30 ★第四階層、キャンディハウスと花の雨
第四階層、キャンディハウスと花の雨。
第四階層から第七階層までは、四季をテーマにつめこんで、一気に作成した。
今回は春をつかさどる階層ということで、難易度としてはひかえめだ。
これまで稼いだ魔石を大量につぎ込んで、国家一つの領土にもおよぶ広大な世界を作り出した。はしからはしまで最短で横断するだけでも、徒歩なら一月はかかるだろう。
NPCの数も少なめに設定したとはいえ膨大で、NPCイベントも村単位のものから、国家規模のものまで用意した。オープンワールドなので、攻略期間は第三階層より短く、最短で半年をめどに制作した。しかし全てを明らかにするなら、十年あっても足りないかもしれない。
第四階層を開放してそれほど経っていないが、初動としては盛況だった。これほど盛り上がったのは、第三階層で日の目を見ることがなかった人たちの執念があったからだろう。
第三階層では、最後まで盛り上がれたのは先行組だけだった。途中で己の限界を悟った探索者たちは、ある程度のところで先に進む気力を保てなかったのだ。
しかし今なら、第四階層なら新発見もできる。広大な領域のオープンワールドは、単純な戦闘力よりも、人数が多い方が有利ともいえた。
魔石で稼ぐならば第三階層の方が堅実だが、魔術スクロールやアイテムボックスを持てるような中堅にも、こちらに鞍替えするものが出始めた。
未知と栄光を求めて、彼らは第四階層に訪れていた。
◆◆◆
「のどかな空気だ」
俺は記憶喪失で名前さえ持っていない、謎の学ラン少年だ。気づけば別の世界にいて、ダンジョンマスターという特殊な存在になってしまった。
別に記憶を失ったことはどうでもいい。人々に試練と財宝を与える役目を負ってしまったので、そんなことを考える暇もないほど、いそがしい日々を過ごしている。
俺は現在、第四階層に存在する隠しエリアで休憩していた。
山の頂上にある神社で、いつだって満開な桜が訪問者を出迎えてくれる。
ダンジョンは西洋世界で統一しているが、隠しエリアくらいは趣味で和風にした。
「マスター、この巫女服どうですか? 私って何でも似合いますよね」
「白天使は自己評価が高いなぁ」
記憶のない俺を支えてきた少女が、和やかに語りかけてくる。紅白の巫女装束で竹箒を握りしめて、桜の花びらの掃除をしようと、せこせこ動いていた。
ホワイトブロンドに、バイオレットの目が美しい少女だ。秘密主義なあまり、最近まで名乗りすらしなかった少女でもある。
今では本名も知ってはいるが、呼び慣れてしまった白天使という適当なあだ名を今も使っている。俺もマスターというあだ名で呼ばれているのだから、おあいこだ。
「お掃除は楽しいですけど、花びらに終わりがない無限労働地獄です」
「賽の河原の石積みと変わらないな」
「ここで修行したら、きっと掃除を一瞬で完了する能力が身につきますよ」
「そんなことしなくても、気になるならNPCを追加して任せればいいじゃないか」
神社の境内には、咲いては散っていく桜がいくつも植えてあった。
梅も山桜も古風で綺麗だが、ソメイヨシノにしておいた。
ひと時で散るからこその美しさだというが、いつでも見られる花吹雪も乙なものだ。朱色の布を被せた木製の長椅子に座り、ほうけたように仮想オブジェクトの桜を見ていた。
本物の桜ではなく、散った花びらも時間経過で塵になるような作り物だ。世の無常を表すものでありながら、そこから外れてしまった枯れない桜には無機質さがあった。
石畳の参道と春日造りの神社を、淡い桃色の花びらが染めていく。そのさまを、ただただ見ていた。
ここの拝殿の奥には本殿もご神体もなく、崇められるものはない。しかし空っぽの入れ物だとしても、無機物に命が芽生えるかのごとく、何かが宿る奇跡もあるのかもしれない。
「はー、たくさん頑張りました!」
「おつかれさま」
無意味な掃除ごっこに飽きたのか、竹箒を長椅子に立てかけて、白天使が勢いよく隣に座った。その白髪に花びらがからんでいたが、どうせ時間経過で壊れて空気に消えるので、言及せずに放置した。
「ところでマスター、お花見ではおやつを食べるものじゃないですか?」
「ああ、それじゃあ抹茶を点てて、焼餅でも食べようか」
「風流ですね! 準備しましょう、準備!」
色気より食い気の白天使はおやつを欲しがると予想していた。なので、事前に焼餅を用意してあった。餡子入りのタネを薄く引き伸ばして焼いた、直径五センチ程度の楕円の菓子だ。
俺の能力は、環境操作、転移、物質と空間の生成までも可能にする。
おやつも抹茶も、出来立てをそのまま用意できる。
しかし、せっかくの機会なのでお菓子は自分で作っておいたし、抹茶も点てるところから始める。ちゃかちゃかと茶筅でかき混ぜるのを見て、白天使がやりたがったので、結局自分でやってもらった。
「お抹茶はあんまり好きじゃないですけど、お菓子と交互に口にふくむとおいしいです」
「確かルール的には、菓子食べた後に飲むはずだけどな」
「そんなマナー講師が世の中を生きづらくしているんですよ」
「お茶は賭け事に使われたり、権力者の道具にもなったから、作法が厳しいのはしかたないよ」
この程度の不自由なら、歴史の面白さも感じられると思うのだが、白天使には不評だった。もっとも、作法のゆるい野点だし、好きに楽しんだもの勝ちではある。
「ここも人であふれたら、私たちも来れなくなっちゃいますね」
「人数制限すれば混雑はしないし、徘徊型レアNPCの振りをしたら、案外俺たちもバレないんじゃないか?」
「私はのんびりするときにNPCを真似るなんて嫌ですよ」
白天使のプライドは俺とは違うところにあるらしく、不興を買ってしまった。くちびるを尖らせて、私は反対ですと伝えてくる。確かにNPCはダンジョンの運営上かかせない存在だが、実際の人間と比べて言動は不自然に過ぎた。
「NPCが嫌なら探索者に化けるしかないけど、専用の異界品を用意したら可能かな」
「そっちの案はよさそうですね、作成するなら協力しますよ」
せいぜい中学生程度の姿の俺たちが、魔術を使う探索者ですと名乗っても疑われる。ダンジョンの危険な魔物を処理する探索者は、まともな子どもに務まるものではない。
しかし、異界品ならその姿や声を偽ることもできる。
異界品はマナを操り、常現象を引き起こす。普通ならダンジョンがごくまれに作り出す奇跡の品だが、俺ならダンジョンを操作して意図的に生み出すことができた。
変身の異界品は、案だけならば前から用意してある。整形は面倒だしリスクも高いので、幻影を貼りつけるようなかたちにしようと思っている。
「管理が重要になりそうだな。紛失して外に持ち出されたらまずい」
「セーフティで部外者に使えないようにすればいいじゃないですか」
「それもそうか」
「マスターはうっかりさんですね」
白天使には相手よりも優位に立ちたがる悪癖があって、ミスをした俺をよくからかってくる。たしかにプライドにふさわしいくらい優れた存在ではあるのだが、ポンコツさは俺と対等だとこっそり思っている。
別に変装しなくても、おそらく問題はないとは思う。
ダンジョン内の探索者の人数は、日を追うごとに増えている。森が大きくなるほど、一本の木は目立たなくなるものだ。しかし、念には念を入れないと、どこかで足をすくわれるかもしれない。
「違う性別や年齢にも化けられるなら、かなり低リスクだよな。女は数が少ないし、白天使が男にも化けられるように用意しておくよ」
「そんなことするくらいなら、私は素顔で外に出てやりますよ!」
「はは、新しいもの好きの白天使にも、さすがに変身願望はなかったか」
「私は自分が好きですから」
話もいったん落ち着いて、焼餅も食べ終わって、抹茶も飲み終わる。
しばらく沈黙が続くが、長い付き合いなので気まずいものではない。
ぼんやりと物思いにふける。事情をある程度は聞いてから、白天使ともさらに遠慮がなくなった気がする。思えば遠くまで来たものだと感慨深く思う。
ダンジョンの運営は難しいが、できるだけ死者もなく、誰かの幸せを壊さないような活動をしていきたい。俺の能力は規格外だからこそ、自分なりに考えていたい。
「マスターの国の桜という観賞樹は、なかなか綺麗ですね。私の好きだった樹には負けますけど」
「好きな観賞樹があるなら、今から作ってNPCの町に配置してもいいぞ」
「うーん、絶滅していたり原種や古代種になっていそうな植物を出したら、面倒になるので遠慮しておきます」
「そうか、ちょっと興味があったから残念だな」
俺もこの世界の知識を多少は身につけているが、流石に植物園に行く機会はない。俺の知る分野と知らない分野で、知識量に落差があった。
「もし旅行にいけたら、風光明媚な土地を見てまわりたいですね。きっと外には、知らないものが山ほどありますよ」
「食べ物が口に合わなくて困りそうだが、異国での生活は楽しいだろうな」
俺はこのダンジョンに縛られていて、外に出られない。白天使も本人が言うには、外に出れば厄介ごとが待つ身だ。
俺は当然、外の世界をろくに知らない。白天使もところどころ妙にくわしい面もあるが、やはり基本は古代人なので世間知らずだった。ダンジョンという箱庭で好き放題できる俺たちだが、自由なようで不自由だった。
「そろそろ休憩は終わりにして、迷い家での監視作業に戻るか。アイテムガチャの調整もしないといけないしな」
「はーい、焼餅美味しかったです!」
「せっかくだし、境内に茶屋を建てよう。焼餅と抹茶はここの限定品にするか」
「うーん、需要ありますかね……?」
たしかに好みが分かれそうだが、異国情緒を感じてもらえるし、悪くないだろう。せっかくの桜景色だから、今回は食べなかった桜餅も用意する。甘いものが苦手な人には、鯛めしと緑茶、桜酒と乾きものでも置いておこうか。
「では次は探索者をよそおって、また花見に来たいですね!」
「こだわった場所だし、そうなる日がくるといいな。ここの改良もまだまだしていきたいところだ」
本殿を作りこんでもいいし、厳しい取得条件をつけた異界品を配置してもいい。どこかにしだれ桜なんかも追加してみたいものだ。
「迷宮転変」
安定したマナである魔石を燃料に、ダンジョンに干渉する。外観は古びているが清潔感のある茶屋と、給仕と管理のために巫女NPCを用意する。朱色の布をかけた長椅子もいくらか追加して、野点傘を立てる。
「ところでマスター、くふふっ、頭が花びらだらけですよ」
「それは白天使も一緒だぞ」
俺を笑った白天使だったが、それが自分にはね返ってくると、あたふたと花びらをはたき落とした。自分を棚に上げて、そういうことは早めに言ってほしいと恥ずかしげだった。
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