38 成果のない偵察
このダンジョンの情報が一番集まる場所は、エントランスホールだ。
ダンジョンに入ってすぐの巨大空間の中心には、各階層へのポータルがある。
壁際には自動販売機やDPカード発券機、アイテムガチャなどの施設がある。
その最奥には、第一階層、妖精の洞窟への道がひっそりと続いていた。
拡張を続けたために、ホテルのラウンジのようになっている場所もあり、商売や見世物のスペースもある。人波でごちゃごちゃしたところもあれば、選ばれたものだけが立ち入りを許される場所もある。ここには、人間による情報屋や、探索者へのパーティー斡旋まで、様々な情報があふれている。
情報が集まるとはいえ、さすがにエントランスホールへの侵入はためらわれた。
出入り口には厳重な警備があり、内部にも不定期な抜き打ちの検査まである。情報の集まる場所ではあるが、危険度も高かった。
俺の能力の転移で、エントランスホールに直接飛び込むわけにはいかない。ダンジョン奥地から帰還した探索者をよそおうのも、出入の記録をあらためられて終了だ。
そんなわけで、俺が情報収集の場に選んだのは、第五階層のセーフゾーンだ。
階層でも浅い位置にある小島の船着き場なので、探索者にも落ち着きがある。
厳重な警備も、魔物が出現するダンジョンの内部までは対応できない。探索者の証であるDPカードは俺の権限で偽装できるので、探索者相手なら問題ないというわけだ。
「ジョンの仲間は近くにいるのか?」
「いえ、暇つぶしに一人で様子を見に来たんです。深くなければ比較的安全だと聞きまして」
俺は最近外部からやってきた探索者ジョン・スミスを名乗っている。辺境に根を張る商家の四男坊で、伝手をたどってダンジョンにやってきたという設定だ。
それっぽい装備や荷物も充実させて、魔術士崩れをイメージした。ひ弱そうな成人ギリギリの見た目の俺でも、魔術なら年齢や体躯は実力と関係ない。
「来たばっかりで知らないのは仕方ないが、次からは気をつけろよ。交流お断りの合図を無視したら、面倒ごとになりかねないからな」
「すみません、相席するなら声かけがいるかなと思ってしまって。迷宮の安全地帯には意外と暗黙の了解があるんですね」
「まぁ俺たちは会話が嫌いなわけじゃなくて、迷宮内部での引き抜きや加入交渉をさけてるだけなんだけどよ」
「こちらの所属している派閥は安定しているので、その心配は無用ですよ」
俺が情報収集の対象に選んだのは、新人二人と教導役一人の三人パーティーだ。
浅い場所は初心者が多く集まり、探索者の入れかわりも激しい場所で、俺がまぎれるのに最適だった。
せまい小島の船着き場ということで、自然に話しかけられると思って来たが、さっそく判断ミスしてしまったようだ。
「偵察を少人数でこなすやつらはいるが、一人はさすがに危ないだろ。使い走りにでもされてんのか?」
「魔術も使えますし、逃げ切る自信はありますから」
危険度の低い場所では、一人行動する人もそれなりに見られるので、不審に思いつつも受け入れられたようだ。三対一で人数差があるのでそこまで警戒もしていないか、あるいは何かあっても対応できると思っているのだろう。
とはいえ、新人二人がこちらに近寄らないのは、この教導役の指示と見ていいだろう。俺が危険人物なら、いざとなれば彼が対処するつもりだろうか。
「このあたりは調べつくされてるから、期待しても何もないぞ。船着き場を管理する人形と、弱い魔物しかいない。他のやつらはこの島には降りずに先に行くからな」
「様子見ついでに予想外の発見ができたら、と思いましたけど甘かったでしょうか」
第五階層には島と漁村を、大量に配置してある。
船を管理するNPCが港にいて、より大きな島への中継点の役目を果たしてくれる。魔物の間引き数が一定を超えれば彼らの許可が出て、船での移動可能範囲が増えていく仕組みだ。当然ポータルに近い、浅い場所には儲け話はない。
「そりゃ楽に大金を見つけられたら最高だが、上手くはいかねぇよ」
「最前線の方ではおいしい話があるみたいですけど、苦戦しているらしいですね」
船で移動した先には島国もいくつかあり、探索者たちはそのあたりで活動していた。その海域では、船舶の海難事故が増加していることが議論されている。
島国に存在するNPCの王たちは懸賞金をかけて、原因究明と解決法を募集していた。
住民NPCは海の異変の原因を、人魚の王の怒りではないかと恐れていた。
「海の中に、何かあるかもしれねぇよな」
「最前線の人が何か情報を隠してるってうわさも聞きますけど、どうでしょうか」
「ははっ、それいつでも言われているじゃねぇか」
「あー、やっぱりそんなものですか」
世間知らずだなと笑われてしまった。存在感を上げるために情報を握っているふりをする上級探索者と、何か隠しているのではないかと疑いたくなる側で、噛み合っているということらしい。
「素直なやつは長生きできねぇから、雇い主や仲間にだまされたりしないように注意しとけよ?」
「仲間とは長い付き合いなので、上手くやってる方だと思います」
「ならいいが、鞍替えするはめになった時のために、臨時の組み合わせも経験しておくことを勧めるぜ。お上に泥をぬれば後が怖いから、契約に問題ない程度でな」
「その辺は実家で叩きこまれてますよ」
実家なんてものはこの世にないが、貴族の動向は注意している。優先して集めている情報だが、ダンジョン内部にいる貴族が少ないのは悩ましい。
直接貴族と対面するわけにもいかないので、盗み聞いた範囲を繋ぎ合わせているのが現状だ。第三階層にスカイレストランを作ったように、第五階層には豪華客船も作ってある。アイテムガチャからの景品として、どちらが人気になるか楽しみだ。
「実家が教育熱心だったなら、運がいいな。貴族名鑑を持っとけとまでは言わんが、よほど実力がないかぎりは、分かってる奴の方が重宝されるからな」
「事情通で運があれば、貴族の護衛に採用されたりしますか?」
「俺はそういう経験もあるが、探索者の新入りに教育する方が気楽だぜ。どんなにがんばっても迷宮のモグラあつかいで、肩身がせまいんだわ」
「夢のない話を聞いてしまったなぁ……」
結局、血筋と環境が物を言うので、探索者は体がついてくるうちにさっさと稼いで、別の商売に切り替えるのが正解だという。探索者が花形になれずとも、少しでも尊重されるように、俺もダンジョンの設計に工夫していきたいものだ。
「俺たちは十分休んだし、別の島に行くわ。縁があったらよろしく頼む」
「ええ、旅の神のご加護がありますように」
食料をおすそ分けすることで、パーティーの教導役と長話ができた。自動販売機の未開封の保存食料は貴重で高いので、会話のための賄賂としては十分だったようだ。
しかし、得られた情報は、新人探索者の心得が大半だ。
誰だって食料の差し入れ程度で、自分の情報をぺらぺら話したりはしない。
ときおり漏れ出てくる探索者の内情は、大変に興味深かった。しかし、俺本人がここに来るほどの、リターンではなかった。
探索者が視界から消えたことを確認してから、拠点の迷い家へと転移する。
環境の変化で気温もやや下がって、気持ちもクールダウンされていく。雑談とはいえ、スパイ活動のような慣れないことをすると大変だ。
「白天使、そっちはどうだ? 取り込み中か?」
「……はい、なんでしょうか」
心なしか、やや声の固い白天使が通話に応じる。
通信範囲はダンジョン内部にかぎるが、通信端末を用意した。これまでは大体一緒にいたし、俺も白天使も知覚範囲が広く、転移までできるので必要なかったものだ。
「俺はいったん切り上げたけど、そっちはどうする?」
「それなら私も帰還します」
「了解、迷い家に直通の仮設ポータルの権限を渡しておくから、目撃されないように帰って来てくれ」
「あ、ちょうど人のいない場所にいますよ。……というわけでただいま戻ってきました!」
仮設ポータルを利用して、通信端末を持つ白天使がさっそく帰ってきた。通話と現実の声が二重に響いて、とてもうるさいので通話を切る。ポータルを設置したまま、拠点が穴だらけになると危険なので、すぐに塞いでおく。
「おかえり、早かったな。第三階層はどうだった?」
「盛況で色々なところでおしゃべりできましたよ。ついでにエントランスホールにも行ってました」
「おい、そんな予定は聞いてなかったぞ、エントランスホールだと!?」
「まぁまぁ、現地のお土産も買ってきたので怒らないでくださいよ。マスターも屋台の味が気になってたじゃないですか」
白天使が探索者に紛れ込めるわけがないので、第三階層の九十九階クローズドガーデンの調査を任せていた。どこぞの訳あり箱入り令嬢が、ガチャ産の招待券を利用してきたという設定のはずだった。
しかし自己判断でエントランスホールに入ったとなると話が違う。
思考を操るにしても、人目に触れる回数も、危険度も段違いだ。
「お土産って、お前どこからお金を……。そういえば現地通貨は使い道もなくて、死蔵してたものがあったな」
「情報はそんなに集められなかったですけど、物資の獲得はがんばりましたよ」
「そういう話じゃなくてだな、約束がちが」
「はい、あーん」
さっさと食べろと、俺の口にパンのような食べ物を詰め込んでくる。自動販売機の食品を現地の食材で真似たようだが、一口食べただけでも俺の口にはあわないとわかった。
「これ、味がまだ未完成だな」
「こういうのは気分が楽しいんですよ」
俺がかじった部分を一切気にせず、白天使が残りをぱくぱく食べた。注意するべきか悩んだが、理解できないだろうから放置することにした。
まともじゃない白天使には気にした様子はない。人外である以上、人の感性は必要ないのだが、俺はいまだに人間であったことを引きずっていた。
「今回のことでわかったのは、やっぱり直接出向くのはなしだな。NPCで情報を引き出せるように調整をするか、偽装できる異界品の作成に力を入れた方がいい」
「やってみてわかることもあるってことです!」
熱心に情報収集を勧めてきたわりには、白天使は成果なしでも平然としている。いつもの能天気な様子に毒気を抜かれて、俺は怒れなかった。そういう心の鈍感さは、うらやましいところでもあった。




