49 恋愛と妖精
第六階層のメインストーリー、それは王子様が眠り姫を見つけるまでの付き添いだ。
百年後の目覚めを見届けるまでがイベントとなり、その露払いのボス討伐が探索者の役目だ。
「そういえば白天使はメルヘンが好きだが、ああいう恋話にはあこがれないのか?」
「急にどうしたんですか? マスターが私に恋をしたなら申し訳ないですけど、私に恋愛感情なんてわかりませんよ」
「変な早とちりするなよ。俺に恋愛なんて必要ないが、どうせならおしとやかで、奥ゆかしい子がいいよ」
「はぁ……、マスターはわかってないですね。この暗い世の中では、快活な女の子を選んだ方が幸せになれるんですよ、私みたいなね!」
恋愛の話を振ってみたが、無い胸を張る白天使には色香の欠片もない。恋愛感情がわからないというわりには、自信たっぷりなところも通常運転だ。
俺はそれを聞いて、なんだかほっとしていた。
孤高な白天使に色事《いろごと》はふさわしくない、という身勝手な期待があった。
それは白天使に恋しているからではなく、人を凌駕する上位存在に対するあこがれのようなものだった。卑俗な感情にまどわされて右往左往するような、不完全な存在であってほしくなかった。
恋愛を否定するような答えが返ってくると、薄々わかっていた。
それでも、それを確かめたかったから、問いかけたのかもしれない。
「まぁ恋愛なんて馬鹿らし──」
「恋なんて私にはわからないですけど、しいて言うなら、恋に落ちるなら優しい人がいいですね」
「は? ああ、そうか、うん、なるほど……。でもそういうこと言うやつにかぎって面食いで、後出しで条件を追加するって知ってるぞ」
「いえ、優しさは一番に重要ですよ。優れた人でも、人当たりが強いなんてよくあることですから」
「どうだかな」
白天使が思ったよりも、ありきたりで、恋に恋する子どもみたいなことを言い出したので、面食らってしまった。
結局のところ、人類がパートナーに求める条件として、優しさの優先順位は高くない。そもそも社会的動物なのだから優しさは標準装備で、だいたいの人は身内に甘い。そして他人への過ぎた優しさは、下手をすればまぬけと馬鹿にされるような世界だ。
「容姿や財産が恋愛において、重要なファクターなのは否定しないですけどね。ほら、あのお姫様は顔がいいから、これから立派な王子様に助けてもらえるんでしょ?」
「身もふたもないな」
立派な王子様ならどんな容姿の人間でも助けるだろうけれど、それが物語になることはない。ルッキズムを問題視する風潮はあるが、美的感覚はあらがえない人の本能だ。そうでなければ、品種改良で苦しむ愛玩動物なんて、この世に存在しなかったはずだ。
監視モニターには、時が止まった宮殿の古塔で、すやすやと眠るいばら姫がいた。
彼女がNPCではなく生きた人間なら、愛される宿命の自分をどう思うだろうか。
「お姫様がぐっすりですね、というかこれ、顔のパーツが私に似てません?」
「ダンジョンの中にお姫様っぽいサンプルが、白天使くらいしかいなかったんだよ。嫌なら作り変えるか?」
「ふふん、私、空前絶後の美少女ですし? お姫様になることもやぶさかではないです。美しさとはつくづく罪ですね」
「今の世にSNSがあったら、白天使はあれこれと言われるだろうな」
白天使のように容姿を鼻にかける人は嫌われがちだ。しかし、美形で品行方正なら叩かれないなんてこともない。むしろ平凡に生まれるよりも、ああだこうだと品評されるのだ。
「他人の評価なんて、どうでもよくないですか?」
「ははっ、まぁ白天使はずぶといから、なんともないか」
「マスターは、あれこれ言われた過去でもありました?」
「さあな、過去は部分的にしか覚えていないし、思い出したくもない」
妖精に魅了のほくろを授けられたディアルムドのように、異性に困らないというのは、ある種の破滅をまねくことがある。絶世の美貌を軽々しく望む人は、誰かに好かれるというパワーを甘く見ているのだ。
「マスターは自己肯定感が足りませんね。顔立ちで得することも、たくさんありますよ」
「ダンジョン運営してるだけだし、そんな機会には恵まれなさそうだけどな」
自分から話題を振っておいてなんだが、気分が悪くなってきた。
手持ちぶさたをごまかすように監視モニターを動かして、ふと奇妙なものを見つける。
黒猫がしっぽを揺らしながら、NPCの町の屋根で遊んでいた。
「この黒猫って、白天使が用意したものか?」
「いえ、私じゃないです。勝手に侵入したんじゃないですか?」
第四階層のボスギミックに黒猫を使った覚えはあったが、第六階層に黒猫の見た目のものを作った覚えはない。そもそも猫型NPCケットシーの追加は考えたが、取りやめにしている。
じゃあ、あれは何なのかという話だ。
魔物でもNPCでもないはずだが、地上からまぎれこんだ動物とも考えづらい。
「探索者が連れてきて、町の中に置き去りにしたのか」
「ああ、そうじゃないですよ、マスター。本物の妖精が黒猫に化けているみたいですね」
「えっ、妖精に肉眼で見えるやつもいるのか?」
「基本的には姿を隠していますけど、見せたがりなものがいたり、タイミングや相性次第で見えることもありますよ」
妖精が実在することは知っていたが、実際に妖精を見たのは初めてだった。
俺がこれまで把握していた個体は、第一階層の隠し神殿に住む個体、孤児に憑いていた個体、神社に遊びにきた個体、そして迷い家の家事妖精シルキー、合計四体だ。
「このダンジョン、もしかして他にも妖精がいたりして」
「第六階層だけでも、意外といるんじゃないですか? 姿を隠しているようですが、トネリコの木なんて、ちょうどいい遊び先にされつつあるみたいです」
「そうか、知らなかったな……。俺には妖精が見えないんだよな、何が足りないんだか」
「マスターには耐えられないと思いますし、見えないままでいた方がいいですよ。妖精は干渉されることを嫌うので、最悪、目をつぶされます」
白天使は妖精の目、とでもいうべき力を持っている。
究極の共感覚のようなものだろうか? 感情も、記憶も、見えない痕跡も、色や音など様々ものに自由に変換して理解できるらしい。そこまでいけば己の運命さえも、見通せるだろう力だ。それと比べれば、人間の占いなど児戯に等しい。
白天使の持っている妖精の目は、俺のダンジョンマスターとしての知覚能力を超える。俺にも似通った力はあるはずだが、心が汚いから妖精が見えないのかもしれない。
「白天使の目がつぶれないのは、仲間だと思われているからか?」
「一緒にされると腹立たしいですけどね!」
「俺は素直にうらやましいけどな」
「えぇ……、マスターは趣味が悪いです」
白天使の言う通りに、見えないままでいた方がいいのだろう。ただでさえダンジョンマスターとしての第六感を使いこなせていないのに、そんなものに目覚めてしまえば、情報の洪水で溺れてしまいそうだ。
隠れたものを強引に見ようとする趣味もない。
ただ、好奇心はあるので残念ではある。
「しかし、妖精が集まって魔物とつぶしあったり、人間を襲ったりしたりしないか?」
「うーん、いたずらで収まると思いますけど。狂った妖精は、人間が勝手に駆除してくれますよ」
人殺しにこだわるような悪しき妖精たちは狂気に囚われて自壊するので、妖精の不可侵性と不死身の強さがないと白天使は言う。そう聞いたところで不安は解消しないので、妖精が嫌いな金属を要所に配置することを意識しておきたい。
「まぁ、妖精で俺たちの存在がカモフラージュされて、発見されないならそれでいいよな」
俺が妖精の要素を第六階層に組み込んだのは、このダンジョンを妖精が作っているという人間の勘違いを、さらに助長するためだ。それを考えれば、この状況は好ましいことだ。
気分も少し浮上したところで、作業に戻る。
白天使からの返事がないことには、気づかなかった。




