46 ラザニアとNPCイベント
「マスター、もう夜ですけど、そろそろ休憩入れたらどうですか?」
「切りのいいところがきたら休むよ」
「それ三時間前にも聞きましたよ……。せめて食事しながらにしましょう、夜ごはん私一人で食べますよ」
「ああ、そんなに時間たってたのか、悪かった」
作業に熱中して、ご飯の時間をすっぽかしてしまったようだ。
俺たちは飲食なしで活動し続けられるとはいえ、ある程度のルーティーンは決めるようにしていた。共同生活をいとなむ上で、約束をないがしろにするのはよくないことだ。
言い訳をするならば、最近は鉄道の利用により、探索者の移動範囲が拡大している。それで第六階層の調整対応がいそがしくなってしまい、生活のリズムも崩れがちだった。しかし正直に話しても俺が悪いことに変わりないので、謝るしかなかった。
「ラザニアを二人分作ってありますけど、いらないなら私が食べます」
「食べるよ、ありがとう」
「私はお腹がすいたので、二人分でも食べられますよ?」
「俺も空腹だから、そんなこと言わずに分けてくれよ」
白天使は少しご立腹な様子である。
この上位存在はどういうわけか、わざわざ材料だけを用意して、手作りしたものを好む様子だった。ダンジョンで出会った当初は料理経験もなかったはずだが、お菓子作りを経過して、今では包丁も楽に扱う。
それなりのご飯を用意するだけなら、俺の能力でぱっと作るだけでいい。しかし料理の何かが、彼女の琴線に触れたらしい。この迷い家の台所には、白天使が使う調理器具と調味料がずらりと並んでいるくらいだ。
ご相伴にあずかる身としてはありがたいと思っている。そのうち面白そうな調理器具か食材か、何かしらをさりげなく用意して、ご機嫌取りをする必要がありそうだ
「それでマスターは、なにをがんばっていたんですか?」
「NPCイベントのクリア報酬の調整だ。第六階層の宝箱の情報をNPCから聞き出すと、オートマッピング上に表示するように設定した」
「なるほど、オートマッピングの売れ行きがよかったので、その追加サービスですか」
「低品質が安かったのもあるけど、初動の勢いはアイテムボックス以上だったからな」
オートマッピングは、自動販売機で販売中のダンジョン地図機能だ。
ダンジョン内部でのみ機能する指輪型デバイスで、使用すればホログラムディスプレイで地図の確認ができる。
歩くだけでその周辺が自動で筆記されるもので、地図を読み解く技能もいらない。高価になるほど高性能で、利用可能なNPCの施設、進行中のNPCクエスト情報なども表示される。
しかし、最高級品であっても、ダンジョン内部に点在する宝箱までは表示されない。なので、宝箱の位置情報をピンとして追加すれば、宝の地図という報酬になるわけだ。
「NPCイベントのクリア報酬とオートマッピングとの紐づけは、第五階層の沈没船でもやってましたね。第六階層では規模を拡大するんですか?」
「ああ、最終チェックはさっき終わったよ。第五階層の隠しエリアが未発見だし、そのヒントも作成したかったんだが、そっちは後日だな」
「第五階層の隠しエリアって、以前に作っていた海賊島のことですか?」
「そうそう、水と歯車で動くギミックの遺跡、いいだろ?」
「ふふっ、あの仕掛けが水力で動く設定は無理がありますよ。アスレチックとしては面白かったですけど」
「なんだよ、ロマンがあっていいじゃないか」
とりあえず俺は冷めかけたラザニアを温めて、白天使はデカフェアップルティーを二人分用意してから、お互いに席に着く。
「それじゃあ、いただきます」
「はい、どうぞ」
お互いに黙々と食事をしているのも何なので、第六階層の監視モニターを取り出して表示する。なにかをしながらの食事はよくないとはいえ、今の時代はTVくらいつけても罰は当たらないだろう。
「食事中にお仕事ですか?」
「いや、違うって、がんばって作った町を観賞したいだけだ」
第六階層を拡大して見てみると、NPCの民家の窓辺にて、かぼちゃランタンがマントをつけて動いていた。これは人外NPC、ジャック・オ・ランタンだ。空中にただよう火の玉、ウィル・オ・ウィスプの一形態で、現世をさまよう死後の魂と言われている。
空中の火の玉は世界各地に目撃があり、土地によって異なる名がついている。その正体は、プラズマ現象、発光バクテリア、死体や沼にたまったガスの燃焼、流れ星、色々と考察はあるがこれと決まったものはない。
「マスター、食事時に人の成れの果てを映すのは、悪趣味ですよ」
「ジャック・オ・ランタンだって、生きた人間よりは清廉だと思うけどな」
「むむっ、それはそうですね」
「肯定されると、それはそれで複雑だ。俺も人間だったからな」
「マスターの面倒くさいところが出てますよ」
ジャック・オ・ランタンは町を住処として、トラブルを引き起こす。
第六階層でのNPCイベントは、一言でいえば妖精と悪霊たちの狂騒だ。
ちょうど表示された民家では、ジャック・オ・ランタンにつきまとわれて不眠症になった青年NPCがいる。探索者がくわしく調べれば、その正体は先祖の霊であり、隠し財産の場所を子孫に教えようとしていたことがわかる。探索者はその謝礼をもらえるというわけだ。
「ジャック・オ・ランタンの挙動に問題はなさそうだな」
「それでマスターが設定した、宝箱の情報をオートマッピングに追加してくれるNPCってどこです?」
「ああ、これだ。NPCにレプラコーンを追加した」
「えぇぇ、絶妙にかわいくないです、作り直しませんか?」
「かわいらしさを求めたわけではないんだが……。まぁ白天使が作り変えたいなら、後でやっておいてくれ」
レプラコーンは、靴作りの妖精として有名な小人だ。
子どもの背丈に、ひげもじゃで緑の帽子と服を着た姿は、なんともアンバランスだ。虹のふもとに、あるいは地中に宝を隠していると言われているが、捕まえることは困難だという。
魔物が徘徊する荒野、NPCの町の木箱の中、山深い獣道、様々な場所に出現して、探索者にお宝のありかを教えてくれる。その中には異界品の情報もあるので、探索者にとっての幸運の使者となるだろう。
「で、第六階層はどうなんです? これで作業は落ち着いたんですか?」
「そうだな、第六階層がクリアされるまでは、のんびりできるはずだ。それっぽいオブジェクトもいろいろと配置してあるから、イベントが不足しても後から追加できるしな」
「そういうの、何も追加しないでいると都市伝説になりそうですね」
「それはそれで味わいがあるけど、何かあれば白天使がエピソード追加してもいいぞ」
イベント内容を考えるのも時間がかかるので、白天使に任せてもいいだろう。ダンジョンの作成にもずいぶんと協力してもらっていることだし、信頼もある。
「少し興味が出てきましたし、今からささっと追加します!」
「行儀が悪いから、食べ終わってからにしなよ」
「ご飯の時間を守れなかった人がなにか言ってますね」
「すみません」
何も言い返せない俺を無視して、白天使は残ったラザニアをナイフで切り分けて、フォークで口に放り込む。そうして、ダンジョン操作権限を付与したタブレットを取り出した。タブレットの操作でホログラムディスプレイを周囲に複数起動すると、ダンジョン改変のシミュレーションを始める。
白天使もさすがに手慣れた様子で、俺の能力を操作する。
白天使は町の中の苔むした祠に着目したようで、イベント内容、NPC、報酬を設定していく。形が出来上がってくると、ラザニアを食べながら見ている俺にも内容がわかってきた。
「これはまたメルヘンなものを作ったな」
「マスターの知識を参考にしました!」
第六階層のとある町では、白いシーツを被った悪霊が大暴れしていた。
人の命を奪うことはないが、空を飛び、物を壊し、NPCの住民もお困りだ。
町外れの苔むした祠が、悪霊の住処だった。
何が祀られていたのかさえも、時の流れで途絶えていた。
悪霊はどれだけ退治してもよみがえり、祠を壊しても元通りだが、解決方法は単純だ。辛抱強く何度も祠を掃除して、お供えを捧げ続けると、やがて満足して去っていく。
彼はただ、忘れられたことが悲しく、寂しかっただけだったのだ。
悪霊の消えた小さな祠の中には、色あせない宝飾品が残っていた。
聖なる王のフィブラ
衣服の留め具として作られたブローチ型の異界品。
所持者の身分を示すように、貴金属を用いた緻密な装飾がなされている。
石つぶて、地割れ、泥沼、土砂崩れ、地面隆起、大地の操作を可能にする。
「白天使にもこういうイベントストーリーを作るような、殊勝な心があったんだな」
「どういう意味ですかそれ?」
「いや、人間らしいと思って感心したんだ」
「ふふん、まぁ、ほめ言葉として受け取っておきます」
白天使は悪行を好むわけでもないが、超然としていて、善行に夢見ているわけでもない。俺のダンジョン作成を真似ただけかもしれないが、それでもこういうストーリーを作るとは思わなかった。
善行や喜捨をテーマにした話というのは、ありふれたものである。
笠地蔵のように報われて幸せになる致富譚もあれば、あの世で救いがあるというものもある。さらには欲をかいた人間が、せっかくの幸福を手放して不幸になるパターンもある。
とにかく善行というのは、寓話的な要素として扱われやすい。悪く言えば、白天使の作ったストーリーは、珍しくお説教臭かった。
「これを機にダンジョンの外でも善行を積むやつが出れば、というのは期待しすぎか。だけど、きっかけくらいにはなればいいよな」
「善行をなすための秩序が外になければ、誰かの食い物にされて終わりですよ」
「手厳しいなぁ。夢を見るくらい、いいじゃないか」
「マスターは良く言えばお人よし、悪く言えば見栄っ張りタイプですよね。ダンジョンの設定も甘っちょろいところがありますし」
白天使は人間に妙なあこがれがあるわりには、人間を低く見積もっている。もの知らぬお姫様が庶民をうらやむようなものと思っていたが、そこまで考えなしではないらしい。
「俺が蓄財しても使い道ないし、探索者が不景気な顔でダンジョンにきたら、俺の精神衛生に問題があるだろ」
「マスターのそういう思想は嫌いではありませんけど、いつかきっとだまされて痛い目を見ますよ」
「ははは、誰にだまされるって言うんだよ」
「そうやって油断している善人ほど死にやすいのに、もう」
俺の性根は、間違いなく善人ではない。
善にも悪にもなりきれない、どこにでもいる中途半端な存在だ。
俺に慈悲の心なんてものはない。承認欲求や自己実現の一環で、探索者に甘い顔をしているわけでもない。臆病のあまり、誰かが傷つき、傷つけられることに、自分の心が耐えられないのだ。
「まぁ身を崩さない程度には気をつけるよ」
「マスターは生活力がないですからねぇ」
「それを白天使に言われてもな」
「おやおや、では議論しましょうか」
白天使の保護者面にいらついたので、どちらがよりしっかりしているかで、しばらく争うこととなった。夜ご飯に遅刻した罪を蒸し返されて、俺が劣勢になったのは言うまでもないことだった。




