36 ★第五階層、人魚住まう絶海群島
第四階層、キャンディハウスと花の雨。
半年を目安に設定した難易度だったが、四か月ほどで無事に攻略された。
アナウンスとともに、エントランスホールに第五階層のポータルが出現する。
それに遅れるように、オートマッピングの自動販売機も出現したが、国家が確認するために利用は制限された。
探索者たちは突然の階層クリアに大騒ぎで、どこがやったのだろうと話して、全体的に浮ついている。エントランスホールにいて、たまたまアナウンスを聞いた命知らずは、競うようにポータルをくぐり、第五階層に足を踏み入れた。
俺はそこは封鎖しないのだなと不思議に思い、炭鉱のカナリアになった探索者たちの無事を祈った。
「第五階層が混みあう前に、そのうち海水浴でもしたいですね」
「潮でべたべたするし、二人で遊んでも飽きないか?」
「重機で砂の城を作ったり、水上オートバイとか派手にやってみたいです!」
「それ海水浴って規模なのか?」
第五階層で探索者を待ち受けていたのは、広大な海と島々だった。
海は多少の風はあるが、おだやかで潮の匂いがした。
ダンジョン内部の気温湿度は常に一定の快適さを保っていたが、第四階層が春だったように、第五階層は夏に設定してある。気温は夏らしく汗ばむくらいなので、重装備の探索者は困るかもしれない。
「新しい階層が開放されると、ゴールドラッシュさながらの騒がしさだな」
「金鉱脈よりも貴重なものが眠るダンジョンですから。しかし金といえば、あんな金属としてはやわらかいものに、なぜ価値があるんでしょうね」
「電化製品の回路基板には必要……、といっても外にはないか。見た目と不変性がいいんじゃないか」
「人は変わらないものに執着しすぎですよ」
その意見は、不老だからこその贅沢な意見じゃないかと思った。
しかし、愁いを帯びた目をしていたので、何も言えなかった。
この世に変わらないものがあるなら、どんなにいいことだろうか。俺は白天使とは違って、永遠へのあこがれというものが理解できた。持たざるものの気持ちは、最初からそれを持つものにはわからないのだ。
「とにかく、探索者が増えれば増えるほど、商機をかぎつけた人が増えているな」
「急増しすぎて、私は少しこわいくらいです」
「まぁこちらとしては、そろそろ現状維持に思考を切りかえてもいいくらいかな」
「ペースをゆるめた方が、あちらもこちらも安定択は取りやすいでしょうね」
金鉱山が発見されたことによるゴールドラッシュで、成功したのはデニム業者という話がある。魔石や産出アイテムで儲ける探索者がいれば、その周辺でも探索者を獲物にしたり、成果を食いあったりする人々がいるのだろう。
その管理ができているかはあやしいところだが、だからこそダンジョン外の町は都市になりかけているのだ。
このダンジョンが発生してまだわずか三年だ。魔術で公共工事が短縮するとはいえ、人口十万はあっさりと超えていくだろう。人々の行き来まで考えると、さらにとんでもない数になりそうだ。もし今後も安定して続いていくのなら、百万人の都市にもなるかもしれない。
「先行者ほど利益を上げられますから、探索者も命がけですね」
「オートマッピングもあるし、次もわりと早めの攻略になるかな」
これまで階層クリア報酬で、自動販売機、ポータル、DPシステム、アイテムボックス、ガチャと機能を追加してきたが、ここにきてオートマッピングの実装だ。
ダンジョン内部でのみ機能する指輪型デバイスで、使用すればホログラムディスプレイで地図の確認ができる。アイテムボックス同様、個人に紐づけられていて、受け渡しは不可能だ。
探索者の足取りを自動筆記するので、現在地を確認する手間も、地図を自分で描く必要もない。最高品質なら立体地図、縮尺操作、手動書き込み、ピンを立てる機能までついてくる。
第四階層以降は範囲も広大で迷いやすくなるために、オートマッピングの自動販売機が攻略の追い風になるだろう。
「オートマッピングで地図士がお払い箱になるだろうし、気の毒なことをしてしまったな」
「地図専門の人は探索者にはいないでしょうし、問題ないでしょう。それよりも、ホログラムディスプレイを自動販売機にも導入しませんか?」
「自動販売機は現状のディスプレイで困ってないだろ、オートマッピングの実装はしかたなしだ」
「マスターは古いものに愛着がわいて、捨てられないタイプですよね」
「ケチくさいって正直に言えよ」
元々探索者たちは、自作の地図を作っていた。
しかし、人によって間違いがあったり、縮尺が違ったりしていた。
国が情報を集めて作るものだって、精確な代わりに更新が遅かった。地図の精度は、いざという時の生存率にも関係するので、思い切ったのだ。
オートマッピングにも欠点はあり、第一階層、隠し部屋、ギミック、宝箱には反応しない。それからダンジョン内部に変化があれば、マッピングのやり直しだ。それでも、誰もが迷子と無縁のオートマッピングを欲しがるだろう。
「座標情報もいずれ流れるでしょうし、お菓子の家もそのうちにぎわいそうです」
「まぁ第五階層が落ち着くまでは、どうなるか不明だな」
NPCイベントを利用すれば、初回に限り強力な魔物を楽に撃破できるので、良質な魔石を簡単に入手できる。今は第五階層に人が集まるだろうが、お菓子の家のボス攻略は流行してもいいのでないかと思う。
「第四階層を最短クリアした探索者は、まだお菓子の家の探索をしてますね」
「第五階層は他人に花を持たせる感じか。さっさと帰還して、報告と休憩を優先してもよさそうだが」
「一から第五階層を探索するよりも、お菓子の家で隠し要素を探した方がお金になりそうじゃないですか」
「バイタリティーがあることだ」
最前線のトップ層が固定されてしまうのは望ましくないので、こちらとしてもありがたい。そもそも多少のディスアドバンテージをひっくり返せるだけの力が、上級探索者にはある。
彼らは中途半端に終わったボスのことも気になったのか、魔女の攻略調査をするかどうか話し合っている。二度目の挑戦なのでNPCギミックを利用できず、真の魔女の姿に苦戦しそうだ。
それでも第三階層のボスほどは難しくないので、やればクリアはできるだろう。
その調査への報酬も莫大になるだろう。
「第三階層のエレベーターみたいに、第四階層に便利な移動手段を用意しなくてよかったんですか?」
「うーん、あんまり移動が楽になりすぎると、一部に密集してしまうから、まだ様子を見たいかな」
オープンワールドゲーム的なファストトラベル機能の実装は難しい。自由自在に瞬間移動させることは無理だ。実装するとしても、かなり限定的なものにするつもりだ。
第四階層には道路があって、そこは安全地帯なのだから、必要なら馬車組合が勝手に出しゃばってくるだろう。
「ところで、夜のご飯はどうする?」
「適当でいいですよ」
「適当が一番悩むんだけどな……」
「別に後から文句をつけたりしないですから!」
たしかに白天使は、とくに好き嫌いが多いわけではない。
庭でのお茶会も終わりなので、ガーデンテーブルなどを回収しながら考える。
「じゃあ、お茶会でお菓子を食べたし、夜は軽食ということでカツサンドにしよう」
「はい! 私はロースカツがいいです!」
「俺はヒレカツにするかな」
耳のしっかりした食パン、肉厚でカリカリした衣のカツをイメージする。甘辛いとんかつソースとマスタードの風味が調和して、最後にキャベツの食感が残る。一品だが、食べるとお得感のある食事になりそうだ。
「私のはマスタードいらないですよ」
「わかってるよ」
「初めてマスターが用意した食事が、そういうパンでしたっけ」
「具材さえ入れられなかった日が、なつかしいな」
初期は何をするにも力がなかったので、絶食することも多かった。
飢えて死ぬ体ではないが、何かを食べられるというのは幸せだ。
俺の隣に並んだ白天使からは、花のような匂いがした。
天女もかくやという挙体芳香は、まさしく夢のような存在だ。もっとも、俺も散髪いらずで肌荒れもしない体質なので、同じようなものかもしれない。
「それで、海水浴はいつにします?」
「その話まだ続いてたのか」
「無人島でバーベキューして、波の音を聞きながら、夜の星を見るの楽しそうじゃないですか?」
「お前の感性って、かなりあれだよな。それと昼夜のシステムは第五階層にはないぞ」
白天使は経験がないなりに、アウトドアにあこがれがあるようだ。
ダンジョンは基本的に昼に設定してあるので、無人島の夜を楽しむことはできない。
だから、せめて昼の遊びくらいは付き合ってあげるべきかもしれない。俺たちはダンジョンの外に出られない不自由な身だから、相方のやりたいことくらいは応援したい。
そんなことを思いながら、カツサンドを自動販売機に百食ほど追加しておいた。




