もしかして田舎に見えて要所だったりするのか?」
「地名も知らなかった私に、そんなこと聞かれても困ります」
ソファーベッドで足をばたばたさせる白天使が、そっけなく答える。自分のいる地名も知らなかった白天使は、どこからここに侵入してきたのだろうか。
こいつの知識はあてにならないし、詳細な地図がどこかに転がってないかなと夢見る。俺の脳には現地の言葉と文字がインプットされているので、いつかは書物も集めてみたいが前途多難である。
「たかがスライムしか確認されていないダンジョンに、この戦力はすごいな」
「それができる国力があり、不測の事態に備えているんでしょう。スライムがダンジョン外に出ると面倒なので、巣ごと駆除したいという意志を感じますね」
四十四名の小隊で乗り込んできた彼らは、四つの分隊に分かれた。現在は年若い少尉が率いる部隊が広場を占拠して、残りの三つの分隊が攻略のために行動していた。
「しばらくは待ちの姿勢だとありがたかったんだが、追い込まれてしまったか」
「調査隊とはいえ、ダンジョンコアの破壊権限も託されているでしょうね」
事前情報からか、彼らは閉鎖空間でも動けるように軽装で、リュックサックのようなものを背負って荷物を詰め込んでいる。唯一それらしいのはレッグガードがしっかりしていることだろうか。装備が統一されているのは、なかなかに組織力の高さを感じる。
「うすうす感づいているが、ここのダンジョンコアってどこにあるんだ?」
「マスターの中にありますよ」
「ああ、やっぱり。そんな気はしてたよ」
能力を発動して以来、ダンジョンの理解が進んだ俺である。この場所を管理するための核が存在するはずだが、それらしい物体を見た覚えがなかった。
いつの間にか俺は生体パーツになってたようだ。それならこのダンジョンを潰そうとするやつがいても、俺を見つけて殺さない限りは不滅か。
「ダンジョンコアと一体化しているので、実験体として大人気になれますね!」
「そんな人気者にはなりたくない」
調査隊が俺を見つけて、外に連れ出そうとしたらどうなるんだろう。俺はこのダンジョンの外に出られないんだが、両側から引っ張られて体が崩壊しそうだな。
「俺の体の話はもういいよ。ところで侵入してきた中にいる、魔術士ってやつは今なにしてる?」
「水没した通路の探索のために、魔石で水を排水してますよ」
「それはすごいな。いや、何でも応用できる魔石の方がヤバいのかもしれないが」
この世には超常の力の使い手がいたらしい。俺もカッコいい能力を身につけてみたかった。俺はダンジョンを操作することに特化しているので、他のことはできない。魔術とやらで空を飛べるなら、どれだけ楽しいことだろう。
「魔術なんて、マスターの物質創造ほど便利じゃないですよ。……あっ、ボス部屋へ続くルートを発見されました!」
「早すぎないか? このダンジョン、もしかして一日で制圧されるのか?」
「流石にそんな無茶はしないと思いますよ。全体の七割は捜索済みですが、疲労もあるでしょうし明日までは持ちます」
「かろうじて、心の準備をする時間はありそうだな」
いくらさほど拡張していない全長五キロ程度のダンジョンとはいえ、一日で調べ上げたのか。俺たちの居場所まで手が届くのも時間の問題だ。
このダンジョンには、洞窟らしい危険がない。
毒ガスのたまり場もなければ、酸素濃度も気温湿度も一定だ。体を無理やりねじ込んで這うように進む場所もなく、特殊な訓練がなくても探索できる。岩などの障害物も少ないので、調査が早かったのかもしれない。
「自動販売機では止められませんでしたね」
「まだ単純な商品しか並べてないから、低く見積もられたようだな」
小隊のリーダーである少尉は、自動販売機の仕組みに興味を持った。しかし、仕掛け人の姿がないことから、ダンジョン排除に舵を切った。
不安定な品揃えと、ダンジョンに魔石を投入するというリスクを考えれば妥当な話だ。兵隊は存在するだけで金がかかるし、多少の異常で手を止めれば上官に叱責される。
結局、自動販売機には実験程度の魔石しか投入されなかった。彼らの調査の過程で出たスライムの魔石は、ほぼ持っていかれてしまった。自動販売機を破壊しようと試行錯誤したり、想定にない動きをするのもやめてほしいところだ。
「それじゃあ最終調整をやっておくか」
「もう寝ましょうよ、ワーカホリックは関心しないです」
白天使はソファーベッドを勝手に伸ばすと、勢いのままに寝転がった。テコでも動きそうにない。ハウスダストが舞うだろうと文句を言いたくなったが、そんなものはこの環境にはないなと気づく。
「明日、もし失敗したら永眠するかもしれないんだぞ。だらだらしててもいいのか?」
「その時は仕方ないから、私が守ってあげますよ」
この少女には妙な自信と余裕があるようだが、どこまで信用していいものやら。俺はもはや休まなくとも体調を崩すこともないが、逆らわずに横になった。
白天使とこうして一緒に寝ることも慣れた。こうなると個室が持てるような生活になれば案外寂しく……、考えたものの別に寂しくはならないな。むしろ寝ているときくらいはプライベートがほしい。
◆◆◆
調査隊がボス部屋にあらわれたのは、翌日の昼過ぎだった。
「さて、いよいよダンジョン攻略も大詰めです。勢いよくボス部屋に突入した部隊! 彼らの体には、闘志が満ちております」
「なんで実況風なんだ」
隣に寝転がる白天使が、耳元でささやくように状況の説明を開始する。やむにやまれぬ事情ではあるが、少しくすぐったい。
「ボスのケルピーが応戦しようとして、うわ、早くも拘束されかかってますね」
「あれだけ調整に時間かけたのに、瞬殺されそうなのかよ」
かすれるような小声で愚痴る。クリアできる程度の難度を目指したが、作業のように処理されるのも複雑だ。
ダンジョンの守護者として、水妖ケルピーを設置した。ケルピーは水辺に生息する植物のたてがみを持つ黒毛の馬で、乗り手を水死させるという。
ボス部屋は自然洞窟のごとく、半分を泉に、半分を地面として作りこんだ。地面のそこかしこに深い縦穴が存在しており、その底は見通せない。地面で戦うと縦穴に落下しかねないので、足元への注意が必要なステージだが、軍人の障害にはならないらしい。
「馬の姿だし、突進力があってやりづらさがあるはずだけどな」
「ケルピーは奇襲や知恵を使うタイプのようですし、最低二体は用意しないとお話にならないですね」
ボス戦に挑んだのは、前衛が八人と、魔術士が二人だ。足場の悪さと、敵が一体ということで人数を絞ったようだ。盾持ちが正面で気を引いた隙に、魔術士が左右に展開して、風魔術を行使する。突進するケルピーの足が乱れた。
そんなもので戦意を失うボスではなかったが、衰えた勢いを見た槍兵もケルピーを狙う。ボーラまで足元に投げ込まれて、ケルピーの動きはあっという間に止まってしまう。混乱のままに側面から抑え込まれて、最後は首に剣を差し込まれて絶命した。
決着まで、わずか一分たらずのことだった。数的優位があり、情報収集もありのスタートだった。一体の魔物では不利すぎて、プロ集団に勝つことはできなかった。ケルピーは霞のように消えて、その跡には魔石が残った。
「ケルピーが倒されました」
「よし、ボス部屋と入口にアナウンス流すぞ」
録音しておいた白天使の声を、天井に仮想展開したスピーカーから流す。
『第一階層《妖精の洞窟》の攻略を確認しました』
『クリア報酬として、魔術スクロール自動販売機がエントランスホールに設置されました』
『第二階層《黄昏の城塞都市》の開放権限を自動販売機に追加します』
白天使に機械的な声で読み上げてもらうのは苦労したが、それ以上に録音と使い捨ての仮想スピーカーの設置にコストがかかった。最初は実物のスピーカーを使うつもりだったが、壊されそうだし、使い勝手も悪いので、割高だがこちらにした。
このダンジョンは攻略されてしまった。
ここからは賭けになるが、気づかないでくれよ。