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47 いばら姫と雪辱

 ドイツの昔話(メルヘン)をまとめたグリム童話の中に、いばら姫という物語がある。


 あるいはペロー童話として編纂(へんさん)された際の、『眠れる森の美女』というタイトルの方が有名かもしれない。古くからの民話であり、その原型は『太陽と月とターリア』という作品にまでさかのぼる。


 いばら姫は、わかりやすいハッピーエンドと言えるだろう。

 残酷な描写がはぶかれて、大衆に受け入れやすい物語になっているからだ。それでも現代ではおかしい描写もあるが、ご愛敬というものだろう。


「マスター、そういう来歴はいらないので、さっさと教えてくださいよ」


「わかったよ、せかさないでくれ」


 とある子宝(こだから)に恵まれない王と(きさき)が、待望の女児をもうけた。

 その生誕の祝宴(しゅくえん)は盛大なものとなり、力ある魔女たちも招待された。しかし、国内でたった一人だけ、仲間外れにされた魔女がいた。


 招待された魔女たちは、人々が望んでやまないものを女児にあたえた。

 まばゆい美貌(びぼう)・尽きぬ富・包み込む慈愛(じあい)・生まれ持つ品位、誰からも愛される未来が約束されたのだ。


「まるで私のようですね」


「はいはいそうだな」


 しかし、あと一人で祝福の儀も終わろうというその時に、事態が急変する。

 招待されなかった魔女が現れたのだ。


 そうして怒りのままに、女児に呪いをかけた。

 十五歳になると、糸つむぎの道具で指を刺して、死ぬというのだ。


 呪いをかき消すことは、その場につどった魔女たちにもできなかった。

 祝福を残していた最後の魔女は、せめて死を百年の眠りとするように、呪いをねじ曲げた。


「呪いはからまった糸のようで、ほどくのが難しいですからね。私には通用しないですけど」


「しずかに話を聞け」


 花盛りの十五歳、美しく育ったお姫様は、宮殿の古い塔で糸つむぎの老婆(ろうば)に出会う。

 そうして呪いの因果により、お姫様は眠りに落ちてしまう。


 その眠りは宮殿の全てに波及(はきゅう)し、生命も、風も、火も、時を止めてしまう。

 いばらが太陽をさえぎるように宮殿をおおうと、誰一人立ち入ることができなくなった。


 呪いが解ける百年目に、とある王子が城を訪れた。

 するといばらは道を開けて王子を受け入れて、姫の元まで導いた。


 塔の中で眠る姫に口づけをすると、彼女は目を覚まし、宮殿の時も動き出した。

 王子とお姫様は幸せに暮らしました、めでたし、めでたし。



「めでたし、めでたしだ。終わったからしゃべっていいぞ」


「めでたし、めでたしじゃないですよ、色々とおかしいです!」


「説明しろって言うから、語り手になっただけの俺に言われても困る」


 コストを支払ってまで、童話本を仕入れて、語り聞かせた。しかし無聊(ぶりょう)をなぐさめるには、物足りなかったようだ。知識系統はコストがかさむから、一時の暇つぶしにはもったいなかったかもしれない。


「百年も経過したら国は傍系(ぼうけい)が引き継いでいそうですし、なんなら亡国になってますよ。どうやって生きていくんですか」


「過去の王族であったことは事実なんだから、お互いに妥協点を探って、王子とお姫様が政略結婚したんじゃないか?」


「えぇぇ、結婚相手くらい自分で決めたいですよ」


「俺はお見合いも政略結婚も、悪くないと思うけどな。自由というのはそこまで信頼できないぞ」


 そもそも古い話は理不尽なものだ。しかもグリム童話では、結ばれた後の話は削除されたから、ぶつ切りになっているのも仕方がない。


 お姫様の幸せのために百年の眠りに巻き込まれた人々が、一番大変だと思う。しかし、現代倫理の観点から、あれこれ言うのも不毛だろう。



「こんなことなら、私がストーリー書き換えたいくらいです」


「もうすぐ第六階層も攻略されるし、間に合わないんじゃないかな。重要NPCも発見されてるし、本格的に再設定したいなら判断が遅いと思う」


 第六階層の開放からすでに八か月ほどが経過しており、ちらほらと正規の鉄道利用者も増加しつつある。マッピングも大まかに完成していて、ボスも見つかりそうなので、あとはNPCイベントの発生を待つだけだろう。


「むむ、ストーリーテラーな私の出番は先になりそうですね」


「ははは、それで満を持してやってみたら、そんなでもなかったりしてな」


「はいはい、くやしがることになるマスターが楽しみですよ」


 未来の大先生は自信満々だったが、そう上手くいくのかなと疑問に思った。白天使の価値観からの物語は、大受けするか派手にこけるか、どっちにしても楽しみだ。



「さて、話も落ち着いたし監視に戻ろう」


「えー、鉄道なんて見てなにが面白いんですか」


「俺もそこまでくわしくないけど、たき火を見ているような感覚と同じだろ」


「それは絶対に違いますと思います」


 現在、探索者の一団が、鉄道を利用していた。

 ヘビのように伸びた列車は森林を裂き、探索者たちを奥地へと運んでいる。

 けたたましい音とともに、煙突から煙と水蒸気が吹き上げた。


 線路とイチョウの並木が、どこまでも続いている。

 黄色く色づいた一葉が、鉄道の車窓から、ひらりと列車内に入り込んだ。


 ただただ続く線路と植物というのは、不思議と似合う。自然と人工物の融合には、ある種の背徳的な魅力があるのかもしれない。ありのままの自然を愛するのもいいが、整理されたものに価値がないわけではない。



「景色をぼーっと見ていると時間が飛ぶなぁ」


「その探索者たちを映しても、ずーっと線路とイチョウ並木しかないじゃないですか」


「変わらない風景だからこそ、いいんじゃないか」


「変わらないものなんて退屈なだけですよ。せっかく童話のあらましも聞いたことですし、百年の眠りでほろびた王都をチェックしましょうよ!」


 変わらない場面に飽きた白天使が、とうとう監視モニターを操作し始めてしまった。


 操作権限を奪い返すかと考えるが、それも大人げないなと自制する。監視モニターを増やせば済む話だが、そうするとむきになっているみたいだし、コストの無駄遣いをするほどのことでもない。


 建築物が豆粒(まめつぶ)に見えるほど、上空からのアングルになった監視モニター。

 そこには滅びて、もぬけの(から)となった城下町が広がっていた。


 その中心部には、いばらで囲まれた荘厳(そうごん)な宮殿がある。

 王子様を待ついばら姫が、今もあそこでお昼寝中だ。



「しかし規模は違いますけど、街並みの配置は第二階層に少し似てますよね」


「まぁ、あえて言わなかったけど、第二階層を意識して作ったからな。第六階層の一部としてなら相性もいいかと思ってさ」


「おや、リベンジということですか? また失敗しても、病まないでくださいよ」


「経験も積んできたし、次は失敗しないだろう、たぶん」


 第二階層、黄昏の空と骸骨(がいこつ)が眠る城塞都市。

 初期の追加階層ということもあり、コンセプトからして中途半端で、手に余る場所になっていた。もちろん今でも拡大改築と、魔物の配置の見直しなどで調整はしているが、人気はない。


 第二階層は、おおむね仲間のいないソロが消去法で選ぶか、パーティーの試運転に使われることが多かった。ボスの死神まで倒しにいくものは少数だ。


 実力差で振り分けられる第三階層の塔か、広大な第四階層以降の方がはるかに人気があった。階層が深まるほどに、同業者との争いは深刻化しづらく、リターンも大きいからだ。



「しかし第二階層といえば、まだ運営が安定してなくて、ご飯もまともに食べられないころでしたね」


「食生活の質は今の方が良いけど、あのころの食事は思い出補整でおいしかったな」


「ふふん、私はパンケーキもクレープも食べ放題の今が最高です! 未来はもっと美味しいものを作りますよ」


「白天使はすっかり食道楽(くいどうらく)だな。あれだけうれしかったスケルトンの魔石も、今じゃはした金だし、色々と変わるものだ」


 今日は久しぶりにホットココアでも飲もうかなと、気まぐれに思う。

 まぶしいくらいに未来志向の白天使と違って、俺は過去を引きずりがちだ。そんな自分が嫌いだったが、多少はポジティブに思えるようになったのは、彼女の影響なのだろう。

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