35 第四階層攻略と見逃し
「そろそろ攻略に動きそうだぞ、白天使」
「ん、思ったよりも早いですね、急いで部屋に戻らないとです」
すやすやと寝ていた白天使を揺り動かして、起こす。
俺たちは今日も今日とて、第六階層の隠しエリア迷い家にいる。
その広々とした庭で、紅葉狩りをしていた。
紅葉狩りといっても、庭に椅子とテーブルを用意して、ただお茶を飲んでいただけだ。枝ぶりの見事な紅葉と、風による葉擦れの音が寂寥感をかきたてた。
疑似再現された草と土は、臭いがなくとも心を落ち着かせてくれる。マイナスイオンの健康効果は疑わしいが、それでも自然と触れ合う経験は、なにかしら人間に必要なものなのだろう。白天使は景色に飽きてソファーで昼寝していたが、人間ではないのでノーカウントだ。
「移動するのも面倒だし、このまま外で監視すればいいんじゃないか」
「紅葉が落ちてきて、気が散ると思いますけど」
「俺の権限で一時的に落葉を止めておくよ」
「それじゃあ譲歩してあげるので、お茶のおかわりを楽しみましょうよ」
白天使はソファーの上で、片足を猫のしっぽのように持ち上げて、ゆらゆらとご機嫌だ。さっさとスイーツを用意しないとへそを曲げそうなので、ピーチペーストのテリーヌとダージリンのオータムナルを用意する。
白天使は注文が届くと、いそいそとソファーからガーデンテーブルに移動した。ひざの上にはブランケットをかけて、アイテムボックスからお気に入りのケーキフォークをテーブルに取り出す。
「結局、第四階層は半年もせずにクリアになりそうだな」
「序盤は遅れてましたけど、後半で追い上げてきましたね」
第四階層、キャンディハウスと花の雨も大詰めだった。
後から追い上げている探索者もいるが、お菓子の家まで来ているパーティーはひとつだ。
侵入者のパーティーは、珍しいことに男女混合の六人だ。生き死にがかかっている探索者は、揉め事の種になりがちな異性を混ぜることを、わりかし嫌う傾向にあった。
お菓子の家には少ないながらセーフゾーンがあり、探索者たちはそれを活用しながら、わずか一週間で攻略を一気に進めてきた。その間は一度も地上に帰還することなく、潜りっぱなしだった。
「というかあいつら、もう一か月はダンジョンに潜り続けてないか?」
「第四階層は移動手段が、徒歩か馬になってしまいますから。移動のやり直しを嫌って、帰還スクロールを使わなかったんでしょう」
「緊張が続けばパフォーマンスも落ちるから、あまりうれしいことではないな」
「セーフゾーンもアイテムボックスもありますから、大丈夫です。あの人たち、マスターほど繊細じゃないですよ」
たしかに彼らの精神力はすばらしいものだし、心配のしすぎなのかもしれない。ファストトラベルのないオープンワールドで、帰還スクロールを使いたくないというのもわかる。
誰かに先を越される前に、狩場を独占したいと判断をしたのだろう。しかし、地上では死亡説も流れていそうだし、パトロンもそわそわしていそうな気がする。やはり移動手段は用意しないと、オープンワールドは難しそうだ。
そんな探索者たちは、ボス直前のセーフゾーンにて、最後の休息を取り終えたところだ。
「お菓子の家のセーフゾーンはくつろげたかな」
「最初はしきりに裏を疑ってましたが、快適で満足だと話してました」
「タダよりも高いものはないってやつか」
「サービス料が安すぎると不安がつのるものですから」
お菓子の家のセーフゾーンは客室のかたちで存在していて、使用人NPCが便宜をはかってくれる。
多少のDPが必要になるとはいえ、セーフゾーンには水道に加えて、水洗トイレとお風呂も設置してあり、NPCによる食品のデリバリーサービスもある。
お菓子の内装という違和感に耐えられるなら、ここに住めるレベルだ。もしここが探索者でにぎわって混雑したときには、お菓子の家の増改築も必要になるだろう。
「しかし、迷路じみたお菓子の家をよく最短で進めるなと感心するよ」
「独特の感覚でもあるんですかねぇ」
「俺たちのダンジョン作成の癖を見抜いているとか?」
「他ダンジョンで入手した異界品を活用している、なんてことも考えられますね」
お菓子の家の内部は十階構想だが、とにかく地獄のような迷路だ。階段が途中で繋がっていなかったり、何もない場所にドアがあったりする。通路には規則性がなく、よっぱらいが書いた地図のような設計になっている。
さりげない落とし穴の底が実は正規ルートだったりと、とにかく迷いやすい。
そして、ウサギ型の魔物が絶え間なく襲撃してくる。
「上級探索者には、ウサギの魔物は弱すぎたかな」
「おやぁ? 第四階層はチュートリアルだから、弱くてちょうどいいって言ってませんでした?」
「まぁそうなんだけど、せっかく用意したウサギの統率固体も、嬉々として狩られてるからなぁ」
「ああいう人たちは放置しておけば、今後の階層に流れると思いますよ」
お菓子の家も、ウサギ型の魔物で統一されている。
森のジャッカロープは環境が合わずに配置できないので、その代わりにウサギの統率固体であるクラウンバニーを用意した。
クラウンバニーは王冠を持つ子ウサギで、指揮官としてウサギの増援を呼び続ける。しかしその代償として、魔物にしてはもろい体で動きも遅い。放置すれば状況が悪化するので早めに処理したいが、それには護衛を素早く処理する力が求められる。
「王冠にふくまれる金の比率を落とすべきか? いや、外れとして花冠の個体を用意するなり工夫してもいいし、もうちょっと様子をみるか」
「いっそ、王冠を削除してもいいんじゃないですか? アイテムドロップはやっぱり難しいですって」
「そうかなぁ、俺はやっぱりこれはありだと思うんだが」
「イベントクエストアイテムとか、一部に採用する程度にしましょう」
クラウンバニーの持つ王冠は、魔石化せずに残る。
ゲーム的なアイテムドロップを再現できないかと、実験的に調整した魔物だからだ。
仕組みは単純で、ヤドカリが貝殻を求めるように、クラウンバニーが王冠を求めるように衝動を植え付けた。王冠は魔物とは別ものなので、倒しても魔石化しないというわけだ。
魔物が持つ人類への憎悪はどうしようもないが、それ以外の調整はわりと柔軟なようだ。魔物のデザインはどこまでが許容されるのか、今後も考えていきたい。
「今日で春の第四階層をクリアしてもらって、夏の第五階層に行ってもらいたいところだ」
「外もちょうど夏がやってくるころですし、季節と合致した方が盛り上がりそうですよね」
第四階層の魔物はウサギ型で統一されているが、NPCイベント関連には例外が存在し、その最たるものがボスの魔女だ。
魔女の姿は腰の曲がった老婆のようだったが、爪は長くするどく、頭蓋骨を使った杖が握られており、その異常性を物語っていた。そのかたわらには黒猫の存在があった。
魔女とは、元来は占いや薬学を修めたシャーマニズム的存在だった。しかし、迫害により、その在り方は歪められてしまった。
未開な医術で人々に害をもたらすケースも、あったのかもしれない。しかし彼女たちはこの世の理不尽と超常現象をつかさどるものとして、疫病、戦乱、自然災害の責任を押し付けられたのだ。
白魔女として、その存在が民衆に受け入れられたものもいる。しかし、悪魔の契約者として排除されたものも、たしかにいた。魔女は最上部の大部屋に陣取って、探索者たちを待ち構えていた。
その部屋には、大鍋や乾燥した植物、動物の標本、異界の書物の本棚などのオブジェクトが設置されていた。ここがおぞましい魔女の住処であることは、一目瞭然だ。
「探索者たちがボス部屋に入ったか」
「ヘンゼルとグレーテルがそろっているので、負ける要素はない気がします」
「NPCイベントをちゃんとこなせば相当楽になるからな」
「彼らなら力押しでもあっさりクリアできそうですけど、お手並み拝見といきましょうか」
探索者たちの後ろには、二人のNPCが隠れていた。
グレーテルの案内により、探索者たちはお菓子の家に囚われた少年ヘンゼルを救出していた。ボスの魔女まで連れて来れば、ボスに強力な弱体化がかかる。
俺の権限での魔物の弱体化には限界があるが、枷となるギミックを設けることで、さらにボスを弱める設定が可能になる。
「お菓子の家は、彼らの目にはどう映っているんでしょうね」
「今回の探索者には女性がいるから、案外よろこんでもらえたかもしれないぞ」
「マスター、女にはとりあえず甘いものというのは、安直な考えですよ」
「そうなのか? 人によっては肉や塩気の方が好きな人もいるか」
「クリーム系は特に好みが分かれるから、要注意なのです!」
自分はお菓子好きなくせに、白天使が女性代表の面であれこれと語り始める。
たしかに甘すぎたりクリームたっぷりだと、胸やけがすることもあるだろう。
砂糖そのものが受け付けないタイプよりも、乳脂肪が苦手なタイプの方が多そうだ。そもそも甘いものは嫌いな方が、探索者としては健康的かもしれない。
「私としては固めプリンがおすすめですけど、何が人気になるか楽しみですね」
「プリンはやわらかい方が軽く食べられるし、主流だと思うけどな。舌ざわりがいいから、そっちの方が好きだ」
「プリンに弾力を求めないなら、クリームブリュレでよくないですか?」
「あれは工程からして別物だろう」
菓子はなかなか奥深いので、話がそれてしまった。語り続ける白天使を尻目に、ピーチペーストのテリーヌをケーキフォークでぱくりとかじる。白天使の演説を聞き流しながら、ふと監視モニターをちらりと見る。
「いいですか、マスター。クリームブリュレとカタラーナだとですね──」
「白天使が語っている間に、ボスが倒されてるぞ」
「ああっ! せっかく楽しみにしてたのに見逃したじゃないですか!」
「別に録画再生機能があるだろ」
「どうなるかわからないライブだから、面白いんですよ!」
探索者たちの攻撃で追い詰められた魔女は、本性をあらわそうとしていた。魔女を生け贄にして悪魔が新生するその瞬間に、グレーテルが横から突進した。
突然の衝撃に魔女はバランスを崩し、不自然にふらふらとさまよって、煮えたぎる大鍋の中に消えていった。魔女の絶叫に連鎖して、近くにいた黒猫の姿が消えると、そこには大きな魔石が落ちていた。
「さて、アナウンスを流す準備だ」
「はーい……」
がっくりとうなだれた白天使は、やけになったのかお茶を一気に飲みほした。
ちょうど夏の前に、第五階層に到達だ。
『第四階層《キャンディハウスと花の雨》の攻略を確認しました』
『クリア報酬として、オートマッピング自動販売機がエントランスホールに設置されました』
『第五階層《人魚住まう絶海群島》開放権限を自動販売機に追加いたします』
誤字修正など、ありがとうございます!
レビューについての返信がありましたので、35話のあと書きを一部取り下げました。




