32 朝食と童話少女
「おはようございますマスター、第四階層のメインストーリーが進みますよ!」
大声とともに、俺の部屋のふすまが小気味よい音をたてて開いた。白天使はずかずかと上がりこむと、畳の上に布団を敷いて寝ている俺に近づいてくる。
うっすらと目を開けて声の方を見る。白天使の今日の格好は、白メインのシフォンブラウスとネイビーのプリーツスカートのようだ。どことなく学生服っぽい感じが、アイドル衣装みたいな服だなと思う。
「ちょっとまってくれ……」
ぼそぼそした声で、白天使を止める。寝なくても活動できる俺だが、睡眠を取ると悪夢を見ることもあるし、寝起きも悪かった。白天使は俺の言葉に反応して十秒は待ってくれたが、じれて掛け布団をはがした。
「マスター、女の子の前でだらしないのはよくないです!」
「興奮しているのはわかったから、居間で聞く」
「むっ、そのまま寝たらダメですよ?」
「わかってる」
起床したばかりの寝ぼけまなこで、脳も回転していない。寝起きのいい白天使を追い返して、能力で用意した濡れタオルで顔を拭う。もたもたと、パジャマからいつもの学ランに着替える。
夢心地でふらふらと居間まで歩くと、白天使がローテーブルを前に座って待ち構えていた。そうして、本来ならテレビを設置するスペースにある、半透明の監視モニターを指し示す。
「ほら、ようやくメインストーリーが進行してますよ!」
「わかったから、朝食を食べながらにしよう。第四階層開放からだいたい四か月か……」
「執事、執事、今日の朝ごはんは何ですか? お腹がすきましたわよ!」
「ピザトーストです、お嬢様」
俺は人外の体だし、起きたばかりでも割と食べられるので、ピザトーストとコーヒーを二人分用意する。パン、ピザソース、ベーコン、モッツァレラチーズ、輪切りピーマン、スライスオニオン、これらを一緒に焼くだけの簡単な朝食だ。
白天使は変化球の和風ピザも、クアトロフォルマッジも食べられるみたいだし、ピザ系統は何でも好みだろう。神棚にはミルクだけ置いておく。
「マスターはブラックコーヒーなんて、よく飲めますね」
「目が覚めてちょうどいいだろ」
「ミルクとシロップをぶちこむのが、お上品な貴族のたしなみでしてよ!」
「お下品な言葉づかいするなよ」
コーヒーを飲むことでカフェインが効いたわけでもないが、ようやく目が覚めてきた。白天使はカフェオレにしているが、挽きたてを再現したコーヒーなのだから、ブラックでも美味しいと思う。
気だるさのままに、ピザトーストを小さくかじる。白天使はというと口元にピザソースがくっつくことも構わず、美味しそうにもしゃもしゃとピザトーストを頬張った。
食べ方が男女で逆じゃないか? とふと疑問に思うが、どうでもいいかと思い直す。今の世は男女平等で、ジェンダーフリーが大切だと言われているくらいだ。そもそもここはダンジョンで、白天使は古代人だし、常識を押し付ける人だって誰もいない。
「で、重要NPCを見つけたのはどういう人たちなんだ?」
「ずっと危険地帯の森を調査していた、探索者の六人集団みたいです」
「ふーん、町のサブクエストで情報を得てからの想定だったけど、一足飛びだな」
「脳筋の集団が、結果として一番メインストーリーに近かったですね」
第四階層に点在するNPCの町では、サブクエストをクリアできる。クリア報酬として、物品や情報がもらえるように設定してある。そしてメインストーリーを進めるヒントも、その中に含まれていた。
しかし、重要NPCに出会えるフラグは、複数設定してある。
森での累計滞在時間と魔物討伐数で条件を満たしたため、彼らは段階をすっ飛ばしたのだ。
「こいつらか、探索者と少女NPCが並んで歩くさまは、なんかシュールだな」
「グレーテルはメルヘンでかわいいじゃないですか」
「白天使のかわいいは信用していない」
「マスターのかわいいセンサーの精度が悪いだけなのでは?」
危険地帯の森にいる少女、グレーテルがメインストーリーのNPCとなる。
第四階層には、俺の知る童話『ヘンゼルとグレーテル』を採用した。継母に森に捨てられた兄妹が魔女を倒して、なんやかんやで帰宅して幸せになる話だ。
探索者たちは規則的に転がる白い小石をたどり続けて、グレーテルに出くわした。年齢が二桁あるかないかのグレーテルは、平凡な庶民服を着ているだけの、森に似つかわしくない少女だった。
「やっぱり子どもNPCは強いなぁ」
「青年NPCや中年NPCとは、存在価値が違うんでしょうね」
「怒鳴りつけたら仲間に鬼畜扱いされそうだし、そりゃああなるよな」
「それでいうと、子どもを盾にするマスターは鬼畜外道ですよ」
グレーテルは森を走ったために、手足の皮膚が植物で切れて、痛ましいありさまだった。探索者も作り物の人形だとわかっていても、少女に同情してか心配げだった。
グレーテルは、閉じ込められた兄ヘンゼルの救出を必死にお願いした。
報酬は用意できないが、自分が案内をするから、森の魔女を退治してくれというのだ。
もちろん、探索者が無報酬で危険を冒すわけがない。しかし、彼らもこれが第四階層のクリア条件だと感づいたようだ。話し合いの結果、NPCの依頼を引き受けた。
「童話には夢の世界みたいな狂気があるので、ダンジョンとは相性いいですね」
「エピソードが突飛すぎて、俺の能力でも再現できないものだらけだったな」
童話では何の説明もなく動物がしゃべりだしたり、唐突な奇跡が起きたり、どうにも熱に浮かされたような話が多い。嫌な生々しさがあり、善人が幸せをつかんでめでたしめでたしという話だけではない。
時代背景や秘めた教訓により、登場人物はどこか自分勝手だったり、どうしようもない運命に振り回される。勧善がなっていなかったり、かと思えば懲悪が残酷だったりする。
だからこそ、この欲望渦巻くダンジョンにふさわしい。
「グレーテルは今のところバグらしい挙動もないですし、安定はしそうです」
「歩行ミスで森でつまづいたりしても、少女NPCだから言い訳になるのが救いか」
「後ろで探索者がおたおたしてますし、少女に気が散って魔物に殺されそうですね」
「わかった、デバッグは全力でがんばろう」
グレーテルは魔女の家の近くにスポーンするが、たどり着くまでの道中には、数々の困難が待っている。魔物に狙われないグレーテルに護衛は必要はないが、ウサギの魔物が大量出現するので、とても一日でクリアできるものではない。
「グレーテルがチェックポイントに着きましたよ」
「いったん引くかと思いきや、戦闘するみたいだな」
探索者たちを案内していたグレーテルが、道中の深い穴に反応する。
探索者が警戒を深めると、そこから巨大な大蛇が這い出てきた。
「この人たち、第三階層の高層にいた人達ですから、初見の魔物でも危なげなく処理しそうですね」
「じゃあ時間ももったいないし、戦闘が終わるまでNPCの町をチェックするか」
「マスターが戦闘シーンを見たくないだけでしょ」
「食事時に大画面で流血沙汰は嫌だろ」
血の気の多い白天使の挑発をかわして、ピザトーストを一口かじった。きつね色になるまで焼けた食感がちょうどいい。トマトソースのグルタミン酸とベーコンのイノシン酸のかけ合わせは、シンプルに美味しい。
「NPCの町はどんな感じかなと」
「あっ、私は戦闘に興味があったのに! マスターは勝手なんだから、もぅ……」
「まぁそう言うなよ、NPCの町も落ち着いてきたな」
「初期は人でごった返して、NPCの話を聞くどころじゃなかったですね」
むくれた白天使はタブレットで戦闘の続きを見ているようだが、俺は監視モニターを操作して町の様子をさぐる。
エントランスホールのポータルから直通していて、人口が多い始まりの町を映す。すでに許可を得たらしい学者も入り込んでいて、町の建築や住民などから考察をしているようだった。
NPCの町建築は華もない石材仕様で、そこだけ見るとダンジョン外と大差ないレベルだった。しかし、花のオブジェクトが様々な場所に飾られているのが特徴だった。
第四階層は春をつかさどるので、花の町をイメージした。
屋外にも室内にも花があふれていて、目に優しいのがポイントだった。
「第四階層の一番人気が花になるとは驚きだ」
「観賞用として設定しましたけど、持ち帰りは想定してなかったです」
フィールドの野花はただのオブジェクトなので、需要があるとは考えていなかった。それらは少し力を入れれば、崩壊してしまうようなものだ。オブジェクトをダンジョン外に持ち出しても、どんなに長持ちしても三日もすれば消えてしまう。
しかし、ふたを開けてみると、NPCからDPで買い取ろうと交渉する探索者は多かった。匂いがないというデメリットがあるとはいえ、珍しいものだし、霞のように消えてしまうので、かえって贈り物に適性があったらしい。
「オブジェクトの花は、商品としてブラッシュアップした方がよさそうですね」
「売れるかはさておき、盗人は減るかもな」
フィールドの野花よりも綺麗なので、町のプランターを勝手に持って行くやつがいる。オブジェクトはダンジョン外だと、耐久限界と時間経過ですぐ消えるので、売りさばくのは難しい。
せいぜい王侯貴族のご機嫌取りにはなっただろうが、NPC信頼度が低下すると取引やイベントが発生しなくなるので、結果的には損になっただろう。
「安売りするとダンジョン外の花屋が困るから、高めに設定するか」
「値段を高めにして、購入条件や販売数の管理も考えないといけませんよ」
「自信満々に高くしてブームが終わったら怖いな」
「ほそぼそとやりましょう、華やかな花を作るのは楽しいですし!」
基本は三日で壊れるようなものに、強気の高級路線は恐ろしい。しかし実物の花を駆逐するわけにもいかないので、お高くなるのも仕方ないだろう。
俺はカスミソウやユキヤナギのようなひかえめな花が好きだが、白天使お気に入りのバラの方が人気なようなので、そっちをメインにしていくか。
「そんなことを検討している間に、大蛇の討伐が成功しましたよ」
「早いな」
「監視モニターの視点も元に戻しましょう! ほら、大画面で見るのです!」
「はいはい」
のんびり会話しながらピザトーストも食べ終わって、コーヒーも飲み終わった頃だった。十分もしていないが戦いはあっさりと終わり、探索者に疲労や被害も見られなかった。
「あんなデカいやつによく立ち向かっていけるよな、俺には無理だ」
「大蛇は巻きついて獲物の全身の骨を折るのが得意ですから、彼らも怖かったと思いますよ」
大蛇は生命力も再生能力も強く、安全に倒すのはなかなか難しい魔物だった。
毒牙があるので、噛まれると血液がゼリーのように凝固して死に至る。血清などあるわけないが、治癒スクロールがあるので大胆に交戦したようだ。それでも事故はありえるので、前衛でタゲを引き受ける危険な役割は、報酬の割り当てがよさそうだなと思う。
探索者たちは大蛇の魔石をアイテムボックスに仕舞い、石とロープを取り出して、大蛇が出てきた大穴を確認する。
奥深くまで滑り台のような滑らかな穴があって、一度入ると止まれないだろう。彼らはその穴に石を投げ入れて、反響音を確認している。
「さて、穴の底の確認にいくのかな?」
「穴の中にもう一匹の大蛇がいたら死にかねないですから、勇気が必要ですよね」
ロープを用意した時点でそうするだろうと予想していたが、彼らの判断は早かった。ダンジョンでは迅速な判断が生死を分けるので、彼らは共感できないくらいにたやすく命をベットする。
オブジェクトの中で丈夫な大木を選定すると、ロープワークの固定先にする。一人が帰還スクロールと治癒スクロールを大事に抱えると、ロープと小型の盾を構えて穴の底を探る。
戻ってきた彼が握るのは、丁寧に塗装のほどこされた木製の小型宝箱だった。
「穴を調べる決断がえらく早かったし、あらかじめ役割を決めてありそうだ」
「事前に決めてあるか、危険な役目を持ち回りに決めてあるんでしょう」
「帰還スクロールがあるとはいえ、怖いだろうな」
「初見殺しの罠や魔物は少ないですけど、探索者には内部事情はわからないですもんね」
探索者六人ががやがやと囲って、最低限の注意をしつつ、宝箱を開ける。
そして、中に入っていたガチャチケットに、そこそこの満足を見せた。




