45 家事妖精と鉄道
「マスター! マースーター!」
「白天使か、今取り込み中なんだが」
「なにやってるんですか?」
「家事妖精シルキーと百人一首カルタだ」
迷い家の客人であるシルキーは、意地でも俺に姿を見せない。しかし、わりかしノリがいいので、頼み事や誘いに応じるということがわかってきた。
今日のところは、百人一首カルタを通して交流中だった。
畳の和室に札を並べて、上の句に対応する下の句の札を取っていくだけだ。読み手はいないが、上の句の音声をランダム再生することで対戦していた。
なにせ素人同士の対戦なので、読み上げた瞬間に札が吹っ飛んでいくほど本格的ではない。上の句が読み終わっても、あれでもないこれでもないとのんびり探す。自分の能力を使えば完全暗記もできるが、勝つことが目的でもない。
「そういえば、カルタなんて作ってましたっけ。トレーディングカードゲームの方が、ゲーム性があって私は好きですね」
「あれはややこしすぎるし、風流さを楽しむならカルタの方がいいだろ。せっかく和室を作ったのに、ちゃんとプレイしてなかったからな」
カルタは自動販売機で販売中だが、実装した当時から人気はない。娯楽にはまった時期に制作したものだが、翻訳のセンスが欠けていたのかもしれない。
「そろそろカードゲームの新パック販売しましょうよ」
「うーん、ゲームブックの方が調整も楽だしなぁ」
トレーディングカードゲームは、低品質な偽物が出回ったり、独自ルールが発展して原型がなかったりする。はっきり言うとバランス崩壊したので、もはやさじを投げている。開き直って、コレクション品だと思ってパックを売っている。
その点で言うと、ゲームブックは一人遊びも可能で、挿絵も受けがよく安定した売り上げがある。そろそろ新作を追加するなら、ゲームブックかなと思案する。
俺が今後について思考していると、ぱしりと小さな音がした。
よそ事に夢中の俺をとがめるように、見えざる手がカルタを持って行った。
俺の視点だと完全にポルターガイストだ。
「暇でしかたないなら、私が付き合ってあげますから。一人遊びみたいで痛々しいですよ」
「たしかに俺視点は一人だが、白天使視点では二人に見えているだろ。それで、大声出してどうしたんだ?」
話がそれてしまったが、白天使も用もなしに大声をあげたりはしないだろう。新作のお菓子が美味くできたという話ならほほえましいものだが、さすがにそれはなさそうだ。
「そうです、そうです、第六階層の秘境駅が発見されましたよ!」
「ああ、ありがとう。確認するか」
第六階層の開放から、すでに一月ほど経っている。
俺が頼んでおいたダンジョンの監視任務を、果たしに来てくれたようだ。
俺もダンジョン内の監視ができるとはいえ、直近の事件を知る能力は、白天使の方が上だった。統計的な数値や全体像の把握は俺が優れているので、適材適所というやつだ。
「じゃあ悪いけどシルキー、ここでいったん終わりにしてもいいか?」
返事はなかったが、小さな手の感触が俺の手にかさねられる。
たぶん了承ということだろう。
「小さい女の子に猫なで声なマスター、ちょっと気持ち悪いんですけど」
「レディーに紳士的と言ってくれないか?」
「それ以上仲良くなると、四六時中くっつかれますよ」
「俺の寝室には入らないでくれってお願いしたら、言うこと聞いてくれたし、問題ないだろ」
言い合いをしながら、部屋を移動する。
通信端末も渡してあるが、白天使が呼びに来るときは直接が多い。俺はプライバシーを考えて通信端末を使うのだが、白天使は面倒らしくお構いなしだ。
部屋を移動して、木製の長机のある大部屋におもむく。
庭に通じる障子を開けると、光沢のある長机に庭の景色が反射して、紅葉が映りこんでいた。
のんびりするわけにもいかないので、机に監視ディスプレイを設置する。
「それじゃ、第六階層を映してみるか。あいかわらず殺風景で、監視も楽できるな」
「探索者にとっては地獄でしょうね」
「そんなにか?」
第六階層は、全体の八割ほどに荒野が広がっている。
荒野ではオートマッピングがなくても迷わない程度に、枯れた草木や岩がある程度だ。こちらとしてはフィールドを作りこまずにすむので楽だった。
カラカラにひび割れた大地に、さえぎられることのない風が吹けば、砂塵が空気中に舞った。さえぎるものがない地形なので、探索者の移動と魔物の処理は、ハイスピードが基本となる。
「第六階層に人気がない理由は、隠れ場所が少ないからじゃないですか?」
「まぁ待て、それは早計だ。荒野なら奇襲も受けないし、魔物もむらがってきて稼ぎ効率がいい。障害物を多くすれば視界が悪くなるから、荒野を好む人もいるだろう」
「じゃあマスターが探索者なら、あそこへ稼ぎに行きますか?」
「絶対に嫌だ」
「作り手も嫌な狩場なんて、誰が使うんですか」
第六階層の荒野。
そこでは、死をもたらす黒犬、ブラックドッグが獲物を探していた。
体は獅子のように巨体で、目は燃える石炭のように赤く、口元からは炎が見え隠れしていた。魔女を統べる闇の女王、月女神ヘカテーの猟犬と言われている。シャーロック・ホームズシリーズの『バスカヴィル家の犬』の元ネタでもある。
また、別の場所では、朽ち果てた戦場跡に、レッドキャップの姿があった。
血染めの帽子と斧を持つ小人で、獣のような俊敏さで人を襲う。血が流れた場所や古城を好むという、邪悪な存在だ。
その他にも首無しのデュラハン、さまよえる魂のウィルオウィスプと、どれもおどろおどろしい形相をしている。それらが大量に襲い来るのだから、効率のいい狩りとして楽しめるのは、探索者の中でも一握りのようだった。
「第四階層、第五階層と狩りにコツのいる階層が続いたから、第六階層はシンプルにハックアンドスラッシュできる場所にしたかったんだが」
「それはわかりますけど、荒野が全体の八割はやりすぎたかもしれないですね」
「その分だけ残りの二割に力をそそいだから、楽しんでもらえるさ」
「監視する側の私としても、探索者の創意工夫が見られる方がおもしろかったりします」
荒野のみの環境では、配置できる魔物の種類も限られてしまう。
正面から魔物と殺し合うとスペックの競い合いになって、制圧力がなければジリ貧だ。
なので荒野以外の二割には、山岳、森、渓谷、湖などの地形を用意してある。秋らしく紅葉した広葉樹林が並んでいて、荒野との違いは一目で明らかだ。
限定的な環境に出現する魔物は強くなりがちだが、罠やアイテムを使っての連携がはまりやすい。荒野で群れを相手するよりも、強力な個体を狩る方が好きな探索者もいるだろう。
とはいえ、探索者が地形を利用できるということは、裏を返せば魔物に地形を利用されるということだ。探索者が安定した立ち回りを構築する様子を、俺も楽しみにしている。
「で、秘境駅が発見されたんだっけ?」
「そうですよ、駅弁も売ってないような場所です」
第六階層の移動手段は、鉄道だ。
鉄道や駅は安全地帯なので、魔物に襲われることもない。
山岳や沼地、森林などの特殊地形は徒歩で探らなくてはいけないとはいえ、そこにいたるまでの道のりは短縮できる。
第四階層の移動手段が外部持ち込みの馬だったことを思えば、破格の移動スピードだ。荒野で節約できたコストを費やして実装した。
荒野を行く路線は味気ないが、これが森林や山岳に差しかかると風景も見ごたえがある。急勾配の地形に作られた山岳鉄道では、カーブを描くように坂を上がり下がりするたびに、紅葉景色が切り替わる。
「しかしマスター、本当に鉄道を敷いてよかったんですか? 後戻りはできないですよ」
「第五階層では船だって出しているわけだから、いまさらだ」
外の技術水準を熟知しているわけではないが、鉱山に似たような線路設備がある程度で、鉄道は実在しない。
外でも生まれていない技術はあまり出さない主義だったが、色々と考えて公開に踏み切った。慣れによって感覚が麻痺しているのかもしれない。しかし、人類の発展には、物流の加速は必要だと判断した。
「鉄道が当たり前になるまで、どれくらいでしょうか」
「製鉄技術にもよるが、試作品は十年もすればできそうなイメージだ」
「民間利用に三十年くらいですか? 外に旅行したときに利用できたらいいですよね」
「俺はダンジョンを出られないから、一人で楽しんできてくれ」
いずれは模倣されて、間違いなく鉄道に近いものは出来上がる。動力が魔石となるか、蒸気機関になるかは知らないが、技術を隠すことは困難なので、いずれ他国にも広まるだろう。
馬車業界はつぶれるだろうし、土着文化が消えるかもしれない。闘争が広がり、格差が生まれるかもしれない。それでも、それをかき消すくらい、良い変化があればいいと思う。
「ようやく見つけた、荒野の秘境駅にたどりついているな」
「そうそう、それです」
探索者の十人組が、荒野にぽつんと存在する秘境駅で、時刻表をながめていた。
町から町へ向かう途中の、廃線になっていないのが不思議な駅だ。ダンジョンでもなければ、採算の問題で存在していないだろう。
鉄道の存在自体は、第六階層の開放からすぐに認知されていた。
ポータル直近の町には大きな駅と鉄道があり、探索者たちも興味津々だったが、利用許可が出なかったのだ。
つまり、今回の探索者十人組は、かなり運がよかった。
DPさえあれば、利用許可がなくても乗り込める秘境駅を見つけたのだから。
「最初の利用が抜け道乗車か、すっきりしないな」
「町での利用許可が出るには最低三か月で設定しましたし、こうなる気はしてました」
「探索者は抜け道探しが好きだなぁ」
「モグラに例えられるだけのことはありますね。あえて抜け道を用意しておくのも自衛になると思います」
NPC町の駅を利用するには、NPCの信用を得なければいけない。
本来は活動実績のある探索者への、移動を楽にするご褒美施設なのだ。それが一月で開放されたのだから、調査も一気に加速するだろう。
NPC好感度を無視して不正乗車を試みるものもいたが、大多数は正規のルートを探していた。こちらとしても車両や施設を破壊されると、再配置に力を使わなければならないので、やめてほしいところだ。
「探索者もひまそうにしてるけど、鉄道車両が来るまで俺たちもひまだな」
「自動販売機で娯楽品を買って持ち込めばいいのに、というのは運営側だから言える話でしょうか」
「第六階層のセーフゾーンの検証もまだ途中だからな。俺もああいう駅の待ち時間は、のんびり考えごとをして待つ派だった」
「私からすると時間がもったいないですよ。ゲームでもしませんか?」
白天使は部屋のすみにある、部屋に不似合いな筐体を指さす。
俺がお試しで作った、二人プレイのガンシューティング・ダンジョン攻略ゲームだ。第一階層から第六階層までをダイジェストで進み、銃で魔物を倒し切ればクリアだ。
これは俺の持つ能力、ダンジョンのシミュレーション機能を改造した特注品だ。
ダンジョン内部でしか動かないし、制作費もプレイ費用も高い。自分の能力の検証で作った一点物だが、白天使は気に入っているらしい。
「ここで白天使と遊ぶと、置いてきたシルキーに嫌われそうだ。茶を用意するからのんびり待とう」
「マスターはこんなに尽くしている私をあっさり捨てるんですね……。そんなにあの泥棒猫がいいのですか?」
「変なこと言うなよ」
「うるさいです」
白天使は不服だったのか、人聞きが悪いヤンデレごっこをした後、長机に両手を投げ出して突っ伏した。寿命がない種族の白天使が生き急いでいて、かつて人間だった俺がだらだらと時間を過ごそうとするのは、なんとも不思議だった。




