40 海底世界と沈没船
「うーん、第五階層の海底は、いまいち探索者が増えていない気がするな」
「人間の生きる環境ではないですから、本能が拒否しているんでしょう」
「まぁ水に溺れるかどうかはダンジョン次第だし、生きた心地はしないか」
「面白がっている人もいますし、そのうち人も増えますよ。人は慣れる生き物ですから!」
第五階層には、島と海の二面性がある。
広大な海底には別世界と魔物が待ち構えていた。
記録によれば、水中、空中、高山、などの過酷環境にはダンジョンが発生しないらしい。いざ水中にダンジョンができてしまえば、肺呼吸の人間には手出しできない。水中に適応する人種もいるというが、絶対数は少ないだろう。
もしも海の中にダンジョンができていれば、あふれた魔物が海を荒らして、人間が海を利用することもなかっただろう。そう考えると、ダンジョンの発生や仕組みには謎が多いが、人間に配慮した面もあるように思う。
「海の魔物は速いけど、動きがパターン化されてて狩りやすいし、人気が出たらいいんだが」
「海の魔物って本当に作れるものなんですね、衝撃的でしたよ」
「人類への攻撃性はどうやっても取り除けないが、多少は改造できるようになったぞ」
「そういう仕組みなんですねぇ」
魔物の種類には悩んだが、結局は自分で作ることになった。これまでは既存の魔物をアレンジしていたが、NPCを生み出した経験から、デザインそのものから作業を開始した。
魔物の人類排除の行動原理をいじらなければ、魔物の姿形を変えることは難しくなかった。人への加害行為がプライマリーなことにおかしさはあるが、その疑問を解決するほどの情報は手元にない。
「シーサーペントのフォルムとか、我ながらセンスあるよな!」
「ユウレイクラゲとハガネグソクムシが、かわいらしくて最高です」
「小さければともかく、大きすぎてどっちもキモ……、いやなんでもない」
「クラゲが水にゆらゆらしているのは心落ち着くし、グソクムシはかわいいですよね!」
白天使の威圧感のある笑顔に、俺はうなずくしかない。
海底の魔物にかわいさを見出すのは難しいと思うのだが、白天使にはそうでもないらしい。それは彼女に不思議な力があるからで、余裕がある証なのかもしれない。
パンダやジャガーをかわいいと思う人間がいたとしても、同じ檻に入れても、まだかわいいと言えるだろうか。なにかをかわいいと思えるのは、害されないという確信があるからだ。
「まぁ海の中の生き物は、それだけでイメージが良くなるところはあるかもしれない」
「私には違いが分からないですけど、虫嫌いのマスターがエビを美味しく食べられる理由ですか?」
「おいやめろ、俺はその理論が大嫌いなんだ!」
「えぇー? 似たようなものだと思いますけどね」
ともかく、完全に水生の魔物というのはこれまで存在しえなかったが、それに近しいものを生み出すことができた。
深海巨大症といって、深海に生息する生物は、浅瀬の近縁種よりも巨大化する傾向にあるという。そのせいか、あるいは深い海への恐怖からか、海に生息する怪物の神話や民話は事欠かなかった。
「海底もそれなりに開拓されているけど、改善点はあるか?」
「はい、はい! 私としては、もっと熱帯魚も種類を増やして、海底に華やかさを足してみたいです!」
「ああ、リアルなアクアリウムか。コストを費やすなら、財宝でも増やした方がよろこばれるんじゃないか?」
「それだとちょっと即物的ですよ。せっかくの海底ですし、面白みを優先しましょう!」
「じゃあ折衷案だな。沈没船の数を増やしつつ、その内部を熱帯魚の巣にしよう」
第五階層の海底には、ときおり地上からの落とし物として、財宝が見つかるように設定してある。トレジャーハントとしての成功率はいいし、海洋ロマンというのもあって、サルベージに熱中する人がいてもおかしくないと思っている。
なので、それに用いる飾りつけ程度なら、熱帯魚を配置するのも許容範囲だろう。海洋生物を大量に再現しても見栄え以外のリターンがないし、魔物とまぎらわしいし、コストがかかりすぎる。
「うーん、もっと水族館みたいに作りこんでみたかったので、残念です……」
「それなら、豪華客船の内部にワンフロア作ってもいいぞ。アイテムガチャのチケットで乗船できるやつだし、コストは気にしなくていい」
「なんだかやる気出てきました! じゃあ沈没船の設計もがんばります!」
「えらいえらい」
へなりと力を失った白天使だったが、水族館の作成につられて、沈没船の設定を頑張りだした。報酬を用意する手間がはぶけたので、ありがたいことだ。
「沈没船の規模もいろいろとありますが、財宝はどのくらい積んでおけばいいですか?」
「ボスのセイレーンが船を沈めて物資を奪った、という設定だし宝箱は少しでいい」
「おこぼれと考えると、なんだかとたんにありがたみがなくなりますね」
「俺の故郷では、残り物には福があるらしいから」
年代物のワインやら、異国情緒のある民芸品、軍船には異界品も積載させておきたい。
さすがに満杯の物資を置いておくと、大型アイテムボックスがあっても持ち帰りが困難になるので、小部屋ひとつ分に収まる程度にしたい。
一度で持ち帰りできない量を用意すると、探索者は密かに往復して運び出すことになる。もしも隠しきれなかった場合に、発見された沈没船をめぐって争いが起きても困る。
「沈没船だからって海流の急な場所に配置するのは、安易すぎますかね」
「別にいいんじゃないか。広大な海にランダムだと発見が困難すぎるし、海山や海溝だと取りに行けないだろう」
「NPCクエストの報酬で、財宝の座標情報を入手できるように設定しますか?」
「ああ、オートマッピングの販売促進にもなるし、それでいこう」
普通の法則でいえば、船が沈みやすいのは天候が不安定な場所か、水面下に隠れた岩がある暗礁地帯だろう。しかし、そこまで詳細な環境設定はしていない。
第五階層の海はおだやかで、波打ち際からして水深が五百メートル以上といきなり深くなる。そもそも現実を言い出せば、沈没船が大量にできることが不自然なので、適当に配置してもいいだろう。
「海底での船の劣化まで再現するか、省略するかも悩みます」
「手抜きでいいよ」
新品の船が多い方が、セイレーンが歌の魔力で船を沈めた設定と一致する。木材の劣化や、バクテリアの浸食まで考慮すると面倒だ。
船底やマストの破損を再現した方がロマンはあるかもしれないが、そこまでするメリットはない。
「あの、マスター、さっきから適当に話を聞き流してないですか? 沈没船を追加したいって言ったのマスターなのに、酷いです」
「いや、そんなことはないぞ、ほら、沈没船はセイレーンのしわざというファンタジーだから、そこにリアリティーは必要ないってだけで」
「マスターにこだわりがないなら、私が適当にやっちゃいますよ」
「ああ、頼む」
白天使に海底の話を振っておいてなんだが、俺はダンジョン外の情報の方が気になっていた。直接出向いての情報収集は失敗しているので、別方向からのアプローチを考えている。
第七階層まではほぼ完成済みだが、それ以降の階層に何かギミックを仕込んでもいいかもしれない。たとえば、探索者が自分から知識を持ち寄るような、そんなギミックだ。
「考えごとは終わりましたか?」
「すまん、もう大丈夫だ。探索ペースを考えると、冬の終わりには第五階層も攻略されそうだし、次の準備もしないとな」
「セイレーン戦の選択はどうなるか興味ありますし、ライブで見たいですね」
「ああ、そうだな」
そういえば第四階層のボス戦は、途中で見逃したのだったか。白天使が乗り気なので、俺も監視に付き合うことになりそうだ。
自分がダンジョンを設定した結果の末路は、しっかりと確認しなければならない。そうは思っても、感情はなかなかついてこない。誰かがいてくれるのは心強いものだった。




