31 草原と春ウサギ
第四階層が開放されてから、二か月が経過した。
ちょうど外は同じく春の時期だったが、人々は終わることのないダンジョンの春を探索していた。俺たちは第六階層のホームである迷い家から、それを監視していた。
「あー、草原をのんびり見てると時間が過ぎるなぁ」
「マスター、景色ばかり見てないでたまには遊ばないと、おじいちゃんになっちゃいますよ」
「これはこれで、幸せのかたちじゃないか?」
「一緒にいる身にもなってくださいよ、退屈です」
第四階層の半分は草原で、もう半分を森林が占めている。
どちらにもウサギ型の魔物が出現するが、草原にいるかぎり命の危機はないだろう。
草原は、地形もなだらかな丘陵地帯だ。
まばらに低木が存在する程度なので、見晴らしがよい。ぽかぽかとした陽気で虫もおらず、若葉や花が芽吹いていて、思わず昼寝でもしたくなる場所だ。
「第四階層は、町と道路を記載した地図ができたみたいだな」
「元から道路が敷かれていますし、探索もはかどりましたね」
草原を切り裂くように、石畳の道路が果てなく続いている。
これは第四階層に存在する町を繋ぐための街道で、セーフゾーンに設定してある。つまり、アクティブの魔物がすぐ横にいたとしても、道をはみ出さなければ襲われることはない。
エントランスホールの第四階層ポータルは、セーフゾーンの始まりの町に繋がっている。そのために、観光客が物見遊山に来ることだってできる。
もちろん探索者以外の人間が、エントランスホール以外に踏み込むことは禁止されている。しかし今後を考えると、こちらから安全な場所を作ってアピールしておくのも、選択肢を増やすという意味で悪くないだろう。
「そろそろストーリー進行イベントでも起きないかな」
「まだ二か月ですし、しばらくは起きないと思いますよ」
「春の陽気にあてられて、ちょっと探索者の空気がゆるんでないか?」
「春がテーマだからと、うららかに調整しすぎたかもしれないです」
第四階層の探索者の行動は、草原を調べるものと、森林を探すものに分かれた。
草原を調べたものは、町でのNPCイベントも発見して、それなりの成果を手にすることができた。しかし、安全な町をめぐるだけでは階層クリアにはたどり着けない。
森林を探したものは、より危険度の高い魔物を、動きづらい場所で相手することになった。魔石は草原よりも多く得られたが、報酬としては地味だと言える。
「全然魔物を相手にしないやつまでいるんだが、ここはダンジョンだと思い直してほしいところだ」
「探索者は危険に敏感ですから、つい安全な選択肢につられたんでしょう」
「たしかに危険を避けられる場所だけど、安全重視なやつばかりが得をするわけでもないのにな」
「こつこつと魔物の処理をしている人に、報われてほしいですね」
俺としては、探索者には魔物を大量に倒してもらって、魔石も消費してほしい。無理をさせて死傷者が出るのは嫌だが、要領がいいだけのタイプを優遇するつもりはない。町の探索を切り上げて森林の探索をしても、最終的には損ではない。
「探索者もついでに観光したりしていて、意外と観光業としても好感触じゃないか?」
「ものめずらしさはたしかにありますけど、探索者に受けがいい程度で抑えた方がよさそうです」
「俺が一般人だとしても、観光してみたいと思うけど……」
「それは作り手のひいき目だと思いますよ、それにここは危険なダンジョンですから」
俺は以前に、テーマパークを構想したことがある。エントランスホールの盛況ぶりに、潜在顧客がいるのではないかと考えたからだ。
しかし、ここはダンジョンだ。魔物の出現や思考ルーチンを制御できるといっても、遊園地のランニングコストをペイするためには、入場料が高くなる。儲けもそこまでないだろうし、客が入らずに赤字になりそうだ。
第四階層はそのあたりを探るべく、実験的に作り出した面もある。テーマパークとしてのアトラクションがなければ、ホスピタリティもない。しかし、日常では見られないNPCの町や、のどかな風景とともに魔物を観察できるのは、世界でここだけだ。
「ダンジョンと観光と合わせるのは、やっぱり無理筋か。日常と非日常を混ぜるのは、よくないものな」
「この風景は探索者が独占する宝物、きっとそれくらいがちょうどいいです」
道と町がセーフゾーンとはいえ、安全と管理を考えれば、一般開放されることはなさそうだ。草原ばかりで移動に時間がかかる場所にこだわるものもいないだろうし、駅馬車が設置されてツアー客がたむろする状況にはならない。
ただし貴族が護衛付きで視察に来たり、画家に風景画を描かせるくらいなら、あるかもしれない。いつかはそんな日が来ることを楽しみにしている。
「やっぱり、追加するなら大人向けの高額サービスですよ」
「といっても賭け事はやばいし、NPCで性的な店を作るのもやばいよな」
「……もしかしてセクハラですか?」
「誤解だ、許してくれ」
性に関する問題はわりと深刻なのだが、白天使に振る話題ではなかったらしい。白天使が本当に不機嫌になると、すっと声が落ち着いて、表情も消え去るので怖い。
「しかし、今日の白天使は個性的な服を着ているな」
「これ、よくないですか? みなさんも第四階層のウサギ狩りに夢中ですし、これが流行の最先端ですよ!」
「まぁ白天使は何を着ても、似合うとは思うよ」
「マスターもそこそこ褒め上手になりましたね! 白天使ポイントを一つあげます!」
くししと笑う白天使は、ラビットモチーフのホワイトロップイヤーカチューシャに、モノクロのゴスロリを着ていた。なにせ華奢で人形のような容姿なので、たしかに似合うには似合う。しかし、俺たちの隠れ家である迷い家は和風建築なので、場所が死ぬほどミスマッチだ。
白天使の存在は、世界から明らかに浮いていた。しかし、俺みたいないつでも学ランの面白みのない人間よりは、好きな服を着て楽しそうな方が好ましいというものだ。
「せっかくだから、ウサギ型のフィナンシェをおやつに用意するか」
「やや! これはどこかのNPCの町で売ったら、行列間違いなしです!」
行列するには立地が悪いし、ウサギ型フィナンシェのために並ぶ探索者もいないとは思うが、実験的に売ってみてもいいか。せっかくなら、新機能のアイテムガチャの景品にしたっていい。
とりあえずウサギ型フィナンシェを三つ用意して、セカンドフラッシュのダージリンを用意した。白天使に作らせたドールハウスめいた神棚に、家事妖精シルキーの分も一セットお供えしておく。
「魔物のウサギが倒しやすいし、第三階層の低層でくすぶっていた人も流れているな」
「あんなにかわいい生き物なのに、魔物にするなんて酷いですウサ」
「魔物のバリエーションを増やしたのは白天使だっただろ。それから、ウサギの真似が雑だぞ」
「マスターだってうきうきで魔物の設定考えたくせに、生意気ぴょん!」
第四階層でエンカウントする魔物は、ウサギだった。
そこらの草原に幅広く生息しているので、セーフゾーンの街道からも、ときどき姿が見えるくらいだ。
ウサギは臆病で攻撃性にとぼしく、こちらが集団なら積極的に襲ってくることはない。もちろん反撃はしっかりしてくるが、いざ不利になればすぐ逃走に思考が切り替わる。
ウサギを数多く仕留めるのは難しいが、狩人の経験がある人が作戦と罠を活用すれば、第三階層よりも稼げるだろう。ただし派生する種類が豊富で、その中にはレアポップする個体もいる。そちらに当たれば怪我は避けられない。
「あれ、本当にかわいいか?」
「大きいのにかよわくて、かわいいじゃないですか」
監視モニターに映した異常個体のキラーラビットは、鋭い爪を隠して、獲物の探索者を心待ちにしている。グリズリーのような巨体に、それ以上の素早さと好戦的な本能が混ざったキルマシーンだ。よだれを垂らす姿はどこからどう見てもかわいくはないし、かよわい要素はない。
「キラーラビットって、もうウサギじゃなくてクマになってないか?」
「ウサギに似通った動物や魔物はこっちにいますけど、あんな感じの種類もいますよ」
この世界は意外と地球と似通っている。
たとえば異人種に竜人なんてものがいるように、竜自体も実在していたらしい。
もっとも、地上のマナの減衰とともに、竜はいち早くこの世から姿を消してしまった。今ではダンジョンの中でときおり、かつての竜の姿を真似た魔物が見つかるだけだ。
神隠しやチェンジリングといった事例のように、この世界は地球とどこかで繋がっているのかもしれない。はたまた、気まぐれな妖精が遊びに出かけて情報をばらまいたのか、詳細は定かではない。
「俺が外であんなのに出くわしたら、一秒で肉片になってるぞ」
「マスターは虚弱ですねぇ、私なら指一本であしらえますよ」
白天使がやれやれと溜息をつく。人外なのは同じだが、白天使の基礎スペックは俺とは違うらしい。もしも俺が白天使を襲えば、ビンタ一発で俺の首と胴が泣き別れだな。
「しかし、探索者が及び腰で、せっかくのウサギのバリエーションもなかなかお披露目されないな」
「NPCイベントで、森に誘導してもよかったかもしれないですね。わざわざNPCに危険性を語らせるから、森が探索されないんです」
「ちゃんと警告しないと、油断した死者が出るだろ」
第四階層はチュートリアルでもあるので、草原の難易度はかなり低めに設定した。しかし、もう半分を占める鬱蒼とした森は危険だ。
森には魔物のウサギが大量集合しているので、魔石目当てならばお得なスポットだ。ただし、キラーラビットのようなレアポップも大量で、遭難の危険もある。宝箱も配置されているとはいえ、森の中なので発見は困難だ。
「マスターは人の生死に神経質すぎます」
そういう白天使はナチュラルに上から目線で、無慈悲だった。
この天真爛漫な少女には、違う顔があると最初から気づいていた。価値観とは違うものなので、文句を言うつもりはないが、分かり合えない一抹の寂しさを感じた。
「それでも俺は、人が死なずにすむなら、未来はより良いものになると信じていたいな」
「はいはい、お優しいマスターがそういうなら、尊重して差し上げますよ」
「それはありがとう。褒めてもフィナンシェしか出せないぞ」
「おひとつくださいな!」
マスターは何だって出せるでしょうとツッコミが返ってくると思ったら、催促の返答がきた。両手を前に差し出して、真剣な面持ちだ。仕方ないので、その両手にポンとフィナンシェを生成しておく。
俺の心も知らず、白天使は無邪気にきゃっきゃとダンスしている。白天使ならトリックオアトリートだけで、一年分のお菓子を入手できそうだな。そんなことを考えていると、かすかな衣擦れのような音が聞こえた。
「今、物音がしなかったか?」
「私とマスターを除いたら、消去法で犯人は家事妖精のシルキーでしょう」
「これまでずっと静かだったのに、不思議だな」
「マスターがかまうから、音を隠さない程度には好感度が上がったんじゃないですか?」
この迷い家には、家事妖精が勝手に住み着いている。
いずれ朽ちる仮想の落葉をわざわざ掃除したり、食器洗いをしていたりする。とりあえず害がないので、お駄賃代わりにお供え物をするようにしていた。
白天使との直近の会話を思い返す。まさかなと思いつつ、お菓子と紅茶が消えていた神棚に、無言でフィナンシェを追加してみる。
五秒もたたずに、目の前でお供えが消える。
しばらくして、廊下からとたとたと軽い足音がした。
「お供えが消えた瞬間でさえ、姿は見えなかったか。不思議だな」
「マスターがまともに生きたいなら、妖精からは適度な距離を保った方がいいですよ」
恋愛シミュレーションゲームじゃあるまいし、妖精の好感度を上げても特に何もない。白天使の助言通りに、あまり意識はしないようにしよう。
しかし、足音だけ聞こえるなんてホラーゲームだなと思ったが、祟られたくないので口には出さなかった。




