41 第五階層攻略と蛮勇
「いよいよセイレーン戦ですね!」
「NPCの人魚がヒントをくれるから、まぁセイレーンの発見も早いよな」
「ふふ、海底が永遠にクリアされない、なんてことがなくてよかったです」
「さすがに手間取るようなら、国が賞金を上乗せしてクリアにくるだろ」
ここは資源化されたダンジョンなので、人々にダンジョンコアまで砕くつもりはなさそうだ。しかし、先に進むほどに要素が追加されるので、誰もが攻略の停滞を望まない。その先にあるものを目指して、命知らずな探索者たちが海底を歩いていた。
「探索者はわりと筋肉質だけど、今回はひときわゴツイ集団だなぁ」
「海底は大型の魔物が多いですし、重武装と体格が求められるのでしょう」
探索者八名のうち、二名の魔術士を除き、中世の騎士のような格好だ。体格に合わせて調整されたすきまのない金属鎧は、それだけでひと財産のはずだ。
視界がせばまっているだろうが、海底は見渡しがよく、魔物も大型なので大丈夫なのだろう。位置取りが大切で身軽な魔術士も、胸と頭だけはしっかりと保護していた。
「海に沈んだ建築物っていいですよね。現実だと貝や海藻におおわれて、きれいには見えなさそうですけど」
「俺はありだと思う、いかにも古代遺跡って感じで面白いじゃないか」
「そうですか? 古びたものをありがたがる感性はいまいちわかりません」
「人間ははるかな時の流れに感じ入るものなんだよ」
第五階層の海底の奥にあったのは、竜宮城のようにみやびやかな建築だった。
海の底にあるにもかかわらず、その外観は地上の城のようだった。
屋根は二枚貝の貝殻をかさねて作られており、白亜の壁面の装飾には、真珠とサンゴが用いられていた。門はあれど門番はおらず、施錠もされていないために、探索者たちはそのまま玄関まで到達した。
探索者たちが建物内部に侵入すると、高い天井と広い通路、そして美術品オブジェクトの飾り棚が続いていた。探索者たちはおそるおそる触ったり観察したりしたが、うかつに回収したりはしなかった。
「そろそろセイレーンによる音声案内が流れるころか。魔物の細かい制御ができれば直接案内させたのに」
「セイレーンが人語をあやつると思わせる演出は、よくないと思いますけど。知性ある魔物なんて存在しないんですから」
「でも人語を使う魔物って、強敵感があって最高じゃないか?」
「探索者の殺意がにぶりますよ」
探索者たちの耳に、どこからともなくゆったりとした拍手の音が響いた。
遠路はるばるご苦労と侵入者を出迎えたその声の主は、セイレーンだった。
探索者は周囲を警戒するが、その姿は見えない。
セイレーンは船を沈めては物資を強奪して、己の欲望を満たしていた。
飾られた品をその成果物として、自慢げに語る。探索者は警戒を深めたが、セイレーンは姿を見せないまま、探索者を案内しながら交渉を始めた。
人魚や王国からの報酬は、命をかけるだけの価値が保証されているのか?
危険な戦闘を任せきりの人魚を信用できるのか?
依頼を放棄して縁を切るなら、自分との取引をさせてやろうと語る。
「彼らはセイレーンの討伐と取引、どっちを選ぶかな」
「魔物は討伐する以外の選択肢は出てこないと思います」
「でも人魚を信じる理由もないし、魔物もNPCも大差ないだろ?」
「NPCから評判の悪いセイレーンよりは、人魚の方が信頼できるでしょう」
実際にセイレーンとは交渉可能で、アイテムガチャを低DP消費でおこなえる。居城まで足を運ぶ必要はあり、期間による回数制限もあるが、海底を狩場にするならお得だ。
しかし、人魚とは関われなくなり、海底に行くためにはセイレーンの手助けが必要となる。そのセイレーンを裏切って討伐すると、海底に二度と立ち入れなくなる。
「ふっふっふ、こういうのは、悪そうな選択肢の方が実利があるものなんだよ」
「あ、取引を断りました」
「なに? そっちを選ぶのか……」
「ほら、やっぱり!」
別に賭けてたわけじゃないが、白天使はご満悦だ。
取引を持ち掛けられた探索者たちだが、うなづくことはなかった。探索者には質問したいことがあるようだったが、セイレーンは問答は無用と遠隔会話を打ち切った。
厳密には魔物のセイレーンが会話しているわけではなく、こちらがギミックとして用意しているだけだが、探索者には知るよしもない。仲間との相談をしていたが、覚悟を決めて奥へと歩みを進めた。
「さて、ボス部屋についたか」
「討伐は成功しますかねぇ」
館の主のための謁見部屋にて、セイレーンが待ち構えていた。
まるで海の女王とでもいうかのように、銛のような長い三叉槍を持ち、けわしい表情で探索者たちを睥睨した。
見た目は優美な人魚だったが、そのどう猛さは魔物だった。口を開いたその歯はサメのごとく鋭く、金属さえも噛み砕き、折れても生え変わって人を傷つける。魚のようにするりと泳いで探索者に接近すると、あいさつ代わりに槍を振り回した。
「あー、会話をこころみているな」
「魔物に理性はないのに、ギミックでマスターがしゃべらせるからですよ」
「うっ、わかったよ、次からやらないようにする。NPCとまぎらわしすぎたな」
「人型に近すぎる魔物はやめておきましょう。やっぱり時代はグソクムシの王国です!」
「それよろこぶのは白天使だけだろ」
探索者たちはダンジョンの情報が得られまいかと対話を試みるが、魔物は容赦しない。セイレーンは海水を操ると、目くらましに探索者にぶつけた。探索者たちは暴風のような水流に、対処が遅れてしまった。
「セイレーンの水魔術に押されてるな」
「探索者は異界法則で守られていますから、弱い風魔術を受けているようなものですけどね」
第五階層の海底では、探索者は海水に満たされていながら、水魔術を使えない。
海底の法則で、探索者には海水が大気として適応されるからだ。探索者は青に色づいた大気の中で活動しているも同然なので、魔術がエラーで不発になる。
一方で、魔物にはその法則が当てはまらないので、水の操作という異能を行使できる。水に潜む魔物が、水を操る能力を持てば強力だ。
しかし、探索者は海底の法則に守られている。水という質量のある液体が、探索者には大気に変換されてしまうからだ。セイレーンの水魔術は、いわば弱体化した風魔術のようなものだ。
とはいえ、砂粒や研磨剤が混じっていないとはいえ、探索者も対応に苦慮する。直接受ければ体勢が崩れるし、顔を守れば視界もふさがれてしまう。
「これはまずい」
「セイレーンに先手をゆずるからこうなるんです」
隙を突かれてセイレーンの武器を受けた一人が、片ひざをついた。
その探索者に向けて追撃が行われて、彼は腹と足に重傷を負った。出血が海中に溶けることなく海底にだくだくと流れ、血だまりを作った。治癒のスクロールがなければ、再起不能になるレベルだった。
そんな仲間が出ても、探索者たちの動きには動揺はなかった。乱れた動きこそが、自分たちを死へと追いやると理解していた。注意をそらすべく果敢に攻め立てる。
血みどろの探索者はふるえる手で治癒のスクロールを起動するが、重傷を負えば感覚も狂う。戦いが決着するまでに、万全な状態で戦線復帰するのは難しいだろう。
「ひとりがさっそく脱落ですね。それでも人魚が用意したナイフはセイレーンに特攻武器ですし、突破も可能だと思います」
「まだセイレーンは様子見だし、このまま撤退も判断としてはありだろう」
「探索にかかるコストを考えれば、撤退も命をけずる判断ですよ。ある程度はねばらないと、雇い主に軽視されかねません」
「せっかく治癒と帰還の魔術スクロールがあるのに、命を賭けるのは悪手だと思うけどな」
嫌な色の血が流れている。きっと臓器や太い血管が傷ついているのだろう。
いつだかの記憶のように、ああなると普通の人間はもう助からない。あれは第二階層でのことだっただろうか。記憶はあいまいだが、その空白が俺に痛みを教えていた。
「マスター、お茶のおかわりいれてきてくれませんか?」
「なら、二番茶になるがお湯を──」
「私は、バタフライピーがいいです!」
「あぁ、海のような茶だから、このタイミングにはふさわしいか。すこし時間もかかるぞ」
「私はアイスラテで、早めにお願いします。一部の港町でも売り出してみましょうよ!」
バタフライピーはまるで海のような、澄んだ青色のお茶だ。そのままでも綺麗だが、レモンを絞ると紫に変わるお茶としても有名だ。
同じく色が変化するものとして、夜明けのハーブティーと言われるマロウブルーは水色からピンクに変わる。日本茶でも同様のものが開発されており、サンルージュは緑から赤に変わる。これらはアントシアニンとクエン酸の化学反応によるものだ。
不可思議なものは人の心をひきつけるので、魔術士ごっこのお茶として人気になりそうだ。そんな現実逃避をしながら、俺はボス戦がつつがなく成功していますようにと祈った。
◆◆◆
「お待たせ」
「マスター、もうクライマックスですよ」
「うわ、探索者がボロボロじゃないか!」
「セイレーンもかなり負傷していますから、総崩れする前に押し切れると思います」
俺がお茶を準備している間に、探索者八名のうち、四名が行動不能になっていた。
二名は重症から回復中で、身を守るだけで精一杯だ。残る二名はセイレーンの異能で無力化されていた。
セイレーンは泡を飛ばして、確保したものを無力化する異能を所持している。それは探索者を海底へと運んできた人魚の手口と同じもので、外側からも内側からも破壊困難だった。
「戦力が半減しているが、イベントアイテムのナイフで火力は足りているのか」
「今回はギリギリで勝ちそうですよ」
前衛が三、魔術士が一の四名が、今でも戦闘を継続していた。帰還スクロールを使えば一瞬で帰れるはずだが、勝利をあきらめていないらしい。
「ああ本当だ、って無防備すぎてこわいぞ」
「カウンターねらいでしょう」
セイレーンの尾びれはちぎれていて、動きは鈍っていた。三叉槍で探索者を貫いたが、その隙に懐に入り込まれて、胸にナイフを突きたてられた。
ナイフが胸に刺さると、セイレーンの体はぐったりと力を失った。魂なき魔物は海底にて光の粒子となり、海流にさらわれて海上へと昇って行った。
最期の場所には、鳩の血の色の魔石が落ちていた。
「治癒スクロールを使いまくりで、あれじゃ赤字になるような……」
「クリアできればそれでよかったんでしょう。素早いセイレーンに、大型の魔物に特化した編成で勝つには、あれしかないです」
「使われないで死なれるよりはいいけど、回復のごり押しでクリアされても」
「マスターは魔術スクロールをたくさん使ってもらった方が、儲かるじゃないですか」
セイレーンの最後の一撃を受けた一人が特に重症で、治癒スクロールは反応しているが、意識が戻っていない。治癒スクロールは脳の負傷以外は元に戻すが、外傷性ショック死に対応できるわけではない。そもそも治療が必要な事態は避けてほしいものだ。
「お茶用意したのに、飲む前に終わっちゃいましたね」
「まぁ討伐が成功したなら、それに勝ることはない」
「せっかくですし、乾杯しましょうか!」
「ああ」
透明なグラスをあわせて、かちりと音が響く。
第五階層の海底は広く、探索者が調べ上げたのはほんの一部だ。特殊な地形や沈没船、魔物や宝箱も豊富なので、後続も探索を楽しめるだろう。
「ところで、このバタフライピーのラテって、いつ混ぜればいいんです? 青と白のきれいな色バランスを壊したくないんですけど」
「いや、好きにしろよ」
カメラもないので、白天使は目で覚えようと必死だった。しかし一度口にすると開き直ったようで、飲み干すのも早かった。
『第五階層《人魚住まう絶海群島》の攻略を確認しました』
『クリア報酬として、探索者カードを実装しました』
『第六階層《眠るいばらのハロウィン》開放権限を自動販売機に追加いたします』




