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42 閑話 終尾の追憶(上)

「化け狐だな?」


「人違いではないか? 俺は家族思いの平凡な青年で──」


「言葉選びには気をつけろ、化け狐」


「こわいな、刃物を持ち出さないでくれよ」


 旅の途中、深い森の中でのことだった。

 見事に景色に溶け込んでいた男が、目の前にあらわれた。


 狙われていたことは気づいていたが、追手を()いたと思わせてのこれである。獣狩りのごとく人海戦術を使いつつ、先読みして待ち伏せていたらしい。


 さて、どうするべきか?

 自分の目に見えているのは一人だが、かすかに複数の人間の臭いがある。

 (あご)に片手を当てて考えるが、すでに包囲されていて逃げられそうになかった。


 数か月を犯罪者ひとりの追跡に(つい)やす、これは小規模な組織のできることではない。

 これまで細々と命をつないできたが、ここが自分の死地かもしれない。



「投降するなら命は奪わない、化け狐に任せたい仕事がある」


「信じられる要素がないとは思わんか?」


「成果を上げれば、お前の追い求める()()を渡そう」


「ふむ…………、くわしく聞きたいところだ」


 そんなこんなで、貴族の犬ならぬ、貴族の狐として取り立てられた。

 最後に一花咲かせてやろうと思ったが、どうやらスカウトだったらしい。


 自分のような異人種は、場合によっては人間に重宝(ちょうほう)された。


 そうはいっても一時的な傭兵扱いとなり、土地に根付くことはない。差別の問題もあるが、生来の土地から離れれば、長生きはできないのだ。それゆえ人の世に生きる異人種は少ないが、どこにでも居場所がないものもいる。


 そうして自分は、妖精迷宮とやらに放り込まれたのだった。




◆◆◆




「なぜ魔物の穴倉なんぞに、この俺が来なくてはならんのだ……」


 要人の暗殺でも任されるかと思ったが、何を思ったか迷宮である。

 警備をごまかして()()()()()()()()()()、などと、命知らずなことだ。


 まぁ失敗したら死ぬのは自分で、雇い主様は知らぬ存ぜぬを通すのだろう。

 どんな人種だろうが、上に立つものは自分勝手で、忌々(いまいま)しい話だ。


 迷宮に入った経験は幼少期以来だが、なるほど、いるだけで活力が()いてくるようだ。

 最初は自由のない使い捨ての作戦に消費されると思っていたが、意外と放任主義である。



「あいつらは、本当に俺の求める情報を持っているのか? 詐欺だったら許さんぞ」


 持ち出した異界品の質と数で報酬を決めるというが、出し(しぶ)られる未来しか見えない。

 俺の事情を知っているからといって、いつまでも俺を縛れるとでも思っているのだろうか? しかし、貴族の情報網ならあるいはと期待してしまうことも、くやしいが事実だった。



「ヤオフー、遅れるなよ! こんな場所はさっさと出たいんだからな」


「はーい、ヤオフー、今行きます!」


 探索者一人だと、人に擬態(ぎたい)しても目立つ。

 どこかの集団を(だま)して、都合よく使い捨てるのがよかった。


 ヤオフーという偽名を使い、平凡な容姿と戦闘能力、地図作りの要員として入り込んだ。荷物持ちもかねて、アイテムボックスも小型のものを用意した。


 いつまで迷宮に出入りするかわからないので、慎重に、動きやすいように加減は必要だった。平凡が過ぎれば、それはそれで疑いの要素となるかもしれないが、こいつらは気づくこともないだろう。


「しかし、こんな場所を調べたってなんもないだろ。貧民街にガラクタ人形がいるだけじゃねぇか」


「いやー、こういうところが実は穴場だったりするものですよ、リーダー!」


「ちっ、お前の意見を無視して、もっとデカい町にいけばよかったか」


「そんなこと言わずに、何か見つけたら分け前ははずんでくださいって」


 低層でくすぶっていた探索者たち三人が、第四階層に挑むということで飛び入り参加した。現在は二人ずつに分かれて、俺はリーダーと組んで、町の調査をしている。


 彼らは魔物との戦闘を好むわけでもなく、安全地帯の町を調べて、幸運が落ちていることを期待していた。横柄(おうへい)な態度とは裏腹(うらはら)に、実に臆病(おくびょう)なやつらだ。


「リーダー、このきたない壁を見てくださいよ。妖精はなにを思って、こんな町を作ったんでしょうか」


「あんまりぐだぐだいってると、お前も壁のシミにするぞ」


「へへへ、こわいこと言わないでくださいよ」


「ふん」


 調べつくされた人形の町にそんな幸運が落ちているとは思えないが、とりあえず可能性があるとしたら、近寄りがたい場所だ。


 俺は地図士として、人気がなく(さび)れた町を調べることを進言(しんげん)した。建物はどれも古びて天井が崩れ落ちそうで、廃墟のような薄暗い雰囲気に探索者も寄り付かない。


 一時期の第四階層では、人形から報酬をもらうのが流行りになっていた。

 目ぼしいものはもう見つかったのではないかと思われているが、条件は無数にあるので見逃しがあっても不思議ではない。


 とはいえ、往々(おうおう)にして金の流れがありそうなところほど、美味い話がある。こういう僻地(へきち)の町は、旨味(うまみ)もないので放置されがちだった。



「この裏路地に行きましょう、何かありそうです」


「きたねぇな、クツと服が汚れるぞ」


 たしかに散らばったゴミ、木くずやがれき、すす汚れもあり通りたい道ではない。だが優れた聴覚を利用して、隠れた住民を見つけていた。嫌がるリーダーを無視して、そこまで先導していく。


「見てください、子どもがいますよ!」


「あ? ガキに食い物をあたえたって、何一つ見返りがないぞ」


「そうなんですか? とりあえずためしてみてもいいっすか?」


「勝手にしろ」


 使い古された薄い布切れを身にまとって、寄り添って空腹に耐える幼い兄妹。頼るものもない孤児が、餓死寸前というところだ。声をかけてもおびえて反応しないが、食べ物を見せると明るい顔をする。


「もしよかったら、これ食べるかい?」


「ありがとう、おねぇちゃん!」


「線は細いけど、俺はおにいちゃんだよ」


「ありがとう、おねぇちゃん!」


 アイテムボックスから保存食料を取り出し、二つを兄妹に渡した。渡した食べ物をふところに隠してなでると、その(ふく)らみはパッとどこかへと消えた。要求するものが何であろうと、彼らはそうして消すのだ。


 人形の彼らが望むことは様々だが、彼らに渡したものは、取り戻すことはできないという。奇妙な話だが、これが彼らの食事方法らしい。



「はは、ヤオフー、お前ひょろいから女だと馬鹿にされてるじゃねーか」


「いやー、筋肉がなかなかつかないんですよね」


「情けないやつだな。おいガキ、食い物のかわりになんかよこせよ」


「ありがとう、おにいちゃん!」


 リーダーが食料を出したわけでもないのに、なぜだか偉そうだ。人形の反応は変わらず、もうこれ以上の話は聞けそうにない。たかが食料くらいなら、目くじらを立てるほどのことでもないだろう。


「感謝するなら、何か用意するくらいしたらどうなんだ」


「ありがとう、おにいちゃん!」


 しばらく待ってはみたが、本当にお礼の言葉以外の何もないらしい。

 助けても何もないことを確認すると、リーダーは舌打ちとともに、子どもを()った。


「いたい!」


「やっぱり外れかよクソ、壊れた人形め」


 暴力を受けた兄妹は、脱兎(だっと)のごとく裏路地を走って逃げた。弱った体とは思えない速さだった。


 蹴り飛ばすのは悪趣味だとは思うが、その存在はたしかになんとも気味が悪かった。自分の優れた感覚が、あれは幻影のたぐいだと教えていた。人間も本能的に感じるものがあるのか、彼らは人でなしとして雑に扱われることもあった。


 迷宮が作り上げたあれらを、なんとかして模倣(もほう)できないかと、実験が行われているという眉唾(まゆつば)な話もあるくらいだ。



「別行動のリックとマルツと合流するぞ」


「はい、リーダー」


 人形を壊すと罰則のように住民全体の好感度が低下し、不都合が生じるらしい。しかし多少の暴力なら、問題はないと検証されていた。人形が苛立(いらだ)ちのはけ口にされることは、ままあるらしかった。


 私は一連の流れを黙って見ていたし、人間を()した人形がどうなろうが知ったことではない。最後に少しだけ振り返ったのは、ただの気まぐれだ。


 さきほどまで兄妹が座り込んでいた場所には、もう誰もいない。

 小さな背中を預けていた壁に、簡素なレリーフが(きざ)まれていたのが見えただけだった。



◆◆◆



「リーダー、そろそろ拠点を別の町に変えましょうぜ。ひとまわりしたが、ここにはなにもない」


「まぁ待ってくださいよ、マルツさん。もう一回確認したいところがありまして」


「俺もマルツの意見に賛成するぞ、リーダー」


「リックさんもそう言わずに、成果は出しますから。このレリーフを調べれば、きっとなにかありますよ」


 これまで四日ほど弱い魔物を狩りながら、寂れた町を探索してきた。

 その中で俺が目をつけたのは、町の建物に()られたレリーフだ。


 がれきや汚れに隠れるその模様の位置を、マッピングして線で繋げると、綺麗な渦巻になった。この中心を改めて調べてみたい。



「ヤオフー、お前に機会をあたえるのは今日が最後だ。何もなかったらお前の取り分は減らすからな」


「はい、リーダー」


 (しぶ)い顔をされたものの、どうにか要望が通ったようだ。

 正直こんなやつらと一緒にいても損するだけなので、報酬がないのはどうでもいい。


 彼らに見切りをつけているので、パーティーのために熱心に迷宮を探索する意味もない。ただ、一度離れれば、この町に来ることは二度とないだろう。そうなると、気がかりなことを放置したままというのは、気持ちが悪かった。


 渦巻の中心へと足を運ぶと、一軒(いっけん)の空き家があった。事前に軽く調べていたが、何もない庭があるくらいで、特に目ぼしいものもない場所だ。


 しかし、最初から疑いの目を持てば、違うものも見えた。



「ヤオフー、本当にここか? まともな家具もないような家だぞ」


「外観と内部の空間に食い違いがあります。ここに隠し部屋があるかもしれません」


「オラッ、おおっ、部屋があるな! マルツ、リック! こっちだ、壁を壊すぞ!」


 リーダーは話を聞くや、家の壁を蹴破った。痛んだ木の板は探索者三人の力に耐えきれず、あっけなく壊れて粒子に(かえ)った。


 そして、隠し部屋には、たしかに宝箱が設置されていた。

 赤と金の装飾がなされていて、見るからに大事なものを隠しているぞと主張していた。



「よっしゃ! これは、当たりだろ!」


「いや、宝箱はあるが、からっぽだ。クソッタレ、外装からして、かなりのものが入ってたはずなのに!」


「見つけたことを黙っていたやつがいるな! 無駄足を踏ませやがって!」


 彼らは喜び(いさ)んで宝箱を開けたが、その中身は存在しなかった。

 空になったままの宝箱を見れば、何があったかはわかる。


 三人の探索者が次々に悪態(あくたい)をつく。大金を得たかと思えば、それが幻だったのだから、仕方ないことだろう。ここは誰かが先に発見した場所だったのだ。迷宮の時間経過による原状復帰で、隠し部屋が再び()まっていたのだろう。


「あちゃあ、もう少し早く見つけられていたらと思うと、残念ですね」


 未発見の古代墳墓(ふんぼ)を見つけたと思えば、先に盗掘(とうくつ)されていたといった感じのありさまだ。


 宝箱は再出現する場所もあれば、一度きりの場合もある。ここは安全地帯ということもあって、一度だけのご褒美だったのかもしれない。


 発見したという情報だけでも、売却(ばいきゃく)すればはした金にはなるはずだ。しかし、情報を公開せずに隠し持つことで、利益を得たり他者の足を引っ張るというのも、一つの戦略ではあるのだろう。


「さっさと地上に帰るぞ、今回の探索は終了だ」


「了解、リーダー」


「運がわりいな、大金になると思ったのによ」


 空の宝箱が本物ならそれ自体もお宝だが、地上に持ち出しても消えるだけだ。リーダーは恨みをこめて宝箱を蹴りつけると、建物を離れだした。もうこんな町は用済みということらしい。


「リーダー、宝箱が空だったことは残念ですが、まだここには気になることが」


「ヤオフー、二度言わせるな」


 生来(せいらい)の好奇心で、調べ足りないことがあると気になってしまうのだが、彼らはそれを許してくれないようだ。散々に怒鳴り散らすかと思ったが、不気味なほどに彼らの切り替えは早かった。もっとも、その理由は撤退中にすぐにわかることになった。

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