4 ソファーベッドと初日の終わり
「こうして寝ると、なんだか安心感がありますね」
「安物の寝具だけどな。俺のスペースも空けてくれ」
広げたソファーベッドをごろごろと堪能する白天使を、横に押しのける。
白天使の隣にドサリと寝転がった俺は、天井をながめながら、一攫千金の方法に思いをめぐらせる。さっさと生活水準を向上させたいのだ。四畳半でもいいので、洞窟ではなくまともな部屋に住みたい。
「寝るには光苔がまぶしいな」
「マスターはそういうところ、うるさいんですね」
現段階で身の回りをととのえるのは、はっきり言って無駄づかいだ。しかし、何もない空間でじっとしてるとストレスもたまる。ダンジョンから出られない以上、ひとまずはここを快適な空間にするしかない。アイマスクでも欲しいなと思うが、この洞窟にいる時間はそう長くはならないだろうと我慢する。
「うーん、やっぱり俺が魔物を倒すのは、どうあがいても無理なのかな」
「そんなこと考えてたんですか? マスターの細腕に、魔物退治は荷が勝ちすぎです」
魔物を水中にスポーンして倒せないかと、軽くシミュレートしてみた。残念ながらセーフティに引っかかるようで、設定できなかった。落とし穴にスポーンさせて倒せないかと考えるが、それも設定できない。
魔物は生物とは違うようで、空気中の成分を操作したり、毒を盛っても倒せないようだ。魔物同士の殺し合いを引き起こせないかと考えたが、それもできない。
魔物の討伐を自動処理化できたら悩み事はなくなるのだが、抜け道はなさそうだ。スライムくらい自分で殺せたっていいと思うのだが、ダンジョンマスターは万能の神ではないようだ。
「剣を振りまわして英雄ごっこがしたいわけじゃないが、自力で魔石を入手できたら楽だろうな」
「あー、それなら贅沢な食事もできますね!」
「今後のために切りつめるし、現実はしばらく飯抜きだ」
「お腹いっぱい食べられる日が、待ち遠しいです……」
必要があるかは知らないが、とりあえずこいつにダンジョンの所属コードを与えておく。これで俺の制御にある限り、魔物を襲うこともできないが、襲われることもないだろう。
白天使にスライム退治をやらせることも考えたが、唯一の監視手段を手放すのはリスクが高いと判断した。どうせ一人が集めるスライムの魔石では、できることもたかがしれている。
「やっぱり魔石を集めるために、大量の人間が必要だな。人を集めるために、魅力のある商品をどうにかして用意しないといけない」
「人を集めるなら、綺麗な宝石をいっぱい作ればいいんじゃないですか?」
「加減も分からないのに換金性のある金銀財宝を大量に流したら、相場が壊れてしまう。下手すればイミテーションとして扱われそうだし、メインにするには怖さがあるよ」
「むむむ、その考えは理解できますけど、価値を維持できるものを用意するのは困難だと思います!」
俺にはダンジョンを操作する権限がある。しかし俺の力を真に発揮するためには、魔石が大量に必要だ。そして魔石を効率よく集めるためには、何千何万の労働力がいる。
労働力を呼び込むための目玉を、何にすべきかというのが悩みの種だった。何せ適当なものを出せば滅ぼされるか、隠ぺいされるか、あるいは戦争になりそうだった。
撒き餌にするものを選定するには、俺たちには情報がなかった。流通、道路事情、移動手段、国際情勢、所属国の情報、他ダンジョンの情報、何一つ正確にわからない。情報収集に使える伝手はなく、時間もなかった。
「マスターは、なにか需要のある商品を用意できそうですか?」
「どうかな、消耗品がいいとは思うが」
単純な資源を提供するなら量が必要になる。状況が分からない中で、レートの不明なものに手を出せば、影響を与える範囲が大きすぎて先が読めなくなる。異文明の道具は喜ばれるだろうが、急速な革命を引き起こしかねないことがネックだ。
つまり呼び水として出すアイテムの条件は、需要がある消耗品であり、生活に影響が少ないものがいい。そして欲を言えば、単価が高く競合の生まれにくいものだ。既得権益を侵さず、国家が確実に食いつくものを選びたい。幸い、俺の能力は応用が利くとはいえ、さっさと考えないとまずいな。
「このダンジョンが限界を迎えるまでに、用意できるといいですね」
「災害の引き金を引きたくないし、できるかぎりはするよ」
ダンジョンは、利益だけをもたらさない。
魔物は侵入者を排除するシステムとして機能し、異界のアイテムが罠の効果を発動することもある。そして何より面倒なのは、ダンジョンは放置すると力をため込み、崩壊して地上を浸食してしまう。
現在は俺が魔物の発生を抑えているものの、このままでは制御を外れて、ダンジョンの許容量を超える。地上を異界法則で満たし、凶悪な魔物が大量に外にあふれて、下手すれば世界は終わる。
とめどない水をせき止めているダムが決壊するようなものだ。ダンジョンを封鎖しても、いつかは風船のごとく破裂するので、密室に閉じこもることはできなかった。
「ところで、あの子どもがここに来た理由はわかったか?」
「自分の村が滅ぶと、夢のお告げでもあったんじゃないですか」
「わからないから適当なこと言ってる……わけではないのか。そんなやついるんだな」
「珍しくはあるみたいですけど、生まれつきのギフテッドというやつです」
まぁ俺や白天使がいるくらいだから、ちょっとおかしな人間がいても不思議ではないか。この世界には夢占いだとか、スピリチュアルな職業が本当にあってもおかしくないな。
「子どもの今後の予定とか、わかるか?」
「明後日に村まで戻って、生き残りと街道警備隊を探すみたいですよ。何も見つからなければ、このダンジョンまで続く痕跡を村に残して、ここで救助を待つようです」
「それなら数日は状況が安定しそうだな」
「あの少年は、私たちを見つけることもなさそうですからね」
俺たちのいる最奥に至る通路は、通行困難にしたり、水没させたりした。少年はダンジョン攻略にきたわけではなく、その装備もない。障害物が多い通路には、リスクを考えて侵入しなかった。
「マスターはあの少年をどうするのですか?」
「何もしないぞ、運が悪ければ誰かに口封じされるかもしれないが」
彼がここで起きたことを、誰かに話す日は近そうだ。想定できる相手は調査に来る領主の警備隊、近場の自警団、警察組織あたりか。そこから報告が上がって、身柄がどうなるかはわからない。
「賢そうですし、雇ってあげてもよさそうでしたけど」
「リスクとメリットが釣り合ってないからなぁ」
恩を着せてこちらに取り込むことは考えたが、一時的にはよくても、将来を考えると危険すぎる。情報を話して裏切られたら面倒だし、あちらも未知のダンジョンとのつながりがバレたら生命の危機である。
そもそも恩人に、生涯にわたって献身的に尽くせる人はどれだけいるだろうか。俺は誰かの命を助けたとして、一生束縛するつもりはないし、その覚悟もない。ましてや一宿一飯の恩義くらいなら、仇で返される可能性もある。
「まぁ、上手くいけばどこかで助けてもらえて、幸せになるんじゃないか」
「ええ、私もそう願っていますよ」
それがことのほか優しい声だったので、少し驚いた。
現実は非情なものだが、一抹の救いもある。どこかで面倒を見てもらえると思いたい。どうせ持ち物を奪われて野垂れ死にしたって、ダンジョン外なら俺には分からないし、プラスに考えるのもたまにはいいだろう。
「あの少年からダンジョンの存在が露見するとして、準備期間は二週間はほしいところだ」
「今後の展開は早そうですし、マスターの余命は短いかもしれませんね」
「お前も巻き添えになるんじゃないか? 他人のふりが通用するとは思わないが」
「私は持ち前のかわいらしさで見逃してもらえますよ」
しばらく不毛な言い合いを続ける。白天使にも見つかりたくない事情があるようなので、今はまだ裏切りを警戒しなくてもよさそうだ。
「それじゃ寝るからおやすみ。邪魔だからって、俺をベッドから追い出すなよ」
「そちらこそ、私の体に触れたら、永遠におやすみしてもらいますからね」
鈴を転がすような声で、恐ろしいことを言う少女だ。
おそらく、冗談や脅しのたぐいではない。
長かった今日も終わりだ。自分の体の仕様も分かってないが、この気だるさに身をまかせればどうやら眠れそうだ。白天使は今日会ったばかりの他人だが、不思議と緊張感もなく、俺は背中合わせにまぶたを閉じた。