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39 港町と人魚

「マスター、人魚が発見されましたよ!」


「第五階層の開放からだいたい三か月くらいか」


 第五階層の島国にて、NPCイベントが進行していた。

 街中の探索者に、水路から顔を出した人魚が声をかけているところだ。


 外は秋になり(すず)しくなっているが、ダンジョン内部には関係ない。白天使と甘ったるいアイスキャラメルスチーマーをのんびり飲みながら、迷い家で観察をしていた。


「情報を隠そうとしても、町の中だと目撃者も多いし無理だろうな」


「あの港町は探索者の活動拠点になってますもんね」


 それは島内部まで続く、運河の町でもある。

 ととのった区画には水路が張りめぐらされていて、木船で積み荷が運ばれていた。


 町には間口(まぐち)はせまいが縦長の建物ばかりで、壮観(そうかん)だった。

 水路に(めん)した建物は、ピサの斜塔のように、わずかに水路側へかたむいている。それは設計ミスでも、地盤沈下によるものでもない。建物の上階でも滑車(かっしゃ)を利用して、水路からの荷物の受け渡しができるようにするためだ。



「探索者たちが武器を持ち出してるけど、あれ大丈夫かな? 攻撃したらNPC友好度が下がるのに」


「下半身が魚のNPCなんて出すからですよ」


「でも人型だし、人外NPCとしては受け入れやすいかなと思ったんだが」


「だからあんまりよくないかも、って言ったじゃないですか」


 探索者も、第五階層のギミックに海が関連するとは予想していた。なぜなら、海難事故の増加がNPCの間でうわさされていたからだ。探索者たちは、魔物の駆除と地図の拡大をしながら、思い思いの方法でその痕跡(こんせき)を探していた。


 しかし、セーフゾーンの町の水路に忍び込んで、そこから話しかけてくるものがいるとは思わなかったらしい。


 人魚の上半身は、金髪で碧眼(へきがん)の人間そのままだった。

 しかし下半身は魚のように(うろこ)でおおわれていて、尾びれがあった。


 その姿を見た探索者たちから、魔物か異人種を疑うものが出て混乱が生じていた。これは俺が考えなしだったかもしれない。人間は迫害されていた弱小種族だったので、人に似た存在に過剰(かじょう)反応しがちだった。



「ところで、人魚がかわいい女の子で、貝殻(かいがら)で大きい胸を隠しているのはマスターの趣味ですか?」


「いや、人魚ってそういうものなんだよ」


「へぇー、ふーん? 本当にそうですか? 海は岩場でゴツゴツしているんですから、もうちょっと頑丈(がんじょう)な服を作ると思いますけど?」


「お前、変な想像してないか? ウェットスーツみたいなものが現実的かもしれないけど、加工も難しいだろ。こういうのは、わかりやすさ重視でいいんだよ」


 白天使が気まずい話題を振っているので、目をそらすしかない。海にあるもので衣服を作るとなると、ヴィーガンファッションというやつで、海藻で作った服でも着せればよかったか。


「一つのパーティーのためのNPCイベントなのに、見世物(みせもの)みたいに人がたかってますね」


「ははは、横からちょっかい出してもNPCイベントには参加できないけど、変な判定ミスしかねないからこわいな」


「あー、あー、ネガティブに考えるのはやめましょうよ! バグ修正で激務は考えたくないです!」


「うーん、じゃあポジティブなことを言うけどさ、最近は探索者の争いが少なくなって、団結してきた感じがありがたいよな」


 今も人魚のNPCイベントを大勢がはやし立てているが、集まってにぎやかに騒げるだけの信頼関係はあるとも言える。


「ある程度の人材流入と、探索者の格付けが落ち着いたのかもしれないですね」


「いつかは大勢参加で貢献(こうけん)度タイプの、レイド系イベントも可能かもしれないな」


「うーん、実装するなら十年くらいは時間がほしいです」


 報酬をどのように調整するかに悩む。参加者全員が得をするような調整をして、不幸になる人を減らす方向がよさそうな気がする。


 しかし、今から考えても絵に描いた餅だ。構想としては面白いが、実装するにはダンジョンのシステムが追いついていない気がする。



「そういえば人魚まわりがうるさいことになってるけど、会話できてるのかな」


「聞き取れてないらしく、聞き直しまくってます」


「おいおい、幻想的な感じになる予定だったのに、めちゃくちゃだ」


「どんな物語でも、登場人物が耳の遠いおじいさんばかりだと台無しですからね」


 第五階層では海難事故が多発していて、その原因が追求されていた。


 もちろん探索者が事故に()うことなどはなく、NPCの話だ。これまでは娘を失った人魚の王の怒りであるとうわさされていたが、実はそうではないと人魚は語る。


 全ては末姫の人魚が、海の魔女に自分の声を渡したことから始まった。

 海の魔女は取引で手に入れた魅了の声で、あまたの船を(しず)めて財貨を強奪しているという。


 その海の魔女の名は、セイレーン。

 魔女を倒し、末姫の声を眠らせてほしいというのが、姉である人魚の頼みだった。



「とりあえず、セイレーンを倒せというのは通じたか?」


「そこはなんとか理解したみたいです」


 セイレーンとは、歌で船を沈めるというギリシャ神話の怪物の名だ。

 元々は上半身が人間の女性で、下半身は鳥の姿であった。しかし、語り()がれる中で変化し、魚の下半身になったという。


「シリアスな話の横で、探索者のおふざけが混じるとシュールだなぁ」


「今後は町での人魚の出現判定をなくしておきましょう」


「魔物が跋扈(ばっこ)するフィールドはきついから、人口密度の低いセーフゾーンの海際限定にするか」


「それがよさそうですね」


 横から茶々を入れている見物客がいるが、人魚には無視されている。

 NPCイベントを起こした探索者たちも、この騒ぎに思わず苦笑いするしかない。静かにしろと怒鳴(どな)ったところで、人数差があって聞き入れられないようだ。


 人魚姫のメインストーリー発生条件は、NPCイベントのクリア数と魔物討伐数だ。メインストーリーイベントは個人個人に発生するので、後続もストーリーをクリアすることができる。


 メインストーリーをクリアした探索者たちに対しては、NPCの対応するセリフもがらっと変わる。魔王を倒して世界を救った後のように、その変化も楽しんでもらいたいと思う。



「人魚のグッズとか作って、売り出すのもありだと思わないか?」


「私はやってみたいですけど、適正がないのに探索者にあこがれて死ぬ子どもが増えますよ」


「あっ、たしかに、それはあるかもしれない。娯楽関連はやっぱり高級路線を維持しよう!」


「己の意志で選択した結果の死は、そこまで気にしないでいいと思いますけどね」


 命がけのダンジョン探索者は大勢いてくれると助かるが、それが子どもの夢にまでいくと、善良な市民を(だま)しているような感覚になる。


 探索者の地位と待遇(たいぐう)の悪さが改善するようにしたいが、持ち上げが行き過ぎるのもまた(ゆが)みになるような気がしている。



「海底がこれからのメインになるけど、かなづちの人は耐えられるのかな」


「海洋恐怖症というものも存在しますし、無理な人はいるでしょう」


「たしかに、俺なら壁に背中を預けられる洞窟の方がいいな」


「私は海底の方が広くて綺麗で、キラキラしていていいと思います」


 普通にやってもセイレーンは海中にいるので、討伐は無理だ。しかしメインストーリーイベントを起こすと、人魚の協力で海底まで(もぐ)ることができるようになる。


「あ、人魚が動き出したぞ」


「いよいよですね!」


 人魚は港町の外れに探索者を誘導すると、巨大な泡を作り出した。

 巨大な泡は触れても割れることなく、探索者を内部に(まね)き入れた。


 そうして水の中へと沈んで、深い深い海の底まで、自動で移動を始めた。


 あわてた探索者が外に出ようと試みたが、泡はびくともしない。人魚はのんきに海を先導していくばかりだった。海底にいるかぎりは人魚の加護があり、いつでもシャボン玉で地上まで帰ることができるので、安心してほしい。



「シャボン玉のエレベーターを用意するなんて、マスターもかわいらしさがわかってきましたね」


「あれはかわいいというより、俺の中では近未来的なイメージがあるぞ」


「いやいや、ファンシーですよ」


「いやいやいや、ハイテク技術だから」


 水深五百メートルほどの海底についた探索者たち。

 その終着点に待っていたのは、光なき深海ではなく、青の世界だった。


 上を見上げれば、()らめく光の中を魚群が悠々(ゆうゆう)と泳いでいる。

 下を見下ろせば、透明度の高い水の中で、白い砂地の道が続いていた。


 生命こそないが、サンゴや海藻が森の木々のように、道に鮮やかな彩りを見せていた。



「ふふ、探索者たちがパニックになっていて、ちょっと面白いです」


「お前、趣味悪いぞ……。まぁ普通なら溺れてなけりゃおかしいし、会話もできないからな」


「ダンジョンの写真をとりたいスポットナンバーワンは、たぶんここになりますね」


「それ何百年後の話になるんだよ」


 通常、海は水深二百メートルで深海となり、光も射さないくらいの暗闇になる。


 その環境下では探索者は息ができず、水圧で肺が潰れて死んでしまう。それを回避するために、水でありながら、大気でもあるという矛盾を成立させた。独自の異界法則だけでなく、矛盾した法則を成立させられるのも、ダンジョンの(すさ)まじい力だ。


 海底につくとシャボン玉が割れたが、探索者たちが溺れることはない。

 ただただ呆然と、そよぐ風のような海流をその身に受けている。水の粘性に動きを阻害(そがい)されることも、衣服がぬれてしまうこともない。


 彼らからすれば大地と変わりなく、青い大気の中にいる感覚だろう。

 しかし地上で手のひらですくって飲むならば、たしかにそれは塩辛さのある海水だった。

誤字報告ありがとうございます。

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