34 お菓子の家
「マスター、またこんなところにいたんですか」
「縁側から見る池と紅葉は、いつでも飽きないぞ」
第六階層の隠しエリアである迷い家にて、休憩がてら、縁側で涼んでいた。
縁側の下まで池が広がっていて、終わらない紅葉が風に飛ばされて、水面に浮かんでいる。
呆れた様子の白天使は、アイテムボックスから座布団を取りだすと、あぐらをかいている俺のとなりに座った。そのまま縁側から足を放り出すと、透明な水面にかすめるように足を振り上げた。
「マスターもたまには着飾ったらどうですか?」
「前にも言った気がするけど、俺は学ランが一番落ち着くんだよ」
「そろそろ心機一転で変えてもいい気がしますけど」
「前向きに検討いたします」
滑らかな質感がちょうどいいので、俺は初期アバター装備の学ランを愛用していた。外は夏が近くこれから気温も上がってくるころだろうが、ダンジョン内は外の季節が影響しない。
白天使も珍しく最初に会った時の、白いキャミソールワンピースを着ている。こうしているとふと、もう出会って二年半近くになるのだなと思う。
「ダンジョン外に作られた町も大きくなりましたね」
「俺にはもう外が見えないから共感できないな」
「ふふ、私が嘘を吹きこんでも、マスターには全然わからないですね」
「不満があるなら待遇は考えるから、事前に相談してくれよ」
ダンジョンのエントランスホールなら、俺にも察知できる。
しかしダンジョンの入口は高い壁で囲まれて久しいので、外の情報はもっぱら白天使頼りだった。
白天使が言うには、外の町までダンジョンのようになったらしい。
このダンジョンを取り囲む城壁は日増しに巨大化し、気づけば五重の巨大城壁と迷路じみた町が誕生していた。
町が迷路化したのは、このダンジョンの崩壊に備えてのものだ。
一番目から三番目までの壁内部は、防衛と探索者と貴種のためにある。
四番目と五番目の壁は商業地区と住宅だ。それでも壁の外まで人があふれていて、拡張と城壁の建築はまだ続いている。きっと郊外の開拓も同時に進んでいることだろう。
ダンジョンから魔物があふれだした時の対策として、中央に近いほど町の通路もせまく、土地勘がなければ迷うつくりになっている。水源から引いてきた水を流す水道橋の作成、上下水道なども、魔術士を動員しての工事が行われた。
「出入りが緩和されて、よそのダンジョンからも人が流れてますから、人材の振り分けで大変らしいですよ」
「そういえばダンジョンの人間も、見慣れない服装や人相が増えた気がするな」
「明らかに人種が違うみたいですから、遠方からも人材が流入しているようです」
「見えない場所でも大勢に影響があったんだろうな。そう思うと、このダンジョンの大きさがなんとなく実感できるよ」
ダンジョン攻略の探索者や魔術士は、国外からも少数ながらも集まりつつある。いずれはエントランスホールが、人種のサラダボウルになるだろう。自動販売機の取引量も増加の一途をたどっていた。
「この前も仰々しいあつかいで入ってきた集団がいたけど、あれは他国の王族か何かかな」
「あれは、うーん、まぁそうだと思いますよ」
まとまった集団がダンジョンに入り込むことは珍しくない。しかし、黒のフードローブで統一された服装は浮いており、いぶかしげな視線を集めていた。あれでよく許可が出たものだと思う。
「何か気になることでもあるのか?」
「いえ、別の考え事をしていただけです。そんなことよりも、第四階層のボス拠点が見つかりましたよ! 伝えにきたのに忘れてました!」
「ああ、第四階層もクリアされる時期か」
「こんなところで隠居ごっこしてる場合じゃないですよ、マスター!」
立ち上がった白天使は俺の腕を取ると、ぐいぐいと引っぱって立たせようとする。反発すると面倒になりそうなので、重い腰を上げて、縁側から退散することとする。
白天使は何かを隠している気がする。
少し気になったが、白天使の秘密主義は今に始まったことでもない。重要なことなら話してくるだろうと追求しないことにした。
広々とした大部屋の和室に入ると、先に来ていた白天使はすでに待機していた。俺もその隣の座布団に陣取って、木目のつややかな長机の上に、監視モニターを出現させる。
「ほらマスター、早く映してくださいよ」
「せかさなくてもわかってるよ。グレーテルの案内で魔女の家にたどり着いたところか」
「グレーテルはNPCながらも大事にされてるみたいです。やっぱりかわいらしさが決め手なのでは?」
「よくわからないNPCを雑にあつかうやつは、ここまで生き残れないだろう」
第四階層のボス戦では、グレーテルが帯同している場合、特殊ギミックが発生する。グレーテルを無視しても先へと進めるが、その場合はボスに苦戦することだろう。
「探索者たちもくたびれた顔をしてますね。虫やヘビがいないとはいえ、樹海をさまようのはそんなに大変なんでしょうか」
「不安定な足場でウサギの魔物が襲撃してくるからな。白天使が追加したジャッカロープが強すぎたかもしれないな」
「でもあの人たちは処理できていたじゃないですか」
「それはそうだが……、うーん、悩ましいな」
ウサギ型の魔物の脅威度は低いが、油断はできない。
キラーラビットも強敵だが、森の中で面倒なのはジャッカロープだ。
ジャッカロープはシカの角を持つウサギで、植物を触れることなく自在に操作して、探索者を転ばせる。不可思議な力を使う魔物は、それだけで脅威だ。このダンジョンにおいて、ボス以外で異能を使うのは、ジャッカロープが初めてだった。
ダンジョンの植物は作り物とはいえ、探索者の足をすくうだけの強度はある。別種の魔物と連携されたら、あっという間にピンチになる。
「悩んだときは、少し難しいくらいの設定でちょうどいいと思いますよ」
「いや、森での活動は精神的にもつらいと思うし……。よし、ジャッカロープの出現率は引き下げよう!」
「ああ、わたしのジャックンが!」
「なんだその変なあだ名」
白天使は手を床についてわざとらしく落ち込むが、俺は安全重視でいいと思った。
未開の地を長時間かけて駆け抜ける、トレイルランニングという競技がある。
ダンジョンはそれに加えて魔物が出るので、どれだけ過酷かは推して知るべしだ。
もちろん魔物による難易度の上昇と引き換えに、荷物の持ち運びはアイテムボックスで自由だ。グレーテルは放置しても無事なので、帰還スクロールを使えば、さらに安全に攻略できる。
一度でクリアしようとすれば潜りっぱなしになるので、間隔を空けて攻略するのが無難だ。一番乗りしてきた今回の探索者たちは、相当な強行軍だった。
「ほら、白天使のお気に入りのお菓子の家だぞ、見学しよう」
「お菓子の家はかわいいですけど、土足で菓子が踏まれているのはなんとも言えないですね」
「子どもの夢ではあるけど、地上にあったらベタベタして汚いだけだよな」
「ファンシーにそういう話を持ち出すのは禁止ですよ」
「次から気をつけるよ」
森の中にぽつんと存在する魔女の家は、カラフルなお菓子でできていた。
森の木々よりも巨大で特異な色合いのそれは、遠方からでもかすかに確認できる。
超大型デパートのような建築は、建材がお菓子でなければ見ごたえのある豪邸だっただろう。その内部はレアポップのウサギ型の魔物の巣窟となっている。
お菓子の家なんて、現実にあっても虫に食われて壊れるだけだ。
しかし、人の心を惹きつけるのか、作成にハマる人もいるジャンルだ。
実際の童話としても、お菓子の家は魔女の作った罠だ。森へ捨てられたヘンゼルとグレーテルの興味を引くためのもので、人を食うためにつくられたものだった。
「でも兵糧攻めの対策に、食べられる建材を使う発想が出てくるんだから、人類はすごいよな」
「実際は囲まれた時点で、ほぼゲームオーバーじゃないですか?」
「まぁそれはそうだけど、耐えたら戦況が動くかもしれないし。創意工夫があるから、何事も進歩するわけだ」
「ふむふむ、たしかに人類の足りないゆえのあがきは興味深いです」
畳や壁が非常食になる熊本城のように、食べられるコンセプトで作られた建築というのは存在する。それでも、生ものの菓子で耐久性を維持するのは不可能だ。
しかしダンジョンの異界法則なら、建築物として成立させることができる。
魔女の家にあるかぎり、お菓子はかたどったものの強度と性質を維持する。照明のかたちなら光り輝き、カーテンのかたちならやわらかく風にたなびく。そうあれかしと、願われたからだ。
「お菓子の家は荒れてないし、まだお菓子は回収してないみたいだ。まぁ行きにひろわなくても、帰りに持っていくかもしれないが」
「そもそも精巧な作り物か、仮想オブジェクトだと認識してそうですね」
「たしかに持ち帰れば本物のお菓子になるなんて、探索者にはわからないしな」
わざとらしくなるものの、クリア後にNPCから情報を流すのがいいかもしれない。
ウエハースの外壁、板チョコのドア、グミの階段、スポンジとクリームの屋根、ロールケーキの柱、マドレーヌのクッション、ヌガーでできた壺、ビスケットの貨幣、アイスクリームのベッド、タルトのお皿。
これらはダンジョン外に持ち帰れば、耐久性と機能を失い、ただのお菓子になる。
魔女の家それ自体が、いわばお宝だ。
生菓子を自分の楽しみに持ち帰ることも、日持ちするお菓子を売りに出すことも自由だ。ただし家財を盗難するほどに魔物のヘイトが加速するので、欲望に飲まれすぎると痛い目を見る。
「家具のままの方が価値が高くなりそうなので、お菓子になるとがっかりされるかもしれないです」
「ああ、そういうパターンもあるのか。そもそも探索者は、そこまで甘いものにうるさくないからなぁ」
「隠れた甘党の人はいると思いますけど、食べなれてなさそうですから……」
「質のいい甘味は、外では貴重だったりしそうだな」
流石に薬として処方されるほどの貴重品ではないと思う。それでもエントランスホールの屋台で見かけない程度には、高いものなのだろう。
お菓子が好きな白天使は少し曇り顔だ。ドロップ品がお菓子だと嫌がられやしないかと心配しているようだが、俺としてはそれなりに需要はあると思っている。
探索者は肉や酒の方が喜ぶかもしれない。しかし甘さをひかえめにしたり、ビターなものも用意したので、好みのものを探してほしいところだ。




