43 閑話 終尾の追憶(下)
「みなさん、このあたりは森に近いですし、魔物には気をつけてくださいね」
「そうだな、魔物はやっかいだよな。ククッ、ハハハ!」
「どうしたんですか、リーダー?」
「ヤオフー、お前には失望したぜ」
「はい?」
振り返ると、三人の探索者のにやけ面が見える。
その笑みには見覚えがあった、獲物を前に舌なめずりする人間の表情だ。
「ヤオフー、失敗の責任を取ってもらうか!」
「宝探しは失敗するし、ヤオフーが魔物に殺されちまうんだから、俺たちも災難だよなぁ」
「しかたねぇよ、探索者が迷宮に食われることなんて、よくあることだ」
その変化は急だったが、誰にもとまどう様子が見られないことからして、事前に話し合っていたらしい。この様子だと、宝探しが成功していても消されていただろう。近道になるからと森近くの帰路を選んだのは、これが理由らしい。
「そんな、仲間じゃないですか、考え直してください!」
「逃げるんじゃねぇ!」
こいつらは探索者ではなく、もはや強盗だ。
探索者の稼業に見切りをつけて、私を襲って身ぐるみを剥がそうというわけだ。
この迷宮は犯罪者の侵入を許さないらしいが、出ていく分には問題がない。不意打ちをしなかったのは、私の心を折ってアイテムボックスの中身を引き出すためか。
「や、やめてください。今なら聞かなかったことにします、リーダー、マルツ、リック。やめましょう」
「おいおい、それで俺たちが止まると思っているのか?」
外れの集団を引いたなとは思っていたが、ここまでだとは少し想定外だ。こんな場所で強盗するやつの末路など、誰でもわかることなのだから。
しかし私とて、同業者に襲われることを、想定していなかったわけではない。
「本当に後悔しませんね?」
「命乞いが下手なやつだな。素直に荷物を差し出すなら、悪いようにはしないぜ」
「生かして返す気ないくせに、リーダーは人が悪いなぁ!」
「早めにあきらめな、俺たちだって弱い者いじめはしたくねぇんだ」
警告はしたが、聞き入れる様子はない。
人間嫌いな私としては、雇い主の顔を立てて、我慢した方じゃないだろうか。
ダンジョンの正当防衛の判定はかなりいい加減で、よほどの過剰防衛でも罰則はない。目撃者もいないのだから、ここで返り討ちにすればいいだけだ。
「ならば、覚悟を決めるしかないな」
偽装を解く。線の細い男に見えていただろう俺の体は、女のものになる。
砂のような金髪に琥珀色の目、そして頭頂部にもある獣の耳があらわになる。
「ヤオフー! てめぇ異人だったのか!」
「ヤオフーという名ではないが、異人ではあるとも」
本名を捨てて生きてきて、いまさら名前にこだわりはないが、外道に呼ばれると嬉しくないものだ。
「耳も尻尾も残っているな。高く売れるぞ、リーダー」
「へへ、ひょろいやつだと思ってたが、まさか女だったとは」
「こいつ、どうやって迷宮に? お前ら、油断するな。殺す気でいくぞ」
リーダーは混乱しながらも、さすがに警戒を見せている。
わざわざ正体を晒したのは、殺害予告であると気づいたらしい。
しかし、残りの二人は私を脅威を認識していない。異人との争いも遠く、平和の中に育った世代らしい。私は異人としては肉体が弱い部類だが、それでも人間ほど弱くはない。
「お前たち、私ではなく周辺を警戒した方がいいのではないか? もっとも、手遅れなのだが」
「はぁ、なにいってんだ?」
「お前たちは、魔物に食われて死んでいけ」
異人の中には、特殊な能力を持つものがいる。
私は音の波の操作と、自分を偽ることが得意だった。
つまり魔物の行動を操作して、いざその時に彼らにぶつけるくらいは簡単にできた。
「リーダー、魔物が森から大量に来てる!」
「多すぎる、逃げないと」
「まさか、俺たちを道連れにするつもりか、ヤオフー!」
「いや、獲物になるのはお前たちだけだよ」
この第四階層の魔物の索敵では、私を捉えられないのは検証済みだ。
俊敏さが自慢のウサギの魔物だが、私の意識の間隙に入り込む異能は強力だ。
「まて、俺が悪かった! 見返りは用意する、許してくれ!」
「リーダー! 何言ってるんだよ!」
「お前らは状況がわからないのか!」
もうどうしようもない瀬戸際なのに、いやだからこそか、仲間内で争いまで始める始末だ。先ほどまでは少なく見える程度だった魔物は、今では視界内を埋め尽くしていた。
鋭い爪と移動速度まで備えたウサギの大群は、興奮状態にある。森に響き渡る耳障りな音の発生源を、始末するためにきたのだ。
ここまでの群れは、魔術や異界品でもないと対処不能だ。セーフゾーンの道に逃げ込んだとしても、一度興奮状態になった魔物は追撃をやめない。
「ああああぁぁ、やめろやめろくるな!」
「金なら払う! 何でも用意す」
断末魔を背後に、さっさと立ち去る。
彼には帰還のスクロールのような貴重品はない、それも確認済みだ。食う側であると自認して、食われる可能性を考えられない人間が、この世になんと多いことか。
「うーむ、結局は一人行動が正解だったか。思えば長い期間、人間の集団に潜伏した経験はなかったな」
迷宮に来て早々、いきなり人殺しをしてしまった。
雇い主も私が聖人などとは思っていないだろうが、お怒りになるだろう。
「せっかくなら、全部調べてから帰るかの」
時間をかけて道を戻り、寂れた町に戻る。
私の勘は、まだ何かあるとささやいていた。
◆◆◆
「おねぇちゃん、ひさしぶり。どうしたの?」
「ああ、この前は私の連れが悪かったな。少し気になることがあって、帰ってきた」
裏路地に足を運ぶと、先日に食料をやった兄妹が近づいてくる。
私をおねえちゃんと呼ぶこの兄妹には、私が女だとわかるようだ。妖精の作った人形には、私の能力も通用しないらしい。
「気になることって、なに? この町にはなにもないよ?」
「まぁまぁ、ほら、食料をやるから、仲良くお食べ」
「わーい!」
意味がないと知りながらも、またしても食料をやる。そうして渡した食料は、服の中に隠されて、あっという間にどこかへと消えた。
人間は嫌いだが、邪気のない子どもの姿は悪くはない。食べる姿をのんびりながめてもよかったが、終わったなら本題に入ってもいいだろう。
兄妹のすぐ近くにもある、気がかりだったものについて尋ねる。
「お前たちは、この壁のレリーフが何か知っているか?」
「それは神様の通り道なんだってさ」
「どういうことだ?」
「あっ、これは言っちゃダメなんだ。おねえちゃん、誰にも秘密にしてね!」
兄妹はかわいらしくあわてて、裏路地を駆けていった。
もっと話を聞きたかったが、あれ以上を問い詰めても無駄だろう。
ここの町の人形はどれもよそ者への警戒心が高く、言葉数が少ないのだ。多少なりとも好意的なのは、あの兄妹くらいだった。
「神様ねぇ……、調べてみるか」
レリーフの場所を地図で繋げれば渦巻になり、中心の空き家には空の宝箱があった。
普通に考えるなら、レリーフは宝箱の目印に用意されたもので、もう意味のないものだ。
しかし、ここは作り物の町だが、道理というものがある。住民は決められた言動をするばかりだが、とっぴなことは何もない平凡な生活をしている。あの模様だけが、説明もなくこの町から浮いていた。
レリーフが示していたものは、本当に財宝なのだろうか。
もしもあの宝箱に、中身など最初から存在しなかったとしたら、どうだろう。
二重底のように、財産の一部を発見させて満足させる防衛手段は存在する。わざとらしい宝箱と空き家、見られたくない本命を隠すためのようにも思えた。
「建物には何もないとすると、庭か」
庭はただの空地だが、よくよく他所と比較すると、やや盛り土になっている。
確認がてら足で砂を掃きながら、感触を確かめると、反応が違う場所が一点あった。
ためしに掘ってみると、埋められた古井戸のようなものが姿を現した。
板切れで塞いで、上に土をかけていたらしい。
「これだな」
住民によって隠されていたものは、この井戸らしい。井戸の中には水はなく、かといって空井戸になっているわけでもない。それはエントランスホールの階層への道と同様で、別の空間へと繋がっていた。
「飛ばされた先で、さて、何が出てくるか」
ここで引くのも、ちまちまと安全策を用意するのも性に合わない。
苦難を乗り越える自負はあるし、判断は早いほどいい。
心のおもむくままに、思い切って飛び込んだ。
◆◆◆
周囲を霞がおおっていて、足元には石畳が広がっている。
視界がひらけた正面には、百メートルほどの小さな山と、頂上まで続く階段があった。霞の中の捜索をすることも考えたが、素直に石の階段を行く。
階段は百を超えてからは数えていないが、登り切った先には、町で見たレリーフと同じ巨大な門があった。そして、その手前には人影もあった。
「ようこそおいでくださいました、ひさかたぶりの参拝者でございますね」
「お前は、ここの人形か。この地はどういう場所なのだ?」
「わたくしはコノハ、ここは形なき神を祀る神殿にございます。争いを持ち込まないものならば、歓迎いたします」
「くかか、探索者はどいつもこいつも乱暴で、すねに傷があると思うが」
「うふふ、もののふとて、やすらぎが必要なこともありましょう」
白と赤の衣装を着た人形は、濡羽色の長髪をなびかせて、優美に笑うばかりだった。さながら桃源郷といった様子で、邪教というには清浄な空気だ。
「あのレリーフは、この門を指していたのか」
「ええ、鳥居を越えて、こちらへとどうぞ」
「私は神など信じておらぬ」
「それもよくあることです」
宗教上の禁忌も何もわからないが、口うるさく何かを強制する様子もないし、多少見て回るくらいなら問題なさそうだ。
朱色の大きな門を通り抜けると、左手に手洗い場、右手に休憩所のような建物がある。石畳の続くはるか奥には、木造の巨大建物がある。
そして、それら以外の場所には、花咲く巨木がいたるところに植えられていた。
その花は散り続けていて、石畳や砂地を淡く染めていた。
そっと髪にからんだ花びらを手に取ると、あっけなく崩れて消えた。
もう少し形がもつなら地上で売れるかもしれないが、これなら現地で見て楽しむくらいしかなさそうだ。
休憩所の長椅子に座って、浅紅色の花吹雪をぼんやり見ていた。後ろから、人形が近づいてきたのを感じる。
「この花木は美しいな」
「異国の民に好かれた観賞樹でございます」
「私は様々な国をめぐったが、心当たりはないな。地上に持っていけば、人気になるだろう」
「この地にしか馴染まない木ですから、お分けすることはできません」
自分の故郷の実家にも、大事にされていた木があったなと気づく。どうせあの木も失われただろうが、どのような木だっただろうか。
あれは妹が気に入っていたから、よく一緒に見て、日々ありふれたことで笑いあったはずだ。どうして思い出せなくなってしまったのだろうか。
「私としては残念だが、あるべき場所にあるのが幸せというものだな」
「ご理解いただけて、なりよりでございます」
「私のように、故郷と家族を失ってはぬけがらになるだけだ」
「まっ、なげやりなことをおっしゃるのね」
コノハは人形でありながらも、柔軟な返答をするものだと感心する。あらあらと口元に手をやるしぐさは、どうみても人間のようだった。
本来の居場所を失うのは辛いことだ。
人間に売り飛ばされた兄弟姉妹は、末路も知らないままだ。思い出せないことは悲しくなかったが、すり切れた心の空白を強く感じた。
笑顔も記憶も、とうに過去に置き去りにされていた。両親がどうなったかは知らない、まともに亡くなっていたらいいが、おぞましい実験にでも使われたかもしれない。我ら一族は、人間にも異人種にも居場所がなかったのだ。
「コノハ、しばらくここで、花を見ていてもいいか?」
「はい、望みのままに」
迷宮の中なのに、なんだか気が抜けてしまった。今襲われれば、ここで死んでしまうかもしれない。それでも構わないかと思う。
ありもしない、あきらめ半分の希望にすがって生きる自分は滑稽だ。
自分の家族が、どこかで生きているかもしれないなんて。
雇い主は私の妹の情報を取引材料にしてきたが、本当に居場所を知っているかは不明だ。知っていたとしても、素直にこちらに教えるかも、わからない。
花びらが雨のように降りそそいで、私の体と視界を染めていく。
どうにもならない感傷も、景色の中で埋もれていくようだった。
「長居してしまったな。コノハ、いないのか?」
ふと途中で意識が戻ったが、後ろにいたはずのコノハはどこにもいない。
代わりに、長椅子のとなりに蓋がされた飲み物が置かれていた。
気配もなくひそかに、お茶を差し入れていたようだ。白磁に花びらの絵付けをした湯飲み茶碗は、ひかえめな美があった。
死んだように動かない自分に、人形さえも気をつかったのだろうか。そんなことにも気づかないくらい、自分は腑抜けていたらしい。
温かかっただろうそれは、とうに冷えていたが、なんとなく心をなごませた。
そっと茶に口をつけながら、茶碗の敷物が箱であることに気づく。
箱には望みのままにと達筆に書かれた手紙、半透明な布と銅鏡、その説明書が入っていた。
月兎の羽衣
半透明の生地に月の兎があしらわれた羽衣型の異界品。
浮遊と帯同の効果があり、全力で走ったとしても邪魔になることはない。
着用者に俊敏と空中疾駆の能力をもたらす。
アメノミナカヌシの銅鏡
失せ物探しの力を秘めている古い銅鏡型の異界品。
持ち主が心から望むもののを読み取り、それが存在するものであれば姿を映す。
「妖精の贈り物というやつか。これまで無神論者だったが、改宗してもいいかもしれんな」
異能を使って、羽衣と銅鏡をふところに隠した。
この機会をくれた雇い主には悪いが、大人しく迷宮探索の異界品をくれてやることもない。特に、この銅鏡だけは渡すわけにはいかない。
「そうか、妹はまだ生きていたか」
生きてきて、これほど晴れやかな心になったのはいつ以来だろう。
鏡の表面には、豪邸の一室にたたずむ、いささか大人びた妹の姿があった。
私は最後の生き残りではなかったのだ。
「第四階層でNPCが好き勝手動いたみたいなんだが、バグか?」
「操り人形にされてますね。マスターも妖精の厄介さを実感してきたでしょ」




