表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/59

30 ★第四階層、キャンディハウスと花の雨

 第四階層、キャンディハウスと花の雨。

 第四階層から第七階層までは、四季をテーマにつめこんで、一気に作成した。


 今回は春をつかさどる階層ということで、難易度としてはひかえめだ。


 これまで(かせ)いだ魔石を大量につぎ込んで、国家一つの領土にもおよぶ広大な世界を作り出した。はしからはしまで最短で横断するだけでも、徒歩(とほ)なら一月はかかるだろう。


 NPCの数も少なめに設定したとはいえ膨大(ぼうだい)で、NPCイベントも村単位のものから、国家規模のものまで用意した。オープンワールドなので、攻略期間は第三階層より短く、最短で半年をめどに制作した。しかし全てを明らかにするなら、十年あっても足りないかもしれない。



 第四階層を開放してそれほど()っていないが、初動としては盛況(せいきょう)だった。これほど盛り上がったのは、第三階層で日の目を見ることがなかった人たちの執念(しゅうねん)があったからだろう。


 第三階層では、最後まで盛り上がれたのは先行組だけだった。途中で己の限界を(さと)った探索者たちは、ある程度のところで先に進む気力を(たも)てなかったのだ。


 しかし今なら、第四階層なら新発見もできる。広大な領域のオープンワールドは、単純な戦闘力よりも、人数が多い方が有利ともいえた。


 魔石で稼ぐならば第三階層の方が堅実だが、魔術スクロールやアイテムボックスを持てるような中堅にも、こちらに鞍替(くらが)えするものが出始めた。


 未知と栄光を求めて、彼らは第四階層に訪れていた。



◆◆◆



「のどかな空気だ」


 俺は記憶喪失で名前さえ持っていない、謎の学ラン少年だ。気づけば別の世界にいて、ダンジョンマスターという特殊な存在になってしまった。


 別に記憶を失ったことはどうでもいい。人々に試練と財宝を与える役目を負ってしまったので、そんなことを考える(ひま)もないほど、いそがしい日々を過ごしている。


 俺は現在、第四階層に存在する隠しエリアで休憩していた。


 山の頂上にある神社で、いつだって満開な桜が訪問者を出迎えてくれる。

 ダンジョンは西洋世界で統一しているが、隠しエリアくらいは趣味で和風にした。



「マスター、この巫女服どうですか? 私って何でも似合いますよね」


「白天使は自己評価が高いなぁ」


 記憶のない俺を支えてきた少女が、(なご)やかに語りかけてくる。紅白の巫女装束で竹箒(たけぼうき)を握りしめて、桜の花びらの掃除をしようと、せこせこ動いていた。


 ホワイトブロンドに、バイオレットの目が美しい少女だ。秘密主義なあまり、最近まで名乗りすらしなかった少女でもある。


 今では本名も知ってはいるが、呼び慣れてしまった白天使(しろてんし)という適当なあだ名を今も使っている。俺もマスターというあだ名で呼ばれているのだから、おあいこだ。



「お掃除は楽しいですけど、花びらに終わりがない無限労働地獄です」


(さい)河原(かわら)の石積みと変わらないな」


「ここで修行したら、きっと掃除を一瞬で完了する能力が身につきますよ」


「そんなことしなくても、気になるならNPCを追加して任せればいいじゃないか」


 神社の境内(けいだい)には、咲いては散っていく桜がいくつも植えてあった。

 梅も山桜も古風で綺麗だが、ソメイヨシノにしておいた。


 ひと時で散るからこその美しさだというが、いつでも見られる花吹雪も乙なものだ。朱色(しゅいろ)の布を(かぶ)せた木製の長椅子に座り、ほうけたように仮想オブジェクトの桜を見ていた。


 本物の桜ではなく、散った花びらも時間経過で(ちり)になるような作り物だ。世の無常を表すものでありながら、そこから外れてしまった()れない桜には無機質さがあった。


 石畳の参道と春日造(かすがづく)りの神社を、(あわ)い桃色の花びらが染めていく。そのさまを、ただただ見ていた。


 ここの拝殿(はいでん)の奥には本殿もご神体もなく、(あが)められるものはない。しかし空っぽの入れ物だとしても、無機物に命が芽生えるかのごとく、何かが宿る奇跡もあるのかもしれない。


「はー、たくさん頑張りました!」


「おつかれさま」


 無意味な掃除ごっこに飽きたのか、竹箒を長椅子に立てかけて、白天使が勢いよく隣に座った。その白髪に花びらがからんでいたが、どうせ時間経過で壊れて空気に消えるので、言及(げんきゅう)せずに放置した。


「ところでマスター、お花見ではおやつを食べるものじゃないですか?」


「ああ、それじゃあ抹茶を()てて、焼餅(やきもち)でも食べようか」


「風流ですね! 準備しましょう、準備!」


 色気より食い気の白天使はおやつを欲しがると予想していた。なので、事前に焼餅を用意してあった。餡子(あんこ)入りのタネを薄く引き伸ばして焼いた、直径五センチ程度の楕円(だえん)の菓子だ。


 俺の能力は、環境操作、転移、物質と空間の生成までも可能にする。

 おやつも抹茶も、出来立てをそのまま用意できる。


 しかし、せっかくの機会なのでお菓子は自分で作っておいたし、抹茶も()てるところから始める。ちゃかちゃかと茶筅(ちゃせん)でかき混ぜるのを見て、白天使がやりたがったので、結局自分でやってもらった。



「お抹茶はあんまり好きじゃないですけど、お菓子と交互に口にふくむとおいしいです」


「確かルール的には、菓子食べた後に飲むはずだけどな」


「そんなマナー講師が世の中を生きづらくしているんですよ」


「お茶は賭け事に使われたり、権力者の道具にもなったから、作法が厳しいのはしかたないよ」


 この程度の不自由なら、歴史の面白さも感じられると思うのだが、白天使には不評(ふひょう)だった。もっとも、作法のゆるい野点(のだて)だし、好きに楽しんだもの勝ちではある。


「ここも人であふれたら、私たちも来れなくなっちゃいますね」


「人数制限すれば混雑はしないし、徘徊(はいかい)型レアNPCの振りをしたら、案外俺たちもバレないんじゃないか?」


「私はのんびりするときにNPCを真似るなんて嫌ですよ」


 白天使のプライドは俺とは違うところにあるらしく、不興(ふきょう)を買ってしまった。くちびるを(とが)らせて、私は反対ですと伝えてくる。確かにNPCはダンジョンの運営上かかせない存在だが、実際の人間と比べて言動は不自然に過ぎた。


「NPCが嫌なら探索者に()けるしかないけど、専用の異界品を用意したら可能かな」


「そっちの案はよさそうですね、作成するなら協力しますよ」


 せいぜい中学生程度の姿の俺たちが、魔術を使う探索者ですと名乗っても疑われる。ダンジョンの危険な魔物を処理する探索者は、まともな子どもに(つと)まるものではない。


 しかし、異界品ならその姿や声を(いつわ)ることもできる。

 異界品はマナを操り、常現象を引き起こす。普通ならダンジョンがごくまれに作り出す奇跡の品だが、俺ならダンジョンを操作して意図的に生み出すことができた。


 変身の異界品は、案だけならば前から用意してある。整形は面倒だしリスクも高いので、幻影を()りつけるようなかたちにしようと思っている。



「管理が重要になりそうだな。紛失(ふんしつ)して外に持ち出されたらまずい」


「セーフティで部外者に使えないようにすればいいじゃないですか」


「それもそうか」


「マスターはうっかりさんですね」


 白天使には相手よりも優位に立ちたがる悪癖があって、ミスをした俺をよくからかってくる。たしかにプライドにふさわしいくらい優れた存在ではあるのだが、ポンコツさは俺と対等だとこっそり思っている。


 別に変装しなくても、おそらく問題はないとは思う。

 ダンジョン内の探索者の人数は、日を追うごとに増えている。森が大きくなるほど、一本の木は目立たなくなるものだ。しかし、念には念を入れないと、どこかで足をすくわれるかもしれない。



「違う性別や年齢にも化けられるなら、かなり低リスクだよな。女は数が少ないし、白天使が男にも化けられるように用意しておくよ」


「そんなことするくらいなら、私は素顔で外に出てやりますよ!」


「はは、新しいもの好きの白天使にも、さすがに変身願望はなかったか」


「私は自分が好きですから」


 話もいったん落ち着いて、焼餅も食べ終わって、抹茶も飲み終わる。

 しばらく沈黙が続くが、長い付き合いなので気まずいものではない。


 ぼんやりと物思いにふける。事情をある程度は聞いてから、白天使ともさらに遠慮がなくなった気がする。思えば遠くまで来たものだと感慨深く思う。


 ダンジョンの運営は難しいが、できるだけ死者もなく、誰かの幸せを壊さないような活動をしていきたい。俺の能力は規格外だからこそ、自分なりに考えていたい。



「マスターの国の桜という観賞樹は、なかなか綺麗ですね。私の好きだった樹には負けますけど」


「好きな観賞樹があるなら、今から作ってNPCの町に配置してもいいぞ」


「うーん、絶滅していたり原種や古代種になっていそうな植物を出したら、面倒になるので遠慮しておきます」


「そうか、ちょっと興味があったから残念だな」


 俺もこの世界の知識を多少は身につけているが、流石に植物園に行く機会はない。俺の知る分野と知らない分野で、知識量に落差があった。


「もし旅行にいけたら、風光明媚(ふうこうめいび)な土地を見てまわりたいですね。きっと外には、知らないものが山ほどありますよ」


「食べ物が口に合わなくて困りそうだが、異国での生活は楽しいだろうな」


 俺はこのダンジョンに縛られていて、外に出られない。白天使も本人が言うには、外に出れば厄介ごとが待つ身だ。


 俺は当然、外の世界をろくに知らない。白天使もところどころ妙にくわしい面もあるが、やはり基本は古代人なので世間知らずだった。ダンジョンという箱庭で好き放題できる俺たちだが、自由なようで不自由だった。



「そろそろ休憩は終わりにして、迷い家での監視作業に戻るか。アイテムガチャの調整もしないといけないしな」


「はーい、焼餅美味しかったです!」


「せっかくだし、境内に茶屋を建てよう。焼餅と抹茶はここの限定品にするか」


「うーん、需要ありますかね……?」


 たしかに好みが分かれそうだが、異国情緒(いこくじょうちょ)を感じてもらえるし、悪くないだろう。せっかくの桜景色だから、今回は食べなかった桜餅も用意する。甘いものが苦手な人には、鯛めしと緑茶、桜酒(さくらしゅ)(かわ)きものでも置いておこうか。



「では次は探索者をよそおって、また花見に来たいですね!」


「こだわった場所だし、そうなる日がくるといいな。ここの改良もまだまだしていきたいところだ」


 本殿を作りこんでもいいし、厳しい取得条件をつけた異界品を配置してもいい。どこかにしだれ桜なんかも追加してみたいものだ。



「迷宮転変」



 安定したマナである魔石を燃料に、ダンジョンに干渉する。外観は古びているが清潔感のある茶屋と、給仕と管理のために巫女NPCを用意する。朱色の布をかけた長椅子もいくらか追加して、野点傘を立てる。


「ところでマスター、くふふっ、頭が花びらだらけですよ」


「それは白天使も一緒だぞ」


 俺を笑った白天使だったが、それが自分にはね返ってくると、あたふたと花びらをはたき落とした。自分を(たな)に上げて、そういうことは早めに言ってほしいと恥ずかしげだった。

誤字、ルビのミス、衍字などの修正ありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ